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この資料室は吉波伸治(よしなみのぶはる)公式WEBサイトに掲載された資料の1部を収録したものです

 Think Globally ,Act Locallyシンク・グローバリー、アクト・ローカリー
   ~地球規模で考え、足元から行動せよ~

 この資料室は、Think Globally に係る資料を集積・提供いたしております。

)Act Locallyに係る資料(奈良県生駒市に係る資料)を集積・提供している「資料集」はこちらです。

 

 

 

 

 

非武装・非戦の論理   


       憲法・改憲戦争法(集団的自衛権行使)武力行使なき内戦 もご参照

国際的な世論で国を守るコスタリカご参照ミラー> 

平和を維持する・戦争をなくすために必要なことはこれではないか。

戦争法とは、そしてこの法律は廃止されなくてはならない理由.pdf戦争法(集団的自衛権行使)より>

  これの(8)を抜き出したもの⇒日本が武力行使(戦争)せずに国を守る道 

侵略を武力なしで防ぐ道

日本人の集団的無意識たる「非戦・避戦の精神」(戦いを否定する精神」)

日本型ファシズムと改憲をめぐる武力行使なき内戦

排外主義(隣国ヘイト)撲滅のために

柄谷行人さんの言説

国譲り神話と憲法第九条

「軍隊=国家」は国民を守らない

戦争(暴力)は人間の本能(本性)ではない  

戦略的非暴力

ジャック・アタリ「自分をコントロールすることで他者との争いを避ける。これがアジアの文明の素晴らしさだ。」

9条の国、誇り高き痩せ我慢.pdf

領土問題解決のために

縁起の法(教え)の拡大が諸民族共存の道  仏教の出番

チョムスキーの発言

普通でまじめな人たちが、自分を「兵士」と認識していたから、

ハンガリー動乱と今日の日本

憲法第9条を棄てるとき、日本人は限りなく堕落していく!

防衛省誕生で、不戦60年の終焉を告げる晩鐘が鳴り響く!

安全保障政策を推進する立場の自民党が、安全保障が争点になった選挙には極めて弱いミラー <弱い理由をこの文の筆者は「自ら国防政策についての議論を深めることもなく、国民の国防教育も怠ってきたことにある。」としているが、そうではなく、戦争容認・推進にかかわることは、非戦・避戦の精神 を逆なでするからです。>

戦争と平和の関連記事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな言葉    

☆参考 : この言葉!生き方を考える50話(森本哲郎)  お断り : 折々のことばで取り上げられたものの再録も少なからずあります。

◎一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である。<方方日記より>

◎恐怖は、見えないからではなく、えたいのしれなさからくる(点字毎日記者 佐木理人)<毎日新聞「理の眼」20.4.8>

◎デルフォイのアポロン神殿に刻まれた訓戒は、「汝自身を知れ」と「度を過ごすなかれ」である。

◎偏差値50以下の人は、この先、人生がないと思っていてください<全国不登校新聞編集長石井志昂さんが中学受験のために通っていた塾の講師>

◎<政治・政治家>

 〇政治家にとって重要な資質は三つ、情熱、責任感、判断力(新約では目測能力)であります<M・ウェーバーの講演「職業としての政治」(新約では「仕事としての政治」)<1919>より>

 〇政治とは情熱と判断力を駆使しながら、堅い板に力をこめて、じわじわと穴をくりぬいていく作業だ<名高い定義>  政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら、堅い板に力をこめて、ゆっくりと穴を開けていくような仕事です<M・ウェーバーの講演「職業としての政治」(1919)より> ご参照.jpg

 〇<政治・政治家> 関連(こんなことより)⇒・・・・・労働党内において・・・・・候補者の乱立した党首選を勝ち抜いたのは、予想外にもコービンであった。・・・・・コービンに目立つのは「個人的な温かみや寛容さ」、そして「誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力」・・・・・<この書評より>

◎科学的批判による判断ならば、すべて私は歓迎する。私がかつて譲歩したことのない世論と称するものの先入見にたいしては、あの偉大なフィレンツェ人の標語が、つねに変わることなく私のそれである。汝(なんじ)の道をゆけ、人にはその言うがままにまかせよ!<マルクス>

忠恕とは、自己の良心に忠実で、人の心を自分のことのように思いやる精神です。この精神は、一人一人にとって非常に大切であり、さらに日本国にとっても、忠恕の生き方が大切ではないかと感じています<平成天皇>

◎世の君主や皇子たる者の第一の義務は、人の疾苦を思うことである<小泉信三(東宮御教育常時参与)>

ビュリダンのロバ

この拘置所に来て、初めて人間らしい扱いをされたように思います【こども園襲撃】背景にあった“いじめ”“ひきこもり”“発達障害” 事件前にサポートはできなかったのか(池上正樹) より>←今や、拘置所の中でしか基本的人権を守れない人々がいる!

◎(1960年代後半から1970年代前半の)運動の中で『こんな声もある』と言った人たちがいて、それがのちの様々な活動につながり、社会の多様性を生んでいったのではないか。<北本修二さん>(1968 抵抗のうねり.pdfの中の民主化と反戦 声を上げた学生たち.jpgより)←べ平連や全共闘運動が残したものはこれだった。

誰かに見守られることで逆に独り立ちできる折々のことば.jpgより) / 「人には、自分がだれかから見られているということを意識することによってはじめて、自分の行動をなしうるというところがある。」.pdf / 魔法の言葉 「髪切った?」ミラー

将来のことは、大人になるまで生きていたら考えるよ<「大きくなったら何になりたいの?」とたずねられたパレスチナ自治区ガザの10歳の女の子>(天声人語 18.5.16より)

◎思考は現実化する<ナポレオン・ヒル>

◎暗闇に、かすかな光を見る、いや、見えるような気がする<大町公>( 折々のことば.jpg)。

◎「役に立つ」という言葉が社会をダメにしている<ノーベル医学生理学賞受賞者 大隈良典さん>

◎これまで演奏家として5万人を前に演奏したこともあれば、50人のために演奏したこともあります。しかし50人に演奏する方がより難しい。5万人は「一つの人格」に見えますが、50人はそうではありません。一人一人が個別のアイデンティティー、いわば自分だけの世界を持っています。物事をより明瞭に理解することができるのです<ボブ・ディラン>

間違いを「あり」にする方法が好きなんです。.jpg

◎理念としてならば、イデオロギーでなければ、今も社会主義を信じている/ルポルタージュ文学はヘロドトスの『歴史』に始まる(ポーランド出身のリシャルト・カプシチンスキ)/フィクションに対峙たいじするのはファクトという言葉であって、トゥルースではない。事実であっても真実ではない。真実を告げるにはどうしても微量のフィクションが要るのではないか。だからルポルタージュ文学では、著者の責任において一歩だけ文学に近寄る。/ 「アブハジアの習わしでは、食卓をかこんで客人と過ごした時間は、寿命に加算されないことになっているんです」<池澤夏樹 終わりと始まり~ルポルタージュ~(朝日新聞 16.12.8)> 

◎私もエッセーとともに絵を描いていますが、その行為は嫌なことからの逃避でもあるんです。(引用者:アニメ映画「この世界の片隅に」の主人公の)すずも絵を描くのが大好きな女性。それがあの時代を生きた彼女の『逃げ場』だったのでは。もし、それがなければ辺り構わず感情をまき散らすしかありません。実際、映画には対比的にそうした人物も登場します<イラストエッセイスト 犬山紙子(毎日新聞 16.12.12)>

◎とにかく耳にしたくないような言葉が、公人、政治家の口から次々と飛び出してきた。いちいち挙げるのも気がめいる。一つだけなら沖縄の米軍施設工事に反対する人たちに「ぼけ、土人が」と言い放った警備の警官の言葉もひどいが、それをかばうかのような政府見解には、えっと言葉を失った。言葉には意味以外に語感がある。日本語にはそこに微妙な味わいがあるもので、丸谷才一氏は語感の問題を抜きに言葉を論じる言語感覚を問題視していた。井上ひさし氏も日常の言葉の語感がどうも乏しく、ぎすぎすしがちなのを嘆き、自殺者を生み出す問題にもふれていた。四季折々の美を表す言葉は俳句の季語でおなじみながら、歳時記を開いて改めて感じるのは、自然の恵みと共存する人の情けだ。その言葉から受ける感じやニュアンスを配慮しない言語感覚は、何よりも情けを欠くだろう。ネットでネガティブな言葉がひゅんひゅん飛び交っている。語感はもっと大切に考えられていい問題ではなかろうか。<近藤勝重 しあわせのトンボ(毎日新聞 16.12.12)>

◎食べ物は、動物性でも植物性でもそもそもは他の生物の一部。そこにはもとの持ち主の遺伝情報がしっかりと書き込まれている。遺伝情報はたんぱく質のアミノ酸配列として表現される。アミノ酸はアルファベット、たんぱく質は文章にあたる。他人の文章がいきなり私の身体に入ってくると、情報が衝突し、干渉を起こす。これがアレルギー反応や拒絶反応。それゆえ、元の持ち主の文章をいったんバラバラのアルファベットに分解し、意味を消すことが必要となる。その上でアルファベットをつむぎ直して自分の身体の文章を再構築する。これが生きているということ。つまり消化の本質は情報の解体にある。<福岡伸一の動的平衡:57 朝日新聞(16.12.29)>

◎大スターになるには三つの条件が必須だと考えている。一つはアーティスト自身が持つ「素材」。次にマネジャーやプロデューサーらの「スタッフワーク」。最後は「世の流れ」。この三つがそろえば、スターへの階段を上り始める。< 酒井政利(毎日新聞 16.12.23)>

ニュースサイトで読む: https://mainichi.jp/articles/20161223/ddm/004/070/020000c#csidxf89caaff51cbbcb99b003d8140dfab9
Copyright 毎日新聞

分去れ(わかされ) ご参照

神話・伝承など言い伝えをもとにイマジネーションを加えることで真実・真理が見えてくる。ポスト真実(post-truth<ポスト・ツゥルース>/世論の形成において事実や真実が、感情や個人的信念への訴えかけより影響力に欠けている状況/事実や真実が重視されなくなった時代)の時代を突破する鍵は神話・伝承にある

日本はどの程度、独自に物事を決められるのか<プーチン露大統領が日露首脳会談前のインタビュー(16.12.14)の中で> 欠陥軍事機オスプレイが沖縄での墜落事故のわずか6日後(16.12.19)に飛行再開するのを止められなかった日本を、今頃、プーチン大統領はあざ笑っているだろう。また、他国に従属して欠陥軍事機の飛行さえも止められないくせに、交渉次第では北方領土が返還されるかもしれないという空しい期待を持ち続けている日本を軽蔑しているだろう。

◎友人にサンデーモーニングは「最後の砦だから」と言われています<TBS系報道番組「サンデーモーニング」のサブキャスターを約20年務める橋谷能理子さん>(16.12.17 朝日新聞)

◎犯罪事件には共通する部分がたくさんある。だから、千件の犯罪を良く知っていれば、千一件目の犯罪の謎が解けない方が不思議なくらいだ< シャーロック・ホームズ>

◎ベールをつけないという理由で5年間も女性を殴った男連中がいた。彼らを撃ち殺すのはとても愉快だ<05年の演説/狂犬の異名を取るジェームズ・マティス元米国中央軍司令官(トランプ次期米大統領が国防長官に起用)>(16.12.3の朝日新聞)

◎資本家どもとと共に私は地獄に落ち、マルクスやエンゲルス、レーニンに会うだろう。地獄の熱さなど、実現しない理想を持ち続けた苦痛に比べれば何でもない<フィデル・カストロ>

◎芸術とは目に見えるものを再現することではなく、目に見えるようにすることなのだ<パウル・クレー>

◎詩作とは、天使と死者から託されたコトバを文字に刻むことだ<リルケ>

◎問題意識がなければ目は節穴(折々のことばより)

◎我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか<画家のゴーギャン>

◎トランプ氏は、労働者の気持ちをもった億万長者<クリントン元大統領の懐刀と言われた選挙コンサルタントのディック・モリス氏>(この記事より)

◎神様がなかなか祈りをかなえてくれなくても辛抱して。祈っているのは君だけじゃないから。<ジャカルタ中心部の道路脇で「路上講座」をしているリオ・ワルソさん>(毎日新聞「街角から」16.11.23

◎おれも水俣病になりてぇ<水俣病患者が補償金を受け取ったことに嫉妬と羨望をいだいた患者近所の人が患者の家の前で聞こえよがしに言った言葉>

◎「つねに真実を話さなくちゃならない。なぜなら真実を話せば、あとは相手の問題になる」どんなに言いにくいことでも思い切って正直に打ち明ければ、その時点で、それはもはや自分の問題ではなく、相手(もしくはみんな)の受け止め方の問題になる、ということ。<福岡伸一の動的平衡:51より

◎飛べなければ、走りなさい。走れなければ、歩きなさい。歩けなければ、這いなさい。どんな形にしろ、前進し続けなければいけません。<マーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士>

◎人類は、より大きな力を得ることにはたけているが、その力を幸せに転換する能力は高くない<この記事.pdfより>

◎考古学は地域に勇気を与える<考古学者 森浩一さん>

◎耳は無意識の領野の中で閉ざすことのできない唯一の孔あな<ラカン>

◎陰謀理論は政治的敗者によって考案され、社会的弱者によって支持される<英ジャーナリスト アーロノビッチ>

言語明瞭 意味不明(いろいろしゃべっているのに、何を言っているのか分からない)

◎努力して運を待て<朝永振一郎博士の恩師>ご参照.pdf

真に偉大な人間の統治下では、ペンの方が剣よりも強いのだ。「国を救うのに剣などいらぬ<エドワード・ブルワー=リットンの戯曲「リシュリュー」中のリシュリューの言葉>

◎続けていれば負けにはならない(ご参照) / かならず変事がおこる。変事は待つだけではどうにもならぬ。作るのだ。作るためには戦っておらねばならぬ<真田幸村/司馬遼太郎「城塞」より>

◎ひとは誰かの思いの宛先であること、誰かにとってなくてはならない存在であるという事実によって、はじめておのれの存在を得る(折々のことば530.pdfより)

◎天皇制は大嫌い。でもなあ、いまの天皇陛下は大好きなんですよ。天皇制と天皇はわけて考えないと。<沖縄県読谷村の彫刻家 金城実さん>

◎終点にはなるだけゆっくり遅く着く。それが人生の旅。死ぬ時そこが生涯のてっぺん。/戦中の新聞社であからさまな検閲や弾圧など見なかった、危ういのは報道側の自主規制だ。権力と問題を起こすまいと自分たちの原稿に自分たちで検閲を加える。検閲よりはるかに有害だった。<むのたけじさん>

選んだ孤独はよい孤独折々のことば 16.8.8)

タモリの名言

エルズバーグの壺つぼ

攻撃手がかり説

視覚を真に司るのはではなく知識である

◎<モハメド・アリ>他人の命を奪う戦争に行くより、刑務所を選ぶ/俺を自由の身にするか、さもなくば刑務所に入れろ/想像力のない奴に、翼は持てない/人間が困難に立ち向かう時、恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。俺は俺自身を信じる。

◎生きているうちは、ひとは世のなかの役にたってしまう(折々のことば.pdfより)

ロシア人は絶対的な空気、つまり束ねる権力が強くなるほど一人ひとりの心は自由になる<ドストエフスキー>

◎ナチズムの思想は私とともに消滅する。だが、100年後には新たなナチズムが生まれるだろう<ヒトラー>

なみだは にんげんのつくることのできる いちばん小さな 海です<寺山修司>

人生とは、おのれの存在の空虚を直視しなくて済むようたえず気を散らしておく営みの連続だ。<パスカル>」

共感は、内容についてではなく、そうした存在の震えにこそ向かう。.pdf  大切なのは、何をしゃべるかということではなくて、なぜしゃべるのか、ということなのさ。そこを汲んでやることだよ!<ゴーリキー「どん底」作中人物の言葉

◎扉は……それがいったん閉じられると……たんなるのっぺりとした壁よりもいっそう強い遮断感を与える。<ゲオルク・ジンメル/折々のことばより>

◎共感性とは「他者の痛みに思いをはせて泣くことができる」ことです。経済社会を真っ当な方向に持っていくために必要な道具は「傾ける耳「涙する目」「差し伸べる手」です。人々の声に耳を傾け、人の痛みに涙し、救いを必要としている人のために手を差し伸べることこそが、成熟した社会に必要な要素であり、これからの地域社会をつくる大きなポイントだと考えています。<浜矩子>

◎なまけ者になりなさい。少年よ がんばるなかれ。けんかはよせ 腹がへるぞ。<水木しげる>

品性とは、人の気持ちや幸せを考える能力。品位とは、人の気持ちや幸せを考える態度。

◎この世には二種類の人間がいる。品位ある善意の人間とそうでない人間だ。<フランクル「夜と霧」 >

◎若さは恋と革命よ(瀬戸内寂聴)

◎私は科学的な批判ならどんな批判でも歓迎する。いわゆる世論なるものには少しも譲歩しなかったのであるが、その偏見にたいしては、依然として偉大なるフィレンツェ人(引用者:ダンテ)の格言が私のそれでもある。汝の道を行け、そして人々の語るにまかせよ!<マルクス「資本論」第一版の序文(訳 向坂逸郎)

ヤマアラシのジレンマ

◎歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話(E・H・カー)

◎歴史の真実を知ることは、自由が存在する国においてのみ、はじめて可能となる(ヴォルテール)  関連 : 谷川健一「古代史と民俗学」より.pdf  

森の肥やしはワラジの足跡.jpg

◎すべてのクレタ人は噓(うそ)つきである、とあるクレタ人が言った。

◎I have nothing to say and I am saying it.(私には言うべきことが何もない、と言いながらそう言っている。)<ジョン・ケージ>折々のことばより)

◎(長崎では)西洋、中国、朝鮮といろいろな文化が身近でした。うちのカフェーにはロシア系のハーフの女給さんもいましたし、小学校でも隣の席には陳君、ちょっと向こうはオランダ系の子、後ろはハーフの子といったふうに国際色豊か。それがごく当たり前で人種差別がないんです。東京へ来て、差別というものがあってびっくりしました。長崎で中国名だった友だちが、東京の大学では日本名を使っている。当時はそうしないと差別されたんです。東京って、なんて田舎者の集まりかと。長崎はよっぽどグローバルでおおらか。それが全部、わたくしの血肉になっているんですよ。<美輪明宏 人生の贈りもの1(朝日新聞 14.9.16)より

◎スコットランド人たちはイングランド人たちを「国境の南側」の人々と呼んでいるとのこと。さすれば、ヤマトの人たちは沖縄(ウチナー)の人たちにとって「国境の北側」の人々となるのだろう。

◎そんなあんたでも好きだよ、という気持ちを示し、帰ってくる場所があることを伝え続けるのが大切です<天声人語(15.5.31).pdfより

◎フリージャーナリストの役割の一つは、組織ジャーナリストが入れない地域にも入って被害者たちの現状と痛みを伝えること<ジャーナリスト 土井敏邦>

◎理論はいつか使い物にならなくなる。しかし思想は残る。

◎ある程度の規模と財力を持つ地方都市は、みんな街の景色が似てくる。その土地らしさは、生活の細部−−食べ物とか地酒とか生活習慣とかにまで踏み込まないと、なかなか感じ取れなくなる。豊かになると、生活の基礎部分が均一化されるからだ<宮部みゆき「悲嘆の門」より>。

◎帝国主義は、ほんの少しでも信用してはいけない(チェ・ゲバラ)

◎気をつけたほうがいいのだ、何事もきっぱりと語るひとには。です。であります。なのであります。語尾ばかりをきっぱりと言い切り、本当は何も語ろうとしていない。ひとは何をきっぱりと語れるのか?語るべきことをもつひとは、言葉を探しながら、むしろためらいつつ語る(長田弘さんの詩「嘘(うそ)でしょう、イソップさん」より)

◎過去を制するものは未来を制する。今を制するものは過去を制する。<小説「1984年」より>

◎あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためです(マハトマ・ガンジー)。

◎堂々と生きるための3原則

 ① 理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である(ヘーゲル「法の哲学」序文)

 ②存在が意識を規定する。しかるに、意識もまた存在を規定するのである。

 ③ヘーゲル美学がいう美とは、理想的状態に達するように理念(=人間の精神)が形態(=自然素材)に加えられた状態をいう。つまり、美とは理念と形態の一致(理念と形態の一致した状態を美という/美は、理念と形態の一致から生まれる)。ここから、次の判断基準を導き出すことができる。すなわち、自分の言動(=形態)が美しいか否かを見よ。美しいと判断できれば、その言動は正しい(=理念に合致している)。自分の言動が正しいか否かが分からないとき、それが美しいか否かを見よ。それで判断できる。

◎お金は寂しがり屋なんですね。少しでも仲間が多い方に集まろう集まろうとする。ですからお金をためようとすると、まずお金をためなければなりません<桂枝雀さんの落語「高津の富」のマクラ>

◎憲法を解釈だけで変えられる、だから7月1日は「壊憲かいけん記念日」<社会学者 上野千鶴子>

◎日本の狭い国土を広く使うには電車の速度を半分に落とせ(2つの地域を高速で結べば途中の地域はすたれてしまう。遅くすれば途中駅も人が降りて栄え、つまりは広く使える、の意)<宇沢弘文>

◎日本にいて何かいいことがあるだろうか。毎年3万人も(引用者:自殺で)死んでいくような国。自殺するよりまし。「イスラム国」へ行けば、本当に貧しいが食べてはいける<北大生支援の元教授・中田考氏が語る「イスラム国」より>

◎自然は寂しい。しかし、人間の手が加わるとあたたかくなる。そのあたたかなものを求めてあるいてみよう<民俗学者 宮本常一>

◎政治とは、世の中についての自分の価値判断を、複数の他者に伝えること<岡田憲治専修大法学部教授>

◎私がより遠くを見ることができたとすれば、それは巨人の肩に乗っていたから<ニュートン>

◎知識を徹底的に詰め込むと、ある段階から知識自体が動き出し、自分の頭で考え始めるようになる<佐藤優「私のマルクス」より

◎山があってそこはどんな植生であるのかという地図に書き落とすための客観的な景色を「景観」と言い、自分の目で見て感じた景色は「風景」と言えます<千田稔(歴史地理学者)>

◎プレシャーについて : 自分にコントロールできることとできないことを分ける。コントロールできないこと(引用者:他の選手の演技や「自分への期待」など)には関心を持たないことですよ<松井秀喜>

◎美談は泣きながら疑うことを誓う<谷川俊太郎>

◎小説の目的は本を読む前にいた場所から、違う場所に移動させること。読んだ前と後とは自分が変わっている。僕の作品を通して、人々を最終的にポジティブな場所に連れて行きたい<村上春樹(朝日新聞 13.11.2)

◎・・・・・フランスの文人、アナトール・フランスにこんな言葉がある。「大衆に対しては、いかにしてとか、どんな具合にとか言ってはならない。ただ、<そうだ>、あるいは<そうではない>と言わなければならない」▲そもそも「大衆は断言を求めるので、証拠は求めない。証拠は大衆を動揺させ、当惑させる」からだ・・・・・<余禄(毎日新聞 14.1.22)より

◎地図にもない村がある。組織は来ない。実情を組織に知らせ『もうちょっと支援を延ばしてもらえませんか』と交渉する。組織が救う100人先にもう一人いた、さらに3人いた、というように救う。私がやってきたことはそういう「隙間」なんです<高遠菜穂子」(13.12.3 毎日新聞)>

◎・・・・・哲学者デリダが重視した概念として『パルタージュ』があります。一つのパンをばらばらに千切って皆が持っているような状態のことです。パンはばらばらになったし、それぞれの形も違う。でも元は一つ。その断片を皆が持っているので、コミュニケーションは取りうる。元が同じトラウマを皆がばらばらに持ったことは社会を再生させる希望でもあるのだ・・・・・<東浩紀(評論家)「福島の悲劇 希望に変えるため」(13.12.24 朝日新聞より

◎才能とは愛する力だ<つかこうへい>

◎すべての歴史は現代史である<クローチェ(イタリアの歴史哲学者)>

◎スーパーの野菜に顔写真入りで作った人の名前を入れるのは、生産者と消費者の親近感を生み出そうとするCMの一種だが、それは同時に、アンチグローバリズムのささやかなCMだったりして ~天野祐吉「CM天気図」<最終回>(朝日新聞 13.10.16)より

◎むかしの中国では(中略)モノサシではかれないが、すぐれて個性的なものを「別品」と呼んで評価したという。(中略)世界で1位とか2位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮な国よりも、戦争も原発もない「別品」の国がいいし、この国(引用者注:日本のこと)にはそれだけの社会的・文化的資産のある ~天野祐吉「CM天気図」(朝日新聞 13.10.9)より

◎遅れた正義は無いに等しい。

◎創造とは逆境の中でこそ見出されるもの< 「連戦連敗」(安藤忠雄)より

◎自由意志は潜在意識の奴隷

◎一人の女性の生き方が社会の空気を変え、やがて国全体をも変えていく<この人物紹介記事.pdfより >。

◎「小さな人間」には戦争を起こす力はありませんけれども、戦争をやめさせる力は持っています。いくら「大きな人間」がやっきになって戦争をしろと叫んでも、「小さな人間」が動かないと結局戦争はできない。このことは忘れてはいけないと思います。「小さな人間」が持つ力、それを実現するのがデモクラシーだということが民主主義の一番根本の原理です。<「オリジンから考える」(小田実)より

◎人間の精神の中で、大事なものに認識と思考がある。認識とはものを見さだめること。思考とは考えること。認識すること、つまり事柄をできるだけ正確に、科学的に、的確に見さだめる。はじめから主観を入れないで客観的に物事を見さだめる。認識が正確でないと物事が動かない。しかし、認識だけでは駄目。認識の上に組み立てるのが思考。これは自由でないといけない。<「オリジンから考える」(小田実)の1部を再構成しました。

◎人に自然治癒力があるように「事態」にも自然治癒力がある。さまざまな出来事の重なりのなかから予兆や兆候を読む視力が、問題の解決策以上に大きな意味をもつ。ある一線を越えると事態が一変するという、その見えない臨界を視る「臨床眼」の推力となるのが、人類学的事実、詩文、政治史・戦史まで、時空を超えて広がる照合軸の遠大さであり、濃(こま)やかな想像力だ。<この文.mhtの1部を再構成しました。

◎論争する時は真理を味方に独りで闘え<ニーチェ>

◎「口は関なり、舌は兵なり、言を出して当たらざれば反(かえ)って自ら傷(そこ)なう」。君主らへの戒めを記した「説苑(ぜいえん)」という書物にこうある。口は関所で舌はそこに詰める兵である。いったん関を出た言葉が適切でなければ自らを損なう−−という次第だ(毎日新聞 余録 13.5.15より

◎人は一度高いレベルで信頼してしまうと、相手が応えなくても信頼感は失われない。なぜなら、そういう人を信頼した自分がみじめになるから<ニクラス・ルーマン(ドイツの社会学者)> (参考 : なぜ安倍政権支持率は高止まりするのか?.pdf

◎得意淡然、失意泰然

◎読書は、活字を追い情報を得るだけの狭い行為ではない。目で見て、手で持ち、頁(ページ)をめくり、付箋(ふせん)をはり、線を引いてと、いわば全身運動。ビジュアルな雑誌やハウツー本はともかく、電子書籍は文芸作品では普及しないと思う。 そもそも電子書籍だけでは飯が食えません。紙の本で印税10%なら、1万部刷れば何冊売れても1万部の10%という計算になる。電子書籍の印税は20%とか30%とか高くても、実売分しか支払われないのが普通です。デビュー前の若手や、出せば何百万部という作家を別にすればメリットはない。<逢坂剛(作家)>(朝日新聞 13(H25).5.10)

◎読むことで知るのではなく、体験するのだ<菊池信義 『装幀(そうてい)思案』>

◎ファシズムとは人に発言を禁じるのではなく、逆に積極的に口にするよう命じるものなのだ<ロラン・バルト『文学の記号学』>

◎片倉もとこさん・・・・・は・・・・・家族とすごすというニュアンスのアラビア語「ラーハ」を「ゆとろぎ」と訳した。「ゆとり」に「くつろぎ」を足し、「りくつ」を引いた造語だ。人生を慈しむイスラムの豊かな生活感覚と英知を、時間に追われる日本人に伝えようとしたのだろう。朝日新聞 惜別 13.4.20.pdfより)

◎自分の国で苦しんでいる人がいるのに他の国の人間を助けようとする人は、他人によく思われたいだけの偽善者である<マザー・テレサ>

◎多言語国家のスイスでは、ドイツ語圏とフランス語圏の考え方の隔たりが「レシュティの溝」と呼ばれる。レシュティはドイツ語圏を代表するジャガイモ料理。・・・・・直接民主主義を重んじるスイスでは、国民投票がひんぱんに行われる。独語圏と仏語圏の結果が正反対になった場合に、相いれない両者の隔たりを表現するため象徴的に使われるようになった。・・・・・文化や考え方の違い・・・・・。飲み物なら独語圏で好まれるビールと仏語圏のワイン、恐れられる動物なら独語圏のフクロウと仏語圏のオオカミ、・・・・・独語圏の子どもは魔女や怪物などの想像上の存在を怖がるが、仏語圏では警察や煙突掃除人といった実在の人物を恐れるという。・・・・・仏語圏から出土した土器は丸底で耳のような飾りがあり、独語圏は平底で口が狭い。青銅器時代の集落でも基礎工事にあたるくいの打ち方が違うという。・・・・・文化や考え方の違いは太古の昔に始まった。言語圏にこだわらず、学びあい、理解しあうことでしか溝は埋まらない・・・・・。(朝日新聞 06.1.28)

◎無数の暗記と模倣の先に独創がある。 「まねる」は呼吸でいえば『吸う』行為にあたる。きちんと吸わないと、「制作」という形で『はき出す』ことはできない。.pdf

◎私たちが政治から逃げたからと言って、政治は私たちを逃がしはしない。

◎神は、滅ぼす者に、まず四〇年の成功を与える<ドラッカー>

◎経済学者の仕事が終わった時に、実は本当の人間の問題が始まる<ケインズ>

◎君主は自分が聡明でないカギリ、決して賢明な助言を受けることはできない<マキャベリ>

◎走っているときだけ自由になれる<柳美里「8月の果て」の主人公>

◎ 「荘子(そうし)」にある話だ。春秋時代に盗賊団の頭目だった盗跖(とうせき)は泥棒にも「道」はあるかと聞かれて答えた。「この世に道のないものなどない。家に何があるか見分けるのが『聖』、最初に入るのが『勇』、仲間を先に逃がしてやるのが『義』だ」。「うまくいくか判断するのが『知』、盗品を公平に分けるのが『仁』、この五つの徳を備えずに大泥棒になったやつはいない」。およそ人間が集まるところ、どんな集団にもそれを成り立たせる「道」や倫理はあるようだ。(毎日新聞 余録 13.2.8)

◎ゆっくりと急げ<初代ローマ皇帝の座右の銘>

◎息子のアトピー治療のために転居した神戸で、阪神大震災に遭った。避難所で小学生の息子2人を亡くした男性に出会った。同世代だった。とっさにかけた言葉は「うちだけ生きててごめん」。あとはただ横に腰掛けて手を握っているだけだった。しばらくして「ありがとう」と小さな声。傷ついた人とは「向き合う」よりも、「寄り添う」ことが大事だとわかった<堀内正美(俳優)>(朝日新聞 13(H25).1.18)

◎体制に抗し、タブーに挑む姿は、烈々と火を噴くように見えた。口をつく言葉も激しい。そんな大島渚さんを支えていたという言葉を知って、納得した覚えがある。「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処(どこ)にも光はない」▼ハンセン病を背負って生きた戦前の歌人、明石海人(あかしかいじん)の歌集の前書きに出てくる。大島さんは19歳のときにこの一語に出会った。以来胸に畳んできたと、かつてアエラ誌で読んだ。言葉通りにあかあかと燃えた、80年の生涯だった<天声人語 13(H25).1.17>  ◎大島さんの座右(ざゆう)の銘(めい)はハンセン病の歌人、明石海人(あかしかいじん)の言葉だった。「深海に生きる魚族のように自らが燃えなければどこにも光はない」。消えることない名画の光をこの世にもたらし、巨匠が旅立った<余録 13(H25).1.17>

◎(選挙において)群集が勝たせるのは、「正しいことを言っている感じ感をもっとも演出できた人」<町田康(作家)>(朝日新聞 12(H24).12.5)

◎大敗の次に恐るべきは「中敗」ではなく、大勝だ。兵士らは望外の戦果に狂気、陶酔、慢心し、戦いの目的まで忘れかねない<ワーテルローの戦いでナポレオンを退けた英軍の指揮官>(朝日新聞 12(H24).12.5)

◎(アレクサンドロス大王から「望みはないか」とたずねられたので)そこに立たれると日陰になるのでどいてほしい <日光浴中のディオゲネス>

◎(迫害されても)嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する<スピノザ>

◎人生はだいたい30年を1ジェネレーションで回る・・・・・。大学を卒業して就職し少したった25~26歳は、仕事がうまくいっていればそれを膨らませていけばいいと思いますが、人生にある種の違和感を感じることもあるだろうし、いろいろ複雑な時期だと思います。30歳くらいまでに、ある程度、自分のポジションを決めておいたほうがよい・・・・・。<代ゼミ英語講師 西谷昇二さん/Business Journal(13.1.4)より>

◎現代を汚すのはモメント(瞬間)のモーデ(気分)によるマイヌング(意見)という「三つのM」<ニーチェ>

◎無責任な暗い衝動に身を委ねた支配者の徒党に、抵抗もせずに統治を許すことほど、文化的民族にとってふさわしからぬことはない<ナチス抵抗運動「白バラ」を組織したシェル兄妹が死を覚悟して配布した非合法ビラより>

  参考 : 映画「白バラの祈り Photo -ゾフィー・ショル、最期の日々」(05 独/日本公開0601)<作品紹介作品紹介予告編 一場面⇒右写真(クリックで拡大)>(映画の広場より) 

◎この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない<村上龍「希望の国のエクソダス」に登場の中学生>  ご参照 : 希望がないから絶望もない!絶望がないから希望がない!.pdf

◎予期せぬことと予期したくないことが起こると予期せよ<ビザンツ皇帝マウリキウス>

◎愛の反対は憎しみではなく無関心だ<マザー・テレサ>

◎愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

◎理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる<ルソー>

◎誠実に聴いてくれる人がいればこそ、人は話しはじめる。

◎「欲」が人間を束縛する様々なフィールドを作る。そして、癒すとは縛っているものから人を「ほどく」作業だ。<日経(96.9.29)>

◎アメリカの先住民族は、よくこんなふうに言うそうだ。「ミタケ・オアシン」。すべてはかかわりあっているという意味だ(『アメリカ・インディアンの書物より賢い言葉』扶桑社<天声人語 04.4.8>

◎愛国主義は悪党最後の砦(注:「愛国心は悪党最後の砦」は言い間違い愛国主義と愛国心の違い

◎人間は教育によってはじめて人間になることができる。注意すべきなのは、人間は人間によってのみ教育されるということである<カント>

◎(ほんとうの)自由は、いつでも、ただ、別な風に考える人間の自由だけである<ローザ・ルクセンブルク> (出典記事.pdf

◎危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、何か行動を起こす人が減る<若き心理学者の研究>

◎10日の反戦キャンペーンで効果なくても60日間続けてみろ<大森実>(出典記事.pdf)  書籍紹介:『大森実ものがたり』.mht

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食と農(食の安全/農業振興)

食の安全

(3)種子法

(2)TTPが日本の農業に与える打撃⇒TPP

(1)食の安全保障 : 「農薬大国」ニッポン.pdf知らぬは客ばかりなり!外食産業、実はこんなふうに作ってますミラー日本人だけが知らない!日本の野菜は海外で「汚染物」扱いされている<ミラー>マクドナルドとモンサントの凋落 輸入食品の安全性

 

就農支援

(1)制度  国の支援制度(農水省)/食料・農業・農村基本計画<10(H22).3>が唱える新規就農者支援策Photo (右図<クリックで拡大>

(2)資料  ⑤東京ネオファーマーズ  ④農家を育てる時代は終わった.pdf  ③就農についての大要.pdf  ②全国新規就農相談センター(資料豊富)  ①農業塾.pdf


有機(自然)農法の普及

 

東京都農業会議  食と農についての先進自治体   箕面市農業公社

 

消滅可能都市・農山村復活

(*)若者の「田園回帰」に活路を見いだせ.pdf

 

資料

(*)諸資料  食を考える映画

(8)農業には個人の利益追求だけでない使命感がある.jpg

(7)ゆらぐ農(朝日新聞)

(6)野菜提案企業 (株)坂の途中

(5)Asahi141022_nourin農業高校を舞台にした小説や漫画が人気.pdf(→右図は、ライトノベル「のうりん」の表紙<クリックで拡大>

(4)国際的巨大農業資本に対抗する「Teikei(提携)」

(3)日本農業の現状:11(H23)年度の農業白書によると、農業の従事者は5年前から22%減った。平均年齢は2.6歳上がって65.8歳。水田を中心にした集落の半数以上に65歳未満の働き手がいない。米作の平均耕地面積は1.05ヘクタールにとどまる。1ヘクタールで収穫できるコメの販売額は120万円前後。平均点の農家が、米作だけで食べていくのは難しい。裏返せば、その程度の規模の兼業農家が普通に存続している。これが、効率向上よりも「農家温存」意を尽くし、補助金分配に精力を注いできた戦後農政の帰結である。

(2)国際的巨大農業資本に対抗する「Teikei(提携)」

(1)<13(H25).7.22 記以前から警鐘が鳴らされていた通りTPP交渉において日本側が申し入れをする(コメなどの農産品で関税撤廃の例外を求める)ことなど不可能であることが改めて明らかになりました(報道記事.pdf)。そんな警鐘に耳が傾けられることなく昨日投開票の参院選で自民が大勝、自民政権は日本の食の危険化と農の衰退をもたらすTPP(TPPとはTPPの問題点)を進めることとなり、市民が昨日の6市長選で自民を完敗させた地域力で「食と農を守る」努力をしなければならない時代が到来、「食と農を守る」という自治体の役割は更に大きくなりました(食と農についての先進自治体

 

こんな話   

◎・・・・・「石木ダム建設絶対反対同盟」 ・・・・・中心メンバーの石丸勇(いさむ)(70)は「戦後の民主教育を受けた世代が、父親の世代を乗り越え、闘いの土台を築いた」と振り返る。「13世帯に示した補償金は計約12億円。住民はそれを蹴った。信じられない」。ある県職員が記者にこうつぶやいたことがある。総貯水量でみれば、国内最大級の徳山ダム岐阜県)の120分の1にすぎない。だが、「金銭に代えられないものの価値」を、改めて社会に問いかける大きな存在になりつつある。・・・・・。<この記事ミラーより>

オーケストラ・・・・・ともに演奏するということは、ともに生きることを学ぶことでもある、とはムーティ・・・・・の言葉である。確かに、個性を重んじる音楽家たちが集団で演奏するということは、永遠の逆説かもしれない。しかし、オーケストラは軍隊というより機能性の高い蜂の巣や、社会性のある蟻の巣に近い・・・・・。この記事ミラーより>

◎小さな政府、自由放任を唱えたスミス・・・・・。「スミスは、現代に生きていればおそらく社会民主主義者になっていただろう」というのは決して誇張ではない。競争と自由市場の擁護は国家と結託した特権階級を理論的に打破するためであって、彼が今に生きていたら、新自由主義勢力も国家と結びついた特権階級と映ったことだろう。この記事ミラーより>

◎なにしろ人付き合いが下手で、何年も部屋から出てこなかったプルーストは、自分の恐怖心を才能に変えて『失われた時を求めて』を書き上げた・・・・・。<この記事ミラーより>

◎パプアニューギニアの熱帯雨林の奥深くにあるガプンという村・・・・・の人口が大幅に減少したのは、一九四二年に、とある軍隊が現れたこと。当初は塩とサゴヤシを交換するなど友好的だったが、補給路が断たれると、「狂暴で暴力的になり、村人は恐怖に怯(おび)えた」。結果、赤痢が流行し、多くの村人が命を落としたとある。その軍とは日本軍。朝日新聞 読書欄(20.3.28ミラーより>

◎古代中国の道家の思想を記した「荘子そうじ」という書の中に、次のような話が載っている。「混沌」というのっぺらぼうのような生き物に善意で目・鼻・口・耳を開けてやったら、意に反して混沌は死んでしまった。この話は、善意でやったことでも余計なことは悪い結果をもたらすので気をつけなければならないということを教えている。

◎自分は一流企業を勤め上げたと自尊している定年退職した低俗男が嫉妬深い事情が、この記事.jpgに書かれている。

JR奈良線は奈良県内を全く走っていないという衝撃の事

小笠原の生態系深刻 犯人はたった1種類の外来種の虫

◎どんぶり勘定の「どんぶり」とは丼鉢ではなく、職人の腹掛はらがけの前にある大きなポケットのような物入れである。無造作にお金を出し入れしていたところから、その名がついた。/1940年に予定されていた東京五輪が中止になったのは、日中戦争に反発する欧米の不参加が予想されたからだ。ただ、競技場の建設に使う鉄が十分に確保できるか、東京市の借金がどこまで許されるかも大きな問題だったと橋本一夫著『幻の東京オリンピック』にある。「国民、市民」に耐乏生活を求めながらの巨大な施設づくりは困難である」。当時の担当者の言葉が色あせていないように思えるのが、何とも悩ましい。 朝日新聞「天声人語」(16.12.23)より>

秩父山中 花のあとさき

◎自衛隊内の反抗分子?がよくぞ作成した自衛隊忌避ポスター.jpgがネット社会で話題になっている。

キリシタンは日本の娘を海外に奴隷として売った(リンク)

「ヒラリーが負けた本当の理由」とは!?.pdf

 「君の名は。」がなぜ10位圏外?「キネマ旬報ベスト・テン」の謎.pdf

◎<電車噺④>エッセーは「ものすごい混雑。赤ン坊の泣声と怒声罵声。ぼうとなるほどの人いきれ」だった省線電車(旧国鉄)でのエピソードを紹介。赤ん坊の激しい泣き声に「やかましいぞッ!」などの怒声が上がったが、突然「母親の身にもなってみよ。心で泣いてるぞ!」との声で静まりかえり、その声は「烈々たる気魄きはくに充みちてゐた。さらに、座席の若い女性が、乳児を抱いて立つ母親に「抱っこさせて下さい」と手をさしのべたが、ある紳士が「抱いてあげる親切があったら、席を譲りたまへ」と怒鳴る光景に、原さんは「紳士は『善』を知ってゐると云へやう。けれども『善』を行へないたぐひであらう」と皮肉った。<原節子さんのエッセー見つかるより>

◎編集者は「筋」を通して作家にうらまれることもある。昭和の名文芸編集者の木村徳三に使えぬ原稿を突き返された林房雄の場合、以後の小説の悪党の名はみな「木村」となった。中国人の悪役の時は「陳徳三ちんとくさん」だったというから徹底していた。<毎日新聞「余録」(16.12.3)より>

◎かつて「ふぞろいの林檎りんごたち」というテレビドラマがはやった。山田太一の脚本、主演は中井貴一。規格をそれた人物が不揃いのリンゴにたとえられたのだが、以来、不揃いの果物、不揃いの野菜などが見直されてきたように思う。<毎日新聞「季語刻々」(16.11.13)より>

◎「プラトーン」などベトナム戦争映画の多くはフィリピンで撮影され、ベトナム人役はフィリピン人。

◎手塚治虫は「カメラの脳」を持つと言われていました。一度見たものを鮮明に記憶し、いつでも再現できた。<この記事より>

ヤクザと共生する街、神戸市.pdf

◎琥珀こはくに封じ込められた太古の蚊が吸った血液から、DNA技術を駆使して恐竜を再生する。科学者は、おもわず駆け寄って手をかざす。・・・・・恐竜は、冷たい爬虫はちゅう類ではなく、温かい鳥類に近い。<福岡伸一の動的平衡:51より>

◎「となりのトトロ」15回目のTV放送も14.2%の好視聴率(ご参照ミラー)。映画で凡作・テレビで大化けの「となりのトトロ」、人気の理由は?!ジブリ累積視聴率2400%へ(ご参照ミラー)。

◎長女が小学生の頃、散らかった部屋を注意したら「遺伝だから」と言い返された。どこでそんな知恵を仕入れてきたのか、と噴き出してしまった。「遺伝」という言葉には、8歳児の心すら捉えてしまう、有無を言わせない説得力があるようだ。<発信箱(毎日新聞 16.11.2)より>

◎「街灯の定理」という風変わりなタイトルの経済書がある。夜、ある人が街灯の下でなにかを捜している。鍵を落としたという。なくしたのはこのあたりかと問うと、そういうわけではないが、ここは光があたって捜しやすいので、と答えた――。そんなジョークが由来になっている。闇に紛れた鍵を明るみに捜すちぐはぐ。それと同じようなことが、経済学や経済政策の世界で起きているのだ、とその本は指摘する。<日曜に想う「暗闇になくした鍵をさがせ」より>

シリコンバレー・・・・・の「影の面」・・・・・。時価総額世界1、2位の企業があるのに、彼らの税金逃れにより地元自治体は財政難に苦しんでいる。・・・・・道路は全米で最悪のレベル。公立学校に使う金も、ホームレス対策にも金が足りない・・・・・。所得格差が生んだ「社会の歪(ゆが)みや摩擦」・・・・・。<書評「シリコンバレーで起きている本当のこと」より>

堺利彦からの漱石へのファンレター

フルマラソンの走り方「悪魔の誘惑には乗らないでください」

あの国民的5人グループはもう見れないのか。

◎<NHK近江アナ> 「ブラウス後ろ前」事件

◎<関西人>大震災のときも「ボケとツッコミ」を忘れなかったという。

  阪急電鉄神戸線をボーダーに、そこより北の地域に住んでいた人は、「えらい激しい地震やった」  ことはわかっていても、べつに周りの家も大丈夫なうえ、テレビも映らないため、「大震災」であることがわからず、七時ごろに出勤しようと家を出た人も少なくなかった。 K君もその一人で、何の変哲もない紺色の背広に髪を整え、茶色の革のサラリーマンバッグ一つを持って阪急岡本駅に行き、駅員に、「ダイヤそうとう遅れますよね?」  とたずねた(引用者:ボケると)。  するとその駅員にすかさず、「きみ、電車のダイヤどころやない。みんな人生のダイヤ狂ったんや」と返されたという(引用者:ツッコまれた)。<大震災名言録より>

命のノート 関連 : 映画「待合室」(06 日/0611公開)公式サイト

京都の人が「お茶漬けでもどうどすか」と客に帰るよう促す落語そっくりの場面にシリアのダマスカスで出合ったという。「シリア・レバノンを知るための64章」(明石書店)で、歴史学者の谷口淳一さんが留学生当時の経験を書いている▲谷口さんが下宿する大家さんの家で、外出中の別の下宿人を訪ねてきた青年がその帰宅を待っていた時である。ややあって大家が「コーヒーでも飲むかい」と尋ねた。青年は「いいえ結構です。失礼しますから」と席を立って、すぐさま大家も戸口まで送っていった▲「コーヒー」が退出の潮時のサインなのは2人の様子から分かったという。これほど洗練された社交作法がつちかわれたのは、宗教や民族の異なる多様な人々が共存してきた土地柄のためだろうと谷口さんは推測している。<「余禄」(15.11.18 毎日新聞)より>

「私たちがニューヨーク市からここへくる間に見た奴隷はどなたの持ち物ですか?」「奴隷じゃありません。あれは市民です。政府に雇われているんです。彼らはほかの市民と同じ権利を持っていますー言論の自由、信教の自由、それに投票権。」<カート・ヴォガネット・ジュニア「プレーヤー・ピアノ」より>

山火事注意の看板に現れる「謎のリス」 

ドクダミの復権.pdf

◎ピグミーやブッシュマンなど、アフリカの狩猟採集民・・・・・が狩りで仕留めた獲物の所有権はハンターではなく、弓矢ややりなどの持ち主にあるという。ただし道具は頻繁に貸し借りされ、特定の狩猟名人や道具の持ち主が富を独占しないよう分配が工夫されている。しかも、どんな大きな獲物でもハンターは「やせた肉で申し訳ない」と恐縮してみせねばならない。高慢を戒めるシステムなのだ。「つまらないものですが」とお歳暮を贈る我々そっくり。そういえば日本にも地位が高いほどへりくだり、清貧をよしとする美学があった。<枝雀落語とピケティ教授より引用>

◎イソップ寓話に「アリとキリギリス」がありますね。アリが忙しく働いていた夏に楽しく歌っていたキリギリスが、冬になって食べ物に困る。アリを頼ったところ、「冬は踊っていたら」と冷たく断られるという話です。ところが、ブラジルの絵本では結論が違う。アリはキリギリスを迎え入れ、食べ物を分け合って、一緒に踊って冬を過ごしたというのです。人生は短い。大切なのは生きることを楽しむことです。いい人間関係を築いて、その中で楽しく暮らす。中南米の人々は、人生の主軸をそこに置いています。ただ貯め込むだけのアリ的人生より、キリギリス的人生のほうが豊かだと考えているのです。<ラテンに学ぶ(要ログイン)より>

Medetashimedetashi89kb_9◎池澤夏樹さんが桃太郎と教科書.pdfというエッセイの中で、桃太郎に父親を殺されたという鬼の子どもを描いた「めでたし、めでたし?」という作品(→右図<クリックで拡大>)を紹介しています。この作品は、2013年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞を受賞しました<13(H25).10.8 発表>(2013年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」結果発表)。

◎早くに父が亡くなり、家には新聞を購読する余裕がなくなった。好きなのでなんとか読み続けたい。少年は新聞配達を志願した。配った先の家を後で訪問し、読ませてもらおうと考えたのだ。元島根県出雲市長で衆院議員を務めた岩國哲人(いわくにてつんど)さん(78)の思い出だ。小学5年の時から毎朝40軒に配った。読み終わった新聞を見せてくれるおじいさんがいた。その死後も、残されたおばあさんが読ませてくれた。中3の時、彼女も亡くなり、葬儀に出て実は彼女は字が読めなかったと知る。「てっちゃん」が毎日来るのがうれしくてとり続けていたのだ、と。涙が止まらなくなった。
朝日新聞「天声人語」(14.41015)より>

◎ドイツ軍人でありながらユダヤ人救済をおこなった、信仰、信条、思想などに誠実に生きた稀有(けう)の存在だった40人余の行動の動機は、人類愛、確固たる意思、能力であり、それは、教育人格生活様式の中で身についていた。<書評「軍服を着た救済者たち―ドイツ国防軍とユダヤ人救出工作(ヴォルフラム・ヴェッテ 著)」保阪正康(朝日新聞 14.8.3)を参照して記載>

・・・・・人間は言葉の動物だ。言葉によって世界を切り分け、掌握しようとする。「液体」に「水」「ジュース」「お茶」と名前を与えた瞬間、一つの存在はバラバラになっていく。言葉はあらゆるものを分化し、疎外を起動させる。人間もまた「私」と「あなた」に分断され、透明な関係から引き離される。そこに物語が加えられることで、自己同一性(アイデンティティ)が生れる。しかし、私が私であろうとする欲望は、他ならない私を苦しめる。自己であることへの執着は、世界からの疎外を加速させ、他者との切断を深化させる。・・・・・世界は言葉によって構成されている。だから、言葉を支配する者が、世界を変えてしまう。出鱈目(でたらめ)な言葉がはびこる政治や社会に対抗するには、欲望によって構築された物語を解体する物語を手に入れなければならない・・・・・。<書評「夜は終わらない(星野智幸著)」中島岳志評(毎日新聞 14.7.13)より>

◎英国の歴史学者パーキンソンは、閣僚の定数について分析する。それによると、最も望ましいのは5人である。首相と大蔵、外務、防衛、法務の各大臣で足りる。この程度なら、互いに存分に意見交換し、かつ秘密も保てる。ところが、内閣はふくらむ傾向をもつ。権力を欲する人々がポストを求めて突き上げるからだ。彼らをおとなしくさせるには人数を増やして処遇するのが手っ取り早い。かくしてやがて2桁となっていく。20人を超える頃、組織は突然変異を起こす。主要メンバー5人ほどが前もって大体のことを決めてしまうようになる。会議は儀式と化し、時間の無駄となる。朝日新聞「天声人語」(14.4.24)より>

◎<高校生>代替バスの大合唱.pdf

「遅読」で育てた学びの背骨:明治生まれの作家、中勘助の自伝的小説「銀の匙(さじ)」。この200ページほどの文庫本に中学3年間の国語の時間をすべて費やす「遅読授業」が、2010年、脚光を浴びた。・・・・・「丑(うし)」の字に出合うと、十干十二支から丙午(ひのえうま)、甲子園の由来まで丁寧にたどる。「漢方」が出てくれば大阪の薬問屋街、道修町(どしょうまち)の神社「神農さん」にまで話を広げる。主人公が食べた駄菓子を教室で試食し、たこ揚げや百人一首でも実際に遊ぶ。・・・・・国語は「学ぶ力の背骨」となる教養を育てる科目。興味の赴くまま、横道にそれていけばいい。進み具合を不安がる生徒には「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる。自分で見つけたことは一生の財産になる」と諭した・・・・・。<朝日新聞「惜別:元灘中学・高校国語教師 橋本武さん」(14.1.18)より>

昆虫の食べられないための驚くべき戦略.mht 

◎「本でも雑誌でも、いや人間でも、実用性、物語性、扇動性の三つ をそなえていないと、売りものにならない」、「カッパの本は、冷たいロゴスを底にひめた温かいパトス、つまり、知性をふまえた感性、感覚、感情にうったえる」ものであるべきだという信念を持ち、岩波新書の教養主義に対抗して、著者と編集者と読者が同じ平面に並ぶような本作りを目指した。その結果として陸続と生み出されたカッパのベストセラー本は、戦後民主主義の一つの結実だと言ってもけっして大袈裟(げさ)な評価ではない。書評<カッパ・ブックスの時代[著]新海均 [評者]若島正>(毎日新聞 2013年9月8日)より~

お客様を知る力は日本一!の書店員.jpg 

富士山遠望の地

セリグマンの犬.pdf

◎<電車噺③>おばちゃんの親切.pdf 

うっかりミスの法律施行.pdf

◎慶長年間創業の法蔵館社長は「うちの仏教書は企画に10年、つくるのに10年。読むのにも10年かかると言われますけどね」と苦笑していた。家2軒が建つ大金をはたき、清水の舞台から飛び降りる覚悟で大手に先駆けてサルトルの出版権を得た人文書院。大学入試の過去問集「赤本」で有名な教学社はその収益で良質の教養書を世界思想社の名で世に問う。もうかりそうもない山岳書をコツコツ刊行しているナカニシヤ出版は心理学関係の教科書類を経営の柱に置いている。そろばんははじくが、目先の利益にとらわれない。京都の出版人の気概である。<毎日新聞「発信箱」13.4.18>

◎地球が直径1mにサイズダウンした場合の海水量は660cc、ビール大瓶1本程度しかない。飲める淡水にいたってはわずか5cc。<『地球がもし100cmの球だったら』>

◎ニュートンが英国経済を銀本位制から金本位制に変える方向付けを行った(書評:ニュートンと贋金づくり.mhtより)

ミルグラム実験.pdf

人は簡単には発砲できないが、思考停止の訓練で発泡率は高まる。

◎一九五八年から九一年までの間、日本の一人当たり実質GDPはおよそ六倍にも増えた。にもかかわらず、生活満足度はほとんど変化がない・・・・・。一人当たり実質GDP一万ドルくらい・・・・・のレベルを超えると、所得の増大と幸福度の上昇は単純な結びつきを失う。例えば、所得が増大した当初は確かに幸せな気分になるものの、次第にその所得水準に慣れてしまって、幸福度は次第に以前のレベルに回帰してしまうというのだ。さらに、「願望」水準のシフトがこれに加わる。所得が増大し続けるうちに、人々の望む所得水準が上昇してゆく。願望が達成されてこそ幸福度は上昇するのだが、その願望水準自体が上昇していくのだから、幸福度はすんなりとは上昇しない。ときには下落することさえある。加えて、他のメンバーとの所得の位置関係によっても幸せ感は影響される。かくして、単純なる成長至上主義は退けられることになる。・・・・・政治制度と幸福度の関係。・・・・・政治への市民参加の度合いが高いほど、そして地方分権の度合いが高いほど幸福度が高くなる・・・・・。 ~書評「幸福の政治経済学(B・S・フライ、A・スタッツァー 著)」<中村達也 評>(毎日新聞 05.5.1)~

他民族理解の難しさ.jpg  

人は自ら望む事を信じる。古代ローマの英雄カエサル(シーザー)の警句である。紀元前56年、ガリア(現在のフランスなど)制圧に乗り出した時のことだ。北西部ブルターニュに派遣した副将サビーヌスが敵陣にスパイを放ち「ローマ軍は脱走者続出、戦意喪失」というニセ情報を流させた。願ったりと攻め寄せた敵は思わぬ逆襲に遭い、敗走した。カエサルはこの逸話を「ガリア戦記」に書きとめ、論評を加えた。「およそ人は自分の望みを勝手に信じてしまう」(岩波文庫、近山金次訳)<毎日新聞「風知草」13.3.11>

◎ペルシャの大軍がギリシャに侵攻する直前のことだ。ペルシャの陣営で捕らえられたギリシャの密偵が処刑される寸前、ペルシャ王は密偵にありのままを見せて送り返せと命じた。その強大な軍容を知れば相手は戦意を失うと考えたのだ。だがギリシャは情報をもとに防備を固めてペルシャを撃退し、王の心理作戦は失敗した。では「もし古代中国の兵法家・孫子(そんし)だったらどうするか」。そう問うたのは冷戦時代に米CIAを率いたアレン・ダレス長官だった。孫子ならスパイに賄賂を与え、ペルシャの戦力が実際より弱体だと報告させただろう-ダレスはそう述べている。彼は多くの国が占いで戦争をしていた時代に情報戦を重視した孫子のリアリズムを高く評価した。またそれに学んだ毛沢東(もうたくとう)らの戦略や戦術を警戒した。(毎日新聞「余禄」13.2.22)

◎<電車噺②>感謝が生むパワー.jpg

◎<電車噺①>電車の中で「ぎゃははははあぁ~~」って笑ってる女子高生たちにおっさんが「電車内だぞ、しずかにしろ!」と怒った。彼女たちは静かにしようとしながらも、まだ声を出さないで肩を震わせながら笑いが止まらなかった。それを見たおっさん「マナーモードかよ!」電車内の7割くらいの人が腹を抱えて死んだ。

◎だれにとっても―殊に男にとって、父はうっとおしい壁である。追いつけないほど優秀であっても、逆に目を背けたいほど醜悪であっても、尊敬であれ嫌悪であれ、生涯消えることなくのしかかる父親。なぜなら父とは最初の、最大の他者だからだ。(日経新聞 書評「父」<著者:小林恭二/評者:清水良典> 99.9.19)

花見には稲作農耕の豊穣をもたらす桜の霊力への信仰があるように、秋の狩猟開始期にあたる紅葉狩り(もみじがり)には山や狩猟文化との深い関わりが想像される。(朝日新聞 12.11.22)

◎以前、インドの辺境へ支援に入った日本の女性が、現地の文字を書いたら驚かれた、と言っていた。外国人が書くからではない。「女が字を書く」からだった。貧困や因習で、とりわけ女子が就学できない理不尽が世界に残る▼字が読める母親の子は、乳幼児で死ぬ割合がかなり低くなると、先の本紙「私の視点」の寄稿.pdfに教えられた。識字は人が人らしく生きる拠(よ)りどころ。尊厳と言っても過言ではない。(朝日新聞「天声人語」12.11.14)

反応.pdf

ポストコロナ社会の構築   

              資本主義の変革に戻る

◎新しい思想家の提唱する「コロナ以後の世界」、行き詰った資本主義の向こう側にあるべき社会像を探る試みが注目される(ご参照.jpg)。

ムハマド・ユヌス「経済を再構築しよう」(ソーシャルビジネスの提案).jpg

  学研高山第2工区のあり方を考える生駒市民の会が推進を提案している里山保全型ビジネスは、ソーシャルビジネスのモデル事業の1つです。

新型コロナ 世界を代表する知識人が答える.pdf

ウイルスとの共存・共生/ウイルスと縁起の法

 ④我々のDNAには、長い進化の過程で、ウイルス由来の遺伝子が約8%組み込まれている。ウイルスが、ヒトの卵子や精子の元になる細胞に入り込み遺伝情報の一部になるため、一代限りの免疫ではなく遺伝して発病を防ぐことや、進化自体に深く関係していることが明らかになってきた。ウイルスは病を引き起こすだけではない。<20.6.25 朝日新聞 朝日カルチャーセンター>

 ③パンデミックの背景にある根本的問題.pdf

 ②コロナウイルスとの闘い 「戦争」ではなく「共生」をミラー感染症と社会 目指すべきは「共存」

 ①ウイルスがその生物に持ち込んだ遺伝子がその生物の本質的な機能を担うこともある(人間の場合、赤ちゃん誕生の鍵はウイルスが握っている)<ご参照1.jpgご参照2.jpg>。つまり、人間とウイルスとの関係においても縁起の法(すべてのものはつながり互いに支え合っている)が貫いている。文明拡大=人間の領域拡大=自然破壊によって、「新しいウイルス」(注)が人間社会に呼び込まれたが、宿主がいなければ存在できないがゆえに、自分を支えてくれるもの(宿主)を人間に求め、結果的に、人間と共存できるようになる(人類がそのウイルスへの抗体を持つようになる)までの間、人間に危害を加える。人類は、新たなウイルスを支える覚悟がないのであれば、これ以上、自然破壊をしてはならない。<20.4.29 > 

   (注)・・・・・「新しい」ウイルスとは、新たにヒト集団に登場し、そこに適応していくまでの過程にあるウイルスである。コロナもやがてそうなるはずで、薬剤が開発され、多くの人が免疫を持ち、一種の共生関係が生じて、いわば不要不急の安定状態に入る。ヒトとウイルスの、不用不急の関係がいかに深いか。・・・・・ヒトゲノムの4割がウイルス由来・・・・・。その4割がどのような機能をもつか、ほとんどまったく不明である。むしろゲノム中で明瞭な機能が知られている部分は、全体の2%足らずに過ぎない。つまりヒトゲノムをとっても、そのほとんでが不要不急である。それはジャンクDNAと呼ばれている。ジャンクの方が量的にはむしろ全体を占める。・・・・・ジャンクDNAについても、遺伝情報を担うという枠の中では機能がない。しかし、別な枠組みの機能があっても、何の不思議もない・・・・・。<養老孟司「新型コロナ 人生は本来 不要不急」(朝日新聞 2020.5.12)より>(・・・・・は省略部分)

◎新型コロナウイルス発生・伝播の原因と指摘されているのが「自然破壊」 と「都市化(過密化)」。ポストコロナ社会構築の流れは、脱「自然破壊・都市化(過密化)」となっていくでしょう。そんな中で、世界に生駒市の存在感を示していけるのが生駒市「神話と里山の都市」構想 です。この記事この記事の関連記事この記事が参考にした記事ミラー)を読んでも、里山保全活用(=自然を破壊するのではなく活用していく)の大切さがわかります。以上の文章内容はこの記事.jpgによって支持されています。<20.4.21 >

参考<コロナウイルスについての正しい知識>・・・「新型コロナで集団免疫はできない」免疫学者の警告.pdf

参考・・・新型コロナウイルス感染拡大の背後にも731部隊の亡霊<ご参照.pdf

資本主義の変革 

 規制なき資本主義(新資本主義・グローバリズム)は窮乏化法則(少数の経済的富裕化による多数の経済的・精神的貧困化の深化)を貫徹する。そのため、次のような資本主義の何らかの規制化(資本主義の変革)がうたわれています。

(7)【20. 6. 7】(一社)市民エネルギー生駒の活動が、「環境・経済・社会のシナジー(相乗)効果」を持つものであり、「地域を超えて、地球規模の環境問題を動かす可能性さえも秘めている」と毎日新聞で紹介されました(ご参照)。この活動は、この記事にも記載されている「原発や石炭火力発電が、大企業のもうけのために住民の意向に反して建設され、環境を汚染し、その利益が配当として株主に渡っていく」というような従来型資本主義を変革するものです。 

(6)ポストコロナ社会の構築

(5)脱・私有財産.jpg21世紀の資本

(4)変革への努力

 ①未来型ビジネス・・・従来のビジネス(利己性に基づく売上げや利益の最大化を目的)とは違う、利他性に基づき売上げや利益を手段に社会貢献する。

 ②里山資本主義・・・巨大資本ではなく地域資本(地域のお金・人材・資源)が地域経済(地域の人々の幸せのために人     材・資源が活用され地域でお金が循環する)を動かすこと。 

 ③公益資本主義・・・株主の利益のみを優先するのではなく、顧客・取引先・地域社会などの利害関係者全般への貢献を重視する。つまりCSV(共通価値の創造)を重視する資本主義

 ④コミュニティビジネス・・・利益を追求することで社会貢献をすることになる事業ではなく、事業自体が「地域社会のニーズを満たす有償の事業」。

 ⑤地域資源活用事業・・・当該地域に特徴的なものとして認識されている地域産業資源(農林水産物、生産技術、観光資源)を活用して、商品の開発・生産、サービスの提供、需要の開拓等の事業を行う。

 ⑥自然資本主義(自然資本経営/自然資本経済)・・・自然資本とは「未来にわたって価値のある商品やサービスのフローを生み出すストックとしての自然や生態系サービスの供給源」や「生態系が供給してくれる、他のものでは代替できない、   かけがえのない生命維持サービス」と定義される。いわゆる「開発」(自然破壊)は、自然資本を破壊する行為であるが、自然の恵みを自然資本として捕らえ、それを考慮に入れた新しい資本主義を「自然資本主義」という。

  それは、 「大地に根ざす感性と思考」に立脚する経済と言い換えることもできるのではないか。<参考>「人類の文明の進行は、人々の都市への集中、限りない効率化を目指す技術開発、地球資源の浪費に歯止めをかけられず、そこにIT(情報技術)化、AI(人口知能)化の大波が加わってきた。人間が大切にすべき大地に根ざす感性と思考、そして『ふるさと』への価値観が、どんどん希薄化していく」(作家 柳田邦男「深呼吸~ふるさと再考」<17.11.25/毎日新聞>より)

 ⑦社会課題解決型ビジネス・・・SDGsの実現が新市場の開拓につながり、雇用創出力が高いと考え、SDGsの目標実現という社会課題の解決をビジネスチャンスとしてビジネス展開するなど。

 ⑧ソーシャルビジネス・・・ムハマド・ユヌス「経済を再構築しよう(ソーシャルビジネスの提案」).jpg

 *参考 企業統治のあり方問う(「三方よし」の実践)ミラー

(3)反新自由主義 ・ 反グローバリズムの反撃 

(2)縮小社会・脱成長社会・脱成長経済・脱成長戦略・ローカリゼーション・ポスト現代資本主義

(1)這い上がるマルクス主義(復権する社会主義)

柄谷行人さんの言説

戦後日本人の戦争忌避精神は集団的無意識.pdf(18.8.15)    

憲法の存在意義.jpg(18.11)  9条は無意識に根ざした日本人の「文化」(16.6) 

自由ゆえに平等であった古代イオニアのイソノミア無支配)

  ①「哲学の起源」 (12.11)で述べる・・・ご参照ご参照><ご参照

  ②古代ギリシャに希望の光 柄谷行人インタビュー(13.1)<ご参照

縄文について

    このページの作成者:縄文社会は、自由ゆえに平等であるイソノミア無支配)である。 

 ① 日本列島先住の狩猟採集民「山人やまびと」の「協同自助」的な生活に未来の可能性が見られる.pdf(14.3)

    遊動的な日本列島先住の狩猟採集民「山人やまびと」(縄文人)は、土地の共同所有や生産の協同自助の生活をしていた(殺戮を惹起する契機を孕む闘争・抗争が不要な生き方をしていた)。かかる生き方に、現代の抑圧の世界構造(「資本=ネーション=国家」)に対抗し、それを乗り越える未来の可能性を見出すことができるとの見方(「山人」に見る未来の可能性.pdfご参照)は卓見である。<ナガスネヒコの守り神「金の鵄」はなぜナガスネヒコが戦うのを止めたのか?より 

 ②「縄文時代は、豊富な食料に支えられて自由で平等な社会であったのではないか」<ご参照(13.10)>

Wikipedia

種子法   

資料

(1)主要農産物種子法(Wikpedia)   種子法廃止法案の可決にあたっては、種子法が主要農作物種子の国内自給及び食糧安全保障に多大な貢献をしてきたことに鑑み、優良な種子の流通確保や 引き続き都道府県が種子生産等に取り組むための財源措置のほか、特定企業に よる種子の独占防止などについて、万全を期すことを求める付帯決議がなされている。

(2数年の間に日本は世界のゴミ捨て場になってしまう.jpg(19.12)   種子法廃止で日本が「遺伝子組み換え作物」の氾濫国へ!(approx.17.11)ミラー

(3)種子法廃止で審査証明せず、民間移行不安募る(18.4) ミラー

(4)種子条例

 種子法廃止受け 23道県が条例化・準備 11道県実施日本農業新聞(20.2.4).jpg>  コメ価格急騰? 全国で種子条例急増の裏側(19.12)ミラー   種子法廃止に“地方の反乱”拡大 独自に条例制定、国の農業政策に反抗(19.6)ミラー   種子条例制定状況.pdf(19.5)   種子生産、独自条例広がる(19.10)ミラー   条例制定関連情報(19.12)<ミラー   種子法廃止、農家に衝撃「足元崩れる」 代替の条例続々(19.9)ミラー   11道県で新たに条例制定(19.7)   種子の保護条例、自治体で広がる(19.7)   【論文】種子法廃止から条例制定へと動く自治体19.7

(5)奈良県での動き

 奈良県議会(17.9)質問.pdf   主要農作物の種子の安定供給に関する県条例の制定を求める署名.pdf(集約 2020年の定める月日)

(6)資料

 ①奈良県 稲作関係資料 ・・・県内の稲作生産地域の特徴などの資料あり。

 ②生駒のお米は、県奨励品種のヒノヒカリ(引用者:父に「コシヒカリ(越南17)」、母に「黄金晴(愛知40)」をもつ品種)。近年ではAランクに落ち着いていますが平成24年から27年まで4年連続で食味ランクで特Aを受賞している非常に評価の高いお米。生駒のふるさと納税にも選ばれているお米です。

 ③種の未来.jpg

意見書

(1)奈良県へ

 ①主要農産物種子法にかわる奈良県独自の条例制定を求める意見書(平成31年第1回葛城市議会定例会 発議第3号)原案可決(19.3.27)<議事録.pdf> 

 ②主要農産物種子法廃止に伴う種子保全と食の安全を求める意見書(奈良市議会定例会)原案否決(19年12月)  

(2)全国

 ①全国で種子条例急増の裏側(19.12)ミラー

 ②種子法廃止 意見書100超 全国の議会(18.12)ミラー 

 ③主要農作物の種子生産に関わる県条例制定等の対応を求める意見書.pdf<伊豆市議会/19(R1)年12月>   主要農作物種子法施行に対する新たな県条例の制定を求める意見書.pdf<庄原市議会/19(R1)年9月>  「主要農作物種子法」に変わる福岡県独自の条例制定を求める意見書<粕谷町議会/19(R1)年9月>  主要農作物の種子生産に係わる県条例の制定を求める意見書.pdf<藤枝市議会/19(R1)年6月>  主要農作物の種子生産に係る県条例の制定を求める意見書.pdf<高島市議会/19(H31)年3月>  請願 主要農作物の種子生産にかかる県条例の制定に関する意見書の提出を求めることについて.pdf<米原市議会/18(H30)年12月>  主要農作物の種子生産に係る県条例の制定を求める意見書.pdf<米原市議会/18(H30)年12月>   主要農作物の種子生産に係る県条例の制定を求める意見書.pdf<大津市議会/18(H30)年12月>  主要農作物種子法にかわる福岡県独自の条例制定を求める意見書.pdf<八女市議会/18(H30)年12月>  主要作物種子法にかわる福岡県独自の条例制定を求める意見書.pdf <小郡市議会/18(H30)年12月>   主要農作物種子法にかわる福岡県独自の条例制定を求める意見書.pdf<嘉麻市議会/18(H30)年12月>  主要農作物の種子生産に係る県じぃう例の制定を4も止める意見書.pdf<近江八幡市議会/18(H30)年12月>   種子法廃止に伴う万全の対策を求める意見書提出方請願についての審査の概要ミラー<米沢市議会/18(H30)年12月>  種子の生産、供給に関する県の条例制定を求める意見書.pdf<下諏訪町議会/18(H30)年12月>  主要農作物の種子生産に係る県条例の制定を求める意見書.pdf<愛荘町議会/18(H30)年12月>   主要農作物種子法廃止に際し、市民の食糧主権と食の安全を守るため、新たな法整備を求める意見書<三鷹市議会/18(H30)年12月 >  長野県主要農作物種子条例の早期制定を求める意見書ミラー<松本市議会/18(H30)年6月 >  主要農作物種子法にかわる北海道独自の条例制定を求める意見書.pdf<江別市議会/18(H30)年6月 >   「北海道主要農作物等種子条例」の制定を求める意見書.pdf<釧路市議会/18(H30)年6月 >   北海道主要農産物種子条例の制定に関する意見書.pdf<帯広市議会/18(H30)年6月 >   

 ②*➁

齋藤幸平氏の言論  

<この記事は、這い上がるマルクス主義(復権する社会主義)に所収されています。>

齋藤幸平氏・・・Wikipedia研究者総覧ミラー 

「批判的破壊力」を持った「使える資本論」再びミラー

コロナ危機 精神の毒にワクチンをミラーを緊急翻訳(20.4.3) 

講演会「マルクス主義とエコロジー」案内(20.1.25)ミラーPDF

カリスマ政治とヒーロー待望論の危険性(20.1.3)ミラー

グレタさんが訴える気候変動の正義は「新たな階級闘争」だ(19.12.13)ミラー

人類は資本主義を本当にこのまま続けられるか(19.11.21)ミラー人類は富を創出してもこれ以上豊かにならない(19.11.22) ミラー

142

◎<齋藤幸平氏を紹介する記事>資本主義超えた民主的共有.jpg(19.11.12

この記事.jpg(19.11.3)に「大分岐の時代に、もう一度マルクスの『コミュニズム』を復権しようとする動きが登場」と記しています。

再びマルクスに学ぶ.jpg(19.10.30) 

未来への大分岐・・・動画(19.10.25) 

弱者への被害の移転(19.10.23)ミラー

未来への大分岐 ~資本主義の終わりか、人間の終焉か?~.jpg(19.10.6)

社会を変えるために本当に必要なもの(19.9.22)ミラー

社会運動が政治変える(19.9.8)ミラー

未来への大分岐・・・動画(19.8.26)

 資本主義の危機の「処方箋」 (19.8.15) ミラーJPG 

「未来への大分岐」紹介(19.8.9) ミラー

「大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝」紹介 (19.4.15)ミラー

2018年度ドイッチャー記念賞を日本人初、最年少受賞!!(19.4.12) ミラー

   受賞のお知らせ(18.12.17

大学広報部による紹介(18.11.7)ミラー 

今、マルクスに学ぶ.jpg (18.5.19)

いま、マルクスを読む意味(18.5.5)ミラー 

世界のマルクスの読まれ方(18.5.4)ミラー 

フリーマン奨学金が私の未来を変えた

世界の編成と弁証法 ヘーゲルとマルクスについて(11.7)ミラー

                                          

楽しい学校

                     このページは、10 学校・教育・子どもサポートに所収されているものです。

 楽しい学校とは、教職員も児童生徒もすべての人が互いに基本的人権を尊重しており、それゆえ、児童生徒が人間(大人や社会)への信頼感を持つことが出来、自己肯定感を高め、自己の存在価値(自分は生きるに値する人間であること、自分は必要とされている人間であること、自分には未来が与えられていること)を確認し、自己実現(自分の思っていることや感じていることを自由に表現、つまり、言論・実践できること、自分が持つ疑問や不安が解消されて視野が拡大し、道が開けること、将来の展望を可視化できること)ができる学校です。

 かかる学校(本来の学校)には、児童生徒は喜んでやって来ます。ご参照⇒◎映画「世界の果ての通学路(12仏/1404日本公開)紹介記事.pdf 公式サイトミラー>

 楽しい学校は、いじめなど起こりようがない学校、体罰など起こりようがない学校(ご参照)、いじめ、体罰、強圧的指導、不条理な校則、進学・スポーツなどで競争心を煽られる、などなどがなく登校拒否(何年か前に不登校にいいかえられましたが、やはり、基本的人権の侵害がある学校には自らの基本的人権を守るために行くことを拒否する、ということで登校拒否と言う方がよいのではないでしょうか) など起こりようがない学校(ご参照)です。

 <補足>楽しくない学校とは、いじめ・体罰・強圧的指導・競争重視・不条理校則等のある、基本的人権が尊重されていない学校 であり、児童・生徒から登校を拒否される学校です。すなわち、いわゆる不登校の児童生徒から人権侵害が横行する収容所だと断罪された学校で、大人ではない子どもであるいわゆる不登校の児童生徒にとっては、いじめ・制裁(鉄拳体罰)・強圧的不条理命令が横行した戦前の軍隊のように怖い存在で、そんなところに行くのなら死ぬ方が楽だと思わせるところです。いじめがなくならない、いじめ問題が解決しない。その最大の理由は、基本的人権が尊重されていない学校は、「学校といえるものでなく収容所のようなところである」「戦前の軍隊のように怖いところである 」という認識がなされていない(登校拒否の児童生徒はそれを感じ取っている)ことです。  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

排外主義(隣国ヘイト)撲滅のために

この記事は、現代用語に所収されています。

あいちトリエンナーレ 「表現の不自由展・その後」中止について

日韓関係の悪化は長期的には日本の敗北で終わるミラー

元徴用工賠償問題

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教育勅語

Wikipedia<教育勅語>

 日本人の道徳・精神生活の原理を天皇の祖先以来の伝統として定め、国民に強制したもの。一切の学校教育の基本原理とされたのみでなく、国民の精神生活の最高のおきてとされた。「万一危急の大事が起つたならば、大義(引用者:人民を幸せにして下さっている天皇の御恩に報い、皇室をお守りすること)に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ。」を真髄とする。 

ご参考 : 皇国史観

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代用語<あいうえお順>

皇国史観

国家主義(全体主義)・・・個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること

思考する」「思考停止思考しない思考できない)」

 「思考する」とは、「感得・認識・考察・判断して表現すること」である。「思考停止(思考しない/思考できない)」とは、「感得・認識・考察・判断して表現すること」を停止する、しない、できない、ことである。

 感得・認識・考察・判断して表現する」 とは、今日の晩御飯は何にしようか、などと感情や情緒などによって単に思ってそれを口に出したりやってしまうではなく、知性を働かせて(科学的に=実証性・論理性・客観性・体系性を重視して)物事・世界を認識・考察・判断し、より良き社会や争いのない世界の実現等(=すべての人の基本的人権の実現は何をどうすべきかを自分で考え表現(言論・実践)することで、「精査し実践する」と言い換えることもできる。「思考停止」とはそれをしないことで、人間に、物事・世界をみるのをやめさせ、感情や情緒あるいは無気力に流れるようにさせ受け身にさせ、結果、強い者(最たるものが国家の権力)への批判精神を喪失させて、その主張<国家主義(全体主義)・排外主義>を受け入れるようになっていくこと。

  <ご参考>「我思う。ゆえに、我あり」(デカルト)・・・「我思考する。ゆえに、我存在する」を平易に言い換えた言葉です。それまで、キリスト教世界の人々は、天上の神の国こそが本当の世界であり、この地上の世界やそこに生きる人間の存在性については懐疑的でした。そのようなキリスト教的世界観・人間観に疑問をもったデカルトが、それならと、すべてのものの存在を「懐疑=思考」して「懐疑=思考」 してとことん「懐疑=思考」しました。するとすべてのものが存在しているのか疑い得ることがわかり、そして、更に「懐疑=思考」 した果てにたどりついた真理は、 そのように「懐疑=思考」している我は確かに存在しているということでした 。こうしてデカルトは「思考する」人間の確実性・信頼性を再発見し、それを「我思う。ゆえに、我あり」という言葉で定立化(命題化)したのです。これまで人々は、不確実な地上世界は無価値なものとし、死んで神に召されることに価値を見出していました。今の私たちからすれば、そんなことは馬鹿げているように思いますが、それは、戦前の日本人が、天皇(現世神)のために殉じて英霊となることに価値を見出していたのと同じことです。こうして、デカルトは「我思う。ゆえに、我あり」 という命題を打ち出すことで、地上世界の「思考する人間」の「存在性(確かに存在しているということ)=信頼できる主体性」を回復し、人々は、「思考する」ことに自信と信頼性をもつことができるようになり、近代科学を発展させていくことができるようになりました。また、デカルトと同時代のパスカルも「人間は考える葦あしである」といっています。意味は、 人間は一本の葦と同じで自然界で最も弱い存在である。しかし、考える(=思考する)という最強の力を持つ偉大な存在である、ということです。このパスカルの言葉も近代科学の発達を後押しすることになりました。

   <ご参考>思考停止するとき普通の人は怪物になる/凡庸な悪

ネトウヨ・・・ネット匿名社会の形成で新しく湧き出した、反知性主義に立つことで右翼的な考えを持つようになった人々を批判的・軽蔑的に呼ぶ呼び方。パスカルが今に生きていれば言うでしょう「ネトウヨは考えない葦である」。

「反日」・・・一般的にこの語が使用される場合は、反米・反独・反英などと一緒で特殊な意味はない。しかし、ネトウヨなどの「武力行使なき内戦」において政治権力の側に立つ人々が、過去・現在の日本人・日本国家の誤りを批判する人々を攻撃する際に使用される場合は、憎悪に満ちた、特殊な意味を持ちます。つまり、その批判が不当であるとの実証的・客観的・科学的な根拠を示せないままヒステリックに(感情・情緒に流されて)憎み攻撃する(反知性主義)ためのヘイト(憎悪)用語となる。 戦前に多用された「国賊」「非国民」は「国家への反逆者だから抹殺されるべし」という恐怖を与える(テロリズム)用語だったが、その今日版である「反日」も恐怖を与える意図を含む用語であり、差別用語と同様の基本的人権侵害用語。「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件においては、「反日」という用語も用いての中止を迫る騒動が起こされる中で、「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」という恐怖を与えるファクスが主催者に届けられた。

排外主義・・・他国民・他民族 への憎悪(ヘイト)をあおり、外国人(他国民・他民族)の存在を排斥せんとする態度(思想・行動) 排外主義撲滅のために

反知性主義・・・感情・情緒に流されて「思考停止」(実証性・論理性・客観性・体系性を軽視あるいは無視して、つまり、科学的考察をしないあるいは無視)して、自分が欲するように物事・世界を理解する態度

 

ご参考:非戦・避戦の論理

 

 

 

 

 

 

国家神道

 明治維新後、国民を統合するためにつくられ振興された国教(国家の精神的支柱)で、神道しんとう的な思想・実践、つまり、記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々と現人神あらひとがみ(人間の姿で現れた神)としての天皇を崇敬するという一連の宗教的思想・実践で、経典祭政一致の天皇制と国家主義を支えるイデオロギー(特定の政治的な信念・態度・感情に人々を立たせていく思想)となった。教育勅語を事実上の経典とした。

 伊勢神宮を本宗ほんそう(全神社の本家)とし、全国の神社を階層的に(序列を設けて)その下において政府(神社本庁)が支配し、天皇を最高祭祀者とする宮中祭祀を基準にして祭祀を行わせ、 国民は各地の神社の氏子うじことされた。神道諸教派、仏教、キリスト教を超越するものとして位置づけられ、信教の自由は国家神道と抵触しない限度内で認めたが、宗教弾圧をすることもあった。

 各地の拠点として、橿原かしはら神宮、明治神宮、朝鮮神宮等が創建された。

ご参考 : 皇国史観

 

 

 

 

 

 

 

皇国史観

                            Wikipedia<皇国史観>

皇国史観とは次のようなものです。

 イザナギ・イザナミの男女二神が日本の国土をつくった。そこに天照大御神あまてらすおおみかみを祖神とする神が降臨し、紀元前数世紀ごろから、その子孫である神武天皇を初代とする万世一系の天皇が日本を治めてきた。こうして日本は「天として治める」(皇国=神国)として歴史を刻んできた。1940(S15)年は皇紀2600年(神武天皇が即位して2600年目の年)である。神国たる日本においては、天皇は、大嘗祭だいじょうさい<つまり、天皇霊(倭魂やまとだましい・稲魂いなだまともいう)なるものを付与することで天皇を神格化して天皇に倭やまと(=日本)を治める資格を与える祭祀>によって現人神あらひとがみとなり、大嘗祭を除けば最重要の新嘗祭(豊作を祈る祭祀)をはじめとする幾多の祭祀を執り行うことで、日本は、瑞穂みずほの国<つまり、 稲(コメ)を最重要とする沢山の山の幸・海の幸がもたらされる豊かな国>となる。その国で、天皇は親で人民は赤子せきし(恵み深い天皇の子)として日本民族は全体で家族をつくり、多くの恵みをいただくことで日本人は、臣民(皇国の家臣としての国民)として幸せな歴史を送ってきた。日本人がこれからも幸せであるためには、赤子として天皇を絶対信仰することでその御恩に報い、いざというときは、天皇のために命を捧げなければならず、聖戦(現人神がお治めになる「お国」を守る聖なる戦い)は臣民が最後の1人になるまで戦い続けなければならない。以上のようにして、天皇が神としてお治めになる豊かな瑞穂の国で暮らすからこそ日本民族は幸せな歴史を歩んでこられたし、これからも、日の丸の旗を象徴とする神国=皇国での君が代(天皇が治める世)が、千代に八千代にさざれ石が巌いわおとなりて苔の生すまで続けば、日本民族も幸せな歴史を歩んで行ける。

 かかる皇国史観については、説得性を持たせる(日本人の心に浸透できるようにする)ために次の2つの工夫がされています。

  ➀古来人々に伝えられて来た神話・伝承を国内向けに天皇の正統性を訴えるためという意図にそって修正して記録した古事記と、古来人々に伝えられて来た神話・伝承を外国向けに日本という国の正統性を主張するためという意図にそって修正して記録した日本書紀の中に記載された神話・伝承の記述を歴史の記述とみなして皇国史観はつくられ、戦前の日本人は、こうして修正された神話・伝承を歴史的事実であると教えられた(ご参照)。

  ②「日本は稲穂が豊かに実る『瑞穂みずほの国』であり、稲作は日本文化の母、農業は国体の一部」<>というファシズム反対派も否定できない要素が基本的内容として盛り込まれている。  これについては、この論考(ミラー)が参考になる(ただし、万世一系の皇統が連綿と続いてきた、を歴史的事実として語っているのは誤りなのでは)。

 皇国史観は、戦前につくられた、イデオロギー(特定の政治的な信念・態度・感情に人々を立たせていく思想)であり、休眠中だった天皇制を復活させた明治維新以後、それまでに存在していた、記紀(古事記・日本書紀)に記された天皇中心の世界観を基にした複数の思想を下敷きに、天皇を中心とした中央集権的国家づくりが構築されていくなか、それを精神面から支えるものとして、下記のことが、日本人優越主義(天皇をいだく日本人は他国民・他民族より優れている/これは排外主義や他民族支配正当化理論と表裏をなす)を伴いながら、記紀神話を歴史事実とする学者の説を採用しながら、実施されていく過程で成立していきました。

 国家神道にもとづく国民教化運動の中心を担うための教部省の設置<1872(M5)年>。軍人勅諭<1882(M15)年下賜>。大日本帝国憲法<1889(M22)年公布>と教育勅語<1890(M23)年発布>による天皇の神格化の制度化。それを教育面で普及させるための国定教科書の作成<1903(M36)年>。万世一系の至高の権威である天皇が統治する政治体制が日本の国体(国家体制)であるということをはっきりさせようという「国体明徴運動」<1930年代半ば>。「国体の本義」の発行<1937(S12).3 発効>。「国民精神総動員運動」<1937(12).9 開始>。文部省教学局による、国民道徳(国家が定める国民の正しい生き方)の指標たる「臣民の道」の発行(1941(S16).7)。

 端的に言えば、皇国史観は、国家神道を土台とし、教育勅語で基礎付けられ、「臣民の道」()で完成したものといえます。

  臣民の道」・・・米英との戦争に備えて、国民は国家の意にそって動く駒であることを詳細に定義付けた。「私生活は国家に関係なく、自己の自由に属する部面であると見なし、私意をほしいままにするがごときことは許されないのである。一椀わんの食、一着の衣といえども単なる自己のみのものではなく、また遊ぶ閑ひま、眠る間といえども国を離れた私はなく、すべて国とのつながりにある。かくて我らは私生活の間にも天皇に帰一し国家に奉仕するという理念を忘れてはならない」を真髄(神髄)とする。

 教育勅語を中心にして皇民化教育(児童生徒を皇国史観を身につけた臣民としていく教育)が強力に推進されました。その結果、意識が皇国史観で覆われた国民が、ファシズム体制を自発的・自主的に支えていくようになりました。

 皇民化教育の一環として、靖国神社(お国のために戦った戦死者を英霊として祀る)についても教えられました(英霊は、数えるときの単位は神を数える単位と同じ柱はしらが用いられており、神と同じ扱いを受けています)。

 皇国史観は、神話に記された神話(古くから伝わる物語)であるはずのものを歴史的事実とし、人間であるはずの天皇を神とし、「人民は天皇の赤子せきし(恵み深い天皇の子)」という国家を家族のようなものとするものでした。これらを疑い、それに異議をはさむことは(天動説に異議を唱えたガリレオのようになるので) 許されませんでした。そのため、幼きころから皇国史観を「教育」された日本人は、何が真実か、どうするのが正しいことかなどを考える態度が身につかない(与えられた思想・考え方・知識・命令等をそのまま受け入れていく)人間、つまり、思考停止」の人間になっていきました。皇国史観は、いわば日本人を「思考停止」させる装置だったのです。

 以上の結果、意識が皇国史観で覆われた兵士が「お国のために死んできます」「天皇陛下のために 死んできます」「死んで(も犬死ではなく英霊となれるから)靖国で会おう」といいながら万歳の声に送られながら戦場に行き、「天皇陛下万歳!」「(これで)靖国に行ける!」といいながら戦死していき、そのまま土に埋もれずに、骨となって帰国できれば、「(英霊となれて)おめでとうございます」「お国(天皇陛下)のためにお働きいただき、ありがとうございます」との、意識が皇国史観で覆われた国民の声に迎えられました。これが、教育勅語・臣民の道」 の規定に沿った日本人の正しい生き方でした。つまり、日本人の正しい生き方は「戦争で死ぬ」ことだったのです。

 日本の軍隊は、皇国史観に覆われた「思考停止」の軍隊となって正しい判断のできない、日本民族に死に行く道を用意するものでした。つまり、自民族の生存を守ろうとする軍隊ではなかったのです。皇国史観に覆われた「思考停止」の国民も、「お国」(これは、本当は天皇制ファシズム国家のことでしたが、それがわからず、恵み深い天皇を親とする家族のようなものと思っていました)を守るために、一人残らず命を捨てる覚悟でした。こうして、日本民族は絶滅への道を進んでいったのです。

 かかる、他国にはない自民族絶滅を用意する皇国史観はなぜ生まれたのでしょうか。2つの理由があります。

 1つ目は、江戸時代二百数十年にわたって日本の支配層には、戦国時代に形成された生命を軽視する精神構造を受け継いで、「切り捨て御免(武士以外の者は即座に殺してもかまわない)」「武士道とは死ぬことと見つけたり(武士は死んでなんぼ)」という、日本民族すべて(武士とそれ以外、ただし天皇と皇族は除く)の生命を尊重しない(軽視する)という精神構造が強固に構築されました。その精神構造を受け継ぐ薩長土肥などの武士が明治政府をつくることで、その精神構造も明治時代以降の支配層にも受け継がれていったからです。

  なお、それは、「侍(いつでも命を捨てる覚悟のある潔い勇者)ジャパン」という言葉を意気がっていう人もいるように、いまでも1部の日本人に受け継がれています。

 2つ目は、こちらの方がより大きな理由ですが、日本には、他国にはない、古代から続く天皇制があるからです。他国にも王制や帝政がありますが、他民族の侵入等により王朝は交代してきました。日本にも実は王朝の交代はありましたが、島国のため、それは他民族の侵入によるものではなく、また、それについての他民族からの干渉もなく、真実を隠す現在でも、いわゆる天皇陵の発掘は厳に禁止されていますことで万世一系であると誤魔化すことができました(イギリスも島国ですが、大陸から泳いで渡れるほど近いので他民族の侵入や他民族からの干渉が少なくありませんでした)。そのため、日本人の意識には、日本民族は「万世一系の天皇があっての民族」ということがインプットされており、「万世一系の天皇」が消滅することは、即、日本民族の消滅(絶滅)でした。こうして、日本では、王朝の交代という観念は生まれず、天皇・皇室と民族は一体という観念が意識内に強固に形成されていたからです。

  なお、天皇・皇室と民族は一体という観念は、戦争になれば、「敗戦(降伏)=天皇・皇室の消滅=日本民族の消滅」という観念となり、それが日本人の意識を支配するようになり、戦争途中で降伏することは、日本民族の消滅を意味するので、日本人には思いもよらないことだったのです。そのため、アジア太平洋戦争末期の1945年8月、9日未明のソ連の対日参戦によりやっと降伏を決意した日本の支配層が、翌日、国体護持(天皇制維持)を条件とする降伏受諾通告をし、ソ連の日本領土占領拡大が進展しないうちに戦争を終わらせたい米英中は、日本の国体護持を条件とする降伏通告を受諾し、15日に 終戦の詔がラジオで放送されても、戦争終結について理解できない国民や、なおも戦い続けようとする将兵が多かったのです。また、ソ連の対日参戦がなかったり、国体護持を条件とする降伏受諾通告が拒否された場合は、さらに民族絶滅への戦争は続いていたのです。

  皇国史観が、日本型ファシズムの精神的支柱となったことについては、日本型ファシズムと改憲をめぐる武力行使なき内戦をご参照ください。

  ご参考・・・皇国史観は、戦後史学においても「実証性」の装いをまとった「戦後型皇国史観」として継承された。ミラー 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教育基本法改訂

                     この記事は、教育の反動化に所収されています。

 現場教職員の反対を抑えて教育基本法改悪は強行されました。新(改悪)教育基本法<2006(H18)年12月22日に公布・施行)は、旧教育基本法にあるものをわざわざ削除したり変更し、ないものをわざわざ追加したり新設しました。何が削除され、何がどう変更され、何が追加され新設されたかを見れば、教育基本法改悪の狙いがわかります。

                     新旧教育基本法の比較文科省のHPより)

(1)前文

憲法と教育基本法の一体性を明示した「われらは、さきに、日本国憲法を確定し・・・理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」を削除⇒憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断することで、憲法が規定した政治原則(主権在民、平和主義、基本的人権の尊重)を実現する教育を否定(憲法に則った教育を否定)。

②「真理と平和を希求」を「真理と正義を希求」に変更⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断した上で、この変更をすることで、憲法9条(「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」)で規定された平和主義を否定し、「正義のための戦争」開始に道を開いた。

③「個人の尊厳を重んじ、・・・教育を普及徹底」を「個人の尊厳を重んじ」る「人間の育成・・・を目指す教育」に変更⇒個人の尊厳を教育の基本に据えることを否定し、それをいくつかの教育の目標(「公共の精神」・「伝統を継承」など)の1つにした。

➃教育の目標に「公共の精神」を追加⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断し、 ③のように個人の尊厳を教育の基本に据えることを否定した上でこの追加をすることで、「全体主義(国家主義)」(個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること)を身に着けさせる教育への道を開いた。

➄教育の目標に「伝統を継承」を追加⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断した上で、 これを追加することで、皇国史観を身に着けさせる教育への道を開いた。

➅「日本国憲法の精神に則り、・・・新しい教育の基本を確立」を「日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り開く教育の基本を確立」と変更⇒戦前の教育(※)から決別した新しい教育への転換を放棄する余地をつくった。

   (戦前の教育 教育勅語を中心とする皇民化教育(国民を天皇に心身ともにささげる臣民<家臣>にする教育) 

➆「教育の・・・振興を図るため、この法律を制定」という規定を追加⇒教育基本法の性格を理念法から行政施策法に転換させた。

 

(1)第一条(教育の目的)

個人の価値をたっとび」「自主的精神に充ちた」を削除し、国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた・・・国民の育成」を添加教育を、国家にとって必要な資質を備えた人材(国家に奉仕する人材)育成教育に転換させ、人間(個人)より国家を優先させ、教育は個人のためではなく国家のためのものへと転換させ、国家主義全体主義)を身に着けさせる教育への道を開いた。 

 

(2)第二条 <条内容の総変更(総入れ替え)・・・これは、民主主義教育から「国定教育目標」を掲げた非民主主義教育への転換をはかるもの>

➀この条の内容を「教育の方針」から「教育の目標」に総入れ替え⇒国家が教育内容を決め、その達成を国民に求める目標にすることにした(目標には評価がつきものである)。つまり、「国定教育目標」を設定した。これによって、教育を、国民の権利から国家の決めたものを達成すべき義務に転換させた。これにより、教育内容の国家統制強化への道が開かれた。

 この変更により、「教育の方針」(教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない)は放棄された。

②以下のものが追加された。⇒これらが、国定教育目標(国家が定める国民の達成すべき教育内容となった。これらは「心に関するもので目には見えないもの」で、それが表に現れた態度や文書で評価させる(目標には評価が付きもの)ことで、心の中にまで国家や行政が踏み込み、内心(精神)の自由を侵害し、国民(児童生徒等)の心を一定方向に向ける(下記項目の⇒の右の方に向ける)ことを可能とした。

  ・「道徳心を培う」⇒戦前の筆頭学科「修身」の復活 「修身」: いかに生きるべきかを自らが考え選択した生き方こそ正しいとする態度ではなく、一定の正しいとされる生き方を選ぶ(ことをした者を高く評価し、そうでない者は低く評価することで、そうする)ことが正しいとする態度を身に着けさせて、「思考しない(で、一定の<=皆と同じ>価値を持つのが正しいとする)人間」を養成する教科(評価を伴う授業内容)

     (※)(天皇を敬うように親を敬い、親を敬うように天皇を敬えば身を修めることができる。家族皆がそれをやれば家が斉ととのう。すべての家が斉えば国(お国自慢という場合の国)が治まる。すべての国が治まれば天下(日本)は平和になる、から身を修めよ、など)

  ・「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度」⇒「国家主義」(全体主義)

  ・「伝統と文化を尊重」我が国と郷土を愛する」皇国史観的感情・情緒、排外主義的(偏狭な)愛国心

      排外主義・・・他国民・他民族 への憎悪(ヘイト)をあおり、国人(他国民・他民族)の存在を斥せんとする態度(思想・行動) 

③第一条(教育の目的)で削除した「個人の価値をたっとび」をこちら(教育の目標)の目標に移して「個人の価値を尊重し」と変更⇒個人の価値」をたっとびながら教育は行われなければならないことを否定して、個人の価値の尊重は各個人の目標に過ぎないものとした。

➃「国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」が追加⇒憲法と切り離された文脈でこれを追加することで、自衛隊の海外派兵を後押しすることになった。

➄学校における自由な空間、教員と生徒との自由な関係、信頼関係による教育をすすめることを意味する「自他の敬愛と協力によつて」を削除⇒学校内ヒエラルキーと児童生徒への統制強化を後押し。

 

(3)第三条(生涯学習の理念)<新設>

〇自己の責任で生涯にわたって学習すべきだという、国家の考える生涯学習の概念を述べ、すべての人の学習の機会の保障は放棄した。

(4)第四条(教育の機会均等)

➀「能力に応ずる教育」を「能力に応じた教育」に変更⇒「能力が発達していくための必要(5年生なら5年生の能力が発達していくに必要なこと)に応ずる教育」を否定し、能力の格差に応じた能力主義的・格差的な教育再編をおこない、競争原理によって生じた能力の差に対応する教育機会の格差的振り分けをすすめていくこととした。

②「障害のある者が・・・教育を受けられる」を追加⇒「健常者」と「障害者」を分断した。

③「奨学の方法」を「奨学の措置」に変更⇒国・地方公共団体の教育機会の保障義務を軽減させた。

 

(5丁目)第五条(義務教育)

➀「9年の普通教育を受けさせる」を削除し、「別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる」と変更⇒義務教育期間を弾力化し、エリート教育のための早期入学や飛び級、飛び入学を推進し、逆に、不登校や「問題のある子ども」などを卒業させない、学校からの排除などができるようにして、義務教育の格差的多様化に道を開いた。

②「自立的に生きる」を追加⇒医療保険や年金など国家に頼らず「自己責任」で生きることを努力義務とした。

③「義務教育・・・は、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的」を追記⇒国家主義教育に道を開いた。

➃「国及び地方公共団体は・・・その実施に責任を負う」を追記⇒国家や地方行政が教育内容に介入することを正当化。

 

(6)第六条(学校教育)

➀「学校は、・・・国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置」を「学校は、・・・国、地方公共団体及び法律に定める法人のみが、これを設置」に変更⇒国公立学校と法人設置学校を同列化することで、新自由主義による学校教育への「私」の参入の推進をはかる。

②「学校においては、教育の目標が達成されるよう・・・教育が行われなければならない」を追加⇒第2条で新設した「教育の目標」(国家が決めた教育内容)の達成を学校に義務づけた。

③「学校においては・・・体系的な教育が組織的に行われなければならない」を追加⇒学校内ヒエラルキーによる教員の管理統制を義務付けた。

④「学校生活を営む上で必要な規律を重んじる」を追記⇒子どもの統制を義務化

 

(7)第七条(大学)<新設>

○「成果を広く社会に提供することにより社会の発展に寄与」を新設⇒産学協同を推進し、企業活動に役立つ教育・研究をめざすことを努力目標とさせた。

 

(8)第八条(私立学校)<新設>

○「国及び地方公共団体は・・・助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない。」を新設⇒助成等を手段にした国家や地方行政による私学統制を正当化。

 

(9)第九条(教員)<第六条(学校教育」)より分離移設>

➀第6条の「学校教育」から「教員」を分離⇒教員を学校と一体の存在ではなく、国家につながる存在であることを教唆。

②「教員は、全体の奉仕者」を削除⇒教員は「全体の奉仕者(国民全体に直接責任を負うもの)」であること、つまり、権力に縛られない自由主体性をもつ存在であることを否定して、教員の教育の自由の法的根拠を削除した。それにより、教員は国家につながる存在であることを教唆している。

③「教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、・・・その職責の遂行に努めなければならない」を追加⇒「全体の奉仕者」であることを否定した文脈で追加された「崇高な使命」の内容は、国家や地方行政が定める使命であり、それの遂行を教員は義務付けられた。そして、その使命とは、第二条で規定された国定教育目標の達成である。その達成は義務であるから、評価制度ご参考で達成していないと評価されれば、不適格教員として排除される

➃「教員は・・・絶えず研究と修養に励み、・・・養成と研修の充実が図られなければならない」を追加⇒教員に「官製研修」の受講義務や「資質向上義務」を課すことで、教員への国定教育目標の刷り込み、その深化をはかる。これは、副作用として教員の多忙化を惹起する(通知がない受講自己申請の10年ごとの教員免許更新研修の受講をし忘れた教員は免職となる。再び教員になるには、教員採用試験を受けて合格しなければならないが、その試験には年齢制限があり、教員になって10年経った教員は受けられない。かかる非情な制度は、教員を常に精神的に政治権力下に置くもので、政治権力に批判的な教員は屈辱感で圧迫される。これは、医者・弁護士・薬剤師など他の国家資格にはない、教員を精神的に屈服させんとする文科省の冷徹な施策である)。

 

(10)第十条(家庭教育)<新設>

➀家庭教育の項目を新設⇒国家が家庭の中にまで介入する根拠を設けた。

②「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」を新設⇒父母その他の保護者にも、第2条で規定された教育目標の達成を責任づけた。

③「自立心を育成」する「よう努めるものとする」を新設⇒医療保険や年金など国家に頼らず「自己責任」で生きる人間の育成を努力義務とした。

 

(11)第十一条(幼児教育)<新設>

○「国及び地方公共団体は・・・幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。」を新設⇒就学前教育の統制をおこなう根拠が設けられ、子どもを育てる自由が狭められ、子育ての多様な考え方が否定されることになる。また、第5条の義務教育年限の弾力化と連動して、早期教育やエリート教育をが進められる。

 

(12)第十二条(社会教育)

○「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」を「個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育」に変更⇒改悪前の教育基本法にはあった第2条(教育の方針)「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」は放棄されたが、社会教育でもそれは断行されて、「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」は放棄され、社会教育を「個人の要望や社会の要請」があった場合に限定した。これは、社会教育の公的性格をなくして公的保障を低下させ、受益者負担や社会教育の自由市場化の推進をはかるもの。

 

(13)第十三条(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)<新設>

➀「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚する・・・ものとする」を新設⇒第二条(教育の目標)の新設により「国定教育目標」が設定されていく中で、国定教育目標の達成をすべての国民の努力義務とし、「国民精神総動員運動」への道を開いた。

041028kirikaeshi  努力義務は強制義務ではないので、それをしなくても断罪されてはならない。しかし、戦前、国家が定めた教育目標の達成度合いは、国民みずからが、それを監視していった。今日でも、「国旗及び国歌に関する法律」(1999.8 公布・施行)の制定にあたり、政府は「国旗掲揚・国歌斉唱は義務づけ(強制)はしない」と説明し。憲法をだれよりも尊重している前天皇も、「(国旗掲揚・国歌斉唱の)強制(は憲法違反だから、そういうこと)にならないことが望ましい」と、(天皇の政治的発言を禁じている憲法に違反しているとの指摘を受けるリスク回避よりも、国旗掲揚・国歌斉唱の強制という違憲行為を阻止することを優先して)公言している<→右上図(クリックで拡大)ご参照>にもかかわらず、国旗掲揚・国歌斉唱の強制に反対する教職員(参考:なぜ教師は「国歌斉唱・国旗掲揚の強制」に反対するのか)は、「反日だ!」「イデオロギー集団だ!」等のバッシングを受け、そんな声に呼応した大阪府等の行政により処分され、当然、被処分者は違憲行政の処断を求めて公訴しているにもかかわらず、かかるバッシングや処分に反対する世論も高まらず、逆に、教職員を断固処分する大阪府知事の人気は高まるという戦前回帰の状態が進み、国旗掲揚・国家斉唱の強制は全国的に貫徹された(国旗・国歌強制問題は、戦前に皇国史観が国民に受け入れられていく過程を再現した)。

②新設された条文の「その他の関係者」の中に、官憲が入った場合は、官憲の教育介入を、報道機関が入った場合は、国定教育目標に反する報道は教育の妨害行為として報道統制を、市民組織が入った場合は、第一二条(社会教育)とも連動して市民運動に対する統制・排除(公共施設で行う学習会などの内容が教育目標にしばられ、反するものは排除され、会場使用が不許可になる)を、もたらします。

③この条文の新設は、第十条・第十一条・第一二条とも連動して、学校教育だけでなく、家庭教育・幼児教育・社会教育などすべての教育に国定教育目標達成の努力義務が課せられた。

 

(14)第十四条(政治教育)

➀条文はほとんど変更されていないが、前文の削除・変更・追加と第二条の総変更(総入れ替え)によって 「良識ある公民」の「政治的教養」の中身が根本的に変えられ、次のようになった。

  ・「道徳心を培う」<=戦前の筆頭学科「修身」的道徳を培う>

  ・「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する」<=「国家主義」(全体主義)>

  ・「伝統と文化を尊重」「我が国と郷土を愛する」 <=「皇国史観」的感情・情緒/「排外主義的(偏狭な)愛国心」>

  ・(憲法を改定し、武力行使による)「国際社会の平和と発展に寄与する」<=自衛隊の海外派兵実行>

②なお、改悪前の教育基本法でいう「良識ある公民」の「政治的教養」の中身は、自他の敬愛と協力によつて養われる、個人の尊厳と価値を重んじ、憲法がうたう主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を実現する態度のことだった。

 

(15)第十五条(宗教教育)

○「宗教に関する一般的な教養・・・は、教育上尊重されなければならない」を追加⇒第二条の総変更(総入れ替え)による国定教育目標の設定に連動して、皇国史観にかかる事案(伊勢神宮・靖国神社参拝、国家神道等)を学校教育に導入する道を開いた。

  ・伊勢神宮・・・天皇の祖神(先祖の神)である天照大御神あまてらすおおみかみを祀る

  ・靖国神社・・・お国のために戦った戦死者を英霊として祀る(英霊は、数えるときの単位は神を数える単位と同じ柱はしらが用いられており、神と同じ扱いを受けている)。 

  ・国家神道・・・明治維新後、国民を統合するためにつくられた振興された国教(国家の精神的支柱)で、神道しんとう的な思想・実践、つまり、記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々と現人神あらひとがみ(人間の姿で現れた神)としての天皇を崇敬するという一連の宗教的思想・実践。伊勢神宮を本宗ほんそう全神社の本家)とし、全国の神社を階層的に(序列を設けて)その下において政府(神社本庁)が支配し、天皇を最高祭祀者とする宮中祭祀を基準にして祭祀を行わせ、 国民は各地の神社の氏子うじことされた。神道諸教派、仏教、キリスト教を超越する非宗教として位置づけられ、信教の自由は国家神道と抵触しない限度内で認めたが、宗教弾圧をすることもあった。

(16)第十六条(教育行政)

➀「教育は、不当な支配に服することなく」「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」を「教育は、不当な支配に服することなく」「、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」と変更⇒

この変更により、2つの重大な転換が断行されました。

 1つ目は、「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」が削除されたことにより、「不当な支配」の意味が「国家による教育内容への介入」から「国家による教育内容への介入に反対する勢力(国家側が、イデオロギー集団や左翼教員と呼ぶ人々)による教育破壊」に転換。

 2つ目は、「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」が削除され「、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」が添加されたことで、教育の自由の保障や国家・地方行政の教育内容への介入の禁止から、改悪教育基本法や教育内容への介入立法による国家・地方行政の教育内容への介入推進に転換。

②「教育行政は、・・・教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」が削除され、「国は、・・・教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。地方公共団体は、その地域・・・の実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。」を添加⇒国家・地方行政は、教育の諸条件(ハード面)整備のみを義務とし教育内容(ソフト面)への介入は教育基本法違反であったのが、教育内容にも合法的に介入できるようにした。なお、これにより、教育への新自由主義の導入をはかる改悪前教育基本法違反であった全国一斉学力テスト強制実施が、合法的に実施された(2007年)。

③「国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施的されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない」を追加⇒教育への効率的重点投資投資効果の評価による、国家的目標・基準の達成度の低い学校やその他の教育機関のリストラを促進。

 

(17)第十七条(教育振興基本計画)<新設>

○政府に「教育振興基本計画」の策定を義務付け、地方公共団体には、それを参酌した当該地の教育振興基本計画の策定を努力義務とする、ことを新設した⇒教育基本法の性格を、準憲法的な理念法から、行政施策法に転換させ、第二条の「教育目標」を具体化した「教育振興基本計画」の策定・実施と通じた国家・地方行政による教育内容の統制の道を開いた。

 

結論 : 以上のような教育基本法の改悪は教育のクーデター」であり、

国家主義者が再び教育を国家への奉仕者に変えようとしている

教育基本法の改悪で、ますます学校は悪くなる・・・ご参照 

 (以上)

 

 

 

 

 

 

 

社会科解体

                     この記事は、教育の反動化に所収されています。

(1)文部省(現文科省)は1982年突然(=現場教員の意見を一切聞かずに無視して)、高校の社会科を解体し、地歴科という教科(人文科学系/世界史A・世界史B・日本史A・日本史B・地理A・地理Bという科目を新設し、「世界史A」「世界史B」から1科目、「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」から1科目を必修とし、それ以外は選択)と公民科という教科(社会科学系/従来からの政治経済に加えて現代社会・倫理という科目を新設し、「現代社会」1科目か「倫理」「政治経済」の2科目を必修とする)を設置しました。その目的は、➀人文科学(文学・歴史学・地理学)系を社会科学(政治学・経済学・法学・社会学)系と分離させることで、歴史や地理を社会科学的に(つまり、政治学・経済学・法学・社会学も援用して)学ぶのではなく、単に物語的に知る、または、知識を得るだけでよいものにする(暗記科目化にする)ため。それまでの「倫理社会(人間の生き方を社会科学的に考える科目)」を「倫理(偉人といわれる人の生き方など単なる道徳のようなものを知るだけの科目)」にしたのも同じ狙い。 ②「政治経済」(政治学・経済学・法学・社会学という学問の体系に裏打ちされている科目)とは別に、「現代社会」という、学問体系に裏打ちされない(つまり、単なる世間話的な政治・経済の話を知る科目)を新設し、公民科では事実上これを必修にして、高校生が「政治経済」という科目を学ぶ機会を事実上なくしていくこと(社会科解体でもたらされた地歴科・公民科の沢山の必修・選択科目をどのように組み合わせて採用するかは各学校の判断にまかされたが、複雑煩瑣になったカリキュラム作成において「倫理」「政治経済」を採用するのは至難の業であり、事実、多くの学校では「倫理」「政治経済」を採用できず、「現代社会」を採用せざるを得なかった)。

(2)以上のように、「社会科解体」 は、高校生が政治や経済を社会科学的に考える人間として育っていかないようにしようという国家政策であり、戦後教育の大転換をもたらすものでした。当然に、日教組に結集する現場教職員(=憲法で規定された勤労者の団結権及び団体行動権をはじめとする基本的人権を自ら守り行使することで、学校が、生徒たちが基本的人権を守り行使する人間として成長していく場であり続けることを生徒・保護者に保障するべく務めている人々) は反対しましたが、政府与党は、「日教組こそイデオロギー集団であり、日本の教育を破壊しようとしている」とのカウンターキャンペーンを展開して、「社会科解体」 を強行しました。

(3)その結果、政府与党の狙いと教育現場教員の心配は見事に的中し、1982年を境に、若者に反知性主義が浸透し、その右傾化(=保守反動政党支持、革新政党毛嫌い、ヘイト化等)や思考不全(政治や経済について述べるのはダサい、物事を社会科学的に考えるのが苦手、等々)が進み、物事を社会科学的に考えられなくなった若者の一部は「ネトウヨとなっていき、「老人は保守的、若者は革新的」は「若者は保守的、老人の方が革新的」へと逆転していきました。

(4)なお、社会科解体が強行される中で、日教組に結集する現場教員は、「現代社会」の授業をするとき、政府与党の狙いとは逆に、本来の社会科教育の目標「社会の諸問題と真っ向から向き合い、真に国民主権を担う人間として成長していく場を提供する」を実現していく授業を行う努力は続けました。

(5)社会科解体の成果は十分にあがっているにもかかわらず、文科省は、憲法改悪後の新時代(「戦後=平和主義時代」を総決算して、つまり、終了させて、始まる、最大の基本的人権侵害である戦争もできる時代)に備えて、地歴科には「歴史総合」「地理総合」という新必修科目を新設し、公民科では、「現代社会」からより一層「社会」科学的要素を除去した「公民」(古代日本では、公民は天皇の民のことであり、国民はお上に従うのが良き道であることを無意識のうちに生徒の心に刻印しようとする名称)という名称の科目を新設し、地歴科・公民科のより一層の「世間話化」「暗記科目化」、つまり、「社会科学」(政治・経済・社会についての真理探究、言いかえれば、政治・経済・社会について根本的に考え、より良き世界への変革の道を探ること)的要素の一層の除去、を行なおうとしていますご参照.pdf)。かかる政府与党の準備周到さの中に、政治権力(を支える官僚)の冷徹・狡猾さを改めて認識させられます。

 

 

 

 

 

 

 

縁起の法   

】縁起の法の内容一言でいえば「すべてのものはつながり互いに支え合っている」という法(教え)であり、詳しくは、「仏陀の教え(仏教)」の簡潔な説明.pdfご参照

     前5世紀前後、シッダールタ(釈迦)が縁起の法を悟って仏陀になった時を描いたのが、手塚治虫「ブッダ」のこの場面 .pdf。なお、仏陀の狭義は、最初に、縁起の法、に目覚め・を悟った、シッダールタのことをいい、広義は、縁起の法、に目覚めた人・を悟った人のことをいう。  

縁起の法とは、

(1)いかに生きるべきかという法(教え=倫理・道標みちしるべ)である。

    端的にいえば、慈(他者に楽しみを与える/他者の幸せを願う)悲(他者の苦しみを取る/他者の苦しみに寄り添う)の道を歩め、という教えである。

(2)自然はかくあるという法(教え=自然法則)である・・・下記の文ご参照

  ①世界のあらゆる現象は相互に関係し、影響を及ぼし合っている。.pdf

  ②命はすべてつながりあい、影響しあっている.jpg

  ※自然法則を無視して崖から飛び降りれば自己の生命は破壊されるように、自然法則(縁起の法)を無視して乱開発をすれば生物多様性は破壊され、人間も劣化し、持続的な生存の可能性が低下していく。

)縁起の思想(縁起の法に基づく思想)<下記がその内容> を定立させる法(教え=論理)である

     縁起の思想については、レンマ学.jpgご参照   中沢新一「レンマ学」(群像)走り書きリンク

  ①これまで自然科学を進展させてきたのは「ロゴス的知性」で、これは、自分の前に集められた事物を並べて整理する知性作用で、その本質は時間軸にしたがう線形性にある。言葉がこれと同じ作用をもつので、言葉で考え表現できる。西洋では伝統的にこの知性が重要視され、理性といえばこの意味でばかり用いられてきた。 

  ②一方、「レンマ的知性」は、事物全体をまるごと直観によって把握する知性で、データ化や言葉化が難しく、その働きを実体として取り出せないので、これまでの自然科学者はロゴスに徹してきた。

  ③しかし、本来、「レンマ的知性」 こそが基本であり、理性のあり方であり、「ロゴス的知性」 はその変異体として生まれたものである。

  ④今日、量子力学などロゴス型に収まりきらない学問が生まれてきている。また、ロゴス型の知がつくり出した現代科学技術社会に問題が山積し始めており、ロゴス型の知を人間に代わっておこなう人口知能の急速な発達による暴走が危惧されるようになってきている。

  ⑤そこで、「レンマ的知性」 を用いた「レンマ学」の登場が期待されてきており、これは、現代数学や量子論、言語学、精神分析、数学、生命科学、脳科学といった人間諸科学の解体と再編成をうながしていく可能性があるが、かかる「レンマ学」基礎をなすのが「縁起の思想」である。

  ⑥その「縁起の思想」とは、すべての現象は縁起(縁りて起こる)するゆえに、固定的な実体をもつものはなく、固執する対象もないとするものである。 

(4)人間を幸福にする(幸福感=幸せポイントを高める)方法(これは、長寿の方法・秘訣でもある<下記がその内容> を定立させる法(教え=方法)である。

  ①相手を思いやって行動する。

  ②相手のありのままを受け入れる。これは、精神的健康を下げない効果がある。

  ③感謝する。このことで、感謝される側だけでなく、感謝する側もポジティブな気持ちになる。感謝の言葉をだすことは、相手の幸せを上げることにもなるし、自分の幸福感を高めることにもなる(共にポイントが入るのでダブル幸せポイント)。

  ④互いの弱さを補い合う。これにより、これにより幸福感を高め合うことができる。このことが最もたいせつ。

<(4)は、阪大院人間科学研究科の権藤恭之教授の説を参考に記述しました。>

(5)人間とはいかなる存在かという命題<下記がその内容>を定立する法(教え=哲学<物事を根本的に、物事の根本を、考える学>)である。

  〇ひとは誰かの思いの宛先であること、誰かにとってなくてはならない存在であるという事実によって、はじめておのれの存在を得る折々のことば 530.pdfより)

】検討中・・・縄文時代から弥生時代への移行(前5世紀~後3世紀)という衝撃を背景に生まれた生駒の神話(ナガスネヒコ神話・国譲り神話)は、 海路を経て伝えられた仏陀の教えである縁起の法の影響を受けている、更には、縁起の法を神話化したものとも考えられます。教団仏教が日本に正式にもたらされたのは日本書紀によれば552年ですが、 仏陀が生きたのは紀元前5世紀前後ですから、縄文時代から弥生時代への移行期に縁起の法が日本に伝わっていたということはあり得ることです

  トミのナガスネヒコの記事には、ここには「ナーガはインドで古くから信仰されていた蛇神」とあることから、古代の日本には「竜神=ナーガ(蛇神)」信仰があったと推測され、ナガスネヒコのナガの由来をそこに求めることもできる。「ナーガ(ナガ)=蛇神」については、トビ・トミ=ナガ=蛇神ご参照。>と記されているように、はるか昔のインドの信仰が日本に伝えられていたこともあり得るということは、縁起の法もそうだったということを支持しています。

 生駒の神話が縁起の法の影響のもとに生まれた、更には、それを神話化したものとすると、生駒の神話に流れる非戦・避戦の精神は縁起の法と同調する精神といえます。

【4】参考

 〇ウイルスとの共存・共生/ウイルスと縁起の法ポストコロナ社会の構築 

 〇誰かに依存していることを忘れるほどに依存できている状態が自立である.jpg

 

 

 

 

 

 

 

(日本型ファシズムと)改憲をめぐる武力行使なき内戦 

この記事は、18 諸課題自治体行政にも影響与える国政問題武力行使なき内戦に所収されています。

 世界史上、数百万以上の人口を有す民族の中で、10数年ほどの短期間に絶滅する危機を経験した民族が2つあります(第2次大戦時のドイツ人・ロシア人も該当するかもしれません<ご参照.jpg>が、今ここでは話をシンプルにするため、それらは省きます)。ユダヤ民族と日本民族です。

 前者は、古代ローマ帝国の「(反抗する民族の居住地域に)廃墟をつくり、それを平和と呼ぶ」という政策によって絶滅の危機にさらされ、ディアスポラ(世界中に離散)によってその危機を乗り越えました。しかし、長い時を経て、再び、民族絶滅の危機を迎えました。ナチス(ドイツ型ファシズム)によるホロコーストです。推定で約600万人の犠牲者を出しました。もし、ナチスドイツが第2次大戦に勝利していたら民族絶滅の可能性もありました (アメリカが参戦していなかったらナチスドイツが勝利する可能性がありました。日本が真珠湾攻撃でアメリカを強制的に参戦させたので、ユダヤ民族は絶滅を免れたともいえます)。そのような可能性が再び生じないようにするため、ユダヤ民族は、世界各地から古代ローマ帝国時代に居住していた地域に戻ってイスラエルという国家をつくりました。この国家は、ユダヤ民族の生存を守り、それを保障する国家です(ユダヤ民族がディアスポラ去ったあとにこの地に居住していたアラブ人の生存は認めない人々が、今のところは多数の国家)。この国家は、ディアスポラやホロコーストを経験してきた人々、つまり、自民族の絶滅を防ぐ(自民族の生存を維持する)ために、差別、貧困、迫害等々のいかなる状況をも乗り越えてきた人々がつくった国家であり、ユダヤ民族の生存を守り保障することを唯一の目的とする国家といっても過言ではなく、ユダヤ民族の生存を脅かす事案や者に対しては徹底的に容赦しないが、そうでない事案や者に対しては関心がない、もしくは、寛容です。例えば、イスラエルでは街でも電車の中でも、頻繁に機関銃を手にした兵士のグループに出会うし、電車の中では、他の乗客に混ざって座っています(この国では、18歳になれば、男子は3年間、女子は2年間、徴兵されるから、人口のうちの兵士の割合が高いからです)。しかし、誰もこのことを気にしない(今の日本で電車に機関銃をもった兵士のグループがいたら大問題になるでしょう)。その理由は、イスラエルの軍隊はユダヤ民族の生存を脅かす言動をしないものには攻撃をする必要がなく危害を加えないということが常識になっているから(イスラエル国内では軍は警察のようであり、イスラエル国内は、テロの危険度が高い乗合バス以外は世界中で最も安全と感じさせる場所と言う人もあります)。イスラエルの軍隊は、徹頭徹尾、自民族を守る軍隊です。

 対して、日本民族はどうか。同じ絶滅の危機を経験したとはいえ、ユダヤ民族の場合は、他民族によって絶滅させられようとしましたが、日本民族は、アジア太平洋戦争のとき、自国民・自民族から絶滅させられようとしたのです。

 ➀そもそも、国力に圧倒的な差のある米英との全面戦争を強行すること自体が、他民族より辱めを受けるぐらいなら、戦って民族が絶滅する方がよいという愚劣な軍人・政治家の考えに基づくものでした()。②軍部は敗戦がだれの目にも明らかになった段階においても、 「日本民族最後の1人になっても戦え!一億総玉砕!」を唱え続けて降伏せず、戦地に向かう艦船撃沈(全員死亡)、海外戦地での玉砕(ほぼ全滅)、特別攻撃隊の自爆、日本本土無差別空爆(国際法違反の赤ちゃんからお年寄りまでの非戦闘員の大量殺人)、沖縄戦(鉄の暴風・玉砕)原爆投下(国際法違反の残虐兵器による大量殺人)、ソ連軍侵攻、という民族絶滅に向かって進みました。③ ➀において、国民もまた、同様に覚悟していました。②において、国民もまた、軍部と歩調を合わせ、「お国」のために死ぬことこそ日本人、そう思わない者は非国民、と思っていました。戦争に反対したい人も少数ながらいましたが、そんなことを言おうものなら、官憲に殺される前に私刑で殺されると思って自己規制して言いませんでした。また、国民は自発的に相互監視していました。

   ()1941年12月8日の真珠湾攻撃を「至上の世界史的事件」と記すのは、対独戦争への米国の参戦を求めていた英首相チャーチルだ。ルーズベルト米大統領から奇襲を聞いた時の心境をこう書いた▲「今やここに至り、米国が完全に死に至るまでの戦争に入ったことを私は知った。かくして、われわれはついにこの時、戦争に勝ってしまったのである。ヒトラーの運命は定まった。ムソリーニの運命も定まった。日本に至っては木(こ)っ端微塵(ぱみじん)に打ち砕かれるだろう」▲「開戦劈頭(へきとう)の敵主力への猛撃で米国民の士気を救うべからざるほどに阻喪(そそう)させる」は奇襲を指揮した山本五十六(やまもといそろく)の狙いである。日米戦争に反対した山本すらチャーチルに見えたものが見えていなかった。<余禄(毎日新聞 16.12.8)」より> ⇒ 日本が戦争を続ければ続けるほど、日本民族絶滅へと近づいて行く。開戦は日本民族絶滅の始まりでした。また、日本が開戦することは、飛んで火に入る夏の虫であり、真珠湾攻撃は米国民の士気を阻喪(そそう)させるどころか、逆に、戦争に否定的だった米国民の士気を一気に高揚させました。日本型ファシズムは、以上の事が分からないほどに、軍神といわれたほどの軍人である山本五十六をも劣化(機能不全=軍事素人化)させていました。このように、日本を破滅に導いた戦争は、血気にはやるだけの軍事能力の希薄な軍事素人によって開始・推進されたのです。皇国史観(日本人を「思考停止」させる歴史観)と無責任さを許すシステムによって軍人を劣化させる本型ファシズムについて、次にみていきます。 

 戦前・戦中、日本は「日本型ファシズム 」の国家でした。ファシズムとは、

   議会制民主主義(議会主義・基本的人権)を否定し、また、排外主義(特定の外国人への憎しみを増幅させ、その存在を排除しようとする思想・行動)を煽あお ることで、全体主義(個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること/イタリア語で「ファッショ」は束たばという意味)を推進し、 好戦的(または、戦争容認的)・侵略的(または、非国際友好的 )な施策を実施する独裁的な政治体制のことです。

 日本型ファシズムの特異点(ドイツ・イタリアのそれとは違う点)は、次の2点です。

 1点目自民族を絶滅に導こうとするファシズム >日本型ファシズム の真髄は、国家が強制的に民衆を戦争に動員することにあるではなく、排外主義に侵された民衆が自発的に(ご参照)戦争に参加・協力し、自分たちが絶滅しても本望と思うことにあります。ドイツ・イタリアのファシズムの真髄もまた、排外主義に侵された民衆が自発的に戦争に参加・協力することにありましたが、ドイツ人・イタリア人は、他民族絶滅は本望と思っても、自分たちが絶滅しても本望とは決して思いませんでした。彼らにとって、戦争は自分たちの生存維持のために行ったからです。だから、敗戦が避けられないとわかるや否や、今以上に自民族の犠牲者が出ないように、最高戦争指導者をドイツ人は自殺においやり、イタリア人は私刑して、戦争を終わらせました。

 2点目無責任さが許されるファシズム >アジア太平洋戦争末期、ソ連軍が侵攻すれば終わりということは軍部内では常識で、軍部はソ連軍とは戦う気構えがまったくありませんでしたから、ソ連軍が侵攻してくると、すぐさま関東軍は、在満日本人を盾にして逃亡しました。それまでは軍部は降伏せず「一億総玉砕! 」を叫び続けてきたのに、自分たちは最後まで戦うとの気構えはありませんでした。戦争犯罪人は、最後の一兵となるまで戦い抜けと命じて開戦しました。だが、いざとなれば命が惜しくなり、敗戦後、他民族から処刑されるまで、生き恥をさらし、なかには生き延びてて、戦後の政経界において重きをなした者もいました。かかる無責任な者たちに、自民族の運命を託し、その無責任さを許してしまうということも、日本型ファシズムの悪質な点でした。

日本型ファシズムの特異点<1点目>について 

 同じファシズムでありながら、ドイツ型ファシズムは他民族絶滅をはかり、日本型ファシズムは自民族絶滅をはかった(この場合の、民族絶滅は、生命を根こそぎ奪い取るということで、言葉・名前等の文化を奪って民族性を喪失させようということは含めません。民族性は復活できますが、生命は復活できません)。この違いはどこから生じるのでしょうか。日本型ファシズムは、ファシズムの前に天皇制が付く。つまり、他国のファシズムと異なり日本のそれは天皇制ファシズムです。そこからドイツやイタリア等のファシズムと違いが生じます。

 日本では、1万年以上にわたる縄文時代に、列島先住民に殺戮をしない・できない精神(非戦・避戦の精神)」が形成され、列島先住民(縄文人)と半島からの渡来人(弥生人)とが出会い衝突した縄文時代から弥生時代への移行の時代に形成された日本民族にも継承されましたが、「強制力(有無を言わさない無理やりの力)=暴力=実力、この最たるものが戦争=武力」を属性とする「国家」が成立していくと、非戦・避戦の精神は押さえ込まれていき、武士の時代に入るまでは、時に応じて顕在化することもあり、鎌倉時代以降、武士の時代(武力重視の武士権力の時代)になると、顕在化することはなくなりましたが、意識的にではなく無意識の中で継承されたものであるため消滅することはなく、明治維新(維新とは、天皇制が政治の表舞台に再登場すること)で、政治的権威重視の時代が再来すると、「非戦・避戦の精神」は、明治から戦前にかけて顕現するようになりました(明治から戦前にかけての「非戦・避戦の精神」の顕現ご参照)。

 そんな中日本において、ファシズム体制を構築していく上で必要だったのは、日本民族が継承してきた「非戦・避戦の精神 」 を消滅させることでした。そのための手っ取り早い方法は精神が宿る肉体を精神もろとも抹殺することです(この方法により、戦前、ファシズム体制構築に邪魔な小林多喜二など多くの人々が殺害されました)。しかし、その方法だけでは、非効率なので、その方法はサブにして、もっと効率のよい方法がメインの方法として採用されました。それが、皇国史観を手段にした日本人の「思考停止」化による日本民族の精神の上書き(による非戦・避戦の精神 」 の消滅 )であり、こうして、皇国史観が、日本型ファシズムの精神的支柱となりました(なお、非戦・避戦の精神 」は意識の中にあるのではなく、集合的無意識なので、押さえ込むことはできても、結局、消滅させることはできませんでした)。

 日本の軍隊は、皇国史観に覆われた「思考停止」の軍隊となって正しい判断のできない、日本民族に死に行く道を用意するものでした。つまり、自民族の生存を守ろうとする軍隊ではなかったのです。

 日本軍は国民を守らなかった・・・「軍隊=国家」は国民を守らないご参照

 では、日本軍は何を守ろうとしたのか。⇒<答>お国(=天皇制ファシズムの国家体制)です。

 日本軍が守ろうとしたものは国家体制だったので、日本軍の敗北は、日本国民の死者増大をストップさせる一方、日本軍が守れなかった国家体制(天皇制ファシズムの大日本帝国)は崩壊しました。日本民族は、自分達を守りたければ、皇国史観を払いのけて、 戦前にあっては戦争に反対し、それができずに戦争が開始されてしまえば、一刻も早く、日本が降伏(敗北)するよう努めなければなりませんでした。ドイツでは反ナチ運動が、イタリアでは抵抗運動とパルチザン戦争が展開されました。しかし、日本では皇国史観で硬く守られたファシズムに抵抗する運動はできませんでした。皇国史観はナチズム(ドイツ型ファシズムの精神的支柱)よりも国民(民族)の「思考停止」化の力が強烈だったのです(その違いをもたらしたものは天皇制です/この力をまざまざと示したのが令和騒ぎでした)。

 皇国史観を精神的支柱とする日本型ファシズムでは、統治者(天皇)と国民は家族でしたから、国民は統治者を取り換えることはできなかったので、戦争は、その勝利が不可能になった段階になっても、統治者が護持されることが確認されるまでは終えることができなかったので、統治者の護持が確認されなければ、国民(民族)が絶滅するまで戦争は続いていたのです。 一方、ドイツ型ファシズムやイタリア型ファシズムは、国民は統治者に自分達の生命・財産を護持する権限を委託したのであって、それが叶わないときは統治者を取り換えることができました。そのため、自分達の生命・財産を保持するための戦争の勝利が不可能になった段階で、その不可能性をもたらした統治者を死に追いやって戦争を終わらせたのです。 

日本型ファシズムの特異点<2点目>について

 天皇制ファシズムにおいては、憲法上の天皇は神聖不可侵の統治権者として巨大な権力を一身に集中するという存在ですが、実際の政治的意思決定は、議会がそれに関与することは皆無なのはもちろん、ほとんど、天皇を「輔弼ほひつ(進言)」する元老、閣僚、軍部などによって行われ、天皇はそれに合意を与える役割を担うのみでした。天皇親政の名目と実態とのこの乖離は、政治的意思決定の責任主体を不明確にして、権力の恣意的運用をもたらしました。この構造が、天皇制ファシズムの最も悪質な点である軍部の「無責任性」をもたらし 、戦争終結(降伏)がだれが決定するかが不明なまま、日本は、下記の「降伏して日本民族の犠牲を少なくする機会」を逸し続けることになりました。<日本軍の思考停止と無責任ご参照.jpg

  ・1942. 6(開戦6か月後) ミッドウェー海戦大敗・・・主力艦隊壊滅し、太平洋正面の制海権と制空権を失って、太平洋戦線の作戦主導権は米国に奪われた。

  ・1943. 2(開戦1年2か月後)ガダルカナル島の陸軍最精鋭部隊が陸海の両軍対立が原因(戦後74年目に真相が明らかに.jpg)で玉砕・・・以後、日本は敗退の一途

  ・1944. 7(開戦2年7か月後) サイパン島陥落・・・絶対的防空圏(日本本土空襲を阻止する空域)を喪失し、日本本土空襲が可能になる

  ・1944. 8 沖縄戦に備えて沖縄から九州へ疎開する民間人約1800人を乗せた輸送船「対馬丸」が米軍の潜水艦により撃沈

  ・1944.11 (開戦2年11か月後) 東京初空襲・・・首都が攻撃されてもまだ降伏しないとは、尋常ではない(異常な能天気)。以後、日本全土に無差別爆撃。

  ・1945. 2 ヤルタ会談(連合国の会談)・・・ソ連の対日参戦決まる(対日参戦の半年前)

  ・1945. 3(開戦3年4か月後) 米軍が、艦砲射撃の上で沖縄に上陸し地上戦開始・・・沖縄人(ウチナー)を日本人(ヤマトンチュー )を守る盾とする沖縄戦(3か月にわたる鉄の暴風=大量無差別の艦砲射撃・空爆・砲弾攻撃)開始(6月23日 組織的戦闘終了)。

  ・1945. 5 ドイツ降伏・・・これでソ連は、二正面作戦の必要がなくなり対日参戦が可能となった。このような、頼みにしていた同盟国の降伏が持つ意味について理解できない(理解していれば、即降伏した)ほど、日本の軍部は劣化していた。  

  ・1945. 6 開戦3年6か月後(降伏提案すべきなのに)ソ連を通じ和平交渉の提案・・・4か月前に対日参戦を決定している国に仲介役を依頼するとは尋常ではない(天井知らずの能天気/これで、ソ連は日本は戦意をまったく喪失していることを確認しただろう)

  ・1945.7.26 ポツダム宣言・・・米英中の日本への無条件降伏要求の最終宣言

  ・1945.8.6(開戦3年8か月後) 広島に原爆投下、3日後の8.9に長崎に原爆投下、同日未明にソ連の対日参戦

  ・1945.8.10 日本は、頼みにしていたソ連の対日参戦によりやっと降伏を決意し、国体護持(天皇制維持)を条件とするポツダム宣言受諾通告。ソ連の日本領土占領拡大が進展しないうちに戦争を終わらせたい米英中は、日本の国体護持を条件とする降伏を受諾。

  ・1945.8.15玉音放送(終戦の詔みことのりのラジオ放送)・・・「尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スル」(なおも交戦を続ければついに我が民族の滅亡を招来する)と述べており、日本支配層はアジア太平洋戦争は日本民族絶滅に向かう戦争だとの自覚があったのである。つまり、国民を守ろうとする気はさらさらなかったのである。であるから、ソ連参戦がなければ、まだ交戦は継続されていた可能性が強い。そういったことを明らかにしたのが玉音放送であった。 

  ・1946.1.1 天皇の人間宣言発布

 こうして、「日本人の正しい生き方は「思考停止」したまま戦争で死ぬこと」とする皇国史観をポンコツエンジンとし、軍部の「無責任化=軍事素人化」をぐだぐだの燃料として日本民族は自分達が今どうなっているのか、どこへ向かっているのかなど訳が分からないまま絶滅への道をつき進んでいきました。それは、ソ連の対日参戦でようやく強制終了しましたが終戦の詔のラジオ放送を聞いてもなお自分達がどうなっているのかが理解できない者が多かった(その理由は放送が聞き取りにくかったせいだけではないし、そもそも、最重要情報ですら国民に伝える環境が喪失しているというお粗末な状態の中で戦い続けさせられていた)

過ちを認識できずに皇国史観の流れをくみ、台頭してきた「反知性主義に基づく排外主義」

 アジア太平洋戦争において、➀ソ連の対日参戦がなければ、日本の降伏は遅くなり、まだまだ日本民族の犠牲者は増えていました(米国 日本にさらに12の原爆を投下する予定だったミラーご参照)。 ②1941年622日に独ソ戦が開始されると、日本は、77日に関特演(関東軍特別大演習)を実施し、関東軍を70万人の大兵力に増員してソ戦の体制を整え、日ソ中立条約を死文化させました。③日本は、 国際条約(国際法)に違反した奇襲攻撃で開戦し、中国では国際条約(国際法)に違反した無差別爆撃をおこない、アメリカも、日本を国際条約(国際法)に違反した無差別爆撃をおこない、原爆という国際条約(国際法)に違反した残虐兵器で国際条約(国際法)に違反した無差別殺戮をおこないました(このように、条約など守れないのが戦争)。以上の➀・②・③を認識できず、自分たちの条約違反は棚に上げて、ソ連は条約(日ソ中立条約)に違反して対日参戦したと激しく非難する向きがかつてはありました。ソ連崩壊で冷戦終結後はその声はあまり聞かれなくなりましたが、そのような、事実を踏まえずに他民族への憎悪を煽るという「反知性主義感情・情緒に流されて、実証性・論理性・客観性・体系性を軽視あるいは無視して、つまり、科学的考察をしないあるいは無視して、自分が欲するように物事・世界を理解する態度に基づく排外主義 に陥る傾向が、昔も今も日本人は強いのではないでしょうか。

 現在、日本の未来に大きな影響を与えるかも知れない「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件<ミラー> (2019年8月)で、地方権力者が次のような「反知性主義に基づく排外主義」の発言を堂々とできる環境ができていることから、その懸念を抱かざるを得ません。

   ・名古屋市長・・・「日本国民の心を踏みにじる行為」などといった抽象的情緒的な理由により中止せよと迫った(反知性主義による表現の自由の侵害) <ご参照ミラー

  ・大阪市長・・・「我々の先祖がケダモノのように扱われる展示」などといった侮蔑的表現を用いて述べた抽象的感情的な理由により中止せよと迫った(反知性主義による表現の自由の侵害)」 <ご参照ミラー 

  ・大阪府知事・・・「反日プロパガンダ」を容認した愛知県知事は不適格と発言し、「反日プロパガンダ」などという、抽象的・感情的・狂信的・偏執的・一方的な理由を用いるという反知性主義により表現の自由の侵害を後押しした <ご参照.pdf   大阪府知事(維新)が、反日」という用語を使用したことは、維新はネトウヨ化するほどに劣化した政党であることを示します。 

  ・<捕捉>マスメディアに不快な発言の場を提供されている人権意識希薄落語家ミラー・・・「こういうことをやると、日本人の多くが不愉快に思って許さないという結果が出た」「日本人の多くの人が反日の像だと思っている」「なんでも自由にしていいのか。不愉快にするっていうのは果たして芸術か」などといった、自分の個人的な感想に合致しないものを、反日・不愉快という抽象的・感情的・偏執的な言葉で切って捨てるという反知性主義表現の自由の侵害を後押しした。

 思えば、皇国史観こそ、反知性主義の究極の形態であり、記紀神話を歴史的事実と偽り、「万世一系」「現人神」といった神秘的な虚構や、「人民(皇国史観では、臣民という)は天皇の赤子」という国家を家族と見立てる家族国家観などを作り出し、天皇制ファシズムを推進するきわめて特殊な日本的世界観を国民の政治意識・日常意識に浸透させることで、鮮人抹殺、チャンコロ殺せ、鬼畜米英といったきわめて悪質な排外主義意識を国民に植え付ける役割を果たしました。

 政治権力は、国民が発言(政治批判)をしなければ思うように戦争開始など権力を行使できます。

 政治権力が人々に発言させないようにする方法は2つあります。1つは発言をする肉体を抹殺すること(既述した小林多喜二の虐殺や犬養首相が軍人により問答無用で射殺されたのがその例です)。しかし、その方法は、非効率です、もっと効率のよい一斉に人々を黙らせるやり方がもう1つの方法です。それは人々を思考停止に(して発言することが無の状態に)するというものです。実はそれには2つのやりがあります。1つは戦前型(恐怖を与えてするもの)。もう1つは戦後型(直接には恐怖を与えず巧妙にするもの)。

 戦前型のやり方・・・「神武天皇は、約2600年前(紀元前600年ごろ)に即位されて日本という統一国家をおつくりになった。」これが皇国史観の出発点です。645年の大化の改新(現在は乙巳いっしの変という)を機に中央集権国家形成が始まるのに、その1200年前に、すでに日本に統一国家が成立したなんてことは小学生でもちょっとの考察で疑問を持ちます。しかし、そんな皇国史観はおかしいという発言をすれば、小学生なら翌日に行方不明、大人なら小林多喜二のようになる(拷問の末に天井から逆さづりにされて体が膨れ上がるほどに千枚通しで無数に刺されて絶命)危険(恐怖)がありました。人間は恐怖に出会うとそれを消すために思考を停止します思考停止という場合の「思考」とは、今日の晩御飯は何にしようか、などと感情や情緒によって思うことではありません。「思考する」というのは、科学的に(実証性・論理性・客観性・体系性を重視して)物事・世界を考察し、より良き社会をつくるには、争いのない世界を実現するには何をすべきかなどを自分で考えることです。思考停止とはそれをしないことです。思考停止は人間に、物事・世界をみるのをやめさせ、感情や情緒あるいは無気力に流れるようにさせ受け身にさせ、強い者への批判精神を喪失させて、その言動を受け入れるようにしていきます。こうして、戦前、人々は恐怖を恐れて思考を停止し、発言はしなくなり、意識は皇国史観で覆われていったのです。

 戦後型のやり方・・・戦前には近代国家を装うアクセサリー憲法しかありませんでしたが、戦後は、国家権力を縛る憲法ができ、恐怖を与えて国民を思考停止にさせることはできなくなりましたので、戦前、教育勅語を中心にした教育が思考停止の人間づくりに決定的な役割を果たしたのに鑑みて、政権与党は、次の3つを断行していきました。これを教育の反動化といいます。

  ①学校を児童生徒が「思考(して発言)する人間」(=思想・表現・言論の自由という基本的人権を守り行使する人間)として成長していく場ではないようにしていく(=学校を「思考しない人間」をつくっていく場とする)政策

  ②教職員が児童生徒をして「思考(して発言)する人間 」として成長していく教育が安心してできる学校ではなくしていく政策

  ③教職員も「思考(して発言)する人間」 ではなくしていく(=思考しない人間に」していく)政策

 これに対し、当然、全国の多くの教職員が結集し「(戦前のように)教え子を(思考しない人間にして)再び戦場に送るな!」を基本方針とする日教組(=憲法で保障された勤労者の団結権及び団体行動権をはじめとする基本的人権を自ら守り行使することで、学校が、生徒たちが基本的人権を守り行使する「思考する人間」として成長していく場であり続けることを生徒・保護者に保障するべく務めている人々)は反対し、いわゆる、「日教組・文部省(現文科省)戦争」(教育をめぐる武力行使なき内戦)が長期にわたり展開されました。しかし、「日教組こそイデオロギー集団であり、日本の教育を破壊しようとしている」とのカウンターキャンペーンの展開と、長期にわたるたたかいで大量の処分者への給与支払い(公立学校教員は公務員であり、たたかえば処分され解雇された。解雇者は日教組勤務とし学校で勤務するのと同額の退職金・ボーナスを含む給与を支払わねばならなかった)の財政負担による処分者を増やせないことによる戦い継続不可能により、日教組は敗北し(公務員の争議権はく奪政策はここでも大きな効果をあげました)、教育の反動化はなおも進んでいます

 戦後は「恐怖を与えて国民を思考停止にさせることはできなくなりました」と書きましたが、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件において、先に述べたように地方権力者が表現の自由侵害発言をし、官房長官が展覧会補助金の支給停止を示唆して、ネトウヨ等に展覧会主催者への攻撃を煽ったことをみて、「恐怖を与えて国民を思考停止にさせることは、憲法上はできなくなりました 」と訂正いたします。

憲法改定への動き

(1)社会科解体教育基本法改悪等の教育の反動化(日本人の「思考停止」化)により、反知性主義(思考せず感情・情緒に流されて言動すること)が拡大し、それをてこに国家主義(全体主義ともいう/個人の自主性を否定し国家全体に奉仕させんとする態度)・排外主義(特定の外国人を憎み排斥せんとする態度)が高められています。

(2)その狙いは、政権与党の最大の悲願である「(日本の統治者に)押し付けられた憲法」(※)を改定するために、反知性主義・国家主義(全体主義)・排外主義の精神によって、日本人が継承し、絶対平和主義の日本国憲法を日本に根付かせている「非戦・避戦の精神」を上書きするためです。

   (※) 日本の統治者に日本国憲法を押し付けたのはだれか⇒ご参照.pdf

      この映像の24分ごろから1分(最も憲法を守らなければならない立場の者が最も日本国憲法を憎悪し侮辱している映像)この映像の抜粋画面.png>をみれば、政権与党はいかに日本国憲法を改悪して壊したいと思っているかがわかります。

(3)次のように、日本人の「思考停止化」が進んでいます。

 ①社会科が解体された1982年を境に、若者に反知性主義が浸透し、その右傾化(=保守反動政党支持、革新政党毛嫌い、ヘイト化等)や思考不全(政治や経済について述べるのはダサい、物事を社会科学的に考えるのが苦手、等々)が進み、物事を社会科学的に考えられなくなった若者の一部は「ネトウヨとなっていき、「老人は保守的、若者は革新的」は「若者は保守的、老人の方が革新的」へと逆転していきました。

 ②戦争法・共謀罪法・特定秘密保護法・カジノ法等の違憲立法を次々に強行可決するなど国会が機能不全させられているのに怒りの世論は高まりません。

 ③森友・加計問題に示されているように、いわゆる忖度政治が進められるなど政治が劣化させられているのに怒りの世論は高まりません。

 ④国会を機能不全にさせ政治の劣化を進めている政権与党への支持率は低下するどころか、逆に上昇、高止まりし、国民は、政権与党に国会議席数において約3分の2という高率を与えています。

(4)(3)のような政権与党にとって有利な情勢の中で、憲法改悪は成功するでしょうか。

 ①(1)と(2)でみたように、これまで政権与党は非戦・避戦の精神」を上書きする努力を続けてき、それは成功してきているとも思える政治状況にあります。しかし、それは、上書きができたのではなく、反知性主義・国家主義(全体主義)・排外主義が「非戦・避戦の精神」におおいかぶさり押さえ込んでいるにすぎないのです。なぜなら、「非戦・避戦の精神」の継承は、日本人の意識の中ではなく、無意識の中で行われてきており、それを押さえ込むことはできても消滅させることはできないからです。「非戦・避戦の精神」は1万年以上も続いた縄文時代に長い年月をかけて形成されたものだからです。

 ②ですから、政権与党が、国民投票を強行して憲法改悪という「非戦・避戦」の精神に立つ日本国憲法を壊そうとする暴挙にでれば、「非戦・避戦」の精神は、自らを押さえ込んでいるものを払い除け政権与党を粉砕するでしょう。それを予想させるものとして、あれだけ政権与党の支持率が高いにもかかわらず、世論調査をすれば、憲法改定反対は多数という結果になることや2019年7月の参議院選挙で軍事事案が焦点となった選挙区では改憲政党が粉砕されているご参照.pdf)ことが挙げられます。戦後日本人の戦争忌避精神は、集団的無意識になっているのです(ご参照)。  

 ③しかし、予想に反して、日本人の「思考停止化」が進んでいて、「非戦・避戦」の精神が、自らを押さえ込んでいるものを払い除けることが出来ず憲法改悪がなされても、その後、自衛隊員や市民が何人か犬死した時点で、「非戦・避戦」の精神 は、統治者を粉砕することになります。だが、犠牲者が出るのを待っていたり、何人の犠牲者が出れば統治者を粉砕することができるのかを考えたりするのは不謹慎なことです。一人の犠牲者もでないよう、改憲をめぐる武力行使なき内戦に勝利しなければなりません。 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

日本国憲法は、人類の歩むべき道の道標  

  この記事は、18 諸課題自治体行政にも影響与える国政問題憲法・改憲阻止に所収されています。  

 「国家=統治支配(=抑圧)機構=権力」の最大の属性は「抑圧」です。その「抑圧」を抑制できるのは、基本的人権(人間は生まれながらにして「自由・平等=いかなる抑圧もなく生き続けることが可能」であること)は保障されなければならない(属性が抑圧である権力は常に基本的人権を侵害する恐れがあるもので、その恐れが現実化しないように絶えず権力を監視し、もし、それが基本的人権を侵害した場合は、主権在民に基づいてそれは「規制=抑圧」されねばならない)ことを明文化したのが憲法です。 

 残念ながら、日本国憲法は、「健康で文化的な最低限度の生活」を破壊しない限りという制限内ではありますが「経済的な不平等」は公認しています。しかし、それ以外の政治的・社会的・文化的な自由・平等は完全に保障されなければならないとしています。にもかかわらず、現実には、(経済的不平等以外の)基本的人権(自由・平等)は完全には保障されていません。パワハラ・セクハラ・いじめ・体罰・リストラ・貧困・非正規雇用・差別・ヘイト・(政治家等の)暴言・低賃金・過労死・・・等々。

 このように、基本的人権侵害行為が横行しています。ほとんど野放し状態です。今やらなけばならないのは、(経済的不平等以外の)基本的人権の完全保障の実現(=現憲法の完全実施)です。しかし、あろうことか現憲法が完全に実施されてもいないのに、「政府与党=権力行使主体」は改憲を断行せんとしています。改憲は、憲法を完全実施したのちに、不十分な点があれば、それを正すために行うものです。憲法が完全に実施されてもいないのに、つまり、その不十分な点が明らかになる前に改憲するというのは、壊憲、つまり権力に都合の良いように憲法を改悪するものです。なお、憲法完全実施前に改憲を主張するのは、それが善意のものであっても、改憲機運を高めるために権力の側に利用されることになる(利敵行為となる)ので絶対にしてはなりません 。

 戦争は、最大の基本的人権侵害行為です。 だから日本国憲法は、「国際紛争を解決する手段」としての「国権の発動たる戦争(=先制攻撃や他国に出かけて行っての戦争)」と「(先制的な、あるいは、他国に出かけて行っての)武力による威嚇又は武力の行使」、および、それらを実行する「陸海空軍その他の戦力 」の「保持」と「国の交戦権 」を禁止しています。一方で、日本国憲法は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。 」としており、国民の基本的人権を侵害する侵略に抗する自衛戦争は禁止していません(が、自衛戦争といえども国民に多大な損害をもたらすので、あくまでも平和的、つまり外交的手段での防衛に徹した方が賢明だし、それは可能です<日本が武力行使(戦争)せずに国を守る道ご参照 >)。その為、自衛隊が先制攻撃やその準備をしない、あるいは、他国に出かけていかない、文字通り自衛のための軍隊(=警察力だけでは国民の基本的人権を守れない場合のために軍事力を保持・行使する組織・機関)である限りにおいては自衛隊は違憲ではありません(自衛隊は警察予備隊という以前の名称に戻った方が良いでしょう)。しかし、自衛隊は、2015年9月に制定された戦争法で、他国に出かけて行っての戦争や武力の行使を行う違憲の軍隊に変質させられました。その違憲となった自衛隊を日本国憲法に明記するとの改憲は、憲法9条を骨抜き・形骸化(=事実上の抹殺)するもので、かかる改憲を阻止するのは、現憲法の完全実施のために絶対にやらなければならないことです。

 それもやり遂げ、現憲法の完全実施が実現できれば(何年かかるかは今のところ予測できない)、いよいよ、経済的不平等を解消して経済的平等の実現に歩を進める段階となります。その歩を進めるために、ここで初めて憲法改正の必要が生じます。これは大変な変革です。しかし、現憲法の完全実施を実現する取り組みを進めることで強化されてきた国民主権力は、現憲法の完全実施が実現した段階では、現憲法を経済的平等を含んだ完全な自由・平等を保障する憲法に改正できるだけのものになっているでしょう。

 かかる憲法改正(=新日本国憲法制定いう大変革)ののち、新日本国憲法に立脚する国家では、経済的平等の実現に抵抗する要素があれば、それは違憲ということで「抑圧」されることになります。抑圧というと言葉はきついですが、これを穏やかに行う努力が成功には大切です。かかる努力が続けられる中で、抑圧の必要は減少していき、それに伴って、「抑圧」を最大の属性とする「国家=統治支配(=抑圧)機構=権力」 はその歴史的使命を終えていきます(日本では、国家の誕生は弥生時代)。

 以上のような日本がたどった道、すなわち、日本国憲法の下での(経済的不平等以外の)基本的人権(自由・平等)の完全保障の実現、新日本国憲法の下での(経済的平等を含んだ)完全な基本的人権(自由・平等)の保障の実現、それに伴う国家の役割減少による歴史的使命の終焉、このような道を日本に続いて他国も歩んで行けば、やがてすべての国で国家が終焉し、「国境なき世界」(地球上のすべての人が「完全に自由・平等な=少しの抑圧も受けない」世界)が訪れることになります。

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天皇制関係  

(4)「長髄彦とイワレヒコの戦い」と「象徴天皇制」 生駒の神話と天皇制

(3)令和問題

  ①令和フィーバー考⇒「大日本帝国時代に戻ったつもりですか」 “浮かれ た”メディアの罪.pdf美智子さまの「良妻賢母」像が隠した女性蔑視.pdf皇位継承を議論しないことに危機感.pdf非正規雇用と貧困 「平成の課題は何も解決していな い」.pdf

  ②元号を否定しない私が令和の使用を拒否するワケ.pdf

  ③そうだったのか! 民衆を苦しめ腐敗しきった政治に我慢できず田舎に帰るという「帰田賦」が、元号「令和」の大元の出典 .jpg元号「令和」は、憲法が権力者を縛る立憲主義を唱える高名な学者たる川岸令和氏と思いっきり名前がかぶっている.jpg/「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ ミラー  

  ④新元号を考える

(2)元号というものをどう考えればよいのか?・・・3人の識者の見解.jpg

(1)天皇・皇后ご夫妻(および皇太子)の「生命・環境・人権よりも経済・軍事・統制を優先する」動きとの闘い  

 

 

 

明治から戦前にかけての「非戦・避戦の精神」の顕現  

こちらに移動しました。

元徴用工賠償問題  

(1)この問題が紛糾している原因は次の2つ

 ①日本政府の2枚舌

 日本政府は、2000年代に入るまでは一貫して「国家間が請求権協定を結んでも、個人の賠償請求権は消滅しない」という立場をとって、日本政府に賠償を求めた原爆被害者やシベリア抑留被害者に対して、個人でアメリカやソ連に請求できると説明して、補償の矛先をかわしてきた。ところが、同じ理由で韓国の戦争被害者が日本に賠償を求め始めると、「個人請求権は消滅していないが、協定により日本国内の訴訟では救えない」と、2000年代に入って解釈を一転させた。<世論を成熟させる徴用工報道を.pdfご参照>

 ②日本人は、ある国を憎むという意味を、その影響を分かつていないこと(本土無差別空襲や残虐兵器の原爆投下によっておびただしい数の日本人がアメリカによって虐殺されたにもかかわらず、アメリカを許すのみならず、なんと自らその属国になっている)。<誰かを憎んだことありますか.pdfご参照>

(2)元徴用工賠償問題を解決するには、次の3つが必要

 ①日本政府の2枚舌を許していることで分るように、今だ、日本人が真剣に戦争責任をとっていないことを反省すること。

 ②ユダヤ人がナチス・ドイツを憎んでいるのと同じように、韓国・朝鮮人も日本を憎んでいることに想いをいたすこと(俺たちは自分たちを虐殺した国を許した。だから、お前たちもいつまでも俺たちを憎むな、などとは決して言わないこと)。

 ③韓国の最高裁が「1965年の請求権協定には徴用工個人の損害賠償権は含まれていなかった」と判断したので元徴用工4人に賠償するようにとの判決を出したのであり、三権分立の制度化において、韓国政府も司法の決定を尊重しなければならなし、日本の外務省も「徴用工個人の請求権は消滅していない」と答弁していた(ご参照ミラー)ことに配慮すること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

政権与党議員劣伝1(これまでの分)

  稲田議員「憲法教という新興宗教」<国民が安全安心に存在できることを保障している憲法を平気で足蹴にできる精神の在りように恐怖する!>

  杉田議員の優生思想「LGBTは『生産性』がないので税金を使って支援する必要はない」ミラー<「生産性がない」と見なした者の存在を認めない精神の在りように恐怖する!>

  杉田議員、伊藤詩織氏の準強姦被害を"理不尽"と非難

  穴見議員、受動喫煙対策を訴える肺がん患者に暴言「いい加減にしろ!」 ミラー

  官房長官の菅議員、自民党勝利は「北朝鮮のおかげ」との暴言

  参院「消費者問題に関する特別委員会」委員長である三原議員の不適切議員生活

  丸山議員「脳がおかしい」発言<「人権意識のない人間」の姿を見せ付けられるのは苦痛なので、彼らは政治の舞台から消えてほしい!>

  疑惑の元大臣の稲田・萩生田・山本・松野・甘利・江崎・今村・高木・金田の各議員は厚顔にも出馬し「当確」

  副総理の麻生議員、難民射殺発言

  長沢議員、女性問題で議員辞職

  総務大臣の野田議員の夫は元暴力団員

  幹事長の二階議員、森友・加計は「小さな問題」との暴言

  「東京新聞」に手を焼く官房長官の菅議員、ついに抗議文

  長尾議員、民放が偏向報道していると拡散を呼び掛け

  副総理麻生議員の障害者差別

  自民党総務会長の竹下議員、 ミサイル巡り不適切発言

  今井議員の公選法違反疑惑

  外相の河野議員、バカ丸出し 北海道上空通過に「北はひるんだ」

  副総理の麻生議員がヒトラー評価

  経済再生相の茂木議員と五輪相の鈴木議員に政治資金規正法違反の疑い

  小野寺議員の事務所が使途不明金

  沖縄北方担当大臣の江崎議員が役所の原稿朗読宣言

  文部科学副大臣の義家議員等与党議員が学校に圧力

  今井議員の不倫疑惑

  与党「魔の2回生」藤丸議員のタワマン不倫

  創生相の山本議員、公募前に「新設は加計」「四国新設」

  防衛相の稲田議員が日報隠蔽稲田議員、災害対応中に不在

  「共謀罪で逮捕」 工藤議員が「いいね!」

  防衛相の稲田議員、都議選応援で「自衛隊としてお願い」 発言.pdf

  与党幹事長代行の下村議員に加計献金.pdf

  与党幹事長の二階議員、精神障害者差別発言.pdf(幹事長として、稲田氏と下村氏を守ろうという陽動作戦か?!)

  豊田議員の暴行容疑.pdf

いじめの背景にあるもの、それは

 この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

むごたらしい荒野の風景

 ・・・・・・「競争」の旗印の下、欺まん、出し抜き、拝金主義がはびこる。・・・・・・

 ・・・・・・海外支局勤務から帰国した記者の話は日本の病状を知る上で参考になる。「待ち合わせに遅れないとか、電車が時間通りに走るとか、それは世界的な価値基準ではない。禁煙区域での喫煙を、電車内での無作法を注意すると殴られるのではないかと身構える社会こそ異常だ。アフリカでも南米でも、注意されれば照れくさそうに肩をすくめ、その触れ合いから友人になることが多い。日本はフレンドリーシップを失った国になってしまった」

 競争社会の重圧、ストレスが生む「相互不信・敵意」型社会。遅れを取り戻そうと焦った運転士が招いたJR福知山線脱線事故や耐震データを偽造してホテルやマンションを建てた事件。同種の事故、事件がこれからも起きるだろうと予感させる社会はむごたらしい。

 政治の責任は大きい。しかし、小泉純一郎首相が知略、出し抜きの名手だったことを9月の総選挙で思い知った。衆院をいきなり解散し、論争を避けて「郵政」一本やりで国民の目をくらまし、刺客を次々と送り込んで全議席の61%に当たる296議席をとって自民党を大勝させた。勝った途端に、与党は選挙中には口を閉ざした増税案を次々決める。

 こうした現実が、子供たちに与える影響は大きい。目的実現のためには、勝てぱいい、異分子は排除する、面倒な議論は無用、法に触れなければいい――。おおらかさも、懐の深さもない荒野の光景だ。友人関係が築けない、本音の会話がない、気に入らない子はいじめる……子供社会は大人社会の鏡でもある。・・・・・・

 毎日新聞 05/12/28(水)朝刊「記者の目」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

日本政府はいじめ問題に取り組もうという気持ちはない!

この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています

 不登校といじめ 内田良子さんが語る

(前略)

〔編集部〕教育基本法「改正」によって、現場では「個人」が尊重されず、上から下への指示、指導が強まるのではないでしようか。

〔内田さん〕ますます学校が管理的で息苦しくなり、ストレスのはけ口が、強い者から弱い者へ――まず先生から子どもへ、そして子どもから子ども、先生から先生へ…と及んでいくのではないかと、懸念しています。今回、履修不足の問題で高校の校長が命を絶ちましたが、校長がどちらのサイドに立ち、誰に対して責任を取ろうとしたかというと、「お上」に対してですよね。本当に上を見ている。そうすると、必然的に子どもは踏み台になるわけです。政府が、いじめの問題に本気で取り組もうという気持ちが爪の垢ほどもあれば、教育基本法「改正」案をこの時期に採決することはありえないわけです。そういう点で、国家にとっての教育であって、子どもたちの二ーズを尊重するという発想からはきていませんよね。

(後略)

 うちだ りょうこ・心理カウンセラー。子ども相談室・「モモの部屋」を主宰する傍ら、東京都内・保育所心理相談員。NHKラジオの電話相談「子どもの心相談」アドバイザーなどとしても活躍している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週間金曜日 06/11/24号「教育があぶない!2006年」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

いじめが起こる理由とは?

 この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

いじめに対抗!    立松 和平―作家

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。)

 いじめというのは、一種の差別である。・・・・・・

 差別の構造とは、自分よりもっと差別されている人をつくることで、相対的に自分の社会的存在を高めようとする行為が差別である。・・・・・・

 子供を死にまで追い込むいじめは、結局のところ大人の社会のそのままの反映であると私は思う。大人の息詰まる競争社会は、自分以下とみなすことのできる人間を心理的にでも生み出そうとするのである。競争社会とはとどのつまり優劣をつけることであり、勝者と敗者に人を分別することなのだ。私たちの社会は、どうしてこんなふうに極端になってしまったのだろう。消費をあおる社会は、お金をたくさん儲(もう)けた人が偉いのだと、とどのつまりはそのことに行き着くのだ。子供たちは大人の風潮をそのまま写しているにすぎないのだと、私は思うのである。

 激しい競争社会では、全員が勝者になることはできない。子供の社会も、受験に勝つ者と敗れる者とに色分けされる。二種類に分別されるという恐怖は、自分より劣っているものを無理につくり出し、どうやら心理的バランスを保つことができるのだ。

 生きるのに、切ない時代である。いじめは大人社会をそのまま子供社会に持ち込んだものだとするなら、大人社会にも弱者いじめはたくさんある。根が深いから、学校など教育関係者だけで解決できる問題ではない。・・・・・・

  たてまつ・わへい 

1947年生まれ。早大卒。「自転車」(早稲田文学賞新人賞)、「遠雷」(野間文芸新人賞)、「毒―風聞・田中正造」(毎日出版文化賞)など。

    毎日新聞 06/11/25(土)「論点」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いじめ自殺防止策

 この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。) 

今、伝えたい「いじめが続くなら、学校にいかなくていい」.pdfいじめられている君へ「学校に行かない勇気を持とう」.pdf

 【】いじめ自殺防止策は、学校から逃げること。学校に行かなくてはならないという固定観念は捨てよう(学校に行く権利はあっても学校行かなければならない義務はないのだから―義務教育の意味は、子どもが学校に行きたいといえば保護者は学校にいかせる義務があるということであって、子どもは学校に行く義務があるということではない)。 

 

いじめ自殺 我慢せず学校から逃げよう 

雨宮 処凛(あまみや かりん) 作家

 北海道や福岡県など各地でいじめ自殺が相次ぎ、学校や教育委員会の対応が批判を浴びている。助けを求める声に耳をふさぎ、事件などなかったふりをする―。彼らの対応は、私がいじめに悩み、自殺を考えていたあのころ(引用者注:10数年前)と、何も変わっていない<この文章が書かれた5年後の11(H23)年10月にも大津市いじめ自殺事件があり、その後も何も変わらなかった>。 

 いい先生が一人もいないわけではないが、学校や教育委員会に何かを期待しても、ほとんどは裏切られて終わる。傷つき、最後に死を選ぶよりは、一刻も早く学校から逃げ出そう。 

 私へのいじめが始まったのは、中学2年の夏のことだった。所属していたバレー部で、3年生の引退をきっかけに、プレーが下手で足を引っ張っていると、みんなから無視されるようになったのだ。 

 失敗するとボールをぶつけられ、「パシリ」としてジュースの買い出しにも行かされた。何よりつらかったのは、昨日までの親友がいじめる側に回ったことだ。いじめに加わらなければ、自分がいじめられる。学校という「弱肉強食」の世界では、友情なんてガラスのようにもろい。 

 顧問の先生は気づいていたが見て見ぬふりだった。以前に、やはりいじめに遭っていた同級生が、この先生に相談したことがある。彼はウンザリした顔でいじめた側の生徒を呼び出し、「当事者同士で話し合え」と命じてどこかに行ってしまった。彼女はその場で袋だたきにあった。先生なんて信用できなかった。 

 だからといって、家族にも打ち明けられなかった。親や弟たちに、自分がいじめられるような人間だなんて思われたくなかった。気づくと、夜中に部屋で「私はいじめられてるんじゃない」とつぶやきながら、何度も手の甲をコンパスの針で突き刺していた。 

 ある日、橋の上から濁流に飛び込もうとして、我に返った。自転車に乗っていて、無意識に車道を走る車の前に飛び出したこともある。死は甘い誘惑だった。学校に行くことの方がずっと怖かった。 

 自殺の衝動は、いじめが始まって数カ月後に部活をやめたことで治まった。あのまま我慢して続けていたら、どうなっていただろうか。 

 だから、もう我慢するのはやめよう。いじめられていると親に言い出せないなら、仮病を使ってでも学校を休もう。それでも無理に学校に行かされそうになったら、部屋にカギをかけて籠城(ろうじよう)しよう。

 もちろん、親や家族が気づいてくれれば、もっといい。いじめられていると、世界中から自分の存在が否定された気分になる。家族に認められたことで、自殺を思いとどまったという人は多い。 

 親は学校に怒鳴り込もうとするかもしれないが、それで必ず解決するというわけじゃない。それより、旅行にでも連れ出してくれて、違う風景の中で「何があっても愛しているよ」と言ってくれたら、どれほど救われるだろう。 

 一連の事件で、教育再生会議や文部科学省、教育委員会は、再発防止策を検討している。議論に意昧がないとは言わないが、時間がかかるし、制度を改めれば解決するというわけでもない。

 いじめの解決法に正解はない。ただ、今になってみると、私をいじめた、くだらない人間のために死ななくて、本当に良かったと思う

    ◇ 

 75年生まれ。元愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカル。著書に「バンギャル ア ゴーゴー」「すごい生き方」など。

朝日新聞 06/11/11(土)朝刊「私の視点」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説「ペンギン・ハイウェイ」 ついに、アニメ映画化<移動しました。>   

こちらに移動しました。

最強のまんがイラストレーターぼうごなつこさんの作品 

まんがイラスト ぼうごなつこのページ

 

<アーカイブ>

17.11.03  ニッポンの科研費は一体どこへ…

17.11.02  出てこいやー!!

17.10.31  野党の質問時間を削るとこうなります

17.10.27  「アベ政権」「選挙」と言えばこれ! アベ政権恒例の・・・

17.10.27  国会の中に北のスパイが…!?

17.10.26 もうムリです

17.10.25  @@@

17.10.20  @@@

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17.08.31  @@@

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17.05.12  @@@

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野党共闘から与党共闘への道のり(実践) 第2ステージ

                                 <17(H29).10. 1 初訂>

】これまで野党共闘から与党共闘への実践の速度は遅かった<野党共闘から与党共闘への道のり(実践) 第1ステージご参照>

】そんな中、悪意(悪政をリセットし、憲法改悪を狙う)をもって衆議院解散<17(H29).9.28の>が強行(反民主主義)された。これを機に東京都知事は悪意(権力拡大)をもって希望の党設立を強行(非民主主義)して政局を混乱させ、民進党がそのあおりをまともに食らう中で、民進党党首は悪意(自らと仲間の保身)をもって民進党の希望の党への合流を強行(反民主主義)して民進党を分裂させた。これにより、野党共闘から与党共闘への実践(民主主義実現への努力)の速度が速まることで、将来的な与党共闘の実現の展望が一気に開かれた。まさに、現在の日本の政治状況は「天国(民主主義実現)への道は悪意(反民主主義・非民主主義)で敷き詰められている。」である。ぬかりなく、下記のシナリオ(天国=民主主義実現への道のり)<野党共闘から与党共闘への道のり(実践)その2>が実行されることが期待される。

 ①<民進分裂>民進党は希望の党に吸収される者とリベラル勢力に分裂

 ②<野党結集>旧民進リベラル勢力と共産党と社民党等が共闘体制構築

 ③<政治的構図構築>(自公[第1自民=第1与党]vs希望維新[第2自民=第2与党])vs野党共闘(旧民進リベラル・共産党・社民党等)の政治的構図構築

 ④<悪同士を闘わせて悪を弱体化させ悪を制す>第1自民と第2自民を闘わせ、それをも利用しながら野党共闘が政治的勢力を拡大し、与党共闘への展望を開いていく。

「野党共闘から与党共闘への道のり(実践) 第2ステージ経過

17(H29).10. 1武蔵野市長選野党共闘が圧勝自民推薦候補が惨敗

<17(H29).10. 1>民進党分裂

 

金時鐘さんの発言等  

徹底的に話し合う道を(170916) (北朝鮮問題についてかかる的確な発言をする金時鐘さんは生駒の誇り)。    戦争になったらおしまいやpdf(170323)    差別と戦争、危うい関係.pdf(161015).    南北統一の希望 日本で抱く(160831)    受賞を祝う会で講演(160516)    かみしめる言葉(160511)    土地の災い 土地の神が鎮める(160406)    折々の言葉(160324)    『朝鮮と日本に生きる』を読んで、涙が止まらなくなった一文がある。(1603018)ミラー   大仏次郎賞を受賞した詩人、金時鐘.jpg(160219)   「素朴さ」について―詩を書く者として思うこと(1602)ミラー    大佛次郎賞受賞スピーチ(160130)    在日詩人・金時鐘さんが回想録 自分を整理 「四・三事件」記す(150410)   光州事件を綴った金時鐘「骨」で20世紀を知った.pdf(150222).    民族分断・命がけの渡航・差別―半生一冊に(150212)    ザ関西魂ソウル<食と文化>化石の夏、サムゲタンと(140710)    金時鐘さんは、映画「チスル」(13 韓/1403 日本公開)の公開を機に4・3事件について新聞紙上で語られました<その記事(140416)>。    日本、自分 奥底に目を凝らし(130802)   人生の贈り物.pdf(1011)    在日詩人の詩と音楽が融合.pdf(030703)   コリア国際学園 学園長挨拶ミラー

映像 : HV特集『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』(NHK BS Hi-Vision/2007年9月25日/110分)

追補 : <名作の現場 第15回> 開高健『日本三文オペラ』 案内人・島田雅彦(160604)   言語により言語を異化するために(160131) / 朝鮮戦争に抗い、朝鮮分断に抗う~金時鐘(150725)ミラー涙と汗の奮闘記本に…定時制高校「韓国・朝鮮語」教員(150610) / 金時鐘氏の新刊「朝鮮と日本に生きる」帯に「日刊」の違和感.jpg(150410) / パウル・ツェランを2014年に読む(140421)(「在日の詩人、金時鐘」を表題とする文あり) / 訳と逆に。訳に。(0503) / 琉球大学琉球アジア文化学科朝鮮文学

金時鐘「隣り合ってはすごせないものなら、それはそこにあってはならないものです。原子力の青い火に、ゆめゆめ未来があってはなりません。」さようなら原発1000万人アクション」賛同・メッセージより

エンパワーメント

エンパワーメントは、一言で言うと「自立的・自発的力」

「エンパワメント」の意味にズレ?ミラー 

Wikipedia  コトバンク

すさんだ学校現場への処方せん.pdf<教師への自主決定権の授与(教育・学校におけるエンパワーメント)>

) ・・・・・エンパワーメント・・・・・は、国や公の組織ではなく、個人や、ある特定の目的のために自発的に生まれた集団が、公正で公平な世界を実現しようとして、さまざまな力を発揮していくことだ。もっと簡単にいうなら、「お上」に任せちゃいられない、自分たちの社会は自分で作るさ、といって、外へ飛び出してゆくことだ。遡(さかのぼ)れば、ガンジーの非暴力主義独立運動もキング牧師の公民権運動も、エンパワーメントの一つだった。

 ・・・・・わたしたちは、自然によって引き起こされた今回の大震災が、実は、この国が構造的に持っていた欠陥によって増幅されたことを知っている。そして、「お上」には、この問題を解決する能力がないのではないかと疑ってもいる。だとするなら、わたしたち自身が直接、「現場」に向かうしかないとの思いが、いま、芽生えつつあるのではないか。

 エンパワーメントの典型、反貧困運動に関わりながら、同時に内閣府参与として「お上」にも参加してきた湯浅誠は、参与を辞任するにあたって、自らのプログで総括ともいえる文章を発表した。

 原理に固執する社会運動の側からは、そもそも「お上」と共働すること自体が妥協的だと批判されることも多かった湯浅は、こう語っている。

 -いま、信頼感と共感は社会化されず、不信感ばかりが急速に社会化されている。そんな局面で、社会運動はどうすればいいのか。敵を探して叩くバッシング競争から遠く離れ、許容量を広くとり理解と共感を広げ、相手に反応して自分を変化させ続けていくしかない。

 そして、なぜコミットし続けるのか、という問いに、湯浅はこう答えるのだ。

 -民主主義とは、どんなに嫌がっても、主権者から降りられないシステムなのです。

<「東北からの息吹 壊れた世界 自ら切り開く(作家 高橋源一郎)」朝日新聞/12(H24).3.29>

) ・・・・・友人の話である。イラク戦争直後、戦後のイラクに何ができるか模索するために、ある日本人官僚が混乱の最中に入国した。長年の制裁と戦争で破壊された発電所や製油所を見ていると、数機の発電機の使えるパーツを集めて、つぎはぎの一台を動かしているイラク人技術者に会った。旧政権の電力会社はすでに解散させられたのに、切れた電線をつないで回る元職員たちがいる。システムが壊れても、個人の知恵を駆使して地元社会の生活を守ろうとする。

 私たちが途上国の人々から学ぶのは、こうした個人のたくましさだ。

 数カ月後、この工場に米企業が入り、復興契約を結んでからは、地元のイラク人たちが敷地内に入ると「不法侵入者」(あるいは「テロリスト」)にされた。個人の知恵や努力は不要となり、先進国の企業が復興事業を担った。だが治安の悪さを理由に、それは一向に進まずじまいである。

 とはいえ、個人の知恵はひるまない。今もなお、電力供給が一般家庭まで十分行き届かないイラクで、人々は共同で発電機を買ったり、場所によっては隣国から電気を輸入したりしている。「お上」や大企業を信用せずにやり繰りすることにかけては、紛争経験国の人々は、プロだ。

 上記の官僚はイラク滞在中、土地の人々が机もなく自発的に復興会議を開いているのを見て、ポケットマネーで会議用の椅子や机を寄付した。彼が帰国して所属機関が組織として行ったいかなる援助よりも、時宜を得たものだったに違いない。

 企業や政府の組織論理にとらわれず、個人や社会で工夫すること。それを学ぶ対象として国際情勢を見ると、違ったものが見えてくる。

<「なぜ途上国に学ばないのか(東京外国語大教授 酒井啓子)」朝日新聞/12(H24).3.29>

政府与党が悪法を定め、悪政を強行するたびに憲法改悪は遠のく。

 共謀罪法の強行採決(17.6.15)等を受けて内閣の支持率が下がったという(報道記事.pdf)ものの、内閣は何をしても、①米国の支持がある(ご参照)、②経済が好調である(有効求人倍率が高い/ご参照.pdf)、③野党が与党(自公維新)にとってかわるだけの力を持たない、限り倒れないし、支持率もまた回復していく。

 しかし、国民の政府与党に対する批判は、秘密保護法・カジノ解禁法・戦争法・共謀罪法等の悪法制定や武器輸出三原則撤廃等の悪政強行をするたびに強まっている。国民は、その4割ほどが②・③により政府与党を消極的に支持しているだけである(4割程度の消極的支持勢力でも小選挙区制の下では野党を圧倒できる/1996年の衆院選から小選挙区制が強行実施実施された狙いはここにあった)。

 「政府与党が悪法を定め、悪政を強行するたびに憲法改悪は遠のく」という法則があるという。

 A.政府与党は改憲しなければすべきことができないというが、改憲しなくてもやりたいこと(悪法制定・悪政実施)はできており、すべきことができないから改憲するというのは嘘で、無制限に好き放題(=基本的人権の制限、最大の人権侵害たる戦争)できるようにする(=悪法を制定しなくても悪政が実施できる、また、強行という手段をとらなくてもスムーズに悪政が実施できるようにする)ため改憲したいといっている、という捉え方が国民の意識下に形成されてきている。

 B.悪法を次から次へとつくり、また、悪政を強行している今の政府与党がつくる憲法は悪憲法となるだろう、という捉え方が国民の意識下に形成されてきている。

 改憲の国民投票が強行されたとしても、上記の①・②・③は改憲賛成を増加させる要因とはならず、一方、上記のA・Bは改憲反対を強める要因となり、戦争は忌避するという戦後日本人の集団的無意識(戦後日本人の戦争忌避精神は集団的無意識.pdfご参照)と相まって、憲法9条否定を本丸とする憲法改悪の目論見を破砕するだろう。

 なお、国民投票を強行すること自体が、上記のA・Bの捉え方を強化することはいうまでもない。

 共謀罪法という悪法が制定されたからといって悲観することはない。政府与党が悪法を定め、悪政を強行するたびに憲法改悪は遠のく、のだから。

 だからといって、共謀罪法反対の取組は続けなければならない。それをやらないと犠牲者が出るし、上記のA・Bを更に強めることもできないから。

 また、溺れる犬(改憲したくても改憲できない犬)は叩いて(批判して)沈めてやらねばいつまでも苦しみが続き可哀想だから、沈むまで叩いて(批判して)やらねばならない。

特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(カジノ法<16.12.15 強行可決・成立>                          

(1)意見書

 ①川崎市「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律の廃止を求める意見書」(17.3.10/否決)・・・民進も反対し、自公維新に馬鹿にされている。

 ②岩手県「特定複合観光施設区域の整備推進に関する法律 に反対する 意見書」(16.12.21/可決・・・岩手県議会は立派!

 ③鳥取県(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(IR整備推進法)の廃止を求める意見書の提出並びにギャンブル依存症対策の推進について)

 ④伊那市「カジノを中心とする特定複合観光施設(IR)区域の整備の推進に関する法律の廃止を求める意見書」(16.12.16)

 ⑤市川市「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(カジノ解禁法)の廃止を求める意見書」(17.3.15)

 ⑥橿原市「『特定複合観光施設区域の整備推進に関する法律案 』に反対する意見書」(16.9.24)

 ⑦青森市「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律の廃止を求める意見書」(17.3.23/否決)

(2)意見書に関する報道記事

 ①カジノ法撤回の意見書可決 京田辺市.pdf

 ②カジノ解禁法に4地方議会が意見書.pdf

 ③住田町議会 カジノ法案廃案求める意見書 全会一致で可決

(3)資料

 ①日本のギャンブル依存率は他国の5倍以上

皇太子妃と愛子内親王を救済しなければならない。

 女性セブン(17年6月15日号)が、「眞子さまご婚約で高まる懸念 皇太子妃雅子さま(53) 秋篠宮妃紀子さま(50) 比較され続ける母の過酷」という記事を掲載した。この国は女性に過酷を強いる国。Yゲート事件(勇気ある女性の発言により首相官邸御用聞きジャーナリストの忖度不起訴が重大問題化/ご参照.pdf)でもこのことを痛感させられる。電通女性社員自殺事件(過労+パワハラ→自殺)もそうだ。

 秋篠宮家に第1男子が誕生したとたん、それまでの女性天皇制検討が遮断された。女性天皇制の採否によって、皇太子妃とその第1女子の運命は天と地ほども変わる。将来の天皇の母として生きていかねばならないのか、普通の娘の母親としてだけ生きていけばよいのか。将来の天皇として生きていかねばならないのか、普通の娘としてだけ生きていけばよいのか。かかる常人には体験できない想像を絶する葛藤・苦悩の中に、皇太子妃とその第1女子は投げ込まれ、共に心身に打撃を加えられている。

 国民の誰一人として知らない者はない2人の女性が救済されないままでは、この国は女性に過酷を強いる国であり続ける。女性天皇制の採用が、皇太子妃をして将来の天皇の母たらしめ、その第1女子をして将来の天皇たらしめて、両人は自己のアイデンティティを確立し、葛藤・苦悩から解放され救済される。それはまた、この国が女性に過酷を強いる国から脱していく道筋を作り出すだろう。

ミュシャの「春」と井上あさひさん

04_203 ミュシャの「春」<右絵ご参照(クリックで拡大)を観れば、井上あさひさん<右写真ご参照(クリックで拡大)が“NHKの女神”と呼ばれている理由が分ります。

ドクダミの復権       

(5)ドクダミを詠む

 ③どくだみや真昼の闇に白十字(川端茅舎)

 ②道のべにどくだみの花かすかにて咲きあることをわれは忘れず(斎藤茂吉 )

 ①ドクダミ

(4)思わず笑ってしまう

(3)<右図(クリックで拡大)Dokudamiarrange ドクダミアレンジフラワー&フォトスタイリング教室アトリエ・ボヌールブックマークHP「klastyling」さんより)

(2)ドクダミと遊ぶ

(1)ドクダミの復権.pdf

十一面観音

137  十一面観音<右画像(wikipediaより)ご参照>の「観音」とは、観世音菩薩かんぜおんぼさつ、または、観自在菩薩かんじざいぼさつの略。観世音とは、世の人々の 音声おんじょうを観じて(見聞きして)、観自在とは世の人々の音声を自在に観じて、人々に慈(喜びを与える)悲(悲し みを取る)をもたらすこと。菩薩とは、仏(あらゆる苦しみから超越した存在)になるため修行しているもの(人間・ 存在)。つまり、観世音(観自在)菩薩とは、仏になるために、観世音(観自在)という修行をおこなっているもの(人間・存在)。衆生しゅじょう(民衆)は、観音に助けを求めて、観世音(観自在)菩薩を拝むか、観世音(観自在)菩薩と いう名を称となえれば、世界のどこのかたすみであろうと、どんな小さな声であろうと、その瞬間に慈悲を得られる。

 十一面観音の「十一面」とは、本面の頭上に11面(11の顔)を持つということである。このうち前後左右の10の 面(「変化面」という/4種類の異なる表情をする<※1>)は10の菩薩修行をすることを示し、最上部の面(1つの み)は「仏面」(あらゆる苦しみから超越した状態=悟り、の表情)といい、仏果を表す。10 の菩薩修行とは、三毒と 無明むみょう※2>という苦しみの10の発生原因を取り除くことにより10の喜びを衆生に与えること。仏果とは、修行を積んだ結果として成仏じょうぶつ(仏になること)が達成されたこと。

     <※1>4種類の「変化面」は慈悲の実現方法を示すもので、①静寂面(穏やかな表情で寄り添うことを表す/ 正面に3面/この行為は、十一面観音の静寂面を想起させる) ②白牙びゃくが面(白い歯を見せて爽やかに励ますことを表す/向かって左に3面) ③憤怒ふんぬ面(怒ってみせ ることを表す/向かって右に3面) ④大笑たいしょう面(笑い飛ばすことを表す/背面に1面)の10面(なお、ここに記した以外にも各変化面の呼び方や実現方法がある)⇒このイラストがわかりやすい。

     <※2>三毒とは、①貪とん・どん(むさぼり/過度の欲望)、②瞋しん・じん(恨み・怒り・憎しみ)、③癡(愚か) のこと。①は、欲貪よくとん(過度の肉体的欲望)、色貪しきとん(過度の物資的欲望)、無色貪むしきとん(過度の精神的欲望) という煩悩ぼんのう(苦しみの原因)のこと、②は瞋恚しんい(思うようにならないことで激しく心を乱すこと)という煩悩のこと、③は、身見しんけん(我身わがみに囚われること)、疑惑(真理などないのではという疑いに囚われること)、戒取かいしゅ(間違った考えに囚われること)、掉挙じょうこ(冷静さを失うこと)、我慢(慢心すること)という煩悩のことであり、三毒とはかかる9つの煩悩をいう。無明とは、「真理=縁起の法」()について暗い(無知である)ことから我執(おのれのことだけや自分の所有物や永遠の存在にこだわること)の状態にあることをいう。以上の9つの煩悩と無明が苦しみの10の発生原因である。)仏教がいう真理とは縁起の法のことである。それがどういうものかについては、「『仏陀の教え(仏教)』の簡潔な説明」をご参照。

 なお、10の菩薩修行とは何かについては、他の説明も有り得る。また、10の変化面は、菩薩があらゆる方向(東西南北の四方とその間の四隅と上と下の十方、つまり全方向)に顔を 向けて衆生に慈悲をもたらそうとしていることを示している、というのも有力な説明である。

 顔がひとつの観音も、もちろん、10の菩薩修行を行い、あらゆる方向を向いているが、十一面観音は、それが、衆生 (民衆)にはっきりわかるようにたくさんの顔をつけているのである。

 本面の頭上、正面に1つこれ 、または複数の(右上のwikiのものはこれ)、小仏像が配されているが、 これは化仏けぶつといい、観音が仏果により「仏=如来にょらい」に変化した姿を示す。いわば、観音の修業の目標を明示 したもので、受験生が合格と朱記されたはちまきを頭に絞めるようなものである⇒このイラスト がわかりやすい。

日本国家の従属性    

(11)知ってはいけない 隠された日本支配の構造

(10)日本の独立は神話ミラー<=日本人は、強いもの(アメリカ)には屈従する卑屈な民族>

(9)なぜ日本はアメリカの「いいなり」なのか?知ってはいけないウラの掟ミラー

(8)安倍政権が何があっても倒れない理由

(7)オリバー・ストーン監督「日本は昔、持っていた主権がない。アメリカの衛星国であり、人質なのです.pdf

(6)日本はどの程度、独自に物事を決められるのか<プーチン露大統領が日露首脳会談前のインタビュー(16.12.14).pdfの中で> 欠陥軍事機オスプレイが沖縄での墜落事故のわずか6日後(16.12.19)に飛行再開するのを止められなかった日本を、プーチン大統領はあざ笑っているだろう。また、他国に従属して欠陥軍事機の飛行さえも止められないくせに、交渉次第では北方領土が返還されるかもしれないという空しい期待を持ち続けている日本を軽蔑しているだろう。~こんな言葉より~

(5(新帝国システムたる)TPP

(4)日本の戦後体制が決定した瞬間

(3)戦後史の正体

(2)原発・領土・沖縄といった諸問題の背後にある戦後体制の構造

(1)敗戦による日本の半植民地化~『年次改革要望書』~ご参照

メディアリテラシー         

【17(H29). 6.29】本日夜7時のNHKニュースは完全な疑惑隠しだった。

【17(H29). 6.28】前川氏の会見は中継せず、“アベ友”民間議員の反論は垂れ流し

【17(H27). 6.10】Yゲート事件(勇気ある女性の発言により首相官邸御用聞きジャーナリストの忖度不起訴が重大問題化/ご参照.pdf)で見える波取り記者と権力の癒着

【16(H26).12.30】親権力メディアが世論をミスリードするやり方

【16(H26).12.16】安倍首相が生出演『報ステ』『NEWS23』の異常な弱腰!

【16(H26).12.13】「真実」はおろか「事実」さえ伝えないNHK等メディア=(イコール)オスプレイ「墜落」を「不時着」と言い換えて米国とそれに従属する日本国政府の歓心を買おうとする植民地根性のNHK等メディア(ご参照

【16(H28). 9.17】TVワイドショーは豊洲盛り土問題の犯人を伝えず

【16(H28). 9.17】朝ドラ「とと姉ちゃん」を、「暮しの手帖」が批判!

【16(H28). 9. 9】怒りも感動も台本通り! フジと読売に見るテレビのシナリオ

【16(H28). 8.26/8.28】NHK良心派は注目2番組をゲリラ的放映(生放送につき放映強行)⇒解説スタジアム 「どこに向かう 日本の原子力政策」ミラーバリバラ「笑いは地球を救う」ミラー

【16(H28). 8.28】感動ビジネス番組に障害を持つ少年が出演させられ(障害者をビジネスに利用するのは許せない!)、山頂の気温が9度という寒さ(秒速9m以上の風が吹け