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この資料室は吉波伸治(よしなみのぶはる)公式WEBサイトに掲載された資料の1部を収録したものです

 Think Globally ,Act Locallyシンク・グローバリー、アクト・ローカリー
   ~地球規模で考え、足元から行動せよ~

 この資料室は、Think Globally に係る資料を集積・提供いたしております。

)Act Locallyに係る資料(奈良県生駒市に係る資料)を集積・提供している「資料集」はこちらです。

 

 

 

 

 

非武装・非戦の論理  


       憲法・改憲戦争法(集団的自衛権行使)武力行使なき内戦 もご参照

平和を維持する・戦争をなくすために必要なことはこれではないか。

戦争法とは、そしてこの法律は廃止されなくてはならない理由.pdf戦争法(集団的自衛権行使)より>

  これの(8)を抜き出したもの⇒日本が武力行使(戦争)せずに国を守る道 

侵略を武力なしで防ぐ道

日本人の集団的無意識たる「非戦・避戦の精神」(戦いを否定する精神

排外主義(隣国ヘイト)撲滅のために

柄谷行人

  憲法の存在意義.jpg  戦後日本人の戦争忌避精神は集団的無意識.pdf  9条は無意識に根ざした日本人の「文化」

国譲り神話と憲法第九条

「軍隊=国家」は国民を守らない

戦争(暴力)は人間の本能(本性)ではない  

戦略的非暴力

ジャック・アタリ「自分をコントロールすることで他者との争いを避ける。これがアジアの文明の素晴らしさだ。」

9条の国、誇り高き痩せ我慢.pdf

領土問題解決のために

縁起の法(教え)の拡大が諸民族共存の道  仏教の出番

チョムスキーの発言

普通でまじめな人たちが、自分を「兵士」と認識していたから、

ハンガリー動乱と今日の日本

憲法第9条を棄てるとき、日本人は限りなく堕落していく!

防衛省誕生で、不戦60年の終焉を告げる晩鐘が鳴り響く!

安全保障政策を推進する立場の自民党が、安全保障が争点になった選挙には極めて弱いミラー <弱い理由をこの文の筆者は「自ら国防政策についての議論を深めることもなく、国民の国防教育も怠ってきたことにある。」としているが、そうではなく、戦争容認・推進にかかわることは、非戦・避戦の精神 を逆なでするからです。>

戦争と平和の関連記事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな言葉    

☆参考 : この言葉!生き方を考える50話(森本哲郎)  お断り : 折々のことばで取り上げられたものの再録も少なからずあります。

◎偏差値50以下の人は、この先、人生がないと思っていてください<全国不登校新聞編集長石井志昂さんが中学受験のために通っていた塾の講師>

◎<政治・政治家>

 〇政治家にとって重要な資質は三つ、情熱、責任感、判断力(新約では目測能力)であります<M・ウェーバーの講演「職業としての政治」(新約では「仕事としての政治」)<1919>より>

 〇政治とは情熱と判断力を駆使しながら、堅い板に力をこめて、じわじわと穴をくりぬいていく作業だ<名高い定義>  政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら、堅い板に力をこめて、ゆっくりと穴を開けていくような仕事です<M・ウェーバーの講演「職業としての政治」(1919)より> ご参照.jpg

 〇<政治・政治家> 関連(こんなことより)⇒・・・・・労働党内において・・・・・候補者の乱立した党首選を勝ち抜いたのは、予想外にもコービンであった。・・・・・コービンに目立つのは「個人的な温かみや寛容さ」、そして「誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力」・・・・・<この書評より>

◎科学的批判による判断ならば、すべて私は歓迎する。私がかつて譲歩したことのない世論と称するものの先入見にたいしては、あの偉大なフィレンツェ人の標語が、つねに変わることなく私のそれである。汝(なんじ)の道をゆけ、人にはその言うがままにまかせよ!<マルクス>

忠恕とは、自己の良心に忠実で、人の心を自分のことのように思いやる精神です。この精神は、一人一人にとって非常に大切であり、さらに日本国にとっても、忠恕の生き方が大切ではないかと感じています<平成天皇>

◎世の君主や皇子たる者の第一の義務は、人の疾苦を思うことである<小泉信三(東宮御教育常時参与)>

ビュリダンのロバ

この拘置所に来て、初めて人間らしい扱いをされたように思います【こども園襲撃】背景にあった“いじめ”“ひきこもり”“発達障害” 事件前にサポートはできなかったのか(池上正樹) より>←今や、拘置所の中でしか基本的人権を守れない人々がいる!

◎(1960年代後半から1970年代前半の)運動の中で『こんな声もある』と言った人たちがいて、それがのちの様々な活動につながり、社会の多様性を生んでいったのではないか。<北本修二さん>(1968 抵抗のうねり.pdfの中の民主化と反戦 声を上げた学生たち.jpgより)←べ平連や全共闘運動が残したものはこれだった。

誰かに見守られることで逆に独り立ちできる折々のことば.jpgより) / 「人には、自分がだれかから見られているということを意識することによってはじめて、自分の行動をなしうるというところがある。」.pdf / 魔法の言葉 「髪切った?」ミラー

将来のことは、大人になるまで生きていたら考えるよ<「大きくなったら何になりたいの?」とたずねられたパレスチナ自治区ガザの10歳の女の子>(天声人語 18.5.16より)

◎思考は現実化する<ナポレオン・ヒル>

◎暗闇に、かすかな光を見る、いや、見えるような気がする<大町公>( 折々のことば.jpg)。

◎「役に立つ」という言葉が社会をダメにしている<ノーベル医学生理学賞受賞者 大隈良典さん>

◎これまで演奏家として5万人を前に演奏したこともあれば、50人のために演奏したこともあります。しかし50人に演奏する方がより難しい。5万人は「一つの人格」に見えますが、50人はそうではありません。一人一人が個別のアイデンティティー、いわば自分だけの世界を持っています。物事をより明瞭に理解することができるのです<ボブ・ディラン>

間違いを「あり」にする方法が好きなんです。.jpg

◎理念としてならば、イデオロギーでなければ、今も社会主義を信じている/ルポルタージュ文学はヘロドトスの『歴史』に始まる(ポーランド出身のリシャルト・カプシチンスキ)/フィクションに対峙たいじするのはファクトという言葉であって、トゥルースではない。事実であっても真実ではない。真実を告げるにはどうしても微量のフィクションが要るのではないか。だからルポルタージュ文学では、著者の責任において一歩だけ文学に近寄る。/ 「アブハジアの習わしでは、食卓をかこんで客人と過ごした時間は、寿命に加算されないことになっているんです」<池澤夏樹 終わりと始まり~ルポルタージュ~(朝日新聞 16.12.8)> 

◎私もエッセーとともに絵を描いていますが、その行為は嫌なことからの逃避でもあるんです。(引用者:アニメ映画「この世界の片隅に」の主人公の)すずも絵を描くのが大好きな女性。それがあの時代を生きた彼女の『逃げ場』だったのでは。もし、それがなければ辺り構わず感情をまき散らすしかありません。実際、映画には対比的にそうした人物も登場します<イラストエッセイスト 犬山紙子(毎日新聞 16.12.12)>

◎とにかく耳にしたくないような言葉が、公人、政治家の口から次々と飛び出してきた。いちいち挙げるのも気がめいる。一つだけなら沖縄の米軍施設工事に反対する人たちに「ぼけ、土人が」と言い放った警備の警官の言葉もひどいが、それをかばうかのような政府見解には、えっと言葉を失った。言葉には意味以外に語感がある。日本語にはそこに微妙な味わいがあるもので、丸谷才一氏は語感の問題を抜きに言葉を論じる言語感覚を問題視していた。井上ひさし氏も日常の言葉の語感がどうも乏しく、ぎすぎすしがちなのを嘆き、自殺者を生み出す問題にもふれていた。四季折々の美を表す言葉は俳句の季語でおなじみながら、歳時記を開いて改めて感じるのは、自然の恵みと共存する人の情けだ。その言葉から受ける感じやニュアンスを配慮しない言語感覚は、何よりも情けを欠くだろう。ネットでネガティブな言葉がひゅんひゅん飛び交っている。語感はもっと大切に考えられていい問題ではなかろうか。<近藤勝重 しあわせのトンボ(毎日新聞 16.12.12)>

◎食べ物は、動物性でも植物性でもそもそもは他の生物の一部。そこにはもとの持ち主の遺伝情報がしっかりと書き込まれている。遺伝情報はたんぱく質のアミノ酸配列として表現される。アミノ酸はアルファベット、たんぱく質は文章にあたる。他人の文章がいきなり私の身体に入ってくると、情報が衝突し、干渉を起こす。これがアレルギー反応や拒絶反応。それゆえ、元の持ち主の文章をいったんバラバラのアルファベットに分解し、意味を消すことが必要となる。その上でアルファベットをつむぎ直して自分の身体の文章を再構築する。これが生きているということ。つまり消化の本質は情報の解体にある。<福岡伸一の動的平衡:57 朝日新聞(16.12.29)>

◎大スターになるには三つの条件が必須だと考えている。一つはアーティスト自身が持つ「素材」。次にマネジャーやプロデューサーらの「スタッフワーク」。最後は「世の流れ」。この三つがそろえば、スターへの階段を上り始める。< 酒井政利(毎日新聞 16.12.23)>

ニュースサイトで読む: https://mainichi.jp/articles/20161223/ddm/004/070/020000c#csidxf89caaff51cbbcb99b003d8140dfab9
Copyright 毎日新聞

分去れ(わかされ) ご参照

神話・伝承など言い伝えをもとにイマジネーションを加えることで真実・真理が見えてくる。ポスト真実(post-truth<ポスト・ツゥルース>/世論の形成において事実や真実が、感情や個人的信念への訴えかけより影響力に欠けている状況/事実や真実が重視されなくなった時代)の時代を突破する鍵は神話・伝承にある

日本はどの程度、独自に物事を決められるのか<プーチン露大統領が日露首脳会談前のインタビュー(16.12.14)の中で> 欠陥軍事機オスプレイが沖縄での墜落事故のわずか6日後(16.12.19)に飛行再開するのを止められなかった日本を、今頃、プーチン大統領はあざ笑っているだろう。また、他国に従属して欠陥軍事機の飛行さえも止められないくせに、交渉次第では北方領土が返還されるかもしれないという空しい期待を持ち続けている日本を軽蔑しているだろう。

◎友人にサンデーモーニングは「最後の砦だから」と言われています<TBS系報道番組「サンデーモーニング」のサブキャスターを約20年務める橋谷能理子さん>(16.12.17 朝日新聞)

◎犯罪事件には共通する部分がたくさんある。だから、千件の犯罪を良く知っていれば、千一件目の犯罪の謎が解けない方が不思議なくらいだ< シャーロック・ホームズ>

◎ベールをつけないという理由で5年間も女性を殴った男連中がいた。彼らを撃ち殺すのはとても愉快だ<05年の演説/狂犬の異名を取るジェームズ・マティス元米国中央軍司令官(トランプ次期米大統領が国防長官に起用)>(16.12.3の朝日新聞)

◎資本家どもとと共に私は地獄に落ち、マルクスやエンゲルス、レーニンに会うだろう。地獄の熱さなど、実現しない理想を持ち続けた苦痛に比べれば何でもない<フィデル・カストロ>

◎芸術とは目に見えるものを再現することではなく、目に見えるようにすることなのだ<パウル・クレー>

◎詩作とは、天使と死者から託されたコトバを文字に刻むことだ<リルケ>

◎問題意識がなければ目は節穴(折々のことばより)

◎我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか<画家のゴーギャン>

◎トランプ氏は、労働者の気持ちをもった億万長者<クリントン元大統領の懐刀と言われた選挙コンサルタントのディック・モリス氏>(この記事より)

◎神様がなかなか祈りをかなえてくれなくても辛抱して。祈っているのは君だけじゃないから。<ジャカルタ中心部の道路脇で「路上講座」をしているリオ・ワルソさん>(毎日新聞「街角から」16.11.23

◎おれも水俣病になりてぇ<水俣病患者が補償金を受け取ったことに嫉妬と羨望をいだいた患者近所の人が患者の家の前で聞こえよがしに言った言葉>

◎「つねに真実を話さなくちゃならない。なぜなら真実を話せば、あとは相手の問題になる」どんなに言いにくいことでも思い切って正直に打ち明ければ、その時点で、それはもはや自分の問題ではなく、相手(もしくはみんな)の受け止め方の問題になる、ということ。<福岡伸一の動的平衡:51より

◎飛べなければ、走りなさい。走れなければ、歩きなさい。歩けなければ、這いなさい。どんな形にしろ、前進し続けなければいけません。<マーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士>

◎人類は、より大きな力を得ることにはたけているが、その力を幸せに転換する能力は高くない<この記事.pdfより>

◎考古学は地域に勇気を与える<考古学者 森浩一さん>

◎耳は無意識の領野の中で閉ざすことのできない唯一の孔あな<ラカン>

◎陰謀理論は政治的敗者によって考案され、社会的弱者によって支持される<英ジャーナリスト アーロノビッチ>

言語明瞭 意味不明(いろいろしゃべっているのに、何を言っているのか分からない)

◎努力して運を待て<朝永振一郎博士の恩師>ご参照.pdf

真に偉大な人間の統治下では、ペンの方が剣よりも強いのだ。「国を救うのに剣などいらぬ<エドワード・ブルワー=リットンの戯曲「リシュリュー」中のリシュリューの言葉>

◎続けていれば負けにはならない(ご参照) / かならず変事がおこる。変事は待つだけではどうにもならぬ。作るのだ。作るためには戦っておらねばならぬ<真田幸村/司馬遼太郎「城塞」より>

◎ひとは誰かの思いの宛先であること、誰かにとってなくてはならない存在であるという事実によって、はじめておのれの存在を得る(折々のことば530.pdfより)

◎天皇制は大嫌い。でもなあ、いまの天皇陛下は大好きなんですよ。天皇制と天皇はわけて考えないと。<沖縄県読谷村の彫刻家 金城実さん>

◎終点にはなるだけゆっくり遅く着く。それが人生の旅。死ぬ時そこが生涯のてっぺん。/戦中の新聞社であからさまな検閲や弾圧など見なかった、危ういのは報道側の自主規制だ。権力と問題を起こすまいと自分たちの原稿に自分たちで検閲を加える。検閲よりはるかに有害だった。<むのたけじさん>

選んだ孤独はよい孤独折々のことば 16.8.8)

タモリの名言

エルズバーグの壺つぼ

攻撃手がかり説

視覚を真に司るのはではなく知識である

◎<モハメド・アリ>他人の命を奪う戦争に行くより、刑務所を選ぶ/俺を自由の身にするか、さもなくば刑務所に入れろ/想像力のない奴に、翼は持てない/人間が困難に立ち向かう時、恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。俺は俺自身を信じる。

◎生きているうちは、ひとは世のなかの役にたってしまう(折々のことば.pdfより)

ロシア人は絶対的な空気、つまり束ねる権力が強くなるほど一人ひとりの心は自由になる<ドストエフスキー>

◎ナチズムの思想は私とともに消滅する。だが、100年後には新たなナチズムが生まれるだろう<ヒトラー>

なみだは にんげんのつくることのできる いちばん小さな 海です<寺山修司>

人生とは、おのれの存在の空虚を直視しなくて済むようたえず気を散らしておく営みの連続だ。<パスカル>」

共感は、内容についてではなく、そうした存在の震えにこそ向かう。.pdf  大切なのは、何をしゃべるかということではなくて、なぜしゃべるのか、ということなのさ。そこを汲んでやることだよ!<ゴーリキー「どん底」作中人物の言葉

◎扉は……それがいったん閉じられると……たんなるのっぺりとした壁よりもいっそう強い遮断感を与える。<ゲオルク・ジンメル/折々のことばより>

◎共感性とは「他者の痛みに思いをはせて泣くことができる」ことです。経済社会を真っ当な方向に持っていくために必要な道具は「傾ける耳「涙する目」「差し伸べる手」です。人々の声に耳を傾け、人の痛みに涙し、救いを必要としている人のために手を差し伸べることこそが、成熟した社会に必要な要素であり、これからの地域社会をつくる大きなポイントだと考えています。<浜矩子>

◎なまけ者になりなさい。少年よ がんばるなかれ。けんかはよせ 腹がへるぞ。<水木しげる>

品性とは、人の気持ちや幸せを考える能力。品位とは、人の気持ちや幸せを考える態度。

◎この世には二種類の人間がいる。品位ある善意の人間とそうでない人間だ。<フランクル「夜と霧」 >

◎若さは恋と革命よ(瀬戸内寂聴)

◎私は科学的な批判ならどんな批判でも歓迎する。いわゆる世論なるものには少しも譲歩しなかったのであるが、その偏見にたいしては、依然として偉大なるフィレンツェ人(引用者:ダンテ)の格言が私のそれでもある。汝の道を行け、そして人々の語るにまかせよ!<マルクス「資本論」第一版の序文(訳 向坂逸郎)

ヤマアラシのジレンマ

◎歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話(E・H・カー)

◎歴史の真実を知ることは、自由が存在する国においてのみ、はじめて可能となる(ヴォルテール)  関連 : 谷川健一「古代史と民俗学」より.pdf  

森の肥やしはワラジの足跡.jpg

◎すべてのクレタ人は噓(うそ)つきである、とあるクレタ人が言った。

◎I have nothing to say and I am saying it.(私には言うべきことが何もない、と言いながらそう言っている。)<ジョン・ケージ>折々のことばより)

◎(長崎では)西洋、中国、朝鮮といろいろな文化が身近でした。うちのカフェーにはロシア系のハーフの女給さんもいましたし、小学校でも隣の席には陳君、ちょっと向こうはオランダ系の子、後ろはハーフの子といったふうに国際色豊か。それがごく当たり前で人種差別がないんです。東京へ来て、差別というものがあってびっくりしました。長崎で中国名だった友だちが、東京の大学では日本名を使っている。当時はそうしないと差別されたんです。東京って、なんて田舎者の集まりかと。長崎はよっぽどグローバルでおおらか。それが全部、わたくしの血肉になっているんですよ。<美輪明宏 人生の贈りもの1(朝日新聞 14.9.16)より

◎スコットランド人たちはイングランド人たちを「国境の南側」の人々と呼んでいるとのこと。さすれば、ヤマトの人たちは沖縄(ウチナー)の人たちにとって「国境の北側」の人々となるのだろう。

◎そんなあんたでも好きだよ、という気持ちを示し、帰ってくる場所があることを伝え続けるのが大切です<天声人語(15.5.31).pdfより

◎フリージャーナリストの役割の一つは、組織ジャーナリストが入れない地域にも入って被害者たちの現状と痛みを伝えること<ジャーナリスト 土井敏邦>

◎理論はいつか使い物にならなくなる。しかし思想は残る。

◎ある程度の規模と財力を持つ地方都市は、みんな街の景色が似てくる。その土地らしさは、生活の細部−−食べ物とか地酒とか生活習慣とかにまで踏み込まないと、なかなか感じ取れなくなる。豊かになると、生活の基礎部分が均一化されるからだ<宮部みゆき「悲嘆の門」より>。

◎帝国主義は、ほんの少しでも信用してはいけない(チェ・ゲバラ)

◎気をつけたほうがいいのだ、何事もきっぱりと語るひとには。です。であります。なのであります。語尾ばかりをきっぱりと言い切り、本当は何も語ろうとしていない。ひとは何をきっぱりと語れるのか?語るべきことをもつひとは、言葉を探しながら、むしろためらいつつ語る(長田弘さんの詩「嘘(うそ)でしょう、イソップさん」より)

◎過去を制するものは未来を制する。今を制するものは過去を制する。<小説「1984年」より>

◎あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためです(マハトマ・ガンジー)。

◎堂々と生きるための3原則

 ① 理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である(ヘーゲル「法の哲学」序文)

 ②存在が意識を規定する。しかるに、意識もまた存在を規定するのである。

 ③ヘーゲル美学がいう美とは、理想的状態に達するように理念(=人間の精神)が形態(=自然素材)に加えられた状態をいう。つまり、美とは理念と形態の一致(理念と形態の一致した状態を美という/美は、理念と形態の一致から生まれる)。ここから、次の判断基準を導き出すことができる。すなわち、自分の言動(=形態)が美しいか否かを見よ。美しいと判断できれば、その言動は正しい(=理念に合致している)。自分の言動が正しいか否かが分からないとき、それが美しいか否かを見よ。それで判断できる。

◎お金は寂しがり屋なんですね。少しでも仲間が多い方に集まろう集まろうとする。ですからお金をためようとすると、まずお金をためなければなりません<桂枝雀さんの落語「高津の富」のマクラ>

◎憲法を解釈だけで変えられる、だから7月1日は「壊憲かいけん記念日」<社会学者 上野千鶴子>

◎日本の狭い国土を広く使うには電車の速度を半分に落とせ(2つの地域を高速で結べば途中の地域はすたれてしまう。遅くすれば途中駅も人が降りて栄え、つまりは広く使える、の意)<宇沢弘文>

◎日本にいて何かいいことがあるだろうか。毎年3万人も(引用者:自殺で)死んでいくような国。自殺するよりまし。「イスラム国」へ行けば、本当に貧しいが食べてはいける<北大生支援の元教授・中田考氏が語る「イスラム国」より>

◎自然は寂しい。しかし、人間の手が加わるとあたたかくなる。そのあたたかなものを求めてあるいてみよう<民俗学者 宮本常一>

◎政治とは、世の中についての自分の価値判断を、複数の他者に伝えること<岡田憲治専修大法学部教授>

◎私がより遠くを見ることができたとすれば、それは巨人の肩に乗っていたから<ニュートン>

◎知識を徹底的に詰め込むと、ある段階から知識自体が動き出し、自分の頭で考え始めるようになる<佐藤優「私のマルクス」より

◎山があってそこはどんな植生であるのかという地図に書き落とすための客観的な景色を「景観」と言い、自分の目で見て感じた景色は「風景」と言えます<千田稔(歴史地理学者)>

◎プレシャーについて : 自分にコントロールできることとできないことを分ける。コントロールできないこと(引用者:他の選手の演技や「自分への期待」など)には関心を持たないことですよ<松井秀喜>

◎美談は泣きながら疑うことを誓う<谷川俊太郎>

◎小説の目的は本を読む前にいた場所から、違う場所に移動させること。読んだ前と後とは自分が変わっている。僕の作品を通して、人々を最終的にポジティブな場所に連れて行きたい<村上春樹(朝日新聞 13.11.2)

◎・・・・・フランスの文人、アナトール・フランスにこんな言葉がある。「大衆に対しては、いかにしてとか、どんな具合にとか言ってはならない。ただ、<そうだ>、あるいは<そうではない>と言わなければならない」▲そもそも「大衆は断言を求めるので、証拠は求めない。証拠は大衆を動揺させ、当惑させる」からだ・・・・・<余禄(毎日新聞 14.1.22)より

◎地図にもない村がある。組織は来ない。実情を組織に知らせ『もうちょっと支援を延ばしてもらえませんか』と交渉する。組織が救う100人先にもう一人いた、さらに3人いた、というように救う。私がやってきたことはそういう「隙間」なんです<高遠菜穂子」(13.12.3 毎日新聞)>

◎・・・・・哲学者デリダが重視した概念として『パルタージュ』があります。一つのパンをばらばらに千切って皆が持っているような状態のことです。パンはばらばらになったし、それぞれの形も違う。でも元は一つ。その断片を皆が持っているので、コミュニケーションは取りうる。元が同じトラウマを皆がばらばらに持ったことは社会を再生させる希望でもあるのだ・・・・・<東浩紀(評論家)「福島の悲劇 希望に変えるため」(13.12.24 朝日新聞より

◎才能とは愛する力だ<つかこうへい>

◎すべての歴史は現代史である<クローチェ(イタリアの歴史哲学者)>

◎スーパーの野菜に顔写真入りで作った人の名前を入れるのは、生産者と消費者の親近感を生み出そうとするCMの一種だが、それは同時に、アンチグローバリズムのささやかなCMだったりして ~天野祐吉「CM天気図」<最終回>(朝日新聞 13.10.16)より

◎むかしの中国では(中略)モノサシではかれないが、すぐれて個性的なものを「別品」と呼んで評価したという。(中略)世界で1位とか2位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮な国よりも、戦争も原発もない「別品」の国がいいし、この国(引用者注:日本のこと)にはそれだけの社会的・文化的資産のある ~天野祐吉「CM天気図」(朝日新聞 13.10.9)より

◎遅れた正義は無いに等しい。

◎創造とは逆境の中でこそ見出されるもの< 「連戦連敗」(安藤忠雄)より

◎自由意志は潜在意識の奴隷

◎一人の女性の生き方が社会の空気を変え、やがて国全体をも変えていく<この人物紹介記事.pdfより >。

◎「小さな人間」には戦争を起こす力はありませんけれども、戦争をやめさせる力は持っています。いくら「大きな人間」がやっきになって戦争をしろと叫んでも、「小さな人間」が動かないと結局戦争はできない。このことは忘れてはいけないと思います。「小さな人間」が持つ力、それを実現するのがデモクラシーだということが民主主義の一番根本の原理です。<「オリジンから考える」(小田実)より

◎人間の精神の中で、大事なものに認識と思考がある。認識とはものを見さだめること。思考とは考えること。認識すること、つまり事柄をできるだけ正確に、科学的に、的確に見さだめる。はじめから主観を入れないで客観的に物事を見さだめる。認識が正確でないと物事が動かない。しかし、認識だけでは駄目。認識の上に組み立てるのが思考。これは自由でないといけない。<「オリジンから考える」(小田実)の1部を再構成しました。

◎人に自然治癒力があるように「事態」にも自然治癒力がある。さまざまな出来事の重なりのなかから予兆や兆候を読む視力が、問題の解決策以上に大きな意味をもつ。ある一線を越えると事態が一変するという、その見えない臨界を視る「臨床眼」の推力となるのが、人類学的事実、詩文、政治史・戦史まで、時空を超えて広がる照合軸の遠大さであり、濃(こま)やかな想像力だ。<この文.mhtの1部を再構成しました。

◎論争する時は真理を味方に独りで闘え<ニーチェ>

◎「口は関なり、舌は兵なり、言を出して当たらざれば反(かえ)って自ら傷(そこ)なう」。君主らへの戒めを記した「説苑(ぜいえん)」という書物にこうある。口は関所で舌はそこに詰める兵である。いったん関を出た言葉が適切でなければ自らを損なう−−という次第だ(毎日新聞 余録 13.5.15より

◎人は一度高いレベルで信頼してしまうと、相手が応えなくても信頼感は失われない。なぜなら、そういう人を信頼した自分がみじめになるから<ニクラス・ルーマン(ドイツの社会学者)> (参考 : なぜ安倍政権支持率は高止まりするのか?.pdf

◎得意淡然、失意泰然

◎読書は、活字を追い情報を得るだけの狭い行為ではない。目で見て、手で持ち、頁(ページ)をめくり、付箋(ふせん)をはり、線を引いてと、いわば全身運動。ビジュアルな雑誌やハウツー本はともかく、電子書籍は文芸作品では普及しないと思う。 そもそも電子書籍だけでは飯が食えません。紙の本で印税10%なら、1万部刷れば何冊売れても1万部の10%という計算になる。電子書籍の印税は20%とか30%とか高くても、実売分しか支払われないのが普通です。デビュー前の若手や、出せば何百万部という作家を別にすればメリットはない。<逢坂剛(作家)>(朝日新聞 13(H25).5.10)

◎読むことで知るのではなく、体験するのだ<菊池信義 『装幀(そうてい)思案』>

◎ファシズムとは人に発言を禁じるのではなく、逆に積極的に口にするよう命じるものなのだ<ロラン・バルト『文学の記号学』>

◎片倉もとこさん・・・・・は・・・・・家族とすごすというニュアンスのアラビア語「ラーハ」を「ゆとろぎ」と訳した。「ゆとり」に「くつろぎ」を足し、「りくつ」を引いた造語だ。人生を慈しむイスラムの豊かな生活感覚と英知を、時間に追われる日本人に伝えようとしたのだろう。朝日新聞 惜別 13.4.20.pdfより)

◎自分の国で苦しんでいる人がいるのに他の国の人間を助けようとする人は、他人によく思われたいだけの偽善者である<マザー・テレサ>

◎多言語国家のスイスでは、ドイツ語圏とフランス語圏の考え方の隔たりが「レシュティの溝」と呼ばれる。レシュティはドイツ語圏を代表するジャガイモ料理。・・・・・直接民主主義を重んじるスイスでは、国民投票がひんぱんに行われる。独語圏と仏語圏の結果が正反対になった場合に、相いれない両者の隔たりを表現するため象徴的に使われるようになった。・・・・・文化や考え方の違い・・・・・。飲み物なら独語圏で好まれるビールと仏語圏のワイン、恐れられる動物なら独語圏のフクロウと仏語圏のオオカミ、・・・・・独語圏の子どもは魔女や怪物などの想像上の存在を怖がるが、仏語圏では警察や煙突掃除人といった実在の人物を恐れるという。・・・・・仏語圏から出土した土器は丸底で耳のような飾りがあり、独語圏は平底で口が狭い。青銅器時代の集落でも基礎工事にあたるくいの打ち方が違うという。・・・・・文化や考え方の違いは太古の昔に始まった。言語圏にこだわらず、学びあい、理解しあうことでしか溝は埋まらない・・・・・。(朝日新聞 06.1.28)

◎無数の暗記と模倣の先に独創がある。 「まねる」は呼吸でいえば『吸う』行為にあたる。きちんと吸わないと、「制作」という形で『はき出す』ことはできない。.pdf

◎私たちが政治から逃げたからと言って、政治は私たちを逃がしはしない。

◎神は、滅ぼす者に、まず四〇年の成功を与える<ドラッカー>

◎経済学者の仕事が終わった時に、実は本当の人間の問題が始まる<ケインズ>

◎君主は自分が聡明でないカギリ、決して賢明な助言を受けることはできない<マキャベリ>

◎走っているときだけ自由になれる<柳美里「8月の果て」の主人公>

◎ 「荘子(そうし)」にある話だ。春秋時代に盗賊団の頭目だった盗跖(とうせき)は泥棒にも「道」はあるかと聞かれて答えた。「この世に道のないものなどない。家に何があるか見分けるのが『聖』、最初に入るのが『勇』、仲間を先に逃がしてやるのが『義』だ」。「うまくいくか判断するのが『知』、盗品を公平に分けるのが『仁』、この五つの徳を備えずに大泥棒になったやつはいない」。およそ人間が集まるところ、どんな集団にもそれを成り立たせる「道」や倫理はあるようだ。(毎日新聞 余録 13.2.8)

◎ゆっくりと急げ<初代ローマ皇帝の座右の銘>

◎息子のアトピー治療のために転居した神戸で、阪神大震災に遭った。避難所で小学生の息子2人を亡くした男性に出会った。同世代だった。とっさにかけた言葉は「うちだけ生きててごめん」。あとはただ横に腰掛けて手を握っているだけだった。しばらくして「ありがとう」と小さな声。傷ついた人とは「向き合う」よりも、「寄り添う」ことが大事だとわかった<堀内正美(俳優)>(朝日新聞 13(H25).1.18)

◎体制に抗し、タブーに挑む姿は、烈々と火を噴くように見えた。口をつく言葉も激しい。そんな大島渚さんを支えていたという言葉を知って、納得した覚えがある。「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処(どこ)にも光はない」▼ハンセン病を背負って生きた戦前の歌人、明石海人(あかしかいじん)の歌集の前書きに出てくる。大島さんは19歳のときにこの一語に出会った。以来胸に畳んできたと、かつてアエラ誌で読んだ。言葉通りにあかあかと燃えた、80年の生涯だった<天声人語 13(H25).1.17>  ◎大島さんの座右(ざゆう)の銘(めい)はハンセン病の歌人、明石海人(あかしかいじん)の言葉だった。「深海に生きる魚族のように自らが燃えなければどこにも光はない」。消えることない名画の光をこの世にもたらし、巨匠が旅立った<余録 13(H25).1.17>

◎(選挙において)群集が勝たせるのは、「正しいことを言っている感じ感をもっとも演出できた人」<町田康(作家)>(朝日新聞 12(H24).12.5)

◎大敗の次に恐るべきは「中敗」ではなく、大勝だ。兵士らは望外の戦果に狂気、陶酔、慢心し、戦いの目的まで忘れかねない<ワーテルローの戦いでナポレオンを退けた英軍の指揮官>(朝日新聞 12(H24).12.5)

◎(アレクサンドロス大王から「望みはないか」とたずねられたので)そこに立たれると日陰になるのでどいてほしい <日光浴中のディオゲネス>

◎(迫害されても)嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する<スピノザ>

◎人生はだいたい30年を1ジェネレーションで回る・・・・・。大学を卒業して就職し少したった25~26歳は、仕事がうまくいっていればそれを膨らませていけばいいと思いますが、人生にある種の違和感を感じることもあるだろうし、いろいろ複雑な時期だと思います。30歳くらいまでに、ある程度、自分のポジションを決めておいたほうがよい・・・・・。<代ゼミ英語講師 西谷昇二さん/Business Journal(13.1.4)より>

◎現代を汚すのはモメント(瞬間)のモーデ(気分)によるマイヌング(意見)という「三つのM」<ニーチェ>

◎無責任な暗い衝動に身を委ねた支配者の徒党に、抵抗もせずに統治を許すことほど、文化的民族にとってふさわしからぬことはない<ナチス抵抗運動「白バラ」を組織したシェル兄妹が死を覚悟して配布した非合法ビラより>

  参考 : 映画「白バラの祈り Photo -ゾフィー・ショル、最期の日々」(05 独/日本公開0601)<作品紹介作品紹介予告編 一場面⇒右写真(クリックで拡大)>(映画の広場より) 

◎この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない<村上龍「希望の国のエクソダス」に登場の中学生>  ご参照 : 希望がないから絶望もない!絶望がないから希望がない!.pdf

◎予期せぬことと予期したくないことが起こると予期せよ<ビザンツ皇帝マウリキウス>

◎愛の反対は憎しみではなく無関心だ<マザー・テレサ>

◎愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

◎理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる<ルソー>

◎誠実に聴いてくれる人がいればこそ、人は話しはじめる。

◎「欲」が人間を束縛する様々なフィールドを作る。そして、癒すとは縛っているものから人を「ほどく」作業だ。<日経(96.9.29)>

◎アメリカの先住民族は、よくこんなふうに言うそうだ。「ミタケ・オアシン」。すべてはかかわりあっているという意味だ(『アメリカ・インディアンの書物より賢い言葉』扶桑社<天声人語 04.4.8>

◎愛国主義は悪党最後の砦(注:「愛国心は悪党最後の砦」は言い間違い愛国主義と愛国心の違い

◎人間は教育によってはじめて人間になることができる。注意すべきなのは、人間は人間によってのみ教育されるということである<カント>

◎(ほんとうの)自由は、いつでも、ただ、別な風に考える人間の自由だけである<ローザ・ルクセンブルク> (出典記事.pdf

◎危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、何か行動を起こす人が減る<若き心理学者の研究>

◎10日の反戦キャンペーンで効果なくても60日間続けてみろ<大森実>(出典記事.pdf)  書籍紹介:『大森実ものがたり』.mht

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食と農(農業振興)   

【1】就農支援

(1)制度  国の支援制度(農水省)/食料・農業・農村基本計画<10(H22).3>が唱える新規就農者支援策Photo (右図<クリックで拡大>

(2)資料  ⑤東京ネオファーマーズ  ④農家を育てる時代は終わった.pdf  ③就農についての大要.pdf  ②全国新規就農相談センター(資料豊富)  ①農業塾.pdf

【2】有機(自然)農法の普及

【3】東京都農業会議  食と農についての先進自治体  箕面市農業公社

【4】消滅可能都市・農山村復活

(*)若者の「田園回帰」に活路を見いだせ.pdf

【5】TTPが日本の農業に与える打撃⇒TPP

【6】資料

(*)諸資料  食を考える映画

(8)農業には個人の利益追求だけでない使命感がある.jpg

(7)食の安全保障 : 知らぬは客ばかりなり!外食産業、実はこんなふうに作ってますミラー日本人だけが知らない!日本の野菜は海外で「汚染物」扱いされているミラーマクドナルドとモンサントの凋落輸入食品の安全性

(6)ゆらぐ農(朝日新聞)

(5)野菜提案企業 (株)坂の途中

(4)Asahi141022_nourin農業高校を舞台にした小説や漫画が人気.pdf((→右図は、ライトノベル「のうりん」の表紙<クリックで拡大>

(3)国際的巨大農業資本に対抗する「Teikei(提携)」

(3)日本農業の現状:11(H23)年度の農業白書によると、農業の従事者は5年前から22%減った。平均年齢は2.6歳上がって65.8歳。水田を中心にした集落の半数以上に65歳未満の働き手がいない。米作の平均耕地面積は1.05ヘクタールにとどまる。1ヘクタールで収穫できるコメの販売額は120万円前後。平均点の農家が、米作だけで食べていくのは難しい。裏返せば、その程度の規模の兼業農家が普通に存続している。これが、効率向上よりも「農家温存」意を尽くし、補助金分配に精力を注いできた戦後農政の帰結である。

(2)国際的巨大農業資本に対抗する「Teikei(提携)」

(1)<13(H25).7.22 記以前から警鐘が鳴らされていた通りTPP交渉において日本側が申し入れをする(コメなどの農産品で関税撤廃の例外を求める)ことなど不可能であることが改めて明らかになりました(報道記事.pdf)。そんな警鐘に耳が傾けられることなく昨日投開票の参院選で自民が大勝、自民政権は日本の食の危険化と農の衰退をもたらすTPP(TPPとはTPPの問題点)を進めることとなり、市民が昨日の6市長選で自民を完敗させた地域力で「食と農を守る」努力をしなければならない時代が到来、「食と農を守る」という自治体の役割は更に大きくなりました(食と農についての先進自治体

こんな話   

◎古代中国の道家の思想を記した「荘子そうじ」という書の中に、次のような話が載っている。「混沌」というのっぺらぼうのような生き物に善意で目・鼻・口・耳を開けてやったら、意に反して混沌は死んでしまった。この話は、善意でやったことでも余計なことは悪い結果をもたらすので気をつけなければならないということを教えている。

◎自分は一流企業を勤め上げたと自尊している定年退職した低俗男が嫉妬深い事情が、この記事.jpgに書かれている。

JR奈良線は奈良県内を全く走っていないという衝撃の事実

小笠原の生態系深刻 犯人はたった1種類の外来種の虫

◎どんぶり勘定の「どんぶり」とは丼鉢ではなく、職人の腹掛はらがけの前にある大きなポケットのような物入れである。無造作にお金を出し入れしていたところから、その名がついた。/1940年に予定されていた東京五輪が中止になったのは、日中戦争に反発する欧米の不参加が予想されたからだ。ただ、競技場の建設に使う鉄が十分に確保できるか、東京市の借金がどこまで許されるかも大きな問題だったと橋本一夫著『幻の東京オリンピック』にある。「国民、市民」に耐乏生活を求めながらの巨大な施設づくりは困難である」。当時の担当者の言葉が色あせていないように思えるのが、何とも悩ましい。 朝日新聞「天声人語」(16.12.23)より

秩父山中 花のあとさき

◎自衛隊内の反抗分子?がよくぞ作成した自衛隊忌避ポスター.jpgがネット社会で話題になっている。

キリシタンは日本の娘を海外に奴隷として売った(リンク)

「ヒラリーが負けた本当の理由」とは!?.pdf

◎ 「君の名は。」がなぜ10位圏外?「キネマ旬報ベスト・テン」の謎.pdf

◎<電車噺④>エッセーは「ものすごい混雑。赤ン坊の泣声と怒声罵声。ぼうとなるほどの人いきれ」だった省線電車(旧国鉄)でのエピソードを紹介。赤ん坊の激しい泣き声に「やかましいぞツ!」などの怒声が上がったが、突然「母親の身にもなつてみよ。心で泣いてるぞ!」との声で静まりかえり、その声は「烈々たる気魄きはくに充ちてゐた。さらに、座席の若い女性が、乳児を抱いて立つ母親に「抱だっこさせて下さい」と手をさしのべたが、ある紳士が「抱いてあげる親切があつたら、席を譲りたまへ」と怒鳴る光景に、原さんは「紳士は『善』を知つてゐると云へやう。けれども『善』を行へないたぐひであらう」と皮肉った。<原節子さんのエッセー見つかるより>

◎編集者は「筋」を通して作家にうらまれることもある。昭和の名文芸編集者の木村徳三に使えぬ原稿を突き返された林房雄の場合、以後の小説の悪党の名はみな「木村」となった。中国人の悪役の時は「陳徳三ちんとくさん」だったというから徹底していた。毎日新聞「余録」(16.12.3)より>

◎かつて「ふぞろいの林檎りんごたち」というテレビドラマがはやった。山田太一の脚本、主演は中井貴一。規格をそれた人物が不揃いのリンゴにたとえられたのだが、以来、不揃いの果物、不揃いの野菜などが見直されてきたように思う。毎日新聞「季語刻々」(16.11.13)より>

◎「プラトーン」などベトナム戦争映画の多くはフィリピンで撮影され、ベトナム人役はフィリピン人。

◎手塚治虫は「カメラの脳」を持つと言われていました。一度見たものを鮮明に記憶し、いつでも再現できた。この記事より>

ヤクザと共生する街、神戸市.pdf

◎琥珀こはくに封じ込められた太古の蚊が吸った血液から、DNA技術を駆使して恐竜を再生する。科学者は、おもわず駆け寄って手をかざす。・・・・・恐竜は、冷たい爬虫はちゅう類ではなく、温かい鳥類に近い。<福岡伸一の動的平衡:51より

◎「となりのトトロ」15回目のTV放送も14.2%の好視聴率(ご参照ミラー)。映画で凡作・テレビで大化けの「となりのトトロ」、人気の理由は?!ジブリ累積視聴率2400%へ(ご参照ミラー)。

◎長女が小学生の頃、散らかった部屋を注意したら「遺伝だから」と言い返された。どこでそんな知恵を仕入れてきたのか、と噴き出してしまった。「遺伝」という言葉には、8歳児の心すら捉えてしまう、有無を言わせない説得力があるようだ。<発信箱(毎日新聞 16.11.2)より

◎「街灯の定理」という風変わりなタイトルの経済書がある。夜、ある人が街灯の下でなにかを捜している。鍵を落としたという。なくしたのはこのあたりかと問うと、そういうわけではないが、ここは光があたって捜しやすいので、と答えた――。そんなジョークが由来になっている。闇に紛れた鍵を明るみに捜すちぐはぐ。それと同じようなことが、経済学や経済政策の世界で起きているのだ、とその本は指摘する。日曜に想う「暗闇になくした鍵をさがせ」より>

シリコンバレー・・・・・の「影の面」・・・・・。時価総額世界1、2位の企業があるのに、彼らの税金逃れにより地元自治体は財政難に苦しんでいる。・・・・・道路は全米で最悪のレベル。公立学校に使う金も、ホームレス対策にも金が足りない・・・・・。所得格差が生んだ「社会の歪(ゆが)みや摩擦」・・・・・。<書評「シリコンバレーで起きている本当のこと」より>

堺利彦からの漱石へのファンレター

フルマラソンの走り方「悪魔の誘惑には乗らないでください」

あの国民的5人グループはもう見れないのか。

◎<NHK近江アナ> 「ブラウス後ろ前」事件

◎<関西人>大震災のときも「ボケとツッコミ」を忘れなかったという。

  阪急電鉄神戸線をボーダーに、そこより北の地域に住んで いた人は、「えらい激しい地震やった」  ことはわかっていても、べつに周りの家も大丈夫なうえ、テレビも映らないため、「大震災」であることがわからず、七時ごろに出勤しよ うと家を出た人も少なくなかった。 K君もその一人で、何の変哲もない紺色の背広に髪を整 え、茶色の革のサラリーマンバッグ一つを持って阪急岡本駅 に行き、駅員に、 「ダイヤそうとう遅れますよね?」  とたずねた(引用者:ボケると)。  するとその駅員にすかさず、  「きみ、電車のダイヤどころやない。みんな人生のダイヤ狂ったんや」 と返されたという(引用者:ツッコまれた)。<大震災名言録より>

命のノート 関連 : 映画「待合室」(06 日/0611公開)公式サイト

京都の人が「お茶漬けでもどうどすか」と客に帰るよう促す落語そっくりの場面にシリアのダマスカスで出合ったという。「シリア・レバノンを知るための64章」(明石書店)で、歴史学者の谷口淳一さんが留学生当時の経験を書いている▲谷口さんが下宿する大家さんの家で、外出中の別の下宿人を訪ねてきた青年がその帰宅を待っていた時である。ややあって大家が「コーヒーでも飲むかい」と尋ねた。青年は「いいえ結構です。失礼しますから」と席を立って、すぐさま大家も戸口まで送っていった▲「コーヒー」が退出の潮時のサインなのは2人の様子から分かったという。これほど洗練された社交作法がつちかわれたのは、宗教や民族の異なる多様な人々が共存してきた土地柄のためだろうと谷口さんは推測している。<「余禄」(15.11.18 毎日新聞)より>

「私たちがニューヨーク市からここへくる間に見た奴隷はどなたの持ち物ですか?」「奴隷じゃありません。あれは市民です。政府に雇われているんです。彼らはほかの市民と同じ権利を持っていますー言論の自由、信教の自由、それに投票権。」<カート・ヴォガネット・ジュニア「プレーヤー・ピアノ」より>

山火事注意の看板に現れる「謎のリス」

ドクダミの復権.pdf

◎ピグミーやブッシュマンなど、アフリカの狩猟採集民・・・・・が狩りで仕留めた獲物の所有権はハンターではなく、弓矢ややりなどの持ち主にあるという。ただし道具は頻繁に貸し借りされ、特定の狩猟名人や道具の持ち主が富を独占しないよう分配が工夫されている。しかも、どんな大きな獲物でもハンターは「やせた肉で申し訳ない」と恐縮してみせねばならない。高慢を戒めるシステムなのだ。「つまらないものですが」とお歳暮を贈る我々そっくり。そういえば日本にも地位が高いほどへりくだり、清貧をよしとする美学があった。<枝雀落語とピケティ教授より引用>

◎イソップ寓話に「アリとキリギリス」がありますね。アリが忙しく働いていた夏に楽しく歌っていたキリギリスが、冬になって食べ物に困る。アリを頼ったところ、「冬は踊っていたら」と冷たく断られるという話です。ところが、ブラジルの絵本では結論が違う。アリはキリギリスを迎え入れ、食べ物を分け合って、一緒に踊って冬を過ごしたというのです。人生は短い。大切なのは生きることを楽しむことです。いい人間関係を築いて、その中で楽しく暮らす。中南米の人々は、人生の主軸をそこに置いています。ただ貯め込むだけのアリ的人生より、キリギリス的人生のほうが豊かだと考えているのです。<ラテンに学ぶ(要ログイン)より>

Medetashimedetashi89kb_9◎池澤夏樹さんが桃太郎と教科書.pdfというエッセイの中で、桃太郎に父親を殺されたという鬼の子どもを描いた「めでたし、めでたし?」という作品(→右図<クリックで拡大>)を紹介しています。この作品は、2013年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞を受賞しました<13(H25).10.8 発表>(2013年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」結果発表)。

◎早くに父が亡くなり、家には新聞を購読する余裕がなくなった。好きなのでなんとか読み続けたい。少年は新聞配達を志願した。配った先の家を後で訪問し、読ませてもらおうと考えたのだ。元島根県出雲市長で衆院議員を務めた岩國哲人(いわくにてつんど)さん(78)の思い出だ。小学5年の時から毎朝40軒に配った。読み終わった新聞を見せてくれるおじいさんがいた。その死後も、残されたおばあさんが読ませてくれた。中3の時、彼女も亡くなり、葬儀に出て実は彼女は字が読めなかったと知る。「てっちゃん」が毎日来るのがうれしくてとり続けていたのだ、と。涙が止まらなくなった。 朝日新聞「天声人語」(14.41015)より

◎ドイツ軍人でありながらユダヤ人救済をおこなった、信仰、信条、思想などに誠実に生きた稀有(けう)の存在だった40人余の行動の動機は、人類愛、確固たる意思、能力であり、それは、教育人格生活様式の中で身についていた。<書評「軍服を着た救済者たち―ドイツ国防軍とユダヤ人救出工作(ヴォルフラム・ヴェッテ 著)」保阪正康(朝日新聞 14.8.3)を参照して記載

 

・・・・・人間は言葉の動物だ。言葉によって世界を切り分け、掌握しようとする。「液体」に「水」「ジュース」「お茶」と名前を与えた瞬間、一つの存在はバラバラになっていく。言葉はあらゆるものを分化し、疎外を起動させる。人間もまた「私」と「あなた」に分断され、透明な関係から引き離される。そこに物語が加えられることで、自己同一性(アイデンティティ)が生れる。しかし、私が私であろうとする欲望は、他ならない私を苦しめる。自己であることへの執着は、世界からの疎外を加速させ、他者との切断を深化させる。・・・・・世界は言葉によって構成されている。だから、言葉を支配する者が、世界を変えてしまう。出鱈目(でたらめ)な言葉がはびこる政治や社会に対抗するには、欲望によって構築された物語を解体する物語を手に入れなければならない・・・・・。<書評「夜は終わらない(星野智幸著)」中島岳志評(毎日新聞 14.7.13)より>

◎英国の歴史学者パーキンソンは、閣僚の定数について分析する。それによると、最も望ましいのは5人である。首相と大蔵、外務、防衛、法務の各大臣で足りる。この程度なら、互いに存分に意見交換し、かつ秘密も保てる。ところが、内閣はふくらむ傾向をもつ。権力を欲する人々がポストを求めて突き上げるからだ。彼らをおとなしくさせるには人数を増やして処遇するのが手っ取り早い。かくしてやがて2桁となっていく。20人を超える頃、組織は突然変異を起こす。主要メンバー5人ほどが前もって大体のことを決めてしまうようになる。会議は儀式と化し、時間の無駄となる。朝日新聞「天声人語」(14.4.24)より

◎<高校生>代替バスの大合唱.pdf

「遅読」で育てた学びの背骨:明治生まれの作家、中勘助の自伝的小説「銀の匙(さじ)」。この200ページほどの文庫本に中学3年間の国語の時間をすべて費やす「遅読授業」が、2010年、脚光を浴びた。・・・・・「丑(うし)」の字に出合うと、十干十二支から丙午(ひのえうま)、甲子園の由来まで丁寧にたどる。「漢方」が出てくれば大阪の薬問屋街、道修町(どしょうまち)の神社「神農さん」にまで話を広げる。主人公が食べた駄菓子を教室で試食し、たこ揚げや百人一首でも実際に遊ぶ。・・・・・国語は「学ぶ力の背骨」となる教養を育てる科目。興味の赴くまま、横道にそれていけばいい。進み具合を不安がる生徒には「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる。自分で見つけたことは一生の財産になる」と諭した・・・・・。<朝日新聞「惜別:元灘中学・高校国語教師 橋本武さん」(14.1.18)より

昆虫の食べられないための驚くべき戦略.mht 

◎「本でも雑誌でも、いや人間でも、実用性、物語性、扇動性の三つ をそなえていないと、売りものにならない」、「カッパの本は、冷たいロゴスを底にひめた温かいパトス、つまり、知性をふまえた感性、感覚、感情にうったえる」ものであるべきだという信念を持ち、岩波新書の教養主義に対抗して、著者と編集者と読者が同じ平面に並ぶような本作りを目指した。その結果として陸続と生み出されたカッパのベストセラー本は、戦後民主主義の一つの結実だと言ってもけっして大袈裟(げさ)な評価ではない。書評<カッパ・ブックスの時代[著]新海均 [評者]若島正>(毎日新聞 2013年9月8日)より

お客様を知る力は日本一!の書店員.jpg 

富士山遠望の地

セリグマンの犬.pdf

◎<電車噺③>おばちゃんの親切.pdf 

うっかりミスの法律施行.pdf

◎慶長年間創業の法蔵館社長は「うちの仏教書は企画に10年、つくるのに10年。読むのにも10年かかると言われますけどね」と苦笑していた。家2軒が建つ大金をはたき、清水の舞台から飛び降りる覚悟で大手に先駆けてサルトルの出版権を得た人文書院。大学入試の過去問集「赤本」で有名な教学社はその収益で良質の教養書を世界思想社の名で世に問う。もうかりそうもない山岳書をコツコツ刊行しているナカニシヤ出版は心理学関係の教科書類を経営の柱に置いている。そろばんははじくが、目先の利益にとらわれない。京都の出版人の気概である。<毎日新聞「発信箱」13.4.18>

◎地球が直径1mにサイズダウンした場合の海水量は660cc、ビール大瓶1本程度しかない。飲める淡水にいたってはわずか5cc。<『地球がもし100cmの球だったら』>

◎ニュートンが英国経済を銀本位制から金本位制に変える方向付けを行った(書評:ニュートンと贋金づくり.mhtより)

ミルグラム実験.pdf

人は簡単には発砲できないが、思考停止の訓練で発泡率は高まる。

◎一九五八年から九一年までの間、日本の一人当たり実質GDPはおよそ六倍にも増えた。にもかかわらず、生活満足度はほとんど変化がない・・・・・。一人当たり実質GDP一万ドルくらい・・・・・のレベルを超えると、所得の増大と幸福度の上昇は単純な結びつきを失う。例えば、所得が増大した当初は確かに幸せな気分になるものの、次第にその所得水準に慣れてしまって、幸福度は次第に以前のレベルに回帰してしまうというのだ。さらに、「願望」水準のシフトがこれに加わる。所得が増大し続けるうちに、人々の望む所得水準が上昇してゆく。願望が達成されてこそ幸福度は上昇するのだが、その願望水準自体が上昇していくのだから、幸福度はすんなりとは上昇しない。ときには下落することさえある。加えて、他のメンバーとの所得の位置関係によっても幸せ感は影響される。かくして、単純なる成長至上主義は退けられることになる。・・・・・政治制度と幸福度の関係。・・・・・政治への市民参加の度合いが高いほど、そして地方分権の度合いが高いほど幸福度が高くなる・・・・・。 ~書評「幸福の政治経済学(B・S・フライ、A・スタッツァー 著)」<中村達也 評>(毎日新聞 05.5.1)~

他民族理解の難しさ.jpg 

人は自ら望む事を信じる。古代ローマの英雄カエサル(シーザー)の警句である。紀元前56年、ガリア(現在のフランスなど)制圧に乗り出した時のことだ。北西部ブルターニュに派遣した副将サビーヌスが敵陣にスパイを放ち「ローマ軍は脱走者続出、戦意喪失」というニセ情報を流させた。願ったりと攻め寄せた敵は思わぬ逆襲に遭い、敗走した。カエサルはこの逸話を「ガリア戦記」に書きとめ、論評を加えた。「およそ人は自分の望みを勝手に信じてしまう」(岩波文庫、近山金次訳)<毎日新聞「風知草」13.3.11>

◎ペルシャの大軍がギリシャに侵攻する直前のことだ。ペルシャの陣営で捕らえられたギリシャの密偵が処刑される寸前、ペルシャ王は密偵にありのままを見せて送り返せと命じた。その強大な軍容を知れば相手は戦意を失うと考えたのだ。だがギリシャは情報をもとに防備を固めてペルシャを撃退し、王の心理作戦は失敗した。では「もし古代中国の兵法家・孫子(そんし)だったらどうするか」。そう問うたのは冷戦時代に米CIAを率いたアレン・ダレス長官だった。孫子ならスパイに賄賂を与え、ペルシャの戦力が実際より弱体だと報告させただろう-ダレスはそう述べている。彼は多くの国が占いで戦争をしていた時代に情報戦を重視した孫子のリアリズムを高く評価した。またそれに学んだ毛沢東(もうたくとう)らの戦略や戦術を警戒した。(毎日新聞「余禄」13.2.22)

◎<電車噺②>感謝が生むパワー.jpg

◎<電車噺①>電車の中で「ぎゃははははあぁ~~」って笑ってる女子高生たちにおっさんが「電車内だぞ、しずかにしろ!」と怒った。彼女たちは静かにしようとしながらも、まだ声を出さないで肩を震わせながら笑いが止まらなかった。それを見たおっさん「マナーモードかよ!」電車内の7割くらいの人が腹を抱えて死んだ。

◎だれにとっても―殊に男にとって、父はうっとおしい壁である。追いつけないほど優秀であっても、逆に目を背けたいほど醜悪であっても、尊敬であれ嫌悪であれ、生涯消えることなくのしかかる父親。なぜなら父とは最初の、最大の他者だからだ。(日経新聞 書評「父」<著者:小林恭二/評者:清水良典> 99.9.19)

花見には稲作農耕の豊穣をもたらす桜の霊力への信仰があるように、秋の狩猟開始期にあたる紅葉狩り(もみじがり)には山や狩猟文化との深い関わりが想像される。(朝日新聞 12.11.22)

◎以前、インドの辺境へ支援に入った日本の女性が、現地の文字を書いたら驚かれた、と言っていた。外国人が書くからではない。「女が字を書く」からだった。貧困や因習で、とりわけ女子が就学できない理不尽が世界に残る▼字が読める母親の子は、乳幼児で死ぬ割合がかなり低くなると、先の本紙「私の視点」の寄稿.pdfに教えられた。識字は人が人らしく生きる拠(よ)りどころ。尊厳と言っても過言ではない。(朝日新聞「天声人語」12.11.14)

反応.pdf

楽しい学校

                     このページは、10 学校・教育・子どもサポートに所収されているものです。

 楽しい学校とは、教職員も児童生徒もすべての人が互いに基本的人権を尊重しており、それゆえ、児童生徒が人間(大人や社会)への信頼感を持つことが出来、自己肯定感を高め、自己の存在価値(自分は生きるに値する人間であること、自分は必要とされている人間であること、自分には未来が与えられていること)を確認し、自己実現(自分の思っていることや感じていることを自由に表現、つまり、言論・実践できること、自分が持つ疑問や不安が解消されて視野が拡大し、道が開けること、将来の展望を可視化できること)ができる学校です。

 かかる学校(本来の学校)には、児童生徒は喜んでやって来ます。ご参照⇒◎映画「世界の果ての通学路(12仏/1404日本公開)紹介記事.pdf 公式サイトミラー>

 楽しい学校は、いじめなど起こりようがない学校、体罰など起こりようがない学校(ご参照)、いじめ、体罰、強圧的指導、不条理な校則、進学・スポーツなどで競争心を煽られる、などなどがなく登校拒否(何年か前に不登校にいいかえられましたが、やはり、基本的人権の侵害がある学校には自らの基本的人権を守るために行くことを拒否する、ということで登校拒否と言う方がよいのではないでしょうか) など起こりようがない学校(ご参照)です。

 <補足>楽しくない学校とは、いじめ・体罰・強圧的指導・競争重視・不条理校則等のある、基本的人権が尊重されていない学校 であり、児童・生徒から登校を拒否される学校です。すなわち、いわゆる不登校の児童生徒から人権侵害が横行する収容所だと断罪された学校で、大人ではない子どもであるいわゆる不登校の児童生徒にとっては、いじめ・制裁(鉄拳体罰)・強圧的不条理命令が横行した戦前の軍隊のように怖い存在で、そんなところに行くのなら死ぬ方が楽だと思わせるところです。いじめがなくならない、いじめ問題が解決しない。その最大の理由は、基本的人権が尊重されていない学校は、「学校といえるものでなく収容所のようなところである」「戦前の軍隊のように怖いところである 」という認識がなされていない(登校拒否の児童生徒はそれを感じ取っている)ことです。  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治から戦前にかけての「非戦・避戦の精神」の顕現  

この文書は、非戦・避戦の精神(戦いを否定する精神)に掲載されています。 

 1892(M25)年11月発刊の「万朝報」が反戦平和を主張。1903(M36)年11月結成の平民社」が平民主義・社会主義・平和主義の三大綱領を掲げてたたかいを続けた。日露戦争(1904.2~1905.9)の最中、1904(M37)年8月には、片山潜が、アムステルダムで開催された第二インターナショナルの第六回大会でロシア代表のプレハーノフとともに万国労働者の反戦を訴え、翌月9月には、与謝野晶子が「明星 」に「君死にたまふことなかれ」(※)を発表し、大塚楠緒子くすおこは、雑誌「太陽」の19051月号に日露戦争に出征した夫の無事を祈る妻の心情を歌った「お百度詣おひゃくどまいり」を発表した。1910年、石川啄木は9月9日の日記に「地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く」と詠んだ。1914.8の第1次大戦参戦、1915.1の対華21か条要求、1918.8のシベリア出兵、1931.9の満州事変に対して、当時の最も有力な経済・政治雑誌「東洋経済新報」は厳しく批判した。1914.9の第34回帝国議会にて第1次大戦参戦(天皇の宣戦布告)に対する反対論が出された。1928.4~5の第55回と1928.12~1929.3の第56回の帝国議会にて山本宣治代議士は命を懸けてファシズム立法たる治安維持法に反対した(そのため、1929.3に刺殺された)。 1932.5の五・一五事件において、首相の犬養毅は銃弾を浴びながらも冷静に「話せばわかる」と対話を求めて暴力を否定し(ましたが、暴力を否定された軍人は激情して「問答無用!」と叫んで丸腰の首相を撃ちました。まだ息が残っていた首相は)、自分を撃った軍人と話をするからここへ連れて来なさいといいいながら息をひきとりました。日中戦争が勃発した1937年、東大経済学部教授矢内原やな=はら忠雄は「中央公論)9月号に日本の軍国主義に対する婉曲な批判を内容とした「国家の理想」を発表(そのため、当局による全面削除処分の上、辞職させられました)。

 

(※)「君死にたまふことなかれ」の三段

 君死にたもうことなかれ すめらみことは戦いに おおみずからは出でまさね かたみに人の血を流し

 獣の道に死ねよとは 死ぬるを人のほまれとは 大みこころの深ければ もとよりいかで思おぼされん

<現在=象徴天皇制時代に合せた意訳>

愛する人よ、死ぬな! 戦争を唱える国家主義者・排外主義者に気を付けよ! 彼らは、自らは安全地帯にいて、

社会的弱者を戦場に送り、他国民・他民族と戦わせ、血を流させる。

殺し・殺されることが人の名誉などと唱える、愚劣な国家・排外主義者は愛する人々の敵。

彼らを暴力に勝る叡智の力で粉砕せよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

排外主義(隣国ヘイト)撲滅のために

この記事は、現代用語に所収されています。

あいちトリエンナーレ 「表現の不自由展・その後」中止について

日韓関係の悪化は長期的には日本の敗北で終わるミラー

元徴用工賠償問題

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教育勅語

Wikipedia<教育勅語>

 日本人の道徳・精神生活の原理を天皇の祖先以来の伝統として定め、国民に強制したもの。一切の学校教育の基本原理とされたのみでなく、国民の精神生活の最高のおきてとされた。「万一危急の大事が起つたならば、大義(引用者:人民を幸せにして下さっている天皇の御恩に報い、皇室をお守りすること)に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ。」を真髄とする。 

ご参考 : 皇国史観

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代用語

国家主義(全体主義)・・・個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること

思考(感得・認識・考察・判断して表現)する」「思考(感得・認識・考察・判断して表現すること)停止思考しない思考できない)」・・・この場合の「思考」とは、今日の晩御飯は何にしようか、などと感情や情緒などによって単に思うことではなく、「思考する」というのは、科学的に(実証性・論理性・客観性・体系性を重視して)物事・世界を認識・考察・判断し、より良き社会や争いのない世界の実現等には何をどうすべきかを自分で考え表現(言論・実践)することで、「精査する」と言い換えることもできる。「思考停止」とはそれをしないことで、人間に、物事・世界をみるのをやめさせ、感情や情緒あるいは無気力に流れるようにさせ受け身にさせ、強い者への批判精神を喪失させて、その主張<国家主義(全体主義)・排外主義>を受け入れるようにしていくこと。

  <ご参考>「我思う。ゆえに、我あり」(デカルト)・・・「我思考する。ゆえに、我存在する」を平易に言い換えた言葉です。それまで、キリスト教世界の人々は、天上の神の国こそが本当の世界であり、この地上の世界やそこに生きる人間の存在性については懐疑的でした。そのようなキリスト教的世界観・人間観に疑問をもったデカルトが、それならと、すべてのものの存在を「懐疑=思考」して「懐疑=思考」 してとことん「懐疑=思考」しました。するとすべてのものが存在しているのか疑い得ることがわかり、そして、更に「懐疑=思考」 した果てにたどりついた真理は、 そのように「懐疑=思考」している我は確かに存在しているということでした 。こうしてデカルトは「思考する」人間の確実性・信頼性を再発見し、それを「我思う。ゆえに、我あり」という言葉で定立化(命題化)したのです。これまで人々は、不確実な地上世界は無価値なものとし、死んで神に召されることに価値を見出していました。今の私たちからすれば、そんなことは馬鹿げているように思いますが、それは、戦前の日本人が、天皇(現世神)のために殉じて英霊となることに価値を見出していたのと同じことです。こうして、デカルトは「我思う。ゆえに、我あり」 という命題を打ち出すことで、地上世界の「思考する人間」の「存在性(確かに存在しているということ)=信頼できる主体性」を回復し、人々は、「思考する」ことに自信と信頼性をもつことができるようになり、近代科学を発展させていくことができるようになりました。また、デカルトと同時代のパスカルも「人間は考える葦あしである」といっています。意味は、 人間は一本の葦と同じで自然界で最も弱い存在である。しかし、考える(=思考する)という最強の力を持つ偉大な存在である、ということです。このパスカルの言葉も近代科学の発達を後押しすることになりました。

   <ご参考>思考停止するとき普通の人は怪物になる/凡庸な悪

ネトウヨ・・・ネット匿名社会の形成で新しく湧き出した、反知性主義に立つことで右翼的な考えを持つようになった人々を批判的・軽蔑的に呼ぶ呼び方。パスカルが今に生きていれば言うでしょう「ネトウヨは考えない葦である」。

「反日」・・・一般的にこの語が使用される場合は、反米・反独・反英などと一緒で特殊な意味はない。しかし、ネトウヨなどの「武力行使なき内戦」において政治権力の側に立つ人々が、過去・現在の日本人・日本国家の誤りを批判する人々を攻撃する際に使用される場合は、憎悪に満ちた、特殊な意味を持ちます。つまり、その批判が不当であるとの実証的・客観的・科学的な根拠を示せないままヒステリックに(感情・情緒に流されて)憎み攻撃する(反知性主義)ためのヘイト(憎悪)用語となる。 戦前に多用された「国賊」「非国民」は「国家への反逆者だから抹殺されるべし」という恐怖を与える(テロリズム)用語だったが、その今日版である「反日」も恐怖を与える意図を含む用語であり、差別用語と同様の基本的人権侵害用語。「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件においては、「反日」という用語も用いての中止を迫る騒動が起こされる中で、「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」という恐怖を与えるファクスが主催者に届けられた。

排外主義・・・他国民・他民族 への憎悪(ヘイト)をあおり、外国人(他国民・他民族)の存在を排斥せんとする態度(思想・行動) 排外主義撲滅のために

反知性主義・・・感情・情緒に流されて「思考停止」(実証性・論理性・客観性・体系性を軽視あるいは無視して、つまり、科学的考察をしないあるいは無視)して、自分が欲するように物事・世界を理解する態度

 

ご参考:非戦・避戦の論理

 

 

 

 

 

 

国家神道

 明治維新後、国民を統合するためにつくられ振興された国教(国家の精神的支柱)で、神道しんとう的な思想・実践、つまり、記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々と現人神あらひとがみ(人間の姿で現れた神)としての天皇を崇敬するという一連の宗教的思想・実践で、経典祭政一致の天皇制と国家主義を支えるイデオロギー(特定の政治的な信念・態度・感情に人々を立たせていく思想)となった。教育勅語を事実上の経典とした。

 伊勢神宮を本宗ほんそう(全神社の本家)とし、全国の神社を階層的に(序列を設けて)その下において政府(神社本庁)が支配し、天皇を最高祭祀者とする宮中祭祀を基準にして祭祀を行わせ、 国民は各地の神社の氏子うじことされた。神道諸教派、仏教、キリスト教を超越するものとして位置づけられ、信教の自由は国家神道と抵触しない限度内で認めたが、宗教弾圧をすることもあった。

 各地の拠点として、橿原かしはら神宮、明治神宮、朝鮮神宮等が創建された。

ご参考 : 皇国史観

 

 

 

 

 

 

 

皇国史観

                            Wikipedia<皇国史観>

皇国史観とは次のようなものです。

 イザナギ・イザナミの男女二神が日本の国土をつくった。そこに天照大御神あまてらすおおみかみを祖神とする神が降臨し、紀元前数世紀ごろから、その子孫である神武天皇を初代とする万世一系の天皇が日本を治めてきた。こうして日本は「天として治める」(皇国=神国)として歴史を刻んできた。1940(S15)年は皇紀2600年(神武天皇が即位して2600年目の年)である。神国たる日本においては、天皇は、大嘗祭だいじょうさい<つまり、天皇霊(倭魂やまとだましい・稲魂いなだまともいう)なるものを付与することで天皇を神格化して天皇に倭やまと(=日本)を治める資格を与える祭祀>によって現人神あらひとがみとなり、大嘗祭を除けば最重要の新嘗祭(豊作を祈る祭祀)をはじめとする幾多の祭祀を執り行うことで、日本は、瑞穂みずほの国<つまり、 稲(コメ)を最重要とする沢山の山の幸・海の幸がもたらされる豊かな国>となる。その国で、天皇は親で人民は赤子せきし(恵み深い天皇の子)として日本民族は全体で家族をつくり、多くの恵みをいただくことで日本人は、臣民(皇国の家臣としての国民)として幸せな歴史を送ってきた。日本人がこれからも幸せであるためには、赤子として天皇を絶対信仰することでその御恩に報い、いざというときは、天皇のために命を捧げなければならず、聖戦(現人神がお治めになる「お国」を守る聖なる戦い)は臣民が最後の1人になるまで戦い続けなければならない。以上のようにして、天皇が神としてお治めになる豊かな瑞穂の国で暮らすからこそ日本民族は幸せな歴史を歩んでこられたし、これからも、日の丸の旗を象徴とする神国=皇国での君が代(天皇が治める世)が、千代に八千代にさざれ石が巌いわおとなりて苔の生すまで続けば、日本民族も幸せな歴史を歩んで行ける。

 かかる皇国史観については、説得性を持たせる(日本人の心に浸透できるようにする)ために次の2つの工夫がされています。

  ➀古来人々に伝えられて来た神話・伝承を国内向けに天皇の正統性を訴えるためという意図にそって修正して記録した古事記と、古来人々に伝えられて来た神話・伝承を外国向けに日本という国の正統性を主張するためという意図にそって修正して記録した日本書紀の中に記載された神話・伝承の記述を歴史の記述とみなして皇国史観はつくられ、戦前の日本人は、こうして修正された神話・伝承を歴史的事実であると教えられた。

  ②「日本は稲穂が豊かに実る『瑞穂みずほの国』であり、稲作は日本文化の母、農業は国体の一部」<>というファシズム反対派も否定できない要素が基本的内容として盛り込まれている。  これについては、この論考(ミラー)が参考になる(ただし、万世一系の皇統が連綿と続いてきた、を歴史的事実として語っているのは誤りなのでは)。

 皇国史観は、戦前につくられた、イデオロギー(特定の政治的な信念・態度・感情に人々を立たせていく思想)であり、休眠中だった天皇制を復活させた明治維新以後、それまでに存在していた、記紀(古事記・日本書紀)に記された天皇中心の世界観を基にした複数の思想を下敷きに、天皇を中心とした中央集権的国家づくりが構築されていくなか、それを精神面から支えるものとして、下記のことが、日本人優越主義(天皇をいだく日本人は他国民・他民族より優れている/これは排外主義や他民族支配正当化理論と表裏をなす)を伴いながら、記紀神話を歴史事実とする学者の説を採用しながら、実施されていく過程で成立していきました。

 国家神道にもとづく国民教化運動の中心を担うための教部省の設置<1872(M5)年>。軍人勅諭<1882(M15)年下賜>。大日本帝国憲法<1889(M22)年公布>と教育勅語<1890(M23)年発布>による天皇の神格化の制度化。それを教育面で普及させるための国定教科書の作成<1903(M36)年>。万世一系の至高の権威である天皇が統治する政治体制が日本の国体(国家体制)であるということをはっきりさせようという「国体明徴運動」<1930年代半ば>。「国体の本義」の発行<1937(S12).3 発効>。「国民精神総動員運動」<1937(12).9 開始>。文部省教学局による、国民道徳(国家が定める国民の正しい生き方)の指標たる「臣民の道」の発行(1941(S16).7)。

 端的に言えば、皇国史観は、国家神道を土台とし、教育勅語で基礎付けられ、「臣民の道」()で完成したものといえます。

  臣民の道」・・・米英との戦争に備えて、国民は国家の意にそって動く駒であることを詳細に定義付けた。「私生活は国家に関係なく、自己の自由に属する部面であると見なし、私意をほしいままにするがごときことは許されないのである。一椀わんの食、一着の衣といえども単なる自己のみのものではなく、また遊ぶ閑ひま、眠る間といえども国を離れた私はなく、すべて国とのつながりにある。かくて我らは私生活の間にも天皇に帰一し国家に奉仕するという理念を忘れてはならない」を真髄(神髄)とする。

 教育勅語を中心にして皇民化教育(児童生徒を皇国史観を身につけた臣民としていく教育)が強力に推進されました。その結果、意識が皇国史観で覆われた国民が、ファシズム体制を自発的・自主的に支えていくようになりました。

 皇民化教育の一環として、靖国神社(お国のために戦った戦死者を英霊として祀る)についても教えられました(英霊は、数えるときの単位は神を数える単位と同じ柱はしらが用いられており、神と同じ扱いを受けています)。

 皇国史観は、神話に記された神話(古くから伝わる物語)であるはずのものを歴史的事実とし、人間であるはずの天皇を神とし、「人民は天皇の赤子せきし(恵み深い天皇の子)」という国家を家族のようなものとするものでした。これらを疑い、それに異議をはさむことは(天動説に異議を唱えたガリレオのようになるので) 許されませんでした。そのため、幼きころから皇国史観を「教育」された日本人は、何が真実か、どうするのが正しいことかなどを考える態度が身につかない(与えられた思想・考え方・知識・命令等をそのまま受け入れていく)人間、つまり、思考停止」の人間になっていきました。皇国史観は、いわば日本人を「思考停止」させる装置だったのです。

 以上の結果、意識が皇国史観で覆われた兵士が「お国のために死んできます」「天皇陛下のために 死んできます」「死んで(も犬死ではなく英霊となれるから)靖国で会おう」といいながら万歳の声に送られながら戦場に行き、「天皇陛下万歳!」「(これで)靖国に行ける!」といいながら戦死していき、そのまま土に埋もれずに、骨となって帰国できれば、「(英霊となれて)おめでとうございます」「お国(天皇陛下)のためにお働きいただき、ありがとうございます」との、意識が皇国史観で覆われた国民の声に迎えられました。これが、教育勅語・臣民の道」 の規定に沿った日本人の正しい生き方でした。つまり、日本人の正しい生き方は「戦争で死ぬ」ことだったのです。

 日本の軍隊は、皇国史観に覆われた「思考停止」の軍隊となって正しい判断のできない、日本民族に死に行く道を用意するものでした。つまり、自民族の生存を守ろうとする軍隊ではなかったのです。皇国史観に覆われた「思考停止」の国民も、「お国」(これは、本当は天皇制ファシズム国家のことでしたが、それがわからず、恵み深い天皇を親とする家族のようなものと思っていました)を守るために、一人残らず命を捨てる覚悟でした。こうして、日本民族は絶滅への道を進んでいったのです。

 かかる、他国にはない自民族絶滅を用意する皇国史観はなぜ生まれたのでしょうか。2つの理由があります。

 1つ目は、江戸時代二百数十年にわたって日本の支配層には、戦国時代に形成された生命を軽視する精神構造を受け継いで、「切り捨て御免(武士以外の者は即座に殺してもかまわない)」「武士道とは死ぬことと見つけたり(武士は死んでなんぼ)」という、日本民族すべて(武士とそれ以外、ただし天皇と皇族は除く)の生命を尊重しない(軽視する)という精神構造が強固に構築されました。その精神構造を受け継ぐ薩長土肥などの武士が明治政府をつくることで、その精神構造も明治時代以降の支配層にも受け継がれていったからです。

  なお、それは、「侍(いつでも命を捨てる覚悟のある潔い勇者)ジャパン」という言葉を意気がっていう人もいるように、いまでも1部の日本人に受け継がれています。

 2つ目は、こちらの方がより大きな理由ですが、日本には、他国にはない、古代から続く天皇制があるからです。他国にも王制や帝政がありますが、他民族の侵入等により王朝は交代してきました。日本にも実は王朝の交代はありましたが、島国のため、それは他民族の侵入によるものではなく、また、それについての他民族からの干渉もなく、真実を隠す現在でも、いわゆる天皇陵の発掘は厳に禁止されていますことで万世一系であると誤魔化すことができました(イギリスも島国ですが、大陸から泳いで渡れるほど近いので他民族の侵入や他民族からの干渉が少なくありませんでした)。そのため、日本人の意識には、日本民族は「万世一系の天皇があっての民族」ということがインプットされており、「万世一系の天皇」が消滅することは、即、日本民族の消滅(絶滅)でした。こうして、日本では、王朝の交代という観念は生まれず、天皇・皇室と民族は一体という観念が意識内に強固に形成されていたからです。

  なお、天皇・皇室と民族は一体という観念は、戦争になれば、「敗戦(降伏)=天皇・皇室の消滅=日本民族の消滅」という観念となり、それが日本人の意識を支配するようになり、戦争途中で降伏することは、日本民族の消滅を意味するので、日本人には思いもよらないことだったのです。そのため、アジア太平洋戦争末期の1945年8月、9日未明のソ連の対日参戦によりやっと降伏を決意した日本の支配層が、翌日、国体護持(天皇制維持)を条件とする降伏受諾通告をし、ソ連の日本領土占領拡大が進展しないうちに戦争を終わらせたい米英中は、日本の国体護持を条件とする降伏通告を受諾し、15日に 終戦の詔がラジオで放送されても、戦争終結について理解できない国民や、なおも戦い続けようとする将兵が多かったのです。また、ソ連の対日参戦がなかったり、国体護持を条件とする降伏受諾通告が拒否された場合は、さらに民族絶滅への戦争は続いていたのです。

  皇国史観が、日本型ファシズムの精神的支柱となったことについては、日本型ファシズムと改憲をめぐる武力行使なき内戦をご参照ください。

  ご参考・・・皇国史観は、戦後史学においても「実証性」の装いをまとった「戦後型皇国史観」として継承された。ミラー 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教育基本法改訂

                     この記事は、教育の反動化に所収されています。

 現場教職員の反対を抑えて教育基本法改悪は強行されました。新(改悪)教育基本法<2006(H18)年12月22日に公布・施行)は、旧教育基本法にあるものをわざわざ削除したり変更し、ないものをわざわざ追加したり新設しました。何が削除され、何がどう変更され、何が追加され新設されたかを見れば、教育基本法改悪の狙いがわかります。

                     新旧教育基本法の比較文科省のHPより)

(1)前文

憲法と教育基本法の一体性を明示した「われらは、さきに、日本国憲法を確定し・・・理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」を削除⇒憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断することで、憲法が規定した政治原則(主権在民、平和主義、基本的人権の尊重)を実現する教育を否定(憲法に則った教育を否定)。

②「真理と平和を希求」を「真理と正義を希求」に変更⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断した上で、この変更をすることで、憲法9条(「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」)で規定された平和主義を否定し、「正義のための戦争」開始に道を開いた。

③「個人の尊厳を重んじ、・・・教育を普及徹底」を「個人の尊厳を重んじ」る「人間の育成・・・を目指す教育」に変更⇒個人の尊厳を教育の基本に据えることを否定し、それをいくつかの教育の目標(「公共の精神」・「伝統を継承」など)の1つにした。

➃教育の目標に「公共の精神」を追加⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断し、 ③のように個人の尊厳を教育の基本に据えることを否定した上でこの追加をすることで、「全体主義(国家主義)」(個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること)を身に着けさせる教育への道を開いた。

➄教育の目標に「伝統を継承」を追加⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断した上で、 これを追加することで、皇国史観を身に着けさせる教育への道を開いた。

➅「日本国憲法の精神に則り、・・・新しい教育の基本を確立」を「日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り開く教育の基本を確立」と変更⇒戦前の教育(※)から決別した新しい教育への転換を放棄する余地をつくった。

   (戦前の教育 教育勅語を中心とする皇民化教育(国民を天皇に心身ともにささげる臣民<家臣>にする教育) 

➆「教育の・・・振興を図るため、この法律を制定」という規定を追加⇒教育基本法の性格を理念法から行政施策法に転換させた。

 

(1)第一条(教育の目的)

個人の価値をたっとび」「自主的精神に充ちた」を削除し、国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた・・・国民の育成」を添加教育を、国家にとって必要な資質を備えた人材(国家に奉仕する人材)育成教育に転換させ、人間(個人)より国家を優先させ、教育は個人のためではなく国家のためのものへと転換させ、国家主義全体主義)を身に着けさせる教育への道を開いた。 

 

(2)第二条 <条内容の総変更(総入れ替え)・・・これは、民主主義教育から「国定教育目標」を掲げた非民主主義教育への転換をはかるもの>

➀この条の内容を「教育の方針」から「教育の目標」に総入れ替え⇒国家が教育内容を決め、その達成を国民に求める目標にすることにした(目標には評価がつきものである)。つまり、「国定教育目標」を設定した。これによって、教育を、国民の権利から国家の決めたものを達成すべき義務に転換させた。これにより、教育内容の国家統制強化への道が開かれた。

 この変更により、「教育の方針」(教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない)は放棄された。

②以下のものが追加された。⇒これらが、国定教育目標(国家が定める国民の達成すべき教育内容となった。これらは「心に関するもので目には見えないもの」で、それが表に現れた態度や文書で評価させる(目標には評価が付きもの)ことで、心の中にまで国家や行政が踏み込み、内心(精神)の自由を侵害し、国民(児童生徒等)の心を一定方向に向ける(下記項目の⇒の右の方に向ける)ことを可能とした。

  ・「道徳心を培う」⇒戦前の筆頭学科「修身」の復活 「修身」: いかに生きるべきかを自らが考え選択した生き方こそ正しいとする態度ではなく、一定の正しいとされる生き方を選ぶ(ことをした者を高く評価し、そうでない者は低く評価することで、そうする)ことが正しいとする態度を身に着けさせて、「思考しない(で、一定の<=皆と同じ>価値を持つのが正しいとする)人間」を養成する教科(評価を伴う授業内容)

     (※)(天皇を敬うように親を敬い、親を敬うように天皇を敬えば身を修めることができる。家族皆がそれをやれば家が斉ととのう。すべての家が斉えば国(お国自慢という場合の国)が治まる。すべての国が治まれば天下(日本)は平和になる、から身を修めよ、など)

  ・「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度」⇒「国家主義」(全体主義)

  ・「伝統と文化を尊重」我が国と郷土を愛する」皇国史観的感情・情緒、排外主義的(偏狭な)愛国心

      排外主義・・・他国民・他民族 への憎悪(ヘイト)をあおり、国人(他国民・他民族)の存在を斥せんとする態度(思想・行動) 

③第一条(教育の目的)で削除した「個人の価値をたっとび」をこちら(教育の目標)の目標に移して「個人の価値を尊重し」と変更⇒個人の価値」をたっとびながら教育は行われなければならないことを否定して、個人の価値の尊重は各個人の目標に過ぎないものとした。

➃「国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」が追加⇒憲法と切り離された文脈でこれを追加することで、自衛隊の海外派兵を後押しすることになった。

➄学校における自由な空間、教員と生徒との自由な関係、信頼関係による教育をすすめることを意味する「自他の敬愛と協力によつて」を削除⇒学校内ヒエラルキーと児童生徒への統制強化を後押し。

 

(3)第三条(生涯学習の理念)<新設>

〇自己の責任で生涯にわたって学習すべきだという、国家の考える生涯学習の概念を述べ、すべての人の学習の機会の保障は放棄した。

(4)第四条(教育の機会均等)

➀「能力に応ずる教育」を「能力に応じた教育」に変更⇒「能力が発達していくための必要(5年生なら5年生の能力が発達していくに必要なこと)に応ずる教育」を否定し、能力の格差に応じた能力主義的・格差的な教育再編をおこない、競争原理によって生じた能力の差に対応する教育機会の格差的振り分けをすすめていくこととした。

②「障害のある者が・・・教育を受けられる」を追加⇒「健常者」と「障害者」を分断した。

③「奨学の方法」を「奨学の措置」に変更⇒国・地方公共団体の教育機会の保障義務を軽減させた。

 

(5丁目)第五条(義務教育)

➀「9年の普通教育を受けさせる」を削除し、「別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる」と変更⇒義務教育期間を弾力化し、エリート教育のための早期入学や飛び級、飛び入学を推進し、逆に、不登校や「問題のある子ども」などを卒業させない、学校からの排除などができるようにして、義務教育の格差的多様化に道を開いた。

②「自立的に生きる」を追加⇒医療保険や年金など国家に頼らず「自己責任」で生きることを努力義務とした。

③「義務教育・・・は、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的」を追記⇒国家主義教育に道を開いた。

➃「国及び地方公共団体は・・・その実施に責任を負う」を追記⇒国家や地方行政が教育内容に介入することを正当化。

 

(6)第六条(学校教育)

➀「学校は、・・・国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置」を「学校は、・・・国、地方公共団体及び法律に定める法人のみが、これを設置」に変更⇒国公立学校と法人設置学校を同列化することで、新自由主義による学校教育への「私」の参入の推進をはかる。

②「学校においては、教育の目標が達成されるよう・・・教育が行われなければならない」を追加⇒第2条で新設した「教育の目標」(国家が決めた教育内容)の達成を学校に義務づけた。

③「学校においては・・・体系的な教育が組織的に行われなければならない」を追加⇒学校内ヒエラルキーによる教員の管理統制を義務付けた。

④「学校生活を営む上で必要な規律を重んじる」を追記⇒子どもの統制を義務化

 

(7)第七条(大学)<新設>

○「成果を広く社会に提供することにより社会の発展に寄与」を新設⇒産学協同を推進し、企業活動に役立つ教育・研究をめざすことを努力目標とさせた。

 

(8)第八条(私立学校)<新設>

○「国及び地方公共団体は・・・助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない。」を新設⇒助成等を手段にした国家や地方行政による私学統制を正当化。

 

(9)第九条(教員)<第六条(学校教育」)より分離移設>

➀第6条の「学校教育」から「教員」を分離⇒教員を学校と一体の存在ではなく、国家につながる存在であることを教唆。

②「教員は、全体の奉仕者」を削除⇒教員は「全体の奉仕者(国民全体に直接責任を負うもの)」であること、つまり、権力に縛られない自由主体性をもつ存在であることを否定して、教員の教育の自由の法的根拠を削除した。それにより、教員は国家につながる存在であることを教唆している。

③「教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、・・・その職責の遂行に努めなければならない」を追加⇒「全体の奉仕者」であることを否定した文脈で追加された「崇高な使命」の内容は、国家や地方行政が定める使命であり、それの遂行を教員は義務付けられた。そして、その使命とは、第二条で規定された国定教育目標の達成である。その達成は義務であるから、評価制度ご参考で達成していないと評価されれば、不適格教員として排除される

➃「教員は・・・絶えず研究と修養に励み、・・・養成と研修の充実が図られなければならない」を追加⇒教員に「官製研修」の受講義務や「資質向上義務」を課すことで、教員への国定教育目標の刷り込み、その深化をはかる。これは、副作用として教員の多忙化を惹起する(通知がない受講自己申請の10年ごとの教員免許更新研修の受講をし忘れた教員は免職となる。再び教員になるには、教員採用試験を受けて合格しなければならないが、その試験には年齢制限があり、教員になって10年経った教員は受けられない。かかる非情な制度は、教員を常に精神的に政治権力下に置くもので、政治権力に批判的な教員は屈辱感で圧迫される。これは、医者・弁護士・薬剤師など他の国家資格にはない、教員を精神的に屈服させんとする文科省の冷徹な施策である)。

 

(10)第十条(家庭教育)<新設>

➀家庭教育の項目を新設⇒国家が家庭の中にまで介入する根拠を設けた。

②「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」を新設⇒父母その他の保護者にも、第2条で規定された教育目標の達成を責任づけた。

③「自立心を育成」する「よう努めるものとする」を新設⇒医療保険や年金など国家に頼らず「自己責任」で生きる人間の育成を努力義務とした。

 

(11)第十一条(幼児教育)<新設>

○「国及び地方公共団体は・・・幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。」を新設⇒就学前教育の統制をおこなう根拠が設けられ、子どもを育てる自由が狭められ、子育ての多様な考え方が否定されることになる。また、第5条の義務教育年限の弾力化と連動して、早期教育やエリート教育をが進められる。

 

(12)第十二条(社会教育)

○「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」を「個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育」に変更⇒改悪前の教育基本法にはあった第2条(教育の方針)「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」は放棄されたが、社会教育でもそれは断行されて、「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」は放棄され、社会教育を「個人の要望や社会の要請」があった場合に限定した。これは、社会教育の公的性格をなくして公的保障を低下させ、受益者負担や社会教育の自由市場化の推進をはかるもの。

 

(13)第十三条(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)<新設>

➀「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚する・・・ものとする」を新設⇒第二条(教育の目標)の新設により「国定教育目標」が設定されていく中で、国定教育目標の達成をすべての国民の努力義務とし、「国民精神総動員運動」への道を開いた。

041028kirikaeshi  努力義務は強制義務ではないので、それをしなくても断罪されてはならない。しかし、戦前、国家が定めた教育目標の達成度合いは、国民みずからが、それを監視していった。今日でも、「国旗及び国歌に関する法律」(1999.8 公布・施行)の制定にあたり、政府は「国旗掲揚・国歌斉唱は義務づけ(強制)はしない」と説明し。憲法をだれよりも尊重している前天皇も、「(国旗掲揚・国歌斉唱の)強制(は憲法違反だから、そういうこと)にならないことが望ましい」と、(天皇の政治的発言を禁じている憲法に違反しているとの指摘を受けるリスク回避よりも、国旗掲揚・国歌斉唱の強制という違憲行為を阻止することを優先して)公言している<→右上図(クリックで拡大)ご参照>にもかかわらず、国旗掲揚・国歌斉唱の強制に反対する教職員(参考:なぜ教師は「国歌斉唱・国旗掲揚の強制」に反対するのか)は、「反日だ!」「イデオロギー集団だ!」等のバッシングを受け、そんな声に呼応した大阪府等の行政により処分され、当然、被処分者は違憲行政の処断を求めて公訴しているにもかかわらず、かかるバッシングや処分に反対する世論も高まらず、逆に、教職員を断固処分する大阪府知事の人気は高まるという戦前回帰の状態が進み、国旗掲揚・国家斉唱の強制は全国的に貫徹された(国旗・国歌強制問題は、戦前に皇国史観が国民に受け入れられていく過程を再現した)。

②新設された条文の「その他の関係者」の中に、官憲が入った場合は、官憲の教育介入を、報道機関が入った場合は、国定教育目標に反する報道は教育の妨害行為として報道統制を、市民組織が入った場合は、第一二条(社会教育)とも連動して市民運動に対する統制・排除(公共施設で行う学習会などの内容が教育目標にしばられ、反するものは排除され、会場使用が不許可になる)を、もたらします。

③この条文の新設は、第十条・第十一条・第一二条とも連動して、学校教育だけでなく、家庭教育・幼児教育・社会教育などすべての教育に国定教育目標達成の努力義務が課せられた。

 

(14)第十四条(政治教育)

➀条文はほとんど変更されていないが、前文の削除・変更・追加と第二条の総変更(総入れ替え)によって 「良識ある公民」の「政治的教養」の中身が根本的に変えられ、次のようになった。

  ・「道徳心を培う」<=戦前の筆頭学科「修身」的道徳を培う>

  ・「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する」<=「国家主義」(全体主義)>

  ・「伝統と文化を尊重」「我が国と郷土を愛する」 <=「皇国史観」的感情・情緒/「排外主義的(偏狭な)愛国心」>

  ・(憲法を改定し、武力行使による)「国際社会の平和と発展に寄与する」<=自衛隊の海外派兵実行>

②なお、改悪前の教育基本法でいう「良識ある公民」の「政治的教養」の中身は、自他の敬愛と協力によつて養われる、個人の尊厳と価値を重んじ、憲法がうたう主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を実現する態度のことだった。

 

(15)第十五条(宗教教育)

○「宗教に関する一般的な教養・・・は、教育上尊重されなければならない」を追加⇒第二条の総変更(総入れ替え)による国定教育目標の設定に連動して、皇国史観にかかる事案(伊勢神宮・靖国神社参拝、国家神道等)を学校教育に導入する道を開いた。

  ・伊勢神宮・・・天皇の祖神(先祖の神)である天照大御神あまてらすおおみかみを祀る

  ・靖国神社・・・お国のために戦った戦死者を英霊として祀る(英霊は、数えるときの単位は神を数える単位と同じ柱はしらが用いられており、神と同じ扱いを受けている)。 

  ・国家神道・・・明治維新後、国民を統合するためにつくられた振興された国教(国家の精神的支柱)で、神道しんとう的な思想・実践、つまり、記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々と現人神あらひとがみ(人間の姿で現れた神)としての天皇を崇敬するという一連の宗教的思想・実践。伊勢神宮を本宗ほんそう全神社の本家)とし、全国の神社を階層的に(序列を設けて)その下において政府(神社本庁)が支配し、天皇を最高祭祀者とする宮中祭祀を基準にして祭祀を行わせ、 国民は各地の神社の氏子うじことされた。神道諸教派、仏教、キリスト教を超越する非宗教として位置づけられ、信教の自由は国家神道と抵触しない限度内で認めたが、宗教弾圧をすることもあった。

(16)第十六条(教育行政)

➀「教育は、不当な支配に服することなく」「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」を「教育は、不当な支配に服することなく」「、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」と変更⇒

この変更により、2つの重大な転換が断行されました。

 1つ目は、「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」が削除されたことにより、「不当な支配」の意味が「国家による教育内容への介入」から「国家による教育内容への介入に反対する勢力(国家側が、イデオロギー集団や左翼教員と呼ぶ人々)による教育破壊」に転換。

 2つ目は、「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」が削除され「、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」が添加されたことで、教育の自由の保障や国家・地方行政の教育内容への介入の禁止から、改悪教育基本法や教育内容への介入立法による国家・地方行政の教育内容への介入推進に転換。

②「教育行政は、・・・教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」が削除され、「国は、・・・教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。地方公共団体は、その地域・・・の実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。」を添加⇒国家・地方行政は、教育の諸条件(ハード面)整備のみを義務とし教育内容(ソフト面)への介入は教育基本法違反であったのが、教育内容にも合法的に介入できるようにした。なお、これにより、教育への新自由主義の導入をはかる改悪前教育基本法違反であった全国一斉学力テスト強制実施が、合法的に実施された(2007年)。

③「国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施的されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない」を追加⇒教育への効率的重点投資投資効果の評価による、国家的目標・基準の達成度の低い学校やその他の教育機関のリストラを促進。

 

(17)第十七条(教育振興基本計画)<新設>

○政府に「教育振興基本計画」の策定を義務付け、地方公共団体には、それを参酌した当該地の教育振興基本計画の策定を努力義務とする、ことを新設した⇒教育基本法の性格を、準憲法的な理念法から、行政施策法に転換させ、第二条の「教育目標」を具体化した「教育振興基本計画」の策定・実施と通じた国家・地方行政による教育内容の統制の道を開いた。

 

結論 : 以上のような教育基本法の改悪は教育のクーデター」であり、

国家主義者が再び教育を国家への奉仕者に変えようとしている

教育基本法の改悪で、ますます学校は悪くなる・・・ご参照 

 (以上)

 

 

 

 

 

 

 

社会科解体

                     この記事は、教育の反動化に所収されています。

(1)文部省(現文科省)は1982年突然(=現場教員の意見を一切聞かずに無視して)、高校の社会科を解体し、地歴科という教科(人文科学系/世界史A・世界史B・日本史A・日本史B・地理A・地理Bという科目を新設し、「世界史A」「世界史B」から1科目、「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」から1科目を必修とし、それ以外は選択)と公民科という教科(社会科学系/従来からの政治経済に加えて現代社会・倫理という科目を新設し、「現代社会」1科目か「倫理」「政治経済」の2科目を必修とする)を設置しました。その目的は、➀人文科学(文学・歴史学・地理学)系を社会科学(政治学・経済学・法学・社会学)系と分離させることで、歴史や地理を社会科学的に(つまり、政治学・経済学・法学・社会学も援用して)学ぶのではなく、単に物語的に知る、または、知識を得るだけでよいものにする(暗記科目化にする)ため。それまでの「倫理社会(人間の生き方を社会科学的に考える科目)」を「倫理(偉人といわれる人の生き方など単なる道徳のようなものを知るだけの科目)」にしたのも同じ狙い。 ②「政治経済」(政治学・経済学・法学・社会学という学問の体系に裏打ちされている科目)とは別に、「現代社会」という、学問体系に裏打ちされない(つまり、単なる世間話的な政治・経済の話を知る科目)を新設し、公民科では事実上これを必修にして、高校生が「政治経済」という科目を学ぶ機会を事実上なくしていくこと(社会科解体でもたらされた地歴科・公民科の沢山の必修・選択科目をどのように組み合わせて採用するかは各学校の判断にまかされたが、複雑煩瑣になったカリキュラム作成において「倫理」「政治経済」を採用するのは至難の業であり、事実、多くの学校では「倫理」「政治経済」を採用できず、「現代社会」を採用せざるを得なかった)。

(2)以上のように、「社会科解体」 は、高校生が政治や経済を社会科学的に考える人間として育っていかないようにしようという国家政策であり、戦後教育の大転換をもたらすものでした。当然に、日教組に結集する現場教職員(=憲法で規定された勤労者の団結権及び団体行動権をはじめとする基本的人権を自ら守り行使することで、学校が、生徒たちが基本的人権を守り行使する人間として成長していく場であり続けることを生徒・保護者に保障するべく務めている人々) は反対しましたが、政府与党は、「日教組こそイデオロギー集団であり、日本の教育を破壊しようとしている」とのカウンターキャンペーンを展開して、「社会科解体」 を強行しました。

(3)その結果、政府与党の狙いと教育現場教員の心配は見事に的中し、1982年を境に、若者に反知性主義が浸透し、その右傾化(=保守反動政党支持、革新政党毛嫌い、ヘイト化等)や思考不全(政治や経済について述べるのはダサい、物事を社会科学的に考えるのが苦手、等々)が進み、物事を社会科学的に考えられなくなった若者の一部は「ネトウヨとなっていき、「老人は保守的、若者は革新的」は「若者は保守的、老人の方が革新的」へと逆転していきました。

(4)なお、社会科解体が強行される中で、日教組に結集する現場教員は、「現代社会」の授業をするとき、政府与党の狙いとは逆に、本来の社会科教育の目標「社会の諸問題と真っ向から向き合い、真に国民主権を担う人間として成長していく場を提供する」を実現していく授業を行う努力は続けました。

(5)社会科解体の成果は十分にあがっているにもかかわらず、文科省は、憲法改悪後の新時代(「戦後=平和主義時代」を総決算して、つまり、終了させて、始まる、最大の基本的人権侵害である戦争もできる時代)に備えて、地歴科には「歴史総合」「地理総合」という新必修科目を新設し、公民科では、「現代社会」からより一層「社会」科学的要素を除去した「公民」(古代日本では、公民は天皇の民のことであり、国民はお上に従うのが良き道であることを無意識のうちに生徒の心に刻印しようとする名称)という名称の科目を新設し、地歴科・公民科のより一層の「世間話化」「暗記科目化」、つまり、「社会科学」(政治・経済・社会についての真理探究、言いかえれば、政治・経済・社会について根本的に考え、より良き世界への変革の道を探ること)的要素の一層の除去、を行なおうとしていますご参照.pdf)。かかる政府与党の準備周到さの中に、政治権力(を支える官僚)の冷徹・狡猾さを改めて認識させられます。

 

 

 

 

 

 

 

縁起の法

)縁起の法とは⇒「仏陀の教え(仏教)」の簡潔な説明(1)ご参照

)縁起の法は、いかに生きるべきかの教え(道標みちしるべ)であると同時に、自然法則でもある・・・下記の文ご参照

 ①世界のあらゆる現象は相互に関係し、影響を及ぼし合っている。

 ②命はすべてつながりあい、影響しあっている.jpg

)参考・・・「ひとは誰かの思いの宛先であること、誰かにとってなくてはならない存在であるという事実によって、はじめておのれの存在を得る」折々のことば530.pdfより)

 

 

 

 

 

 

 

 

日本型ファシズムと改憲をめぐる武力行使なき内戦  

この記事は、18 諸課題自治体行政にも影響与える国政問題武力行使なき内戦に所収されています。

 世界史上、数百万以上の人口を有す民族の中で、10数年ほどの短期間に絶滅する危機を経験した民族が2つあります(第2次大戦時のドイツ人・ロシア人も該当するかもしれませんが、今ここでは話をシンプルにするため、それらは省きます)。ユダヤ民族と日本民族です。

 前者は、古代ローマ帝国の「(反抗する民族の居住地域に)廃墟をつくり、それを平和と呼ぶ」という政策によって絶滅の危機にさらされ、ディアスポラ(世界中に離散)によってその危機を乗り越えました。しかし、長い時を経て、再び、民族絶滅の危機を迎えました。ナチス(ドイツ型ファシズム)によるホロコーストです。推定で約600万人の犠牲者を出しました。もし、ナチスドイツが第2次大戦に勝利していたら民族絶滅の可能性もありました (アメリカが参戦していなかったらナチスドイツが勝利する可能性がありました。日本が真珠湾攻撃でアメリカを強制的に参戦させたので、ユダヤ民族は絶滅を免れたともいえます)。そのような可能性が再び生じないようにするため、ユダヤ民族は、世界各地から古代ローマ帝国時代に居住していた地域に戻ってイスラエルという国家をつくりました。この国家は、ユダヤ民族の生存を守り、それを保障する国家です(ユダヤ民族が去ったあとにこの地に居住していたアラブ人の生存は認めない人々が、今のところは多数の国家)。この国家は、ディアスポラやホロコーストを経験してきた人々、つまり、自民族の絶滅を防ぐ(自民族の生存を維持する)ために、差別、貧困、迫害等々のいかなる状況をも乗り越えてきた人々がつくった国家であり、ユダヤ民族の生存を守り保障することを唯一の目的とする国家といっても過言ではなく、ユダヤ民族の生存を脅かす事案や者に対しては徹底的に容赦しないが、そうでない事案や者に対しては関心がない、もしくは、寛容です。例えば、イスラエルでは街でも電車の中でも、頻繁に機関銃を手にした兵士のグループに出会うし、電車の中では、他の乗客に混ざって座っています(この国では、18歳になれば、男子は3年間、女子は2年間、徴兵されるから、人口のうちの兵士の割合が高いからです)。しかし、誰もこのことを気にしない(今の日本で電車に機関銃をもった兵士のグループがいたら大問題になるでしょう)。その理由は、イスラエルの軍隊はユダヤ民族の生存を脅かす言動をしないものには攻撃をする必要がなく危害を加えないということが常識になっているから(イスラエル国内では軍は警察のようであり、イスラエル国内は、テロの危険度が高い乗合バス以外は世界中で最も安全と感じさせる場所と言う人もあります)。イスラエルの軍隊は、徹頭徹尾、自民族を守る軍隊です。

 対して、日本民族はどうか。同じ絶滅の危機を経験したとはいえ、ユダヤ民族の場合は、他民族によって絶滅させられようとしましたが、日本民族は、アジア太平洋戦争のとき、自国民・自民族から絶滅させられようとしたのです。

 ➀そもそも、国力に圧倒的な差のある米英との全面戦争を強行すること自体が、他民族より辱めを受けるぐらいなら、戦って民族が絶滅する方がよいという愚劣な軍人・政治家の考えに基づくものでした()。②軍部は敗戦がだれの目にも明らかになった段階においても、 「日本民族最後の1人になっても戦え!一億総玉砕!」を唱え続けて降伏せず、戦地に向かう艦船撃沈(全員死亡)、海外戦地での玉砕(ほぼ全滅)、特別攻撃隊の自爆、日本本土無差別空爆(国際法違反の赤ちゃんからお年寄りまでの非戦闘員の大量殺人)、沖縄戦(鉄の暴風・玉砕)原爆投下(国際法違反の残虐兵器による大量殺人)、ソ連軍侵攻、という民族絶滅に向かって進みました。③ ➀において、国民もまた、同様に覚悟していました。②において、国民もまた、軍部と歩調を合わせ、「お国」のために死ぬことこそ日本人、そう思わない者は非国民、と思っていました。戦争に反対したい人も少数ながらいましたが、そんなことを言おうものなら、官憲に殺される前に私刑で殺されると思って自己規制して言いませんでした。また、国民は自発的に相互監視していました。

   ()1941年12月8日の真珠湾攻撃を「至上の世界史的事件」と記すのは、対独戦争への米国の参戦を求めていた英首相チャーチルだ。ルーズベルト米大統領から奇襲を聞いた時の心境をこう書いた▲「今やここに至り、米国が完全に死に至るまでの戦争に入ったことを私は知った。かくして、われわれはついにこの時、戦争に勝ってしまったのである。ヒトラーの運命は定まった。ムソリーニの運命も定まった。日本に至っては木(こ)っ端微塵(ぱみじん)に打ち砕かれるだろう」▲「開戦劈頭(へきとう)の敵主力への猛撃で米国民の士気を救うべからざるほどに阻喪(そそう)させる」は奇襲を指揮した山本五十六(やまもといそろく)の狙いである。日米戦争に反対した山本すらチャーチルに見えたものが見えていなかった。<余禄(毎日新聞 16.12.8)」より> ⇒ 日本が戦争を続ければ続けるほど、日本民族絶滅へと近づいて行く。開戦は日本民族絶滅の始まりでした。また、日本が開戦することは、飛んで火に入る夏の虫であり、真珠湾攻撃は米国民の士気を阻喪(そそう)させるどころか、逆に、戦争に否定的だった米国民の士気を一気に高揚させました。日本型ファシズムは、以上の事が分からないほどに、軍神といわれたほどの軍人である山本五十六をも劣化(機能不全=軍事素人化)させていました。このように、日本を破滅に導いた戦争は、血気にはやるだけの軍事能力の希薄な軍事素人によって開始・推進されたのです。皇国史観(日本人を「思考停止」させる歴史観)と無責任さを許すシステムによって軍人を劣化させる本型ファシズムについて、次にみていきます。 

 戦前・戦中、日本は「日本型ファシズム 」の国家でした。ファシズムとは、

   議会制民主主義(議会主義・基本的人権)を否定し、また、排外主義(特定の外国人への憎しみを増幅させ、その存在を排除しようとする思想・行動)を煽あお ることで、全体主義(個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること/イタリア語で「ファッショ」は束たばという意味)を推進し、 好戦的(または、戦争容認的)・侵略的(または、非国際友好的 )な施策を実施する独裁的な政治体制のことです。

 日本型ファシズムの特異点(ドイツ・イタリアのそれとは違う点)は、次の2点です。

 1点目自民族を絶滅に導こうとするファシズム >日本型ファシズム の真髄は、国家が強制的に民衆を戦争に動員することにあるではなく、排外主義に侵された民衆が自発的に(ご参照)戦争に参加・協力し、自分たちが絶滅しても本望と思うことにあります。ドイツ・イタリアのファシズムの真髄もまた、排外主義に侵された民衆が自発的に戦争に参加・協力することにありましたが、ドイツ人・イタリア人は、他民族絶滅は本望と思っても、自分たちが絶滅しても本望とは決して思いませんでした。彼らにとって、戦争は自分たちの生存維持のために行ったからです。だから、敗戦が避けられないとわかるや否や、今以上に自民族の犠牲者が出ないように、最高戦争指導者をドイツ人は自殺においやり、イタリア人は私刑して、戦争を終わらせました。

 2点目無責任さが許されるファシズム >アジア太平洋戦争末期、ソ連軍が侵攻すれば終わりということは軍部内では常識で、軍部はソ連軍とは戦う気構えがまったくありませんでしたから、ソ連軍が侵攻してくると、すぐさま関東軍は、在満日本人を盾にして逃亡しました。それまでは軍部は降伏せず「一億総玉砕! 」を叫び続けてきたのに、自分たちは最後まで戦うとの気構えはありませんでした。戦争犯罪人は、最後の一兵となるまで戦い抜けと命じて開戦しました。だが、いざとなれば命が惜しくなり、敗戦後、他民族から処刑されるまで、生き恥をさらし、なかには生き延びてて、戦後の政経界において重きをなした者もいました。かかる無責任な者たちに、自民族の運命を託し、その無責任さを許してしまうということも、日本型ファシズムの悪質な点でした。

日本型ファシズムの特異点<1点目>について 

 同じファシズムでありながら、ドイツ型ファシズムは他民族絶滅をはかり、日本型ファシズムは自民族絶滅をはかった(この場合の、民族絶滅は、生命を根こそぎ奪い取るということで、言葉・名前等の文化を奪って民族性を喪失させようということは含めません。民族性は復活できますが、生命は復活できません)。この違いはどこから生じるのでしょうか。日本型ファシズムは、ファシズムの前に天皇制が付く。つまり、他国のファシズムと異なり日本のそれは天皇制ファシズムです。そこからドイツやイタリア等のファシズムと違いが生じます。

 日本では、1万年以上にわたる縄文時代に、列島先住民に殺戮をしない・できない精神(非戦・避戦の精神)」が形成され、列島先住民(縄文人)と半島からの渡来人(弥生人)とが出会い衝突した縄文時代から弥生時代への移行の時代に形成された日本民族にも継承されましたが、戦争(=武力)も属性に持つ国家が成立していくと、その精神は押さえ込まれていき、武士の時代に入るまでは、時に応じて顕在化することもあり、鎌倉時代以降、武士の時代(武力重視の武士権力の時代)になると、顕在化することはなくなりましたが、意識的にではなく無意識の中で継承されたものであるため消滅することはなく、明治維新(維新とは、天皇制が政治の表舞台に再登場すること)で、政治的権威重視の時代が再来すると、「非戦・避戦の精神」は、明治から戦前にかけて顕現するようになりました(明治から戦前にかけての「非戦・避戦の精神」の顕現ご参照)。

 そんな中日本において、ファシズム体制を構築していく上で必要だったのは、日本民族が継承してきた「非戦・避戦の精神 」 を消滅させることでした。そのための手っ取り早い方法は精神が宿る肉体を精神もろとも抹殺することです(この方法により、戦前、ファシズム体制構築に邪魔な小林多喜二など多くの人々が殺害されました)。しかし、その方法だけでは、非効率なので、その方法はサブにして、もっと効率のよい方法がメインの方法として採用されました。それが、皇国史観を手段にした日本人の「思考停止」化による日本民族の精神の上書き(による非戦・避戦の精神 」 の消滅 )でした。こうして、皇国史観が、日本型ファシズムの精神的支柱となりました。

 日本の軍隊は、皇国史観に覆われた「思考停止」の軍隊となって正しい判断のできない、日本民族に死に行く道を用意するものでした。つまり、自民族の生存を守ろうとする軍隊ではなかったのです。

 日本軍は国民を守らなかった・・・「軍隊=国家」は国民を守らないご参照

 では、日本軍は何を守ろうとしたのか。⇒<答>お国(=天皇制ファシズムの国家体制)です。

 日本軍が守ろうとしたものは国家体制だったので、日本軍の敗北は、日本国民の死者増大をストップさせる一方、日本軍が守れなかった国家体制(天皇制ファシズムの大日本帝国)は崩壊しました。日本民族は、自分達を守りたければ、皇国史観を払いのけて、 戦前にあっては戦争に反対し、それができずに戦争が開始されてしまえば、一刻も早く、日本が降伏(敗北)するよう努めなければなりませんでした。ドイツでは反ナチ運動が、イタリアでは抵抗運動とパルチザン戦争が展開されました。しかし、日本では皇国史観で硬く守られたファシズムに抵抗する運動はできませんでした。皇国史観はナチズム(ドイツ型ファシズムの精神的支柱)よりも国民(民族)の「思考停止」化の力が強烈だったのです(その違いをもたらしたものは天皇制です/この力をまざまざと示したのが令和騒ぎでした)。

 皇国史観を精神的支柱とする日本型ファシズムでは、統治者(天皇)と国民は家族でしたから、国民は統治者を取り換えることはできなかったので、戦争は、その勝利が不可能になった段階になっても、統治者が護持されることが確認されるまでは終えることができなかったので、統治者の護持が確認されなければ、国民(民族)が絶滅するまで戦争は続いていたのです。 一方、ドイツ型ファシズムやイタリア型ファシズムは、国民は統治者に自分達の生命・財産を護持する権限を委託したのであって、それが叶わないときは統治者を取り換えることができました。そのため、自分達の生命・財産を保持するための戦争の勝利が不可能になった段階で、その不可能性をもたらした統治者を死に追いやって戦争を終わらせたのです。 

日本型ファシズムの特異点<2点目>について

 天皇制ファシズムにおいては、憲法上の天皇は神聖不可侵の統治権者として巨大な権力を一身に集中するという存在ですが、実際の政治的意思決定は、議会がそれに関与することは皆無なのはもちろん、ほとんど、天皇を「輔弼ほひつ(進言)」する元老、閣僚、軍部などによって行われ、天皇はそれに合意を与える役割を担うのみでした。天皇親政の名目と実態とのこの乖離は、政治的意思決定の責任主体を不明確にして、権力の恣意的運用をもたらしました。この構造が、天皇制ファシズムの最も悪質な点である軍部の「無責任性」をもたらし 、戦争終結(降伏)がだれが決定するかが不明なまま、日本は、下記の「降伏して日本民族の犠牲を少なくする機会」を逸し続けることになりました。<日本軍の思考停止と無責任ご参照.jpg

  ・1942. 6(開戦6か月後) ミッドウェー海戦大敗・・・主力艦隊壊滅し、太平洋正面の制海権と制空権を失って、太平洋戦線の作戦主導権は米国に奪われた。

  ・1943. 2(開戦1年2か月後)ガダルカナル島の陸軍最精鋭部隊が陸海の両軍対立が原因(戦後74年目に真相が明らかに.jpg)で玉砕・・・以後、日本は敗退の一途

  ・1944. 7(開戦2年7か月後) サイパン島陥落・・・絶対的防空圏(日本本土空襲を阻止する空域)を喪失し、日本本土空襲が可能になる

  ・1944. 8 沖縄戦に備えて沖縄から九州へ疎開する民間人約1800人を乗せた輸送船「対馬丸」が米軍の潜水艦により撃沈

  ・1944.11 (開戦2年11か月後) 東京初空襲・・・首都が攻撃されてもまだ降伏しないとは、尋常ではない(異常な能天気)。以後、日本全土に無差別爆撃。

  ・1945. 2 ヤルタ会談(連合国の会談)・・・ソ連の対日参戦決まる(対日参戦の半年前)

  ・1945. 3(開戦3年4か月後) 米軍が、艦砲射撃の上で沖縄に上陸し地上戦開始・・・沖縄人(ウチナー)を日本人(ヤマトンチュー )を守る盾とする沖縄戦(3か月にわたる鉄の暴風=大量無差別の艦砲射撃・空爆・砲弾攻撃)開始(6月23日 組織的戦闘終了)。

  ・1945. 5 ドイツ降伏・・・これでソ連は、二正面作戦の必要がなくなり対日参戦が可能となった。このような、頼みにしていた同盟国の降伏が持つ意味について理解できない(理解していれば、即降伏した)ほど、日本の軍部は劣化していた。  

  ・1945. 6 開戦3年6か月後(降伏提案すべきなのに)ソ連を通じ和平交渉の提案・・・4か月前に対日参戦を決定している国に仲介役を依頼するとは尋常ではない(天井知らずの能天気/これで、ソ連は日本は戦意をまったく喪失していることを確認しただろう)

  ・1945.7.26 ポツダム宣言・・・米英中の日本への無条件降伏要求の最終宣言

  ・1945.8.6(開戦3年8か月後) 広島に原爆投下、3日後の8.9に長崎に原爆投下、同日未明にソ連の対日参戦

  ・1945.8.10 日本は、頼みにしていたソ連の対日参戦によりやっと降伏を決意し、国体護持(天皇制維持)を条件とするポツダム宣言受諾通告。ソ連の日本領土占領拡大が進展しないうちに戦争を終わらせたい米英中は、日本の国体護持を条件とする降伏を受諾。

  ・1945.8.15 終戦の詔みことのりのラジオ放送

  ・1946.1.1 天皇の人間宣言発布

 こうして、「日本人の正しい生き方は「思考停止」したまま戦争で死ぬこと」とする皇国史観をポンコツエンジンとし、軍部の「無責任化=軍事素人化」をぐだぐだの燃料として日本民族は自分達が今どうなっているのか、どこへ向かっているのかなど訳が分からないまま絶滅への道をつき進んでいきました。それは、ソ連の対日参戦でようやく強制終了しましたが終戦の詔のラジオ放送を聞いてもなお自分達がどうなっているのかが理解できない者が多かった(その理由は放送が聞き取りにくかったせいだけではないし、そもそも、最重要情報ですら国民に伝える環境が喪失しているというお粗末な状態の中で戦い続けさせられていた)

過ちを認識できずに皇国史観の流れをくみ、台頭してきた「反知性主義に基づく排外主義」

 アジア太平洋戦争において、➀ソ連の対日参戦がなければ、日本の降伏は遅くなり、まだまだ日本民族の犠牲者は増えていました(米国 日本にさらに12の原爆を投下する予定だったミラーご参照)。 ②1941年622日に独ソ戦が開始されると、日本は、77日に関特演(関東軍特別大演習)を実施し、関東軍を70万人の大兵力に増員してソ戦の体制を整え、日ソ中立条約を死文化させました。③日本は、 国際条約(国際法)に違反した奇襲攻撃で開戦し、中国では国際条約(国際法)に違反した無差別爆撃をおこない、アメリカも、日本を国際条約(国際法)に違反した無差別爆撃をおこない、原爆という国際条約(国際法)に違反した残虐兵器で国際条約(国際法)に違反した無差別殺戮をおこないました(このように、条約など守れないのが戦争)。以上の➀・②・③を認識できず、自分たちの条約違反は棚に上げて、ソ連は条約(日ソ中立条約)に違反して対日参戦したと激しく非難する向きがかつてはありました。ソ連崩壊で冷戦終結後はその声はあまり聞かれなくなりましたが、そのような、事実を踏まえずに他民族への憎悪を煽るという「反知性主義感情・情緒に流されて、実証性・論理性・客観性・体系性を軽視あるいは無視して、つまり、科学的考察をしないあるいは無視して、自分が欲するように物事・世界を理解する態度に基づく排外主義 に陥る傾向が、昔も今も日本人は強いのではないでしょうか。

 現在、日本の未来に大きな影響を与えるかも知れない「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件<ミラー> (2019年8月)で、地方権力者が次のような「反知性主義に基づく排外主義」の発言を堂々とできる環境ができていることから、その懸念を抱かざるを得ません。

   ・名古屋市長・・・「日本国民の心を踏みにじる行為」などといった抽象的情緒的な理由により中止せよと迫った(反知性主義による表現の自由の侵害) <ご参照ミラー

  ・大阪市長・・・「我々の先祖がケダモノのように扱われる展示」などといった侮蔑的表現を用いて述べた抽象的感情的な理由により中止せよと迫った(反知性主義による表現の自由の侵害)」 <ご参照ミラー 

  ・大阪府知事・・・「反日プロパガンダ」を容認した愛知県知事は不適格と発言し、「反日プロパガンダ」などという、抽象的・感情的・狂信的・偏執的・一方的な理由を用いるという反知性主義により表現の自由の侵害を後押しした <ご参照.pdf   大阪府知事(維新)が、反日」という用語を使用したことは、維新はネトウヨ化するほどに劣化した政党であることを示します。 

  ・<捕捉>マスメディアに不快な発言の場を提供されている人権意識希薄落語家ミラー・・・「こういうことをやると、日本人の多くが不愉快に思って許さないという結果が出た」「日本人の多くの人が反日の像だと思っている」「なんでも自由にしていいのか。不愉快にするっていうのは果たして芸術か」などといった、自分の個人的な感想に合致しないものを、反日・不愉快という抽象的・感情的・偏執的な言葉で切って捨てるという反知性主義表現の自由の侵害を後押しした。

 思えば、皇国史観こそ、反知性主義の究極の形態であり、記紀神話を歴史的事実と偽り、「万世一系」「現人神」といった神秘的な虚構や、「人民(皇国史観では、臣民という)は天皇の赤子」という国家を家族と見立てる家族国家観などを作り出し、天皇制ファシズムを推進するきわめて特殊な日本的世界観を国民の政治意識・日常意識に浸透させることで、鮮人抹殺、チャンコロ殺せ、鬼畜米英といったきわめて悪質な排外主義意識を国民に植え付ける役割を果たしました。

 政治権力は、国民が発言(政治批判)をしなければ思うように戦争開始など権力を行使できます。

 政治権力が人々に発言させないようにする方法は2つあります。1つは発言をする肉体を抹殺すること(既述した小林多喜二の虐殺や犬養首相が軍人により問答無用で射殺されたのがその例です)。しかし、その方法は、非効率です、もっと効率のよい一斉に人々を黙らせるやり方がもう1つの方法です。それは人々を思考停止に(して発言することが無の状態に)するというものです。実はそれには2つのやりがあります。1つは戦前型(恐怖を与えてするもの)。もう1つは戦後型(直接には恐怖を与えず巧妙にするもの)。

 戦前型のやり方・・・「神武天皇は、約2600年前(紀元前600年ごろ)に即位されて日本という統一国家をおつくりになった。」これが皇国史観の出発点です。645年の大化の改新(現在は乙巳いっしの変という)を機に中央集権国家形成が始まるのに、その1200年前に、すでに日本に統一国家が成立したなんてことは小学生でもちょっとの考察で疑問を持ちます。しかし、そんな皇国史観はおかしいという発言をすれば、小学生なら翌日に行方不明、大人なら小林多喜二のようになる(拷問の末に天井から逆さづりにされて体が膨れ上がるほどに千枚通しで無数に刺されて絶命)危険(恐怖)がありました。人間は恐怖に出会うとそれを消すために思考を停止します思考停止という場合の「思考」とは、今日の晩御飯は何にしようか、などと感情や情緒によって思うことではありません。「思考する」というのは、科学的に(実証性・論理性・客観性・体系性を重視して)物事・世界を考察し、より良き社会をつくるには、争いのない世界を実現するには何をすべきかなどを自分で考えることです。思考停止とはそれをしないことです。思考停止は人間に、物事・世界をみるのをやめさせ、感情や情緒あるいは無気力に流れるようにさせ受け身にさせ、強い者への批判精神を喪失させて、その言動を受け入れるようにしていきます。こうして、戦前、人々は恐怖を恐れて思考を停止し、発言はしなくなり、意識は皇国史観で覆われていったのです。

 戦後型のやり方・・・戦前には近代国家を装うアクセサリー憲法しかありませんでしたが、戦後は、国家権力を縛る憲法ができ、恐怖を与えて国民を思考停止にさせることはできなくなりましたので、戦前、教育勅語を中心にした教育が思考停止の人間づくりに決定的な役割を果たしたのに鑑みて、政権与党は、次の3つを断行していきました。これを教育の反動化といいます。

  ①学校を児童生徒が「思考(して発言)する人間」(=思想・表現・言論の自由という基本的人権を守り行使する人間)として成長していく場ではないようにしていく(=学校を「思考しない人間」をつくっていく場とする)政策

  ②教職員が児童生徒をして「思考(して発言)する人間 」として成長していく教育が安心してできる学校ではなくしていく政策

  ③教職員も「思考(して発言)する人間」 ではなくしていく(=思考しない人間に」していく)政策

 これに対し、当然、全国の多くの教職員が結集し「(戦前のように)教え子を(思考しない人間にして)再び戦場に送るな!」を基本方針とする日教組(=憲法で保障された勤労者の団結権及び団体行動権をはじめとする基本的人権を自ら守り行使することで、学校が、生徒たちが基本的人権を守り行使する「思考する人間」として成長していく場であり続けることを生徒・保護者に保障するべく務めている人々)は反対し、いわゆる、「日教組・文部省(現文科省)戦争」(教育をめぐる武力行使なき内戦)が長期にわたり展開されました。しかし、「日教組こそイデオロギー集団であり、日本の教育を破壊しようとしている」とのカウンターキャンペーンの展開と、長期にわたるたたかいで大量の処分者への給与支払い(公立学校教員は公務員であり、たたかえば処分され解雇された。解雇者は日教組勤務とし学校で勤務するのと同額の退職金・ボーナスを含む給与を支払わねばならなかった)の財政負担による処分者を増やせないことによる戦い継続不可能により、日教組は敗北し(公務員の争議権はく奪政策はここでも大きな効果をあげました)、教育の反動化はなおも進んでいます

 戦後は「恐怖を与えて国民を思考停止にさせることはできなくなりました」と書きましたが、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件において、先に述べたように地方権力者が表現の自由侵害発言をし、官房長官が展覧会補助金の支給停止を示唆して、ネトウヨ等に展覧会主催者への攻撃を煽ったことをみて、「恐怖を与えて国民を思考停止にさせることは、憲法上はできなくなりました 」と訂正いたします。

憲法改定への動き

(1)社会科解体教育基本法改悪等の教育の反動化(日本人の「思考停止」化)により、反知性主義(思考せず感情・情緒に流されて言動すること)が拡大し、それをてこに国家主義(全体主義ともいう/個人の自主性を否定し国家全体に奉仕させんとする態度)・排外主義(特定の外国人を憎み排斥せんとする態度)が高められています。

(2)その狙いは、政権与党の最大の悲願である「(日本の統治者に)押し付けられた憲法」(※)を改定するために、反知性主義・国家主義(全体主義)・排外主義の精神によって、日本人が継承し、絶対平和主義の日本国憲法を日本に根付かせている「非戦・避戦の精神」を上書きするためです。

   (※) 日本の統治者に日本国憲法を押し付けたのはだれか⇒ご参照.pdf

      この映像の24分ごろから1分(最も憲法を守らなければならない立場の者が最も日本国憲法を憎悪し侮辱している映像)この映像の抜粋画面.png>をみれば、政権与党はいかに日本国憲法を改悪して壊したいと思っているかがわかります。

(3)次のように、日本人の「思考停止化」が進んでいます。

 ①社会科が解体された1982年を境に、若者に反知性主義が浸透し、その右傾化(=保守反動政党支持、革新政党毛嫌い、ヘイト化等)や思考不全(政治や経済について述べるのはダサい、物事を社会科学的に考えるのが苦手、等々)が進み、物事を社会科学的に考えられなくなった若者の一部は「ネトウヨとなっていき、「老人は保守的、若者は革新的」は「若者は保守的、老人の方が革新的」へと逆転していきました。

 ②戦争法・共謀罪法・特定秘密保護法・カジノ法等の違憲立法を次々に強行可決するなど国会が機能不全させられているのに怒りの世論は高まりません。

 ③森友・加計問題に示されているように、いわゆる忖度政治が進められるなど政治が劣化させられているのに怒りの世論は高まりません。

 ④国会を機能不全にさせ政治の劣化を進めている政権与党への支持率は低下するどころか、逆に上昇、高止まりし、国民は、政権与党に国会議席数において約3分の2という高率を与えています。

(4)(3)のような政権与党にとって有利な情勢の中で、憲法改悪は成功するでしょうか。

 ①(1)と(2)でみたように、これまで政権与党は非戦・避戦の精神」を上書きする努力を続けてき、それは成功してきているとも思える政治状況にあります。しかし、それは、上書きができたのではなく、反知性主義・国家主義(全体主義)・排外主義が「非戦・避戦の精神」におおいかぶさり押さえ込んでいるにすぎないのです。なぜなら、「非戦・避戦の精神」の継承は、日本人の意識の中ではなく、無意識の中で行われてきており、それを押さえ込むことはできても消滅させることはできないからです。「非戦・避戦の精神」は1万年以上も続いた縄文時代に長い年月をかけて形成されたものだからです。

 ②ですから、政権与党が、国民投票を強行して憲法改悪という「非戦・避戦」の精神に立つ日本国憲法を壊そうとする暴挙にでれば、「非戦・避戦」の精神は、自らを押さえ込んでいるものを払い除け政権与党を粉砕するでしょう。それを予想させるものとして、あれだけ政権与党の支持率が高いにもかかわらず、世論調査をすれば、憲法改定反対は多数という結果になることや2019年7月の参議院選挙で軍事事案が焦点となった選挙区では改憲政党が粉砕されているご参照.pdf)ことが挙げられます。戦後日本人の戦争忌避精神は、集団的無意識になっているのです(ご参照)。  

 ③しかし、予想に反して、日本人の「思考停止化」が進んでいて、「非戦・避戦」の精神が、自らを押さえ込んでいるものを払い除けることが出来ず憲法改悪がなされても、その後、自衛隊員や市民が何人か犬死した時点で、「非戦・避戦」の精神 は、統治者を粉砕することになります。だが、犠牲者が出るのを待っていたり、何人の犠牲者が出れば統治者を粉砕することができるのかを考えたりするのは不謹慎なことです。一人の犠牲者もでないよう、改憲をめぐる武力行使なき内戦に勝利しなければなりません。 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

日本の憲法は、人類の歩むべき道の道標  

              この記事は、18 諸課題自治体行政にも影響与える国政問題憲法・改憲阻止に所収されています。

 「国家=統治支配(=抑圧)機構=権力」の最大の属性は「抑圧」です。その「抑圧」を抑制できるのは、基本的人権(人間は生まれながらにして「自由・平等=いかなる抑圧もなく生き続けることが可能」であること)は保障されなければならない(属性が抑圧である権力は常に基本的人権を侵害する恐れがあるもので、その恐れが現実化しないように絶えず権力を監視し、もし、それが基本的人権を侵害した場合は、主権在民に基づいてそれは「規制=抑圧」されねばならない)ことを明文化したのが憲法です。 

 残念ながら、日本国憲法は、「健康で文化的な最低限度の生活」を破壊しない限りという制限内ではありますが「経済的な不平等」は公認しています。しかし、それ以外の政治的・社会的・文化的な自由・平等は完全に保障されなければならないとしています。にもかかわらず、現実には、(経済的不平等以外の)基本的人権(自由・平等)は完全には保障されていません。パワハラ・セクハラ・いじめ・体罰・リストラ・貧困・非正規雇用・差別・ヘイト・(政治家等の)暴言・低賃金・過労死・・・等々。

 このように、基本的人権侵害行為が横行しています。ほとんど野放し状態です。今やらなけばならないのは、(経済的不平等以外の)基本的人権の完全保障の実現(=現憲法の完全実施)です。しかし、あろうことか現憲法が完全に実施されてもいないのに、「政府与党=権力行使主体」は改憲を断行せんとしています。改憲は、憲法を完全実施したのちに、不十分な点があれば、それを正すために行うものです。憲法が完全に実施されてもいないのに、つまり、その不十分な点が明らかになる前に改憲するというのは、壊憲、つまり権力に都合の良いように憲法を改悪するものです。なお、憲法完全実施前に改憲を主張するのは、それが善意のものであっても、改憲機運を高めるために権力の側に利用されることになる(利敵行為となる)ので絶対にしてはなりません 。

 戦争は、最大の基本的人権侵害行為です。 だから日本国憲法は、「国際紛争を解決する手段」としての「国権の発動たる戦争(=先制攻撃や他国に出かけて行っての戦争)」と「(先制的な、あるいは、他国に出かけて行っての)武力による威嚇又は武力の行使」、および、それらを実行する「陸海空軍その他の戦力 」の「保持」と「国の交戦権 」を禁止しています。一方で、日本国憲法は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。 」としており、国民の基本的人権を侵害する侵略に抗する自衛戦争は禁止していません(が、自衛戦争といえども国民に多大な損害をもたらすので、あくまでも平和的、つまり外交的手段での防衛に徹した方が賢明だし、それは可能です<日本が武力行使(戦争)せずに国を守る道ご参照 >)。その為、自衛隊が先制攻撃やその準備をしない、あるいは、他国に出かけていかない、文字通り自衛のための軍隊(=警察力だけでは国民の基本的人権を守れない場合のために軍事力を保持・行使する組織・機関)である限りにおいては自衛隊は違憲ではありません(自衛隊は警察予備隊という以前の名称に戻った方が良いでしょう)。しかし、自衛隊は、2015年9月に制定された戦争法で、他国に出かけて行っての戦争や武力の行使を行う違憲の軍隊に変質させられました。その違憲となった自衛隊を日本国憲法に明記するとの改憲は、憲法9条を骨抜き・形骸化(=事実上の抹殺)するもので、かかる改憲を阻止するのは、現憲法の完全実施のために絶対にやらなければならないことです。

 それもやり遂げ、現憲法の完全実施が実現できれば(何年かかるかは今のところ予測できない)、いよいよ、経済的不平等を解消して経済的平等の実現に歩を進める段階となります。その歩を進めるために、ここで初めて憲法改正の必要が生じます。これは大変な変革です。しかし、現憲法の完全実施を実現する取り組みを進めることで強化されてきた国民主権力は、現憲法の完全実施が実現した段階では、現憲法を経済的平等を含んだ完全な自由・平等を保障する憲法に改正できるだけのものになっているでしょう。

 かかる憲法改正(=新日本国憲法制定いう大変革)ののち、新日本国憲法に立脚する国家では、経済的平等の実現に抵抗する要素があれば、それは違憲ということで「抑圧」されることになります。抑圧というと言葉はきついですが、これを穏やかに行う努力が成功には大切です。かかる努力が続けられる中で、抑圧の必要は減少していき、それに伴って、「抑圧」を最大の属性とする「国家=統治支配(=抑圧)機構=権力」 はその歴史的使命を終えていきます(日本では、国家の誕生は弥生時代)。

 以上のような日本がたどった道、すなわち、日本国憲法の下での(経済的不平等以外の)基本的人権(自由・平等)の完全保障の実現、新日本国憲法の下での(経済的平等を含んだ)完全な基本的人権(自由・平等)の保障の実現、それに伴う国家の役割減少による歴史的使命の終焉、このような道を日本に続いて他国も歩んで行けば、やがてすべての国で国家が終焉し、「国境なき世界」(地球上のすべての人が「完全に自由・平等な=少しの抑圧も受けない」世界)が訪れることになります。

 

天皇制関係  

(4)「長髄彦とイワレヒコの戦い」と「象徴天皇制」 生駒の神話と天皇制

(3)令和問題

  ①令和フィーバー考⇒「大日本帝国時代に戻ったつもりですか」 “浮かれ た”メディアの罪.pdf美智子さまの「良妻賢母」像が隠した女性蔑視.pdf皇位継承を議論しないことに危機感.pdf非正規雇用と貧困 「平成の課題は何も解決していな い」.pdf

  ②元号を否定しない私が令和の使用を拒否するワケ.pdf

  ③そうだったのか! 民衆を苦しめ腐敗しきった政治に我慢できず田舎に帰るという「帰田賦」が、元号「令和」の大元の出典 .jpg元号「令和」は、憲法が権力者を縛る立憲主義を唱える高名な学者たる川岸令和氏と思いっきり名前がかぶっている.jpg/「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ ミラー  

  ④新元号を考える

(2)元号というものをどう考えればよいのか?・・・3人の識者の見解.jpg

(1)天皇・皇后ご夫妻(および皇太子)の「生命・環境・人権よりも経済・軍事・統制を優先する」動きとの闘い  

 

 

 

元徴用工賠償問題  

(1)この問題が紛糾している原因は次の2つ

 ①日本政府の2枚舌

 日本政府は、2000年代に入るまでは一貫して「国家間が請求権協定を結んでも、個人の賠償請求権は消滅しない」という立場をとって、日本政府に賠償を求めた原爆被害者やシベリア抑留被害者に対して、個人でアメリカやソ連に請求できると説明して、補償の矛先をかわしてきた。ところが、同じ理由で韓国の戦争被害者が日本に賠償を求め始めると、「個人請求権は消滅していないが、協定により日本国内の訴訟では救えない」と、2000年代に入って解釈を一転させた。<世論を成熟させる徴用工報道を.pdfご参照>

 ②日本人は、ある国を憎むという意味を、その影響を分かつていないこと(本土無差別空襲や残虐兵器の原爆投下によっておびただしい数の日本人がアメリカによって虐殺されたにもかかわらず、アメリカを許すのみならず、なんと自らその属国になっている)。<誰かを憎んだことありますか.pdfご参照>

(2)元徴用工賠償問題を解決するには、次の3つが必要

 ①日本政府の2枚舌を許していることで分るように、今だ、日本人が真剣に戦争責任をとっていないことを反省すること。

 ②ユダヤ人がナチス・ドイツを憎んでいるのと同じように、韓国・朝鮮人も日本を憎んでいることに想いをいたすこと(俺たちは自分たちを虐殺した国を許した。だから、お前たちもいつまでも俺たちを憎むな、などとは決して言わないこと)。

 ③韓国の最高裁が「1965年の請求権協定には徴用工個人の損害賠償権は含まれていなかった」と判断したので元徴用工4人に賠償するようにとの判決を出したのであり、三権分立の制度化において、韓国政府も司法の決定を尊重しなければならなし、日本の外務省も「徴用工個人の請求権は消滅していない」と答弁していた(ご参照ミラー)ことに配慮すること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

政権与党議員劣伝1(これまでの分)

  稲田議員「憲法教という新興宗教」<国民が安全安心に存在できることを保障している憲法を平気で足蹴にできる精神の在りように恐怖する!>

  杉田議員の優生思想「LGBTは『生産性』がないので税金を使って支援する必要はない」ミラー<「生産性がない」と見なした者の存在を認めない精神の在りように恐怖する!>

  杉田議員、伊藤詩織氏の準強姦被害を"理不尽"と非難

  穴見議員、受動喫煙対策を訴える肺がん患者に暴言「いい加減にしろ!」 ミラー

  官房長官の菅議員、自民党勝利は「北朝鮮のおかげ」との暴言

  参院「消費者問題に関する特別委員会」委員長である三原議員の不適切議員生活

  丸山議員「脳がおかしい」発言<「人権意識のない人間」の姿を見せ付けられるのは苦痛なので、彼らは政治の舞台から消えてほしい!>

  疑惑の元大臣の稲田・萩生田・山本・松野・甘利・江崎・今村・高木・金田の各議員は厚顔にも出馬し「当確」

  副総理の麻生議員、難民射殺発言

  長沢議員、女性問題で議員辞職

  総務大臣の野田議員の夫は元暴力団員

  幹事長の二階議員、森友・加計は「小さな問題」との暴言

  「東京新聞」に手を焼く官房長官の菅議員、ついに抗議文

  長尾議員、民放が偏向報道していると拡散を呼び掛け

  副総理麻生議員の障害者差別

  自民党総務会長の竹下議員、 ミサイル巡り不適切発言

  今井議員の公選法違反疑惑

  外相の河野議員、バカ丸出し 北海道上空通過に「北はひるんだ」

  副総理の麻生議員がヒトラー評価

  経済再生相の茂木議員と五輪相の鈴木議員に政治資金規正法違反の疑い

  小野寺議員の事務所が使途不明金

  沖縄北方担当大臣の江崎議員が役所の原稿朗読宣言

  文部科学副大臣の義家議員等与党議員が学校に圧力

  今井議員の不倫疑惑

  与党「魔の2回生」藤丸議員のタワマン不倫

  創生相の山本議員、公募前に「新設は加計」「四国新設」

  防衛相の稲田議員が日報隠蔽稲田議員、災害対応中に不在

  「共謀罪で逮捕」 工藤議員が「いいね!」

  防衛相の稲田議員、都議選応援で「自衛隊としてお願い」 発言.pdf

  与党幹事長代行の下村議員に加計献金.pdf

  与党幹事長の二階議員、精神障害者差別発言.pdf(幹事長として、稲田氏と下村氏を守ろうという陽動作戦か?!)

  豊田議員の暴行容疑.pdf

いじめの背景にあるもの、それは

 この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

むごたらしい荒野の風景

 ・・・・・・「競争」の旗印の下、欺まん、出し抜き、拝金主義がはびこる。・・・・・・

 ・・・・・・海外支局勤務から帰国した記者の話は日本の病状を知る上で参考になる。「待ち合わせに遅れないとか、電車が時間通りに走るとか、それは世界的な価値基準ではない。禁煙区域での喫煙を、電車内での無作法を注意すると殴られるのではないかと身構える社会こそ異常だ。アフリカでも南米でも、注意されれば照れくさそうに肩をすくめ、その触れ合いから友人になることが多い。日本はフレンドリーシップを失った国になってしまった」

 競争社会の重圧、ストレスが生む「相互不信・敵意」型社会。遅れを取り戻そうと焦った運転士が招いたJR福知山線脱線事故や耐震データを偽造してホテルやマンションを建てた事件。同種の事故、事件がこれからも起きるだろうと予感させる社会はむごたらしい。

 政治の責任は大きい。しかし、小泉純一郎首相が知略、出し抜きの名手だったことを9月の総選挙で思い知った。衆院をいきなり解散し、論争を避けて「郵政」一本やりで国民の目をくらまし、刺客を次々と送り込んで全議席の61%に当たる296議席をとって自民党を大勝させた。勝った途端に、与党は選挙中には口を閉ざした増税案を次々決める。

 こうした現実が、子供たちに与える影響は大きい。目的実現のためには、勝てぱいい、異分子は排除する、面倒な議論は無用、法に触れなければいい――。おおらかさも、懐の深さもない荒野の光景だ。友人関係が築けない、本音の会話がない、気に入らない子はいじめる……子供社会は大人社会の鏡でもある。・・・・・・

 毎日新聞 05/12/28(水)朝刊「記者の目」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

日本政府はいじめ問題に取り組もうという気持ちはない!

この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています

 不登校といじめ 内田良子さんが語る

(前略)

〔編集部〕教育基本法「改正」によって、現場では「個人」が尊重されず、上から下への指示、指導が強まるのではないでしようか。

〔内田さん〕ますます学校が管理的で息苦しくなり、ストレスのはけ口が、強い者から弱い者へ――まず先生から子どもへ、そして子どもから子ども、先生から先生へ…と及んでいくのではないかと、懸念しています。今回、履修不足の問題で高校の校長が命を絶ちましたが、校長がどちらのサイドに立ち、誰に対して責任を取ろうとしたかというと、「お上」に対してですよね。本当に上を見ている。そうすると、必然的に子どもは踏み台になるわけです。政府が、いじめの問題に本気で取り組もうという気持ちが爪の垢ほどもあれば、教育基本法「改正」案をこの時期に採決することはありえないわけです。そういう点で、国家にとっての教育であって、子どもたちの二ーズを尊重するという発想からはきていませんよね。

(後略)

 うちだ りょうこ・心理カウンセラー。子ども相談室・「モモの部屋」を主宰する傍ら、東京都内・保育所心理相談員。NHKラジオの電話相談「子どもの心相談」アドバイザーなどとしても活躍している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週間金曜日 06/11/24号「教育があぶない!2006年」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

いじめが起こる理由とは?

 この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

いじめに対抗!    立松 和平―作家

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。)

 いじめというのは、一種の差別である。・・・・・・

 差別の構造とは、自分よりもっと差別されている人をつくることで、相対的に自分の社会的存在を高めようとする行為が差別である。・・・・・・

 子供を死にまで追い込むいじめは、結局のところ大人の社会のそのままの反映であると私は思う。大人の息詰まる競争社会は、自分以下とみなすことのできる人間を心理的にでも生み出そうとするのである。競争社会とはとどのつまり優劣をつけることであり、勝者と敗者に人を分別することなのだ。私たちの社会は、どうしてこんなふうに極端になってしまったのだろう。消費をあおる社会は、お金をたくさん儲(もう)けた人が偉いのだと、とどのつまりはそのことに行き着くのだ。子供たちは大人の風潮をそのまま写しているにすぎないのだと、私は思うのである。

 激しい競争社会では、全員が勝者になることはできない。子供の社会も、受験に勝つ者と敗れる者とに色分けされる。二種類に分別されるという恐怖は、自分より劣っているものを無理につくり出し、どうやら心理的バランスを保つことができるのだ。

 生きるのに、切ない時代である。いじめは大人社会をそのまま子供社会に持ち込んだものだとするなら、大人社会にも弱者いじめはたくさんある。根が深いから、学校など教育関係者だけで解決できる問題ではない。・・・・・・

  たてまつ・わへい 

1947年生まれ。早大卒。「自転車」(早稲田文学賞新人賞)、「遠雷」(野間文芸新人賞)、「毒―風聞・田中正造」(毎日出版文化賞)など。

    毎日新聞 06/11/25(土)「論点」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いじめ自殺防止策

 この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。) 

今、伝えたい「いじめが続くなら、学校にいかなくていい」.pdfいじめられている君へ「学校に行かない勇気を持とう」.pdf

 【】いじめ自殺防止策は、学校から逃げること。学校に行かなくてはならないという固定観念は捨てよう(学校に行く権利はあっても学校行かなければならない義務はないのだから―義務教育の意味は、子どもが学校に行きたいといえば保護者は学校にいかせる義務があるということであって、子どもは学校に行く義務があるということではない)。 

 

いじめ自殺 我慢せず学校から逃げよう 

雨宮 処凛(あまみや かりん) 作家

 北海道や福岡県など各地でいじめ自殺が相次ぎ、学校や教育委員会の対応が批判を浴びている。助けを求める声に耳をふさぎ、事件などなかったふりをする―。彼らの対応は、私がいじめに悩み、自殺を考えていたあのころ(引用者注:10数年前)と、何も変わっていない<この文章が書かれた5年後の11(H23)年10月にも大津市いじめ自殺事件があり、その後も何も変わらなかった>。 

 いい先生が一人もいないわけではないが、学校や教育委員会に何かを期待しても、ほとんどは裏切られて終わる。傷つき、最後に死を選ぶよりは、一刻も早く学校から逃げ出そう。 

 私へのいじめが始まったのは、中学2年の夏のことだった。所属していたバレー部で、3年生の引退をきっかけに、プレーが下手で足を引っ張っていると、みんなから無視されるようになったのだ。 

 失敗するとボールをぶつけられ、「パシリ」としてジュースの買い出しにも行かされた。何よりつらかったのは、昨日までの親友がいじめる側に回ったことだ。いじめに加わらなければ、自分がいじめられる。学校という「弱肉強食」の世界では、友情なんてガラスのようにもろい。 

 顧問の先生は気づいていたが見て見ぬふりだった。以前に、やはりいじめに遭っていた同級生が、この先生に相談したことがある。彼はウンザリした顔でいじめた側の生徒を呼び出し、「当事者同士で話し合え」と命じてどこかに行ってしまった。彼女はその場で袋だたきにあった。先生なんて信用できなかった。 

 だからといって、家族にも打ち明けられなかった。親や弟たちに、自分がいじめられるような人間だなんて思われたくなかった。気づくと、夜中に部屋で「私はいじめられてるんじゃない」とつぶやきながら、何度も手の甲をコンパスの針で突き刺していた。 

 ある日、橋の上から濁流に飛び込もうとして、我に返った。自転車に乗っていて、無意識に車道を走る車の前に飛び出したこともある。死は甘い誘惑だった。学校に行くことの方がずっと怖かった。 

 自殺の衝動は、いじめが始まって数カ月後に部活をやめたことで治まった。あのまま我慢して続けていたら、どうなっていただろうか。 

 だから、もう我慢するのはやめよう。いじめられていると親に言い出せないなら、仮病を使ってでも学校を休もう。それでも無理に学校に行かされそうになったら、部屋にカギをかけて籠城(ろうじよう)しよう。

 もちろん、親や家族が気づいてくれれば、もっといい。いじめられていると、世界中から自分の存在が否定された気分になる。家族に認められたことで、自殺を思いとどまったという人は多い。 

 親は学校に怒鳴り込もうとするかもしれないが、それで必ず解決するというわけじゃない。それより、旅行にでも連れ出してくれて、違う風景の中で「何があっても愛しているよ」と言ってくれたら、どれほど救われるだろう。 

 一連の事件で、教育再生会議や文部科学省、教育委員会は、再発防止策を検討している。議論に意昧がないとは言わないが、時間がかかるし、制度を改めれば解決するというわけでもない。

 いじめの解決法に正解はない。ただ、今になってみると、私をいじめた、くだらない人間のために死ななくて、本当に良かったと思う

    ◇ 

 75年生まれ。元愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカル。著書に「バンギャル ア ゴーゴー」「すごい生き方」など。

朝日新聞 06/11/11(土)朝刊「私の視点」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説「ペンギン・ハイウェイ」 ついに、アニメ映画化<移動しました。>   

こちらに移動しました。

最強のまんがイラストレーターぼうごなつこさんの作品 

17.11.03  ニッポンの科研費は一体どこへ…

17.11.02  出てこいやー!!

17.10.31  野党の質問時間を削るとこうなります

17.10.27  「アベ政権」「選挙」と言えばこれ! アベ政権恒例の・・・

17.10.27  国会の中に北のスパイが…!?

17.10.26 もうムリです

17.10.25  @@@

17.10.20  @@@

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17.05.12  @@@

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野党共闘から与党共闘への道のり(実践) 第2ステージ

                                 <17(H29).10. 1 初訂>

】これまで野党共闘から与党共闘への実践の速度は遅かった<野党共闘から与党共闘への道のり(実践) 第1ステージご参照>

】そんな中、悪意(悪政をリセットし、憲法改悪を狙う)をもって衆議院解散<17(H29).9.28の>が強行(反民主主義)された。これを機に東京都知事は悪意(権力拡大)をもって希望の党設立を強行(非民主主義)して政局を混乱させ、民進党がそのあおりをまともに食らう中で、民進党党首は悪意(自らと仲間の保身)をもって民進党の希望の党への合流を強行(反民主主義)して民進党を分裂させた。これにより、野党共闘から与党共闘への実践(民主主義実現への努力)の速度が速まることで、将来的な与党共闘の実現の展望が一気に開かれた。まさに、現在の日本の政治状況は「天国(民主主義実現)への道は悪意(反民主主義・非民主主義)で敷き詰められている。」である。ぬかりなく、下記のシナリオ(天国=民主主義実現への道のり)<野党共闘から与党共闘への道のり(実践)その2>が実行されることが期待される。

 ①<民進分裂>民進党は希望の党に吸収される者とリベラル勢力に分裂

 ②<野党結集>旧民進リベラル勢力と共産党と社民党等が共闘体制構築

 ③<政治的構図構築>(自公[第1自民=第1与党]vs希望維新[第2自民=第2与党])vs野党共闘(旧民進リベラル・共産党・社民党等)の政治的構図構築

 ④<悪同士を闘わせて悪を弱体化させ悪を制す>第1自民と第2自民を闘わせ、それをも利用しながら野党共闘が政治的勢力を拡大し、与党共闘への展望を開いていく。

「野党共闘から与党共闘への道のり(実践) 第2ステージ経過

17(H29).10. 1武蔵野市長選野党共闘が圧勝自民推薦候補が惨敗

<17(H29).10. 1>民進党分裂

 

金時鐘さんの発言等  

徹底的に話し合う道を(170916) (北朝鮮問題についてかかる的確な発言をする金時鐘さんは生駒の誇り)。    戦争になったらおしまいやpdf(170323)    差別と戦争、危うい関係.pdf(161015).    南北統一の希望 日本で抱く(160831)    受賞を祝う会で講演(160516)    かみしめる言葉(160511)    土地の災い 土地の神が鎮める(160406)    折々の言葉(160324)    『朝鮮と日本に生きる』を読んで、涙が止まらなくなった一文がある。(1603018)ミラー   大仏次郎賞を受賞した詩人、金時鐘.jpg(160219)   「素朴さ」について―詩を書く者として思うこと(1602)ミラー    大佛次郎賞受賞スピーチ(160130)    在日詩人・金時鐘さんが回想録 自分を整理 「四・三事件」記す(150410)   光州事件を綴った金時鐘「骨」で20世紀を知った.pdf(150222).    民族分断・命がけの渡航・差別―半生一冊に(150212)    ザ関西魂ソウル<食と文化>化石の夏、サムゲタンと(140710)    金時鐘さんは、映画「チスル」(13 韓/1403 日本公開)の公開を機に4・3事件について新聞紙上で語られました<その記事(140416)>。    日本、自分 奥底に目を凝らし(130802)   人生の贈り物.pdf(1011)    在日詩人の詩と音楽が融合.pdf(030703)   コリア国際学園 学園長挨拶ミラー

映像 : HV特集『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』(NHK BS Hi-Vision/2007年9月25日/110分)

追補 : <名作の現場 第15回> 開高健『日本三文オペラ』 案内人・島田雅彦(160604)   言語により言語を異化するために(160131) / 朝鮮戦争に抗い、朝鮮分断に抗う~金時鐘(150725)ミラー涙と汗の奮闘記本に…定時制高校「韓国・朝鮮語」教員(150610) / 金時鐘氏の新刊「朝鮮と日本に生きる」帯に「日刊」の違和感.jpg(150410) / パウル・ツェランを2014年に読む(140421)(「在日の詩人、金時鐘」を表題とする文あり) / 訳と逆に。訳に。(0503) / 琉球大学琉球アジア文化学科朝鮮文学

金時鐘「隣り合ってはすごせないものなら、それはそこにあってはならないものです。原子力の青い火に、ゆめゆめ未来があってはなりません。」さようなら原発1000万人アクション」賛同・メッセージより

政府与党が悪法を定め、悪政を強行するたびに憲法改悪は遠のく。

 共謀罪法の強行採決(17.6.15)等を受けて内閣の支持率が下がったという(報道記事.pdf)ものの、内閣は何をしても、①米国の支持がある(ご参照)、②経済が好調である(有効求人倍率が高い/ご参照.pdf)、③野党が与党(自公維新)にとってかわるだけの力を持たない、限り倒れないし、支持率もまた回復していく。

 しかし、国民の政府与党に対する批判は、秘密保護法・カジノ解禁法・戦争法・共謀罪法等の悪法制定や武器輸出三原則撤廃等の悪政強行をするたびに強まっている。国民は、その4割ほどが②・③により政府与党を消極的に支持しているだけである(4割程度の消極的支持勢力でも小選挙区制の下では野党を圧倒できる/1996年の衆院選から小選挙区制が強行実施実施された狙いはここにあった)。

 「政府与党が悪法を定め、悪政を強行するたびに憲法改悪は遠のく」という法則があるという。

 A.政府与党は改憲しなければすべきことができないというが、改憲しなくてもやりたいこと(悪法制定・悪政実施)はできており、すべきことができないから改憲するというのは嘘で、無制限に好き放題(=基本的人権の制限、最大の人権侵害たる戦争)できるようにする(=悪法を制定しなくても悪政が実施できる、また、強行という手段をとらなくてもスムーズに悪政が実施できるようにする)ため改憲したいといっている、という捉え方が国民の意識下に形成されてきている。

 B.悪法を次から次へとつくり、また、悪政を強行している今の政府与党がつくる憲法は悪憲法となるだろう、という捉え方が国民の意識下に形成されてきている。

 改憲の国民投票が強行されたとしても、上記の①・②・③は改憲賛成を増加させる要因とはならず、一方、上記のA・Bは改憲反対を強める要因となり、戦争は忌避するという戦後日本人の集団的無意識(戦後日本人の戦争忌避精神は集団的無意識.pdfご参照)と相まって、憲法9条否定を本丸とする憲法改悪の目論見を破砕するだろう。

 なお、国民投票を強行すること自体が、上記のA・Bの捉え方を強化することはいうまでもない。

 共謀罪法という悪法が制定されたからといって悲観することはない。政府与党が悪法を定め、悪政を強行するたびに憲法改悪は遠のく、のだから。

 だからといって、共謀罪法反対の取組は続けなければならない。それをやらないと犠牲者が出るし、上記のA・Bを更に強めることもできないから。

 また、溺れる犬(改憲したくても改憲できない犬)は叩いて(批判して)沈めてやらねばいつまでも苦しみが続き可哀想だから、沈むまで叩いて(批判して)やらねばならない。

特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(カジノ法<16.12.15 強行可決・成立>                          

(1)意見書

 ①川崎市「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律の廃止を求める意見書」(17.3.10/否決)・・・民進も反対し、自公維新に馬鹿にされている。

 ②岩手県「特定複合観光施設区域の整備推進に関する法律 に反対する 意見書」(16.12.21/可決・・・岩手県議会は立派!

 ③鳥取県(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(IR整備推進法)の廃止を求める意見書の提出並びにギャンブル依存症対策の推進について)

 ④伊那市「カジノを中心とする特定複合観光施設(IR)区域の整備の推進に関する法律の廃止を求める意見書」(16.12.16)

 ⑤市川市「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(カジノ解禁法)の廃止を求める意見書」(17.3.15)

 ⑥橿原市「『特定複合観光施設区域の整備推進に関する法律案 』に反対する意見書」(16.9.24)

 ⑦青森市「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律の廃止を求める意見書」(17.3.23/否決)

(2)意見書に関する報道記事

 ①カジノ法撤回の意見書可決 京田辺市.pdf

 ②カジノ解禁法に4地方議会が意見書.pdf

 ③住田町議会 カジノ法案廃案求める意見書 全会一致で可決

(3)資料

 ①日本のギャンブル依存率は他国の5倍以上

皇太子妃と愛子内親王を救済しなければならない。

 女性セブン(17年6月15日号)が、「眞子さまご婚約で高まる懸念 皇太子妃雅子さま(53) 秋篠宮妃紀子さま(50) 比較され続ける母の過酷」という記事を掲載した。この国は女性に過酷を強いる国。Yゲート事件(勇気ある女性の発言により首相官邸御用聞きジャーナリストの忖度不起訴が重大問題化/ご参照.pdf)でもこのことを痛感させられる。電通女性社員自殺事件(過労+パワハラ→自殺)もそうだ。

 秋篠宮家に第1男子が誕生したとたん、それまでの女性天皇制検討が遮断された。女性天皇制の採否によって、皇太子妃とその第1女子の運命は天と地ほども変わる。将来の天皇の母として生きていかねばならないのか、普通の娘の母親としてだけ生きていけばよいのか。将来の天皇として生きていかねばならないのか、普通の娘としてだけ生きていけばよいのか。かかる常人には体験できない想像を絶する葛藤・苦悩の中に、皇太子妃とその第1女子は投げ込まれ、共に心身に打撃を加えられている。

 国民の誰一人として知らない者はない2人の女性が救済されないままでは、この国は女性に過酷を強いる国であり続ける。女性天皇制の採用が、皇太子妃をして将来の天皇の母たらしめ、その第1女子をして将来の天皇たらしめて、両人は自己のアイデンティティを確立し、葛藤・苦悩から解放され救済される。それはまた、この国が女性に過酷を強いる国から脱していく道筋を作り出すだろう。

ミュシャの「春」と井上あさひさん

04_203 ミュシャの「春」<右絵ご参照(クリックで拡大)を観れば、井上あさひさん<右写真ご参照(クリックで拡大)が“NHKの女神”と呼ばれている理由が分ります。

ドクダミの復権       

(5)ドクダミを詠む

 ③どくだみや真昼の闇に白十字(川端茅舎)

 ②道のべにどくだみの花かすかにて咲きあることをわれは忘れず(斎藤茂吉 )

 ①ドクダミ

(4)思わず笑ってしまう

(3)<右図(クリックで拡大)Dokudamiarrange ドクダミアレンジフラワー&フォトスタイリング教室アトリエ・ボヌールブックマークHP「klastyling」さんより)

(2)ドクダミと遊ぶ

(1)ドクダミの復権.pdf

日本国家の従属性    

(11)知ってはいけない 隠された日本支配の構造

(10)日本の独立は神話ミラー<=日本人は、強いもの(アメリカ)には屈従する卑屈な民族>

(9)なぜ日本はアメリカの「いいなり」なのか?知ってはいけないウラの掟ミラー

(8)安倍政権が何があっても倒れない理由

(7)オリバー・ストーン監督「日本は昔、持っていた主権がない。アメリカの衛星国であり、人質なのです.pdf

(6)日本はどの程度、独自に物事を決められるのか<プーチン露大統領が日露首脳会談前のインタビュー(16.12.14).pdfの中で> 欠陥軍事機オスプレイが沖縄での墜落事故のわずか6日後(16.12.19)に飛行再開するのを止められなかった日本を、プーチン大統領はあざ笑っているだろう。また、他国に従属して欠陥軍事機の飛行さえも止められないくせに、交渉次第では北方領土が返還されるかもしれないという空しい期待を持ち続けている日本を軽蔑しているだろう。~こんな言葉より~

(5(新帝国システムたる)TPP

(4)日本の戦後体制が決定した瞬間

(3)戦後史の正体

(2)原発・領土・沖縄といった諸問題の背後にある戦後体制の構造

(1)敗戦による日本の半植民地化~『年次改革要望書』~ご参照

メディアリテラシー         

【17(H29). 6.29】本日夜7時のNHKニュースは完全な疑惑隠しだった。

【17(H29). 6.28】前川氏の会見は中継せず、“アベ友”民間議員の反論は垂れ流し

【17(H27). 6.10】Yゲート事件(勇気ある女性の発言により首相官邸御用聞きジャーナリストの忖度不起訴が重大問題化/ご参照.pdf)で見える波取り記者と権力の癒着

【16(H26).12.30】親権力メディアが世論をミスリードするやり方

【16(H26).12.16】安倍首相が生出演『報ステ』『NEWS23』の異常な弱腰!

【16(H26).12.13】「真実」はおろか「事実」さえ伝えないNHK等メディア=(イコール)オスプレイ「墜落」を「不時着」と言い換えて米国とそれに従属する日本国政府の歓心を買おうとする植民地根性のNHK等メディア(ご参照

【16(H28). 9.17】TVワイドショーは豊洲盛り土問題の犯人を伝えず

【16(H28). 9.17】朝ドラ「とと姉ちゃん」を、「暮しの手帖」が批判!

【16(H28). 9. 9】怒りも感動も台本通り! フジと読売に見るテレビのシナリオ

【16(H28). 8.26/8.28】NHK良心派は注目2番組をゲリラ的放映(生放送につき放映強行)⇒解説スタジアム 「どこに向かう 日本の原子力政策」ミラーバリバラ「笑いは地球を救う」ミラー

【16(H28). 8.28】感動ビジネス番組に障害を持つ少年が出演させられ(障害者をビジネスに利用するのは許せない!)、山頂の気温が9度という寒さ(秒速9m以上の風が吹けば体感温度は0度以下となる)で雨が降るという低体温症で死亡するおそれもある(ご参照)最悪のコンデションの中(登山事故防止を啓蒙すべきテレビ放送が逆に登山事故を助長している!)、自然の中を歩く喜びを味わうべき登山を無理やりさせられ(登山は苦役ではない!)、歩けなくなると殴られる(虐待である!/殴らなかったとしても、寒い雨の中無理やり苦しい登山をさせるのはすでに虐待)という驚愕すべき光景(24時間テレビ)ミラーが放映されました(虐待場面)。 関連 : NHKが感動ビジネスの裏を暴露するミラー

【15(H27).6.21】世界のランキング報道の自由度ランキングでは日本は61位で韓国(60位)の、男女平等度ランキングでは日本は104位で中国(87位)の、それぞれ後塵を拝している。共に恥ずべき状態にあるのは、前者でいえば、大新聞・テレビ幹部&記者が安倍首相と「夜の会食」を重ねるような恥ずべきことをしているから。

【15(H27).6.14】「沖縄タイムス」と「琉球新報」よ。お前達もか!⇒琉球新報、沖縄タイムスに問われているものは何かミラー

【15(H27). 2.18】日本の教育・言論は、また、生きにくい社会(希望なき社会/暗澹たる社会)に向かう一里塚を通過した(静岡県教育長:任期1年残し退任へ古賀茂明が番組を降ろされた!)。

【14(H26). 6.20】青山繁晴さん、フェアにいきましょう。

【14(H26). 6. 2】調査する 知っているのになぜ調査」-これは本日の朝日新聞の川柳欄の最優秀作品です。朝日新聞は、政権のまやかし批判を川柳欄にまかせるのではなく、一面トップで報じていただきたものです。その点、日刊ゲンダイの記事には注目です。

不登校 

              このページは、10 学校・教育・子どもサポートに所収されているものです。

不登校問題の解決策

教育機会確保法(義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)  全文.pdf概要.pdf  附帯決議その主なもの)  大分県教育委員会掲載資料  文科省からの教育委員会への通知

(4)諸団体の見解

 ①NPO法人フリースクール全国ネットワーク

 ②不登校・引きこもりを考える当事者と親の会 ネットワークグローバル化する世界の教育状況と日本「学習機会多様」をめぐって.pdfあり)

 ③子ども・教育・文化を考える会

(3)問題点

 ①すべての小学生・中学生に「通称 不登校対策法案」はいりません-「教育機会確保」より子どもの命が大事-

 ②多様な学習促す? 差別を助長? 不登校の生徒を支援する「教育機会確保法」を分析ミラー類似記事

 ③教育機会確保法。この法律をどう受け止めてどう活かすかは、これからの僕たち次第だ教育機会確保法可決から考える、不登校への「上から目線」の違和感禍根を残す「教育機会確保法」 「不登校対策法」がもたらす子どもの危機

 ④「教育機会確保法」は自転車のような法律

(2)「教育機会確保法 不登校対策は」(くらし☆解説).pdfしばらく学校を休んだあとは?

(1)教育機会確保法が成立⇒報道記事.pdf報道記事.pdf報道記事.pdf報道記事.pdf報道記事.pdf報道記事.pdf報道記事.pdf

資料

(9)<いま子どもたちは>もう一つの学び場

(8)教育関係NPO法人の活動事例集

(7)各学年の課程の修了又は卒業の認定

 ③原級留置

 ②課程の修了又は卒業の認定等について進級、卒業の時期に?!

 ①学校教育法施行規則第57条「小学校において、各学年の課程の修了又は卒業を認めるに当っては、児童の平素の成績を評価して、これを定めなければならない。」/第58条「校長は、小学校の全課程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない。」/第79条「・・・・・第五十四条から第六十八条まで・・・・・の規定は、中学校に、これを準用する。」

(6)不登校 中卒認定という選択小中学校における進級卒業問題

(5)各国におけるフリースクール・ホームスクールと義務教育との関係

(4)児童の権利条約  国連・児童(子ども)の権利委員会の勧告

(3)教育機会確保法⇒【】へ

(2)33不登校の小中学生の推移・主な相談窓口(→右図<クリックで拡大>)

(1)学校が死ぬほどつらい子は図書館へ.jpg学校死ぬほどつらい子は図書館へ.pdf「学校つらい子逃げて来て」鎌倉市図書館が感涙ツイート  (関連 : このツイートをめぐる議論pdf鎌倉市立図書館のツイッター)  私も図書館に救われた.pdf

【*】奈良県・生駒市

  適応指導教室

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場教員・教員経験者の意見・声

文科省や、それに忖度する教育委員会は、現場教員や教員経験者の意見・声をまったく聞こうとしない。

これが、日本の教育の最大の問題点

元中学校教員.jpg(16.12.3 : 管理職が規則重視になると、先生は規則と書類に縛られ失敗を嫌い、創造性がない教育が蔓延<教員の自主的な教育実践環境の崩壊>。自分の仕事以外に無関心で、いじめられている子の訴えをひとごとと捉えるようになる。

現高校教員.jpg(16.11.27) : 管理職に逆らえず自分の良心に従い行動するのは難しい/「子どもに目を向けない教師」は「目が上向きについた上司」の下でつくられる。<いじめ問題の背後にある校内ヒエラルキー

元中学校教員.jpg(16.11.17) : 大川小学校事故検証委員会は日ごろの学校運営こそ検証すべきであったがしなかった。大切なのは子どもを中心に据え、その最善を求め、議論し、組織的に動き、日常的に協働する学校体制を作っていくことだ。教員のエンパワーメント低下

元小学校教員.jpg(16.11.6) : 大川小学校事故をみると、日本の学校では、上司の指示が絶対であり、教員は自己を表現するすべが摘み取られている。<校内ヒエラルキーによる教員のエンパワーメント低下

元小学校教員.jpg(12.12.20) : いじめ問題の見過ごしや不適切な対応の背景には、教師の評価制度現場の多忙がある。

現養護教諭.jpg(12.10.31) : いじめ対策には、スクールカウンセラー配置よりも、日々子どもと関わる教職員数を増やすことが一番。

この記事は、教育の反動化に所収されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

語 句     

国民国家 : 英語の「nation-state」の略語。共通の言語・文化・伝統を持つ同質的な市民(国民)の共同体(nation)を基礎に国土・主権を備える国家(state)を指す。市民革命を経た欧州で、絶対王制に代わる近代国家の形態として19世紀までに成立した。民族が独立し、政府を作る国際法上の権利は、「民族自決権」と呼ばれ、国連憲章は「自決の原則の尊重」をうたう。国民国家内の民族が自決権を主張する場合、分離独立運動となる。

エルズバーグの壺つぼ

ジェボンズの逆説(パラドックス).jpg

バタフライ効果.pdf

ハチドリのひとしずく

パラダイム : 構成原理の体系

ポスト真実(post-truth) : 世論の形成において客観的事実が、感情や個人的な信念への訴えかけより影響力に欠けている状況をいう(欠ける時代になったことを示す)<この文書より>/世界最大の英語辞典であるオックスフォード英語辞典が2016年を象徴する言葉として選んだ。

森の肥やしはワラジの足跡.jpg

ヤマアラシのジレンマ

レシュティの溝⇒多言語国家のスイスでは、ドイツ語圏とフランス語圏の考え方の隔たりが「レシュティの溝」と呼ばれる。レシュティはドイツ語圏を代表するジャガイモ料理。・・・・・直接民主主義を重んじるスイスでは、国民投票がひんぱんに行われる。独語圏と仏語圏の結果が正反対になった場合に、相いれない両者の隔たりを表現するため象徴的に使われるようになった。・・・・・文化や考え方の違い・・・・・。飲み物なら独語圏で好まれるビールと仏語圏のワイン、恐れられる動物なら独語圏のフクロウと仏語圏のオオカミ、・・・・・独語圏の子どもは魔女や怪物などの想像上の存在を怖がるが、仏語圏では警察や煙突掃除人といった実在の人物を恐れるという。・・・・・仏語圏から出土した土器は丸底で耳のような飾りがあり、独語圏は平底で口が狭い。青銅器時代の集落でも基礎工事にあたるくいの打ち方が違うという。・・・・・文化や考え方の違いは太古の昔に始まった。言語圏にこだわらず、学びあい、理解しあうことでしか溝は埋まらない・・・・・。(朝日新聞 06.1.28)

ワシントン拡声器.pdf

次期米国大統領トランプ氏と安倍首相との会談  

  後輩「先輩、こんにちは。日本時間で昨朝、トランプ安倍会談がありましたが、日本国首相はなぜ米国次期大統領に会いにいったのですか?」先輩「わかりやすくいえば、日本が引き続き米国の冊封さくほう体制に入り続ける意志を示すためだ。」

  後輩「冊封体制とは何ですか?」先輩「君も高校世界史の時間に習ったと思うが、忘れているようだな。冊封体制とはコトバンクに書かれてあるように、中国の歴代王朝が東アジア諸国の国際秩序を維持するために用いた対外政策で、中国の皇帝が朝貢ちょうこう(貢物みつぎもの、つまりお土産をもって臣下の礼をとりにいくこと)をしてきた周辺諸国の君主に<官号・爵位などを与えて君臣関係を結んで彼らにその統治を認める>(これを冊封という)一方,宗主国対藩属国という従属的関係におくことをいう。今回、安倍首相は、現代版冊封体制を米国との間で維持したい、それを認めてくれということをお願いしに行ったということだ。」

  後輩「それにしても安倍首相は、早くトランプに会いに行きましたね。首脳ではトランプ氏と会談したのは世界で初めてですよ。それを、よくやったと褒める人もいますが?」先輩「馬鹿げてる。安倍氏はよっぽど焦ってたのだな。TPP推進のオバマ氏に恩義を感じて、本当はTPP推進のヒラリー氏が次期米国大統領になるのを見越してTPP法案を衆議院で可決したが、TPP離脱が公約のトランプ氏が大統領選に当選してしまって、トランプ氏が安倍首相に怒っている、これでは冊封体制からはずされてしまうのではと気が気でなかったのだろう。正常な判断ができる首脳なら、会談相手国政府の主要人事が固まる前に次期首脳と、電話会談ならするだろうが、会っての会談などしない。一日でも早く臣下の礼をとることで誠意を示して、もしトランプ氏が怒っているのであれば、その怒りを解いてもらいたかったのだ。実際は、トランプ氏は怒っているどころか、日本の首相のことなど歯牙にもかけていなかった。このことは、ネットで拡散しているこのツイッターを見ればわかる。」

  後輩「大統領選挙の結果が出るまではヒラリー氏支持で、ヒラリー氏としか会わなかった日本の首相が、トランプ氏当選で、急に手のひらを返してトランプ氏に擦り寄っていく行為は軽蔑ものですね。」先輩「その通りだ。」

  後輩「佐藤優さんの話によれば、ヒラリー氏の当選は確実という外務省からの情報を信じていた安倍氏は、当選したのはトランプ氏の方だと分かって外務省に対して逆上し、外務省を無視して、外交上異常な、現役大統領を足蹴にするような、まだ大統領に就任していない人物との会談を強行したとのことです。」先輩「会談というより面談だが、外務省を無視した外交を断行する。これを独断専行という。戦前の戦争推進勢力のやり方だ。やはり、安倍氏は、母方の祖父である岸信介を敬愛・心酔しているといわれているだけのことはある。」後輩「安倍首相はそのA級戦犯だった祖父を追いかける形で戦争ができる国づくりにひた走っている、と私も聞いたことがあります。」

  後輩「ネトウヨとかメディアが、日本の首相が次期米国大統領に1番に会談してもらえたことを喜んでいますが?」先輩「さっきも言ったが馬鹿げてる。喜んでいるのは一部の日本人。トランプ氏はまだ民間人に過ぎない。政府の主要人事もまだ決まっていない。こんな段階で会談するのであれば、ロシアのプーチンや中国の習近平なら呼びつけていた。今回、日本の首相が、のこのこと民間人にこちらからお土産をもって挨拶にいったことは日本国首相の地位を更に落下させた。プーチンや習近平のみならず、ドイツのメルケル、イギリスのメイ、フランスのオランドなど各国の首脳は日本の首相を軽蔑しているだろう。それにしても、ネットでは安倍氏は忠犬ポチと呼ばれているが、一国の総理大臣がまだ一民間人に過ぎない人のところにこちらから挨拶にいく姿は、まさに忠犬ポチが新しい飼い主さんのところにしっぽを振って頭をなぜてもらいにいったようにしか見えないね。そんな姿を見て、米国人のみならず諸外国の人々は見下しているだろう。日本人として恥ずかしい限りだ。」後輩「就任前の大統領と他国の首脳が会談するということは“初めての出来事”と言われているのは、これまでにそれほど非礼な国家首脳はいなかったからだ、と佐藤優さんも話しています。」

  後輩「会談後に撮影された次期米国大統領と日本の首相の記念写真では、2人とも満面の笑顔ですが?」先輩「来年1月に米国大統領が交代しても、日本が米国に冊封されるという現代版冊封体制が更新され引き続き持続されることが相互で確認できたから、2人とも嬉しいのだ。」

  後輩「それにしても、会談は予定の2倍の90分に及んだといいますが?」。先輩「お土産が、ゴルフ道具だけでなく、冊封体制を維持してもらう代わりに渡す何らかの日本の国益を損なうものもあったから会談が長引いた恐れがある。」後輩「歯牙にもかけていなかった日本の首相との会談の記念写真でトランプ氏が満面の笑顔だったのはそのためだったような気がしてきました。やはり日本は、現代版冊封体制=従属体制、から抜け出さなければならないと思います。」先輩「その通りだ。」

  後輩「では、彼女とのデートがありますのでこれで失礼します。」先輩「最後に、総理大臣となる自民党総裁の任期が延長されるほどに安倍政権への支持が持続する理由は、実は、日本が“現代版冊封体制=従属体制”にあるからだ。そのことがなぜ安倍政権は勝ち続けるのか?という記事に書かれてあるので、彼女とのデートの後で読んでおくといいね。」後輩「はい。必ず読んでおきます。では、また。」先輩「楽しい時間を!」

 <追記>この記事は会談の様子を次のように伝えている。

 ・・・・・17日の会談も「羽田空港を発つ段階で、どこで何分くらい行うのか固まっておらず冷や冷やした」(首相周辺)と綱渡りだった。トランプ氏側が事前に、オバマ政権への配慮から「会談は抑制的にしてほしい」と首相側に要請(引用者:トランプ氏側は迷惑だったようだ)。トランプ氏はイバンカ氏らファミリーを同席させたが、日本側の出席者は首相と通訳に限られた。報道陣は会談場所のトランプ・タワーに入れず、官邸スタッフが撮影した写真が配信されただけだった。・・・・・自民党中堅も自嘲気味にこう語った。「今回の会談は首相の参勤交代みたいだ。日本が焦っているという印象を世界に与えないだろうか」・・・・・安倍首相との会談に注目していた米メディアも、会談が終了するころには「フリン氏に国家安全保障担当補佐官を打診」と速報。同氏の過去の発言などを繰り返し流すなど、関心はトランプ人事に移っていた。

後を絶たないいじめ事件 

               この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

】大津市中学校いじめ自殺事件<11(H23年)>以後(降順)

16(H28)年8月>日本三大流し踊りの1つ黒石よされ写真コンテストの最高賞作品の被写体だった青森市の市立中2年生がいじめ自殺(報道記事報道記事

<16(H28)年4月>新潟県糸魚川市中学校での昨年度までの2件に続つ重大事件3件目のいじめ不登校(報道記事.pdf

<15(H27)年11月>茨城県取手市中3いじめ自殺事件(報道記事.pdf

<15(H27)年7月>岩手県中学生いじめ自殺事件(報道記事.pdf) 尾木ママ 「これじゃ生徒殺人学校!」

<14(H26)年5月>横浜市原発事故避難転校小学生いじめ事件

    ○報道記事報道記事.jpg: 報告書「教育の放棄に等しい」

    ○いじめを受けた生徒の手記についての

       ・報道記事⇒その1.pdfその2.jpg

       ・社説.pdf「学校の対応はまったく不十分だった。・・・・・教育委員会も本気で向き合ってほしかった」として学校と教育委員会を批判し、「学校の外に目をやれば、味方はいっぱいいる。そして、学校以外に自分の居場所をみつけて、いまかつやくしている大人も大勢いる」と述べて、最早学校はすべての生徒にとっては居場所ではなく、見方もいないところと断定し、学校が居場所ではない生徒は学校の外に目をやり学校以外に自分の居場所をみつけようとの、いわば「学校を見捨てることのすすめ」を説いている。

    ○この事件を受けて文科省は、原発避難先のいじめに指導をおこなった(報道記事.pdf)。

<13(H25)年9月>いじめ防止対策推進法施行・・・法施行後、いじめによる自殺と疑われたケースは3年(16.9)で少なくとも20件あり、小4から高3の20人が亡くなっている(報道記事.jpg)。

大津市中学校いじめ自殺事件<11(H23年)>以前

 埼玉県上福岡第三中学校いじめ自殺事件<79(S54)年>東京都中野区中学生いじめ自殺事件<86(S61)年/26年前>山形県新庄市マット死事件<93(H5)年/19年前>愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件<94(H6)年/18年前>北海道滝川市小学生いじめ自殺事件<05(H17)年9月/7年前>埼玉県北本市いじめ自殺事件<05(H17)年10月>長野県丸子実業高校バレーボール部員自殺事件05(H17)年10月>福岡県筑前町中学生いじめ自殺事件<06(H18)年/6年前><新潟県神林村男子中学生自殺事件兵庫県滝川高校いじめ自殺事件<07(H19)年>群馬県桐生市小学生いじめ自殺事件<10(H22年)>大津市中学校いじめ自殺事件<11(H23年)>など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新自由主義 ・ グローバリズム

              反自由主義・反グローバリズムの反撃

新自由主義

 (1)端的に述べれば、大企業の利潤の増大を目的に、自由な経済活動を妨げている、政府等による人々の生活・健康等を守るための規制を最小化し、逆に弱肉強食の自由競争を最大化しようとする考え方。アダムスミス等の倫理性(人々の幸福を増大させることを目的とする立場)に基づく(古典的)自由主義と区別するために「新」がつけられている。いわば、反倫理的自由競争経済主義である。

  規制や過度な社会保障・福祉・富の再分配は政府の肥大化をまねき、大企業や富裕層への税負担をもたらすことで自由な経済活動を妨げると批判する。市場での自由競争により大企業や資産家などがより富裕化することを是認し、その言い訳として、富裕化した大企業や資産家などの投資や消費が増大すれば中間層・貧困層の所得も引き上げられ、富が再配分されると主張する。しかし、再配分よりも富の集中や蓄積・世襲化が進み、貧富の差を広げ格差を増大させていく。

 (2)詳しくは、 コトバンク

 (3)参考 : この事件の背景には、新自由主義的な人間観が日本を覆いつつあることがある。

グローバリズム

 (1)端的に述べれば、各国の経済・生活・健康等を守るための関税や貿易等の規制を撤廃等させて地球市場を統合化し、新自由主義を全世界で展開しようとすること。それにより、弱肉強食的な世界の創出や地球規模での経済格差の深化などを生じさせている。これが世界各地でテロを引き起こす最大要因となっている。

 (2)詳しくは、コトバンク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

反新自由主義 ・ 反グローバリズムの反撃    

       新自由主義・グローバリズムとは

       縮小社会・脱成長社会・脱成長経済・脱成長戦略・ローカリゼーション・ポスト現代資本主義こちら

(4)この国はどこへ行こうとしているのか トランプという嵐 資本主義の先、見据えよ.pdf   

(3)「Brexit(ブレグジット)」<British(英国)+Exit(離脱)>も「9・11ショック(トランプ現象) 」も共に、背景は反グローバリズムのうねり⇒ご参照(元記事はこちら

(2)米大統領選(16.11 投開票)での「トランプ現象」(大方の予想を覆したトランプ氏の勝利)・「サンダース現象」(大方の想定以上のサンダース氏の大健闘/その背景.pdf)は、新自由主義グローバリズムの敗北を意味する(ご参照.pdf)。

  本家の米国でグローバリズムが敗北したのに、日本の政府与党はまだ、グローバリズムを進めるためのTPPを断念しようとしていません。その理由は、2013 年4 月の日米合意に盛り込まれた日米並行協議コトバンク解説記事)以降、TPP の署名も発効も待たずに、次々と進めてきたTPP関連の規制緩和措置や政策変更、そして今年夏の参議院選挙のためにTPP 関連の名目でばらまいたさまざまな補助金や公共事業工事への予算措置(その多くが不可逆的な状況にあるはず)などが一斉に根拠を失う危険性を回避するためです(ご参照.pdf)。ならば政府与党には、TPPを断念させることで、勝手にすでに米国と約束した規制緩和措置や政策変更も取り消しさせねばなりません。

(1)英国民がEU離脱を決断した背景は反グローバリズムのうねり⇒ご参照

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大川小学校の悲劇が問うているもの   

【1】資料

(1)大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~11年(H23)年3月11日の東日本大震災における大川小学校の惨事の真実に迫る報告記事>の抜粋

(2)大川小学校事故検証報告書(概要)<14(H26)年2月/大川小学校事故検証委員会>から

  教頭をリーダーとした組織的かつ積極的な情報収集と、活発な議論に基づく柔軟かつ迅速な意思決定がなされていれば、もっと早い時点で三次避難が開始されていた可能性があることは否定できない。

(3)教務主任(助かった教員)の手紙

(4)裁判

  ①訴状によると、11(H23)年3月11日の地震発生後、教職員らは児童たちを裏山などの高台に避難させず、防災行政無線で大津波警報が流れる校庭に待機させた。近くの川に異変がないか確認するなどの情報収集もしておらず、注意義務を果たせば児童は助かったと指摘。国家賠償法などに基づき、設置管理者の市と教職員の給与を負担する県に、児童1人当たり1億円の賠償を求めている。(裁判開始を伝える朝日新聞記事を基に記載) <判決内容は後述>

  ②裁判は損害賠償責任の有無を争う。責任が認められるには、結果を予見できたこと(予見可能性)を前提に、相手が結果を避ける義務を怠ったこと(結果回避義務違反)を立証する必要がある。突き詰めると、争点は「津波が到達して人命に危害を及ぼすと予想できたか」に絞られる(この記事より)。

  ③遺族を訴訟に追い込んだのは大川小学校事故検証委員会⇒ご参照1ご参照2

(5)石巻市立大川小学校(事故内容の記載あり)

【2】概要

(1)60大川小学校は、石巻市北上川右岸の釜谷地区にある(→右に地図<クリックで拡大>)。大川小の学区は北上川に沿ってかなり広い範囲にわたるため、多くの子どもたちがスクールバスで通っていた。北上川河口から約4㌔の川沿いにあって、震災当時の津波浸水予想図では、浸水しないことになっていて避難所に指定されており、大多数の教職員は津波の心配をしていなかった。しかし、東日本大震災で下校時に学校を襲った津波で、迎えに来た保護者と共に帰宅していた児童を除き校庭で待機していた78人の児童のうち、全校児童(108人)の7割に当たる74人、全教職員(13人)のうち学校にいて児童と共に校庭で待機していた11人(うち事務員1人/校長は不在)のうち10人、合計84人が死亡・行方不明となった。

(2)助かったのは、次の5名(教員1名、児童4名)

   教員・・・教務主任。学校の裏山の向こう側に服を濡らすことなく避難した。その避難ルートは、市教委によるこの教員の所在隠しにつき正確なことは今も不明。裏山に避難した住民はその姿を見ていないとの証言があることから、住民が裏山に避難してくるよりいち早く先に、津波襲来を察知して裏山を駆け上り、その途中、校舎・校庭が津波に襲われる状況を目撃したと思われる。

   児童1人・・・さほど濡れずに、助かった教員と共に学校の裏山の向こう側にいるところを助けられた。その教員と共に避難したようである。

   児童1人・・・一たんは津波に飲み込まれたが、学校の裏山に打ち上げられて助かった(当然びしょ濡れ)。

   児童2人・・・1人は、避難途中で津波がやって来るのを見て学校の裏山に駆け上がっている最中に津波の最上部に襲われて体半分土中に埋まった。そこに、一たんは津波に飲み込まれたが浮かぶ冷蔵庫に入って助かり流れ着いてきたもう1人の児童によって助けられた(2人とも、当然びしょ濡れ)。<助かった児童の証言.pdf

市教育委員会が生き残った教員や児童らから聞き取り調査した報告書の内容.pdf(この記事では、生き残った児童は、1・3・4年各1名、5年2名の計5名になっている。この記事の中には、迎えに来た保護者と共に帰宅して生き残った児童の証言も含まれる?)」>

(3)地震と津波で死亡した同県の小学生は127人で、4割以上が大川小の児童だった。

(4)震災当時、大川小学校校長は年休で不在。教育長は病気休暇中であり、教員出身ではない事務局長が教育長代理を務めていた。

(5)市教委では検証が行えないとして、文科省が主導した第三者の防災の専門家らでつくる検証委員会が13(H25)年の2月に設置され、14(H26)年の2月に報告書が作成されたが、その報告書は真実を明らかにしていないとして、14(H26).3.10に遺族は、真実を明らかにし市と県の責任を問うべく総額23億円の損害賠償を求めて訴訟。16(H28).10.26に仙台地裁は、学校側の過失を一部認め、14億2600万円あまりの損害賠償を命じた(仙台地裁判決要旨.pdf仙台地裁判決.pdf)。

(6)宮城県沖で二つの断層が連動した地震が発生した場合を想定した津波浸水予測によると、河口付近の高さ5~10メートルに対し、小学校周辺は1メートル未満。だが、今回の津波は2階建ての同校校舎の屋根(約7m~10m)まで乗り越え、裏山のふもとから約10メートルも駆け上がった。また児童らが避難しようとした北上川に架かる新北上大橋のたもとでも、電柱や街灯がなぎ倒されるなど津波の被害を受けた。

  津波への意識が比較的高い河口域と比べ、堤防と山に挟まれた独特の地形(学校からは、堤防に遮られて北上川は見えないし、海岸線も見えない。)が避難を遅らせ「ここまで来るとは誰も思わなかった」と同地区の住民は口をそろえる。同市河北総合支所によると、防災無線での避難呼びかけは一度きり。同支所によると、釜谷地区全体での死者・行方不明者は住民の約4割の189人。津波を見ようと堤防に行ってさらわれたり、自宅にとどまり犠牲になった人も多かったという。釜谷地区内にいたことが把握された住民等(在勤者、来訪者含む)232人のうち、181人が死亡した(死亡率78.0%)、との報道もあった(なお、以上の情報は未精査)。

【3】経緯

(1)11(H23)年3月11日午後2時46分、地震が発生した。

(2)ほどなく、全員が校庭に避難し、27人の児童は迎えに来た親と帰宅した(3人の児童は欠席していたと思われる)。

(3)津波が襲う前に大川小学校の教員が選ぶべき選択肢は次の5つであった(市の防災マニュアルは、津波対策を「高台に上る」とだけ記しており、具体的な避難場所の選択は各校に委ねられていた。)。

  ①学校裏山に避難。

  ②待機していた下校用バス(45~50人乗りだが、詰めれば全員乗車可能)に乗って自動車道で、学校の裏山の向こう側(助かった教員が避難したところ)に避難。

  ③学校(海抜1m)から西へ直線で約200mほどの新北上大橋のたもとの高台になっている交差点(通称三角地帯/校庭より6~7m高い/堤防とほぼ同じ高さ)に向かう(津波襲来前にここにいておれば、津波襲来をいち早く察知できて、近接の山斜面を駆け上ることで助かる確率が高かった。ここで津波が襲来してくるのと逆方向に津波襲来直前まで車を誘導していた4人の市職員は山斜面を駆け上ることで3人が助かっている)。

  ④避難するより安全と思われる学校での積極的待機(なお、大川小に屋上はない)。積極的待機とは、情報収集や判断力駆使をしっかりとやりながら、何かあればただちに次の行動に移る準備・体制を整えながら待機すること。

  ⑤消極的待機。これは、なすすべを明確に持てないで、とりあえず待機し、行き当たりばったりの行動(寒さ対策に校舎の中へ体操服等を取りにいったり、たき火をしようとしたり、とりあえず校舎2階が避難場所と使用できるか見にいったりなど)をとること。

(4)①は、山崩れや倒木の恐れありとして選ばず、②も不選択(その理由不明/運転手も死亡)。④すらとることなく、結局、消極的に⑤を選んだ状態となっているうちに、津波が襲ってくる気配を感じて、午後3時36分、③になった。

(5) 「空白の50分」(2時46分~3時36分)

  ①63これは、地震が起こってほどなくして全員が校庭に出て集合したが、その後、津波が学校に襲来する直前(1分程度前)まで、右図(→<クリックで拡大>)のような校庭で消極的待機したことをいう。

  ②子どもを引き取りに来た保護者やラジオが大津波警報を伝え、防災無線のサイレンが鳴り、広報車が高台への避難を呼びかけている中、子どもたちは、小雪が舞う極寒の寒空の下寒さと恐怖と不安で震えながら、先生方の言うことを聞いて、ひたすら指示を待ち続けた。

   児童遺族「もし、先生がいなかったら、児童は裏山に逃げて死ぬことはなかった。山への避難を訴えた児童がいた。裏山に逃げた児童もいたが校庭に連れ戻された。迎えに行った親の中には、先生に大津波警報が出ていることを伝えたり、『山に逃げて!』と強く言ったりした。」

(6)津波襲来7分前(3時30分)、市の広報車が「津波襲来」を告げながら学校前を通過⇒これにより教員は「津波襲来」を予見でき、津波襲来(3時37分)までの「7分間」で危険回避処置がとれたはず、ということが裁判の焦点の1つとなる⇒地裁判決では、この「7分間」のみの市と県の過失責任が認められたが、それ以外の市と県の過失責任は認められなかった。

(7)6661_262_2津波襲来(3時37分)直前(一分程度前)、教員・児童は校庭を出た。それは、避難行動というよりも「逃げ出す」というものだった。向かった先は、三角地帯。ここは、高さ10mの津波にのみ込まれないだけの高さはなく、しかも、津波が襲来して来る方向にある。<避難(逃げ出した)経路→右図<クリックで拡大>>

  (3)の選択肢の中で、なぜ③を選んだのか。①はすでに否定していたので意識の中になかった。②は最早選択不可能。すると、逃げ出す(=④を否定する)となれば、③しか思い浮かばなかったのであろう。

  避難行動というよりも「逃げ出す」というものだった、の根拠

    ①移動の先頭にいたのは、新人の女性教員だった(との証言がある)。避難行動であれば、ベテランの教員が先頭に立つはず。

    ②教務主任が校舎2階が避難場所にできるかを見に行って戻ってくる前に、移動は始まっていた。しかも、何人かの児童は置き去りにされていた、または移動の列から大幅に遅れていたようだ。このときに学校を通り過ぎた避難途中の住民は校庭にまだ何人かの人影を見たと証言している。列の最後尾についた教務主任は結局三角地帯には向かわず、児童1人を連れて裏山の向こうに避難したと思われる。

    ③移動途中で教頭が、後方に戻ってきて遅れてやってくる児童に走るよう叫ばざるを得ないほど列がかなり伸びていたと思われる。

    ④学校を出て右に曲がってすぐ県道に出る(こうしていれば、津波襲来をいち早く把握でき引き返して裏山に駆け上がることで被害を軽減させることができた)ことをせず、左に曲がってわざわざ遠回りの津波情報が把握できなく袋小路もある狭くて移動しにくい裏道を選ぶ、というよりつい進んでしまっていることは、避難を意識した行動ではなく、判断停止の無意識的な逃げ出した行動と思わざるを得ない。

(7)移動途中(3時37分)、学校の裏手から北上川沿 いの県道に出ようとしたところで津波が襲い、三角地帯ものまれた。

  津波は列を前方からのみ込んでいった。列の後方にいた教諭と数人の児童は向きを変えて来た道を引き返し、裏山を駆け上がろうとした。列にいた児童・教職員のうち3人の児童のみ助かった。

【4】最大の問題点

(1)「災害対応マニュアル」が不十分なものだった、など実に多くの問題点があるが、最大の問題点は、「空白の50分」がなぜ生じたのかである。

(2)(1)の最大原因

  「トンデモ市教委」/「トンデモ校長」ー教頭ー主任-一般教職員、という「トンデモ市教委」/「トンデモ校長」が管理するヒエラルキー(階級制)の下で、教職員の「個人的・集団的エンパワーメント」が枯渇していたことと思われる。

 <1>「個人的・集団的エンパワーメント」が枯渇していたといわざるを得ない根拠

  ①大川小学校事故検証報告書(概要)<14(H26)年2月/大川小学校事故検証委員会>に、「活発な議論に基づく柔軟かつ迅速な意思決定がなされていれば、もっと早い時点で三次避難が開始されていた可能性がある」との記述がある。

  ②大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~抜粋に次の記述がある。

    学校内部の組織体の問題はたまた、決められない人間関係のせいだったのか“極端な事なかれ主義”が蔓延し、影響した2年間で蔓延した極端な「事なかれ主義」が大きく影響教職員集団が子どもを守るために機能していたのかどういう学校経営をしていたのかを含めて考えていかないと、なぜ避難マニュアルがあれだけ杜撰だったのか、わからなくなる問題なのは、なぜ「教職員集団として意思決定できなかったのか」ということ教職員集団、組織のあり方は、無関係なんですか? それこそ大事なんじゃないですか?(現場に)自由に意見を言える雰囲気がなかったということですよね物を言いやすい環境を作っていなかったなぜ、まとまらない教員集団、意思決定できない組織になってしまったのか?

 <2>校長が「トンデモ校長」であったといわざるを得ない根拠は、大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~抜粋に次の記述があること。

    元校長(引用者:事故時の校長)は、(引用者:事故処理を放棄して)早期退職元校長(引用者:事故時の校長)学校を辞めてから、どんどん忘れちゃって…」とだけ言って、別室に入っていった/まだ見つかっていない子どもたちも少なくないのに、校長は何を言いだすんだ/校長が<友達は少なくなったが、笑顔がいっぱいの学校をつくろう>と子どもたちに呼びかけた/校長が一度も捜索に立ち会っていない/避難マニュアルについて説明会で保護者から質問されても、津波避難時のあるべき対応を、きちんと答えることすらできなかった。子どもたちの安全を、このような人物に任せていたのだ/震度6弱以上の地震が起きれば、たとえ勤務時間外であっても、市内の教職員は全員所定の位置に着かなければならない「第三配備体制」となる。にもかかわらず、校長が、学校の様子を見に行ったのは、発災から1週間も経ってからだった。/捜索に至っては、避難所から「いってらっしゃい」と遺族を送り出すだけで、一度も加わらなかった/前校長は、A教諭の自宅近くの路上で、2011年11月に面会していたことを、2012年10月28日の説明会で突然明らかにした。面会していた事実について、市教委も「全く知らなかった」と驚きを隠せない様子だった

  なお、元校長(引用者:事故時の校長) の次の校長も事故後の新教頭も同じような「トンデモ」管理職であった。そういわざるを得ない根拠は、大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~抜粋に次の記述があること。

    元校長の次の現校長にかかる記述⇒児童遺族「最も許せないのは、現場で悲惨な出来事に遭い、現場ですべてを目撃していた息子、哲也の証言を『子どもの記憶は変わるもの』と現大川小学校の校長が勝手に捻じ曲げたことです。」

    事故後の新教頭にかかる記述⇒震災から3ヵ月後の6月4日に行われた2回目の説明会の議事録には、一斉に部屋を出ていく市教委幹部や大川小幹部に向かって遺族たちが声を上げた、こんなやりとりが残されている。保護者数名「今後説明会はあるんですか? これで説明会は終わりですか?」大川小教頭「説明会は予定しておりません。これで終わりです」

 <3>市教委が「トンデモ市教委」であったといわざるを得ない根拠は、大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~抜粋に次の記述があること。

    新しい事実を知るたびに、教育委員会は何をやってたのかと、不安になってくる。絶望というか、そこに子どもを預けていたと思うだけで、ゾッとする/聞き取りメモは(指導主事によって)廃棄されている/市教委は少しでも逃げたようにとか、少しでも仕方なかったような話にもっていっている/この貴重なはずの小野寺さんの妹の証言は、2011年中に市教委が行った聞き取り調査の対象者から漏れ、調査報告書の記録に残されることはなかった。/「教育委員会が、(引用者:助かった)先生に話をしゃべらせないようにしてるんじゃねえかな。精神が不安定になったからって、普通なら教育委員会が調べるんじゃねえのか。教育委員会は、先生がどっから逃げたのかとか、わかってんでねえのかなあ。」この貴重な高橋さんの証言もまた、2011年に市教委が行った聞き取り調査のリストから漏れ、調査報告書の記録に残されることはなかった。/このことを、調査に参加した指導主事がどの程度把握しているかは定かではないが、残念ながら、発表の中でも一切触れられることはなかった。/東日本大震災が起きてから1年7ヵ月以上が経つ。遺族たちはこの間、市教委の事後対応にも苦しんできた。「二次被害だ」「市教委を検証してほしい」という声が、遺族のなかから上がっている。/(引用者:市教委の)聞き取り記録や事故報告は、遺族側から、調査の矛盾点の指摘を受けて、変遷を繰り返している。(中略)さらに、重要な資料を、長期間公表しなかったという問題もあった。/ずさんな調査を行ない、メモを廃棄したとされる当時の指導主事は、処分されることも、間違った公文書の修正文書を改めて作成することもなく、2012年4月、市内の小学校へ校長として“昇格”していった。/震災から約3ヵ月の11年6月4日、市教委は第2回保護者説明会を開催。市教委は開始早々に「説明会は1時間だけ」「今後は説明会を設けない」と告げ、時間になると学校側・市教委側全員が途中で退室するという形で打ち切った。(中略)同時期、説明会を再開するよう、遺族たちは市教委と水面下で必死の交渉を続けていたが、なかなか開催されなかった。典型的な問題点は、生存者や帰宅して助かった児童たちへの聞き取り調査のメモを「破棄した」と、調査を担当した当時の指導主事が言い続けていることだ。子どもたちと教職員84人の命が失われたという、未曾有の規模の事故なのに、音声録音をしないままの調査に加え、挙げ句の果てにメモを捨てるという行為は、公務員としてはあり得ない

(3)責任逃れというべき元校長の早期退職を承認した、校長の任命権者である県教委も「トンデモ校長」の任命責任をとっていない。市長も、2011年6月、「これが自然災害における宿命だということです」と亡くなった子供たちの保護者に発言した。⇒「トンデモ市長」/「トンデモ県教委」ー(任命)→「トンデモ校長」ー教頭ー主任-平教員(「トンデモ市教委」は校長の「トンデモ」さを増長させたと思われる)・・・かかる学校内ヒエラルキー(階級制)「信頼に基づく連帯」とは真逆の制度)の下にあってエンパワーメントを形成させることができていなかった平教員は、ついに74人の児童を救うことができなかったのである。

  大川小学校の惨事は、校長が出張で不在の中で起こった。教諭のエンパワーメントが枯渇して校長の指示がなければ動けないという、管理職と教員の階制制(学校内ヒエラルキー )が惨事を引き起こしたのである。 

  「信頼に基づく連帯」を破壊していた学校内ヒエラルキー(階級制)が84人の生命を破壊したのである。最も大切なものを破壊する制度がある限り、悲劇は繰り返される。大川小学校のような大悲劇だけではなく、「信頼に基づく連帯」が破壊されているが学校では、教員同士の連帯、教員と児童生徒の連帯、児童生徒同士の連帯が形成されず、いじめ、体罰、不登校、パワハラ等が起き、いじめ自殺、指導死、体罰死という悲劇が起こっている。

  大川小学校の悲劇から学ぶべき最も重大な教訓は、学校内ヒエラルキー(階級制)をなくし「信頼に基づく連帯」を回復しなければ、それにより最も大切なものが破壊されてしまう、ということである。  

(4)教職経験者も最大の問題点を指摘している⇒その1.jpgその2.jpg

【5】関連

(1)息子は大川小の担任だった 負い目の両親に遺族は

(2)写真多し(リンク)

(3)現場教員・教員経験者の意見・声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~

連載 : 大津波の惨事 大川小学校~揺らぐ真実~<11年(H23)年3月11日の東日本大震災における大川小学校の惨事の真実に迫る報告記事>の抜粋 (文中の〔 〕の部分は引用者が追記)   この連載記事等を参考にして記したのが大川小学校の惨事が問うているもの 

連載 第1回(12.6.25)

遺族記者会見(仙台市12.6.16)

①佐藤とも子さんの姿もあった。彼女は、こう涙ぐむ。

「皆から(犠牲者は)“自分の子どもだけじゃない”って言われ、悪いことをしてたのかなって葛藤しました。でも、子どものことを考えると…って思って、地区を出ました。新しい事実を知るたびに、教育委員会は何をやってたのかと、不安になってくる。絶望というか、そこに子どもを預けていたと思うだけで、ゾッとするんですよね」

②2小学5年の次女を亡くした紫桃さよみさんは、こう涙を流す。

「〔被災した児童・教職員は〕校庭で、黒い波に流されたんだという事実を初めて知りました。それまで15ヵ月間、“15時25分に〔校庭より〕三角地帯へ避難開始”“15時30分に避難開始”、そして4度目の説明会で“津波到達(15時37分頃)1分前に避難開始”と、何度も塗り替えられてきた事実が、「〔被災した児童は〕本当は校庭にいて、逃がしてもらえなかった。先生方は、どんな思いでここにいたんだろうかということを、資料を見て、一晩中考えました。あの子の気持ちを想像しました。その一瞬を、やっと手に入れたような気がしました。あの子たちが、死ぬほど脅えきっていた、その思いに比べたら、いま私たちがこの場にいるつらさなんて、塵の一粒でしかないと思います」

③佐藤さんは、こう続ける。

「3月15日の時点で、〔ただ一人助かった〕この男性教諭は“校庭に待機中、津波が来た”と、ほぼ事実を話されていると思います。三角地帯へ避難途中〔に児童・教職員が津波に襲われた〕とか、裏山に倒木があっ〔て裏山に避難できなかった〕たなどと記されていない。だとすれば、先生は、昨年4月9日の説明会で、突然、三角地帯へ避難途中とか裏山に倒木があったなどという話を言わなければいけなかった。どんなつらい思いで、私たちの前に出て話をしてくれたのかなと思っています」

連載 第4回(12.7.18)

重要な聞き取り調査のメモを廃棄していた加藤元指導主事は、今年4月から市立大原小学校長に“昇格”し、柏葉元校長は、早期退職していったという事実だけが、遺族たちの前に残された。

②柏葉元校長に、市教委の説明会〔12.7.8〕後の会見の後、歩きながら「〔重要な事実関係について〕本当に覚えていないんですか?」と話しかけると、「学校を辞めてから、どんどん忘れちゃって…」とだけ言って、別室に入っていった。

連載 第3回(12.7.9)

①震災から、まだ2週間あまりのある日、石巻市立大川小学校のPTA会長のもとに、柏葉照幸校長(当時)が登校式の相談をしてきたという話を、遺族の紫桃隆洋さんは聞いた。紫桃さんは5年生の次女、千聖(ちさと)さんを失いながら、地域の消防団として捜索にも参加していた。

 児童を間借り先の学校へ登校させるという日は〔児童74人がなくなってからまだ18日しか経ってない〕3月29日

 「まだ見つかっていない子どもたちも少なくないのに、校長は何を言いだすんだ」

 会長は校長をそんな風に叱りつけたということだった。

 学校の建つ釜谷地区は、小さな集落だが、石巻市内でも突出して遺体発見数が多かった。まさしく全滅となった地区で、津波襲来まで大川小に残っていた89人の児童・教職員のうち、助かったのはたった4人。その頃はまだ、行方の分からない家族や知り合いの手がかりを探す人たちで、校舎周辺はいつも騒然としていた。

 「まさか、登校式はやらないだろうと思っていたら、30日には、登校式の様子が報道されたっちゃ。そのなかで、校長が、<友達は少なくなったが、笑顔がいっぱいの学校をつくろう>と、子どもたちに呼びかけたとあった」

 校長が一度も捜索に立ち会っていないことなど、言いたいことはあったが、初めは、多くを疑ってはいなかった。皆が震災の混乱のただ中にいたから、子どもたちが学校で亡くなったことも、今すぐに、説明を要求しようとも思っていなかった。

 しかし、報道で知った校長の言葉に、初めて、強い違和感を覚えた。子どもを亡くした家族は、学校から突然置き去りにされた。

②震災からほぼひと月経った11年4月9日、こうした遺族からの求めに応じて、ようやく初めての説明会が開かれた。

 最後まで学校に残っていながら、教職員では唯一生き残った男性教諭が、遺族の前で当時の状況を説明した。男性教諭は、地震発生から翌日までの行動をひと通り説明した後、「本当に、毎日、学校で中庭で元気に遊んでいる子どもたちの夢とか、直前まで卒業式の用意をしていた先生たち、教頭先生はじめ、その夢を毎日見ます。本当にすみませんでした」と言って、机の上に突っ伏したような格好になった。そして、説明会が終了するまで、顔を伏せたままだった。

 現在に至るまで、この教諭は、震災により大きなショックを受けたとして長期の休職をしている。主治医からのストップにより、その後は誰も、男性教諭と直接連絡をとることができないままの状態が続いており、この日の説明会は、教諭が生の証言をした唯一の機会となっている。

③震災から2ヵ月後の5月には、20人あまりの子どもたちからの聞き取りも、市教委によって行われた。

 和隆さんは、この子どもたちの調書についての不審点も挙げる。

 「文面を省いている。津波が来る前に学校を離れて助かった児童に、雄樹の最期を知りたい、分かる範囲のことを教えくれって、その子の母親の立ち会いの下で、色々と話してもらった。雄樹くんたちは、先生に向かって、何で山に逃げないの、ここにいたら地割れして地面の底に落ちていくと、訴えていたって。子どもらしい発想でしょ。その子は、聞き取りの時にもその話をしたと言っていたが、調書には書かれていないんだ。他にもしゃべったことが書かれていないという子がいる。だけど、聞き取りメモは(指導主事によって)廃棄されているから、言ったという証拠がない

④この校長の証言や覚え書きは、遺族や市議等の調査により、矛盾がいくつも指摘されている。

 例えば、所用先からの「神業的な」移動速度、被災当日に車で行ったと証言したはずの場所が実際は1メートル50センチほど水没していたこと、〔校長が〕市役所の総合支所で見かけたという市議はその日その場にはいなかったこと、などだ。

「校長は、嘘をつくのがものすごく下手な人。これまでの説明会を聞いていても、場当たり的にうそをついている」 遺族は、そうあきれる。

 市教委の対応が、震災後の人災だという遺族もいる。

〔校庭にいて被災した児童・教職員は〕ほとんど逃げてないのはね、明らか。どう考えてみても判断ミスです。もう十分、責められるべき部分だと思いますね。それを、〔市教委は〕少しでも逃げたようにとか、少しでも仕方なかったような話にもっていっている

⑤今年5月に私たちの請求で初めて情報開示された資料、2011年3月16日朝の校長の最初の聞き取り記録がある。そこには、「引き渡し中に津波」「屋根をこえて津波」という記述が見つかった。

 この文書に記載されている記述について、市教委は、当時、校長が総合支所で、側聞した情報、つまり、噂だと説明した。

 しかし、遺族は、これらの記述だけでも、児童たちが、ほとんど逃げていないこと、目撃者の言葉であること、学校関係者の目線であることが推測できる、と話す。

 まず、「引き渡し」は、学校関係者か保護者にしかなじみのない言葉で、その光景を、当事者以外の一般の人が説明するには、使わない表現ではないか、という。

 次に、「屋根をこえて」という部分は、津波が襲来したときに、校庭より安全な場所、すなわち山によじ登っていた人にしか語れない表現だという。確かに、校舎を超えて津波が押し寄せて来た時点で、校庭にいて目撃した人は、助かることができない。

 つまり、「屋根をこえて」だけでなく「引き渡し」の意味を含めた情報を知っていたのは、学校関係者であり、津波に襲われた時に山に逃れ、九死に一生を得た誰かということになる。校長が、支所や避難所で側聞した情報の出所も、この人物〔、つまり、ただ1人助かった教員〕の他にないのだ。

 校長の証言によると、3月15日には、助かった男性教諭から、学校の被災状況を知らせるメールが届いている。説明会では「波をかぶって」と証言していた教諭だが、少なくとも携帯電話は濡れずに使えていたということだ。

 校長の携帯に届いたとされるこのメールを、実際に確かめた人は市教委にもいないため、実際の文面はわからないが、「引き渡し中に津波」「屋根をこえて津波」といった情報は、当時の状況を考えると、この教諭からの情報で間違いないのでは、と遺族は推測する。

 そして、津波襲来時は、この男性教諭が、いち早く山の上に逃げていて、一部始終を目撃していたのではないか。それを15日に、校長にメールで伝え、16日に聞き取り記録に書き取られたのではないか、というのだ。

連載 第4回(12.7.18)

①重要な聞き取り調査のメモを廃棄していた加藤元指導主事は、今年4月から市立大原小学校長に“昇格”し、柏葉元校長は、早期退職していったという事実だけが、遺族たちの前に残された。

②柏葉元校長に、市教委の説明会〔12.7.8〕後の会見の後、歩きながら「(引用者:重要な事実関係について)本当に覚えていないんですか?」と話しかけると、「学校を辞めてから、どんどん忘れちゃって…」とだけ言って、別室に入っていった。

連載 第6回(12.8.2)

①同市教委が今年1月22日付で作成した「大川小学校震災時の対応についての考察」( 災害対応マニュアルについて/危機意識について /安全への思い込みについて)

 遺族側は、この3点の考察について「大川小だけが“失敗した”原因にはならないし、学校内部の組織体の問題に一切触れていない」(紫桃隆洋さん)として、今も受け入れていない。

②当時の大川小校長は、避難マニュアルについて説明会で保護者から質問されても、津波避難時のあるべき対応を、きちんと答えることすらできなかった。校長職の人事は、宮城県教委によって行われているが、子どもたちの安全を、このような人物に任せていたのだ。

連載 第10回(12.9.12)

①小野寺さんの実家から学校までは、車でだいたい3分前後。したがって、間一髪、生還した小野寺さんの妹が、学校の校庭で走り回る子どもたちの姿を目撃したのは、15時35分前くらいということになる。

 この貴重なはずの小野寺さんの妹の証言は、2011年中に市教委が行った聞き取り調査の対象者から漏れ、調査報告書の記録に残されることはなかった

②翌朝、林道を下りていくと、〔学校の裏山の向こうの〕入釜谷地区の入釜谷生活センターで、A先生〔ただ1人助かった教員のこと〕に出会った。

 「えー?学校の先生、助かってのか?おかしいっちゃ!」

 校舎は屋根まで津波をかぶっていて、C君たちがケガまでしながら、何とか這い上がってきた状況を目の当たりにしてきた高橋さんには、A先生がそれまでの間、どこにいたのか、疑問に思った。

 「服などを濡らさないで、その日の明るいうちに〔学校の裏〕山の向こうの〔入釜谷生活センター近くの〕自動車整備工場に着くには、津波が来るのわかってて、すぐに逃げて林道へ出ないと着かない。(釜谷交流会館付近で)山に打ち上げられて、ここを登っていたら、俺らと会うって。教育委員会が、先生に話をしゃべらせないようにしてるんじゃねえかな。精神が不安定になったからって、普通なら教育委員会が調べるんじゃねえのか。教育委員会は、先生がどっから逃げたのかとか、わかってんでねえのかなあ」

 この貴重な高橋さんの証言もまた、2011年に市教委が行った聞き取り調査のリストから漏れ、調査報告書の記録に残されることはなかった

連載 第11回(12.9.20)

①子どもたちが目指した最終地点、「三角地帯」に行くには、県道に出る必要がある。学校は県道沿いに建つのに、なぜ個人宅の軒下を通るような、複雑で不可解な道筋をたどったのか。しかも、その手前の幅2メートルの私道部分は、袋小路にもなっている最悪の場所だ。

 このルートの選択については、51分間もの間校庭に居続けた理由と並び、この事故に関する大きな謎のひとつとなっている。

②今回の調査では、生存児童の公文書には記載がなかった証言が、保護者を通じて得られた。書道教室と倉庫の間を走っていき、県道に出るところで津波を見た時、児童の列の先頭付近には、新人の女性教諭がいたという。

 このことを、調査に参加した指導主事がどの程度把握しているかは定かではないが、残念ながら、発表の中でも一切触れられることはなかった

連載 第15回(12.10.30)

①あの日、地震が発生した午後2時46分から、学校の時計が午後3時37分で止まるまでの51分間、学校で何があったのか。

 子どもたちが、高台への避難もせずに校庭に居続けた“空白の51分間”の出来事は、「真実を知りたい」と訴え続ける遺族たちがもっとも知りたがっている部分だ。

②2011年3月11日。この日は、朝から穏やかに晴れていた。午後になると雲が出てきて、次第にどんよりとした空に変わった。午後2時を過ぎた頃から、急速に冷え込んできた

 午後2時46分、大川小では帰りの会が終わり、「さようなら」を言っている途中に、地震は起きた。子どもたちは、机の下に潜り、揺れがおさまるのを待った。教頭がハンドマイクで「机の下に避難」と繰り返していた。揺れはそのまま2分ほど続いた。

 学校前の県道には、海岸方面の長面地区に向かって、スクールバスが待機していた。大川小の学区は北上川に沿ってかなり広い範囲にわたるため、多くの子どもたちがスクールバスで通っていた。

 この日、大川小の柏葉照幸校長(当時)は、年休を取り、学校には不在だった。

 教務主任のA教諭(教職員として唯一の生存者)は、廊下から「校庭へ避難しろ」と叫んでいた。

 子どもたちは早足で、校庭へ出た。上履きを靴に履き替えたり、自分の判断でジャンパーを着用したりした子どももいた。外では、小雪が舞い始めていた

 A教諭は、校庭に出ると「山だ! 山だ! 山に逃げろ」と叫んだ。それを聞いて、山にダーッと登っていった子がいたが、教諭の誰かから「戻れ!」と怒られ、連れ戻された

 5、6年生の男子たちが、「山さ上がろう」と先生に訴えていた。当時6年生の佐藤雄樹君と今野大輔君は「いつも、俺たち、(裏山へ)上がってっから」「地割れが起きる」「俺たち、ここにいたら死ぬべや」「先生なのに、なんでわからないんだ」と、くってかかっていたという。

 2人も一旦校庭から裏山に駆けだしたが、戻れと言われて、校庭に引き返している。

 防災無線では、「海岸線や河川には近づかないでください」と呼びかけていた。教頭の持っていたラジオでは、6メートルの大津波警報を伝えていた

 担任教諭たちが校庭で点呼をとり、教頭へ報告。遅くとも午後3時前には完了していたと思われる。

 数分ごとに、たびたび余震が起きていた

 校庭では、女の子たちが泣いていた。「地震酔い」なのか、吐いている子もいた

 子どもを迎えに来た保護者は、20家族ほど。名簿に名前を書いて帰宅していった。大津波警報が出ていることを報告していた母親もいた

 保護者たちは、教諭から「学校のほうが安全」「帰らないように」「逃げないほうがいい」などと言われていた。

 また、地域の人たちが校庭の入り口に集まってきた。布団やブルーシートを持ってきていた人もいた。

 午後3時14分。大津波警報が10メートルに引き上げられる。直後の午後3時15分、余震発生。防災無線を担当した市河北総合支所の職員によると、この頃に初めて大津波警報が出ていることを認識して呼びかけ始めたという。だが、高台への避難の呼びかけは特にしなかった。

 一方、同支所の3台の広報車は、大津波警報と、高台への避難を呼びかけながら、県道を海岸の長面方面に向かった。午後3時20分頃、広報車の1台の職員が大川小に立ち寄り、〔学校より北上川の河口よりの地区である〕長面の人たちを体育館に避難させられるかを確認して、「〔天井の照明灯が落下する恐れがあり〕危険」との説明を受けている。同時刻に、津波の第一波が、牡鹿半島の先端の鮎川に到達。

 校庭では、たき火の準備も始まっていた。

 午後3時25分過ぎ、北上川河口の防潮林(松原)を越えてきた津波を目撃した広報車が〔大川小のある方向に〕引き返す。後続の広報車もUターンして、「高台に避難してください」「松原を津波が通過しました。避難してください」と呼びかけながら、県道を戻っていった。広報車が大川小前を行きと帰りで通過する際、スピーカーの呼びかけを聞いた児童もいる

 教諭たちの間では、裏山に逃げるべきか、校庭にとどまるべきかで議論をしていた。市教委の報告書には、<教頭は「山に上がらせてくれ」と言ったが、釜谷(地区の)区長さんは「ここまで来るはずがないから、三角地帯に行こう」と言って、けんかみたいにもめていた>と記されている。

 教頭と教務主任という、学校現場の両責任者が、山に逃げようと主張していたにもかかわらず、なぜ行動に移せなかったのか。この点が、いまだに明らかにされずにいる

 学校の裏山は、ソリ滑りが出来るほど傾斜の緩やかな場所があり、校庭から40秒から50秒でたどり着く。子どもたちにとって、シイタケ栽培の学習でなじみのある場所でもあった

 子どもたちの列は崩れて丸くなり、「大丈夫だぞ」「こんなところで死んでたまるか」などと励まし合っていた。

 この間、A教諭は、校舎の2階に避難が可能かどうか確認しに行っている

 午後3時29分、迎えに来た母親の1人(死亡)が、「子どもと学校にいます。」というメールを夫に宛てて送った。

 町の側溝からは水が噴き出し、堤防からは水があふれ始めた。児童の1人が、学校の前の住民の「津波が来たぞ!」と言った声を聞いた

 午後3時35分過ぎ、教頭先生が「三角地帯(釜谷地区の入り口にある北上川の堤防)へ逃げるから、走らず、列を作っていきましょう」と呼びかけ、子どもたちの移動が始まった。

 なぜ、それまでの裏山〔に避難〕か校庭〔で待機する方が安全〕かの議論にはなかった三角地帯を目指すことになったのか。これも、まだ明らかにされていない。

 津波に襲われる1分ほど前(午後3時35~36分頃か)、子どもたちは校庭のフェンスのすき間から出て、学校脇の道路を左に折れた。三角地帯に向かうには、右に折れて県道に出るのがもっとも単純で短いルートなのに、なぜか、逆の方向に向かった

 校舎から戻ってきたA教諭は、逃げ始めていた子どもたちの後ろについたことを証言している。その頃、学校前を通った釜谷の住民の高橋和夫さんは、大人か子どもかははっきりしないものの、十数人が校庭に残っていたことを覚えている。

 学校脇に建つ釜谷交流会館の前で、学校前の様子を見に行っていた教頭先生が、「もう津波が来ているから、急いで!」と大声をあげて戻ってきた。子どもたちはあわてて、釜谷交流会館裏の駐車場から民家の裏の路地を走った。そこから小さな畑や排水溝のある比較的幅のある通路を右に曲がり、民家の間を抜けて県道を目指した

 県道に出ようとしたところで、しぶきが上がって、黒い津波が堤防を越えてきたのが見えた。前方を走っていた児童たちがあわてて引き返してきて、後方の児童たちは立ち往生していた。

 生存児童の1人、只野哲也君(当時5年生)は、一緒に逃げていた柔道仲間の今野大輔君が倒れるのを見て、ジャンパーの襟を引っ張っていこうとした。しかし、大輔君は動けなかった。

 哲也君は、夢中で山をよじ登ったが、後ろから津波の強い衝撃を受けて気を失った。同じように津波にのまれて、流れてきた冷蔵庫に入って助かった同級生が、体が半分ほど土に埋もれていた哲也君を助け出した。

 雪が本格的に降ってきた。

 結局、山に走って逃げたA教諭と3年生の男児、津波にのまれながら山に打ち上げられて地域住民に救助された1年生の女児の計5人が、津波からの生存者となった。

 空白の51分間を詳細に再現するには、証言や情報が限られているために部分的であるが、本当に追求しなければならない部分が、そのまま残されているのが分かる。

 大川小の教職員は、危険情報も得ていて、逃げる場所もすぐそこにあり、高台へ避難する時間も十分ありながら、なぜ校庭にとどまり続けたのか。その直接的な部分は追求できないないというより、各証言からはそっくり抜け落ち、未だに語る材料がそろえられていない

さまざまな防災の計画が、平成21年度に柏葉照幸校長が同校に就任してからは立ち消えになってしまっていた

③当日、校庭に50分間、待機し続けたのは、誰かからの具体的な指示や命令によるものだったのか、現場での誤った決断のためなのか、はたまた、決められない人間関係のせいだったのか については、市教委側からは、見解が全く示されていない。

 一方、遺族側は、2012年10月28日に7回目の保護者説明会で、独自の調査による避難に関する検証を示し、“極端な事なかれ主義”が蔓延し、影響したと考察した。

<何事もない日々であればさほど問題ではありませんが、今回のような事態では大問題です。あの日、「責任とれるのか」といういつもの判断基準が、(教諭たちの間で)どうしても頭から離れなかったのです。あの日の判断の遅れには、2年間で蔓延した極端な「事なかれ主義」が大きく影響しています

④東日本大震災が起きてから1年7ヵ月以上が経つ。遺族たちはこの間、市教委の事後対応にも苦しんできた。「二次被害だ」「市教委を検証してほしい」という声が、遺族のなかから上がっている

 典型的な問題点は、生存者や帰宅して助かった児童たちへの聞き取り調査のメモを「破棄した」と、調査を担当した当時の指導主事が言い続けていることだ。

 子どもたちと教職員84人の命が失われたという、未曾有の規模の事故なのに、音声録音をしないままの調査に加え、挙げ句の果てにメモを捨てるという行為は、公務員としてはあり得ない

 事実関係を明らかにするという作業が、誠実に、緻密に行われたとは、決して言えないのだ。

 実際に、聞き取り記録や事故報告は、遺族側から、調査の矛盾点の指摘を受けて、変遷を繰り返している

 市教委は、震災から1年以上にわたって、校庭から子どもたちが「避難をした」と説明していた。

 2011年6月4日の説明会では、“避難”開始時刻は、「午後3時25分頃」。それが、2012年1月22日説明会では「午後3時30分頃~」に変わり、1年後の2012年3月18日には「午後3時35分過ぎ」となった

 遺族の追及によって、実際には避難と言えるような実態ではなく、津波に襲われる1分ほど前に「逃げ始めた」といったほうが正しかったことが分かったのだ。

 校庭から避難をしなかった理由については、裏山に倒木があったためとしていたが、それも「倒木があったと思われる」と、市教委は途中で説明を変えた

 また、児童が教諭に向かって「山に逃げよう」と言っていたという児童たちの証言が、調書にはひとつもないのに、説明会での指導主事からの説明の中には出てくるという不審な点もある。

 さらに、重要な資料を、長期間公表しなかったという問題もあった。

 唯一生存したA教諭が保護者宛にメッセージを綴ったファックスを、市教委が公開したのは受け取ってから7ヵ月以上も経ってからだった。また、震災から5日後という直後の時期に、当時の柏葉校長から聞き取った被災状況の調書が存在することが、私たちの情報公開請求で分かったのは、震災から1年2ヵ月が過ぎた2012年5月18日だった

ずさんな調査を行ない、メモを廃棄したとされる当時の指導主事は、処分されることも、間違った公文書の修正文書を改めて作成することもなく、2012年4月、市内の小学校へ校長として“昇格”していった。

⑥また、当時の学校経営の最高責任者である大川小の柏葉照幸元校長も、何の処分も受けないままに平成23年度末で早期退職したという事実も残された。

 発災当時、年休を取っていて学校に不在だった柏葉校長については、安全管理を怠ってきた点など、事前の問題点も多いが、事後対応も不可解だ。

 震度6弱以上の地震が起きれば、たとえ勤務時間外であっても、市内の教職員は全員所定の位置に着かなければならない「第三配備体制」となる。にもかかわらず、柏葉校長が、学校の様子を見に行ったのは、発災から1週間も経ってからだった

 捜索に至っては、避難所から「いってらっしゃい」と遺族を送り出すだけで、一度も加わらなかったという。

⑦津波から生還したA教諭は、2011年4月9日に行われた第1回保護者説明会で、被災の様子を説明した。その証言や、事前に行われた聞き取り調査(2011年3月25日実施)に矛盾点がいくつか見つかっていることから、遺族たちはA教諭に尋ねたいことがたくさんあるという。

 だがA教諭は、その第1回説明会以来、一度も保護者の前に現れていないし、そのことについて、市教委は説明にならない説明を繰り返している。

 休職中のA教諭は、市教委の説明によると、入院はしていないそうだが、指導主事ですら、面会を主治医に止められているという。遺族からの質問書も、主治医が手渡さなかったという。

 ところが、柏葉前校長は、A教諭の自宅近くの路上で、2011年11月に面会していたことを、2012年10月28日の説明会で突然明らかにした。面会していた事実について、市教委も「全く知らなかった」と驚きを隠せない様子だった

 これまで市教委は、ドクターストップで、誰も会えないと説明してきた。それなのに主治医が遺族の前に出てきて説明をしたこともなく、市教委はなぜこの主治医に抗議をしないのかも不思議だ。

連載 第17回(12.12.18)

①遺族の23家族30人が参加した文科省、県教委、市教委、遺族の4者による、〔市教委がしっかりと検証しないので、遺族の要望で文科省が設置することになった〕検証委員会の設置について話し合う円卓会議(12.11.25)は、メディアには非公開で行われた。西日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃、合計3時間半に及んだ会議を終えて、遺族たちが部屋から続々と出てきた。

 顔なじみの記者たちの顔を見たとたん、「もうだめだ。事後対応やらないんだもん」といって泣き出す母親や、「異論が言えない雰囲気だった……」「よくわかんねぇ人物が何人もいる」と、呆然とした表情で話す父親たちもいた。皆、表情はこわばり、動揺していた。

「こんなもんでしょ」と、冷静に話す遺族もいたが、文科省の提案を好意的に受け止めた遺族には、出会わなかった。

 真相究明を求めてきたある遺族に、納得したどうか質問すると、

「俺たちの意見を、異論や批判だと思ってくれていない。文科省は、一方的な考えを言っているだけで、なんかもう決まっているような話し方。作業メンバーは、特に信用できる人が1人もいない

 と、不信感をあらわにした。

②検証委員会の事務局として、随意契約での委託先候補になった、株式会社社会安全研究所幹部との関係。

 実は、同社の所長の首藤由紀氏は、首藤委員候補の実の娘だという。

③さらに私たちの調べによると、11人の検証委員のうち数名が、今年度のあるプロジェクトで、共同研究者に名を連ねている。つまり、まさにいま、研究費を共有しあう間柄なのである。

専門家の、血縁や金銭的なつながりは、委員会の客観性や信頼性を根底から損なう。大川小の津波被災事故の検証委員会は、専門家の人選や事務局の選定といった、骨格を作る段階で、すでに偏ったものになってしまった

④これまで真相究明を求めて活動してきた遺族たちは、こう反発する。

 「学校の立地の経緯や伝承が、初めて見た仕様書の中で、いつのまにか検証対象に含められていた。それなのに、〔市教委や校長の〕事後対応は含めないという。検証範囲が矮小化されてしまっていて、もう、何を検証するんだかわかんないね。最初から文科省の人が欲しい答えがあって、それに対応する人材をあてている。やっても意味のない検証をやろうとしているんじゃないかと思ってしまう」(小学校5年生の次女を亡くした紫桃隆洋さん)

 「中立、公正と言っていながら、身内に都合の悪い検証をさせまいとする集まりが、この大川小学校の検証をする事になった。文科省までもが遺族の求めている検証をするつもりがない」(小学3年生の長女を亡くした只野英昭さん)

連載 第21回(13.3.13)

 震災から約3ヵ月の11年6月4日、市教委は第2回保護者説明会を開催。市教委は開始早々に「説明会は1時間だけ」「今後は説明会を設けない」と告げ、時間になると学校側・市教委側全員が途中で退室するという形で打ち切った

 同6月下旬、10年12月から長期不在が続いていた市教育長のポストに、ようやく境直彦氏が就任し、教育長として遺族の家を戸別訪問することを表明する。しかし、現在でも教育長の訪問を受けていない遺族がいる

 市教委は、同年8月~11月にかけて、同小の保護者や当時の様子を知る近隣住民などにも、追加で聞き取り調査を行った。

 同時期、説明会を再開するよう、遺族たちは市教委と水面下で必死の交渉を続けていたが、なかなか開催されなかった 

 不信感が募っていた遺族たちは、情報公開制度を活用して公文書を読み込み始める。そこから、児童への聞き取り調査や、校長が作成した事故報告書などのなかに、事実と違う点をいくつも見つけていった

②12年3月18日に第4回保護者説明会。ここで市教委は初めて、子どもたちが逃げ始めた時間を、津波が襲来した1分前の15時36分頃だったと認めた。

③同3月末、責任を持って対応に当たっていくと表明していた柏葉照幸校長が、突然退職。また、遺族側からの人事凍結依頼に反して、県教育委員会は定例人事を発令し、大川小の事故調査等を担当してきた指導主事は市内の小学校に異動となった。代わって新たな担当となったのは、経緯を知らない着任したばかりの指導主事だった。

連載 第22回(13.5.2)

第2回大川小学校事故検証委員会〔13.3.21/宮城県石巻合同庁舎の大会議室〕

①続いて陳述したのは、当時小学3年生の娘・未㮈(みな)さんを亡くした只野英昭さん(42歳)。同じく学校にいた当時5年生の息子・哲也君は生還している。

 「石巻市の教育委員会は、生き残った子どもたちに聴き取りを行いましたが、実に乱暴で、私の承諾も得ずに息子の聴き取りを行いました。息子が話したこと、聞かれたこと、問題になっている子どもたちが山に逃げようと先生に訴えた言葉ですら、なかったことにされた。息子は指導主事の先生に、確かに、『6年生の男の子が山に逃げようって言っていたようだけど、それって本当?』という質問に、息子は『はい!』と答えたはずだと言っているのに…」

③東北福祉大学総合福祉学部社会教育学科教授の数見(かずみ)隆生委員が「確かに立地の問題にするのではなく、学校の中で教職員集団が子どもを守るために機能していたのかが大事な視点」との見解を示すと、佐藤敏郎さんは、「どういう学校経営をしていたのかを含めて考えていかないと、なぜ避難マニュアルがあれだけ杜撰だったのか、わからなくなる」と同意した。

市教委の聴き取り記録に残された、生存者の証言の食い違い、矛盾、隠ぺい、捏造…。震災直後の2011年4月9日に行われた市教委の最初の保護者向け説明会のときから、こうした数々の疑惑に対し、問題の本質や責任の所在はうやむやにされてきた。同年6月の2回目の説明会では、1時間ほどで話し合いが一方的に打ち切られるなど、事実の解明はいまに至るまで先送りされ続けた。

 そして、石巻市の行政も、遺族たちから寄せられる疑問の声に真剣に向き合おうとせず、事実の解明に向けて指導力を発揮することはなかった

 結局、国が乗り出して、このような検証委員会を設置せざるを得なかったところに、教育委員会という組織の抱える深い闇がある。

◎連載 第23回(13.7.5)

 当然ながら、遺族たちは会合で、委員たちの資料を読み込んだうえで専門知識を生かした、真剣な議論を傍聴できるものと期待していた。ところが、実際の2回目の会合で委員たちは、何をどう調べるかを話し合っただけだった。

そんな議論以前の状態にあるにもかかわらず、今月7日に開かれる次の会合が、もう中間報告となってしまうことに、遺族たちが戸惑うのも無理はない。

連載 第24回(13.7.12)

 「市教委の対応が2次被害なら、検証委が3次被害になりそう。だから期待しない」

 遺族の中には、そう話す母親もいる。

連載 第26回(13.9.19)

 震災から3ヵ月後の6月4日に行われた2回目の説明会の議事録には、一斉に部屋を出ていく市教委幹部や大川小幹部に向かって遺族たちが声を上げた、こんなやりとりが残されている。保護者数名 「今後説明会はあるんですか? これで説明会は終わりですか?」
大川小教頭 「説明会は予定しておりません。これで終わりです」

呆気にとられる遺族たちを市教委が置き去りにした第2回の説明会での出来事を、遺族の中には「スタコラサッサ事件」と呼ぶ人もいる。この「事件」は、多くの遺族を精神的にさらに追い詰め、市教委に対する不信感を決定的なものにした。

連載 第27回(13.10.1)

①「検証委員会を傍聴しても、一切51分間の様子を議論していない。いつ話してくれるんだ?少しでもいいから、あの子たちの様子をもっともっと知りたい。本当に、(津波に)流されるまで、様子を知りたい。それなのに、なかなか(検証委が)核心に触れてくれない」

 9月30日の午前、遺族のうち6人の父親が文部科学省を訪れ、義家弘介政務官に意見書の入った封書を手渡した。

<なぜ校庭に居続けたのか、遺族が知りたいのはそれだけである。51分間の真実を明らかにして欲しい>

 下村文科大臣宛の意見書の見出しには、太字でしっかり、そう綴られている

②検証委の会合は公開だが、実際にはほとんどの議論が非公開のメールや別会合で行われている。核心に迫る内容は途中の段階では全く共有されず、調査の進捗も知らされない。

当連載第25回で紹介したとおり、大橋調査委員は遺族から数々の指摘を受けた。大橋委員は追加調査で、事実上の訂正を行っている。しかし、表向き「訂正」として説明されることはないままだ。

 そもそも〔津波の振る舞いについて調査し、検証委で報告した〕大橋調査委員は、心理学者である。津波の振る舞いについて調査・報告をするには見識を疑わなければいけないし、津波工学が専門の首藤伸夫委員(東北大名誉教授)がいるにもかかわらず、全く違う分野の人物が誤った解釈を平然と公表するような状態では、委員会運営に批判が向くのは当然だろう。

連載 第30回(13.12.4)

11月30日に行われた第7回検証委会合

①この会合で明らかにされた中で特に注目されたのは、現場にいて児童4人とともに生き残った、現在休職中のA教諭の供述だ。

 検証委は、これまでA教諭に対して複数回、計約5時間にわたる聞き取りを行ったことを認めた。

 検証委によれば、聞き取りにあたって、A教諭は自身で書いた手記を提出。主治医の立会いの下、1回につき最長3時間弱の聴き取りを行ったという。

 津波が来る直前、A教諭は、校舎内の2階に避難できる場所の目安を考えて、渡り廊下から体育館に移動。体育館入口から校庭に出た。

 その際、児童の移動はすでに始まっていて、先頭は学校の向かいにある釜谷交流会館の駐車場付近、最後尾が校庭のタイヤの遊具付近にいて、移動している児童以外は、校庭に人影はなかったとしている。

 A教諭は、避難する列を小走りで追い、付近にいた成人(特定できない)に「どこへ向かうのか?」と聞いたところ、「三角地帯へ移動することにした」という。

 列の最後尾付近にいたA教諭は、釜谷交流会館の駐車場から出た辺りか、その少し先辺りにいた。少し前まで走って先に進んでいた児童らに大声で「こっちだ、こっちた!山だ!山だ!」と声をかけ、これに気づいた数人の児童が山へ走り出したのを見て、A教諭も叫びながら山へ駆け上がったとしている。

 2011年4月9日、石巻市教委の第1回保護者説明会で、A教諭は「山の斜面についたときに杉の木が2本倒れてきてはさまる形になり、波をかぶった」などと証言しているが、このときの報告とは食い違っている

 その後の遺族との意見交換会の中でも、遺族から「A教諭の上着のポケットに入れていた携帯電話が(津波にのまれて)ぬれたら、(震災4日後の)3月15日に当時の校長へメールを送ることはできない。A教諭の証言は矛盾していて、科学的に解明することは難しくないと思う」などと疑問が出された。

 これに対し、検証委員会は「A教諭が津波にぬれたかどうかについては、まだわからない」としている。

 また、遺族たちが石巻市教委側から何度も受けてきた「地震直後、裏山の木がバキバキと倒れるような音がした」という説明についても、検証委は「正確ではなかった」と認定した。

 石巻市教委は、2年8ヵ月にわたってA教諭に面会できない事態が続いていることについて、今年11月23日の保護者説明会でも、主治医に確認しているものの「まだA教諭に会えるような状況ではない」との説明を受けているとしてきた。

 しかし、検証委は、「ある委員の個人的人脈と様々な働きかけにより、A教諭に会って聞き取りすることができた」という

 では、直属の上司である市教委が、なぜ本人に会うことができないのか。担当者にどのような努力をしてきたのか聞いてみると、こう説明した。

 「検証委員会がA教諭にお会いしたという話は、一昨日(の検証委会合で)、初めて聞いた。これまで我々も努力してきたが、お会いできるような状況ではないという理由で断られ続けてきた。今後、一昨日の検証委員会を踏まえ、主治医に会えるかどうかを改めて確認したい」

連載 第32回(13.12.25)

第8回検証委会合(13.12.15)

問題なのは、なぜ「教職員集団として意思決定できなかったのか」ということだろう。そもそも、事実情報の見出し上ではいつのまにか「3次避難」したことになっているが、「組織的な避難ではなく、事実上、津波に追われての移動だ」と主張する遺族との間で「避難」なのか「移動」なのかの議論が、まだ決着したわけではない。実際、校庭からの移動の際、<児童を引き取りに来る保護者への対応のため、教職員1名を校庭に残したとの証言がある>としており、「校庭での引き渡しが継続中だったのではないか」との見方もある。

 さらに、児童の避難先や避難経路の選択についても<少なくとも地域住民との相談の上で決定されたものと推定される>と分析する。しかし、どのような地域住民と相談したのか、当時の教職員同士のやりとりや判断の状況については、一切触れられていない。しかも、遺族からは「地域住民が、釜谷交流会館裏の袋小路を避難経路に選択することは不自然で、あり得ない」と疑問の声が上がる。。

連載 第35回(14.1.29)

 19日の第9回検証委会合で公表された「最終報告案」を踏まえた遺族向けの報告会(石巻市内/14.2.9)

 「避難が遅れたことも、あのルートをたどった問題も、2年前からわかっていたこと。遺族が専門家に求めているのは、なぜ避難が遅れ、なぜあのルートをたどることになったのかを検証すること」

 この日の報告会でも、こうした意見を、複数の遺族が様々な表現で訴えた。

連載 第36回(14.2.14)

事故検証委員会の児童遺族への最終報告書案に関する報告会(石巻市内/14.2.9)

①室﨑委員長 「校長先生がいなかったことが、この場できちんと対応できなかった一因と考えられるのではないか」

遺族 「あの場所での、子どもたちや先生たちの様子をきちっと調べないといけない。大川小が動けなかった理由は、そこにしかないんじゃないか。それは関係ないですか? 重要じゃないですか?」

室﨑委員長 「基本的には、わからないことは書けないと判断している。教員集団のあり方は重要だが、学校管理下で起きた学校の責任は、我々の今までの分析でも明確になっている。それをさらに細かく分析する必要はない」

遺族 「水位計で津波の到達時間を算出するよりはよほど大切なこと。再発防止を考えているんですよね? 教職員集団、組織のあり方は、無関係なんですか? それこそ大事なんじゃないですか?」

室﨑委員長「(現場に)自由に意見を言える雰囲気がなかったということですよね

遺族 「それはなぜだと思います?

室﨑委員長 「色んな理由があると思う。校長がリーダーシップで、物を言いやすい環境を作っていなかったのかもしれない。最終的にはリーダーシップの問題」

遺族 「なぜそういうリーダーシップの校長先生が大川小にいたのか? なぜ、まとまらない教員集団、意思決定できない組織になってしまったのか? たまたまか?」

室﨑委員長 「たまたまではないと思う

遺族 「 『山へ』と言った子どもも保護者も先生も居て、もちろん時間も方法も情報もあった。もう一度聞くが、このようなずさんな備えになったのはなぜなのか?」

室﨑委員長 「学校の運営のあり方については結論を出しているつもり」

遺族 「数見委員が、以前校長の人事についてかなり問題があると言っていたが、どの程度突っ込んで調べたのか?」

室﨑委員長 「問題として認識しているが、調べていない」

遺族 「どうしてですか?」

室﨑委員長 「校長の人事にはリーダーシップや危機管理の重要なファクターが必要だと思っている」

遺族 「そのファクターがない人物が選ばれた」

室﨑委員長 「断定できないが、現実がこうなんだからその通りです」

遺族 「そういう人事がされたことが問題だと明記してもらってもいいですか」

室﨑委員長 「人事の問題なのか、個人の資質の問題なのか。関連はあると思うが」

遺族 「校長のリーダーシップが原因だとおっしゃいました。それを突っ込んで調べなければならない」

◎連載 40回(14.5.19)

第1回弁論(14.5.19)

 只野さんは、学校側や市教委の事後対応にも問題があったとして、こう指摘する。

学校側と市教委側が最初に行ったのは、事実隠しと一方的な事態の収束でした。唯一の生存教諭であるA先生を3年以上という長期にわたって不自然な形で隠し通し、子どもたちや教職員への聞き取り調査のメモを廃棄。柏葉校長は根拠もなく避難開始時刻を津波襲来時刻の十数分も前にした事故報告書を県教委に提出しました

 最も許せないのは、現場で悲惨な出来事に遭い、現場ですべてを目撃していた息子、哲也の証言を『子どもの記憶は変わるもの』と現大川小学校の千葉校長が勝手に捻じ曲げたことです。

 A先生の証言内容も矛盾だらけです。子どもたちが慕っていたA先生が、子どもたちを裏切るような嘘ばかりの証言をしていることに怒りを覚えます。

 震災直後においては、校長は避難所にいながら被災現場に足を運ぶこともしませんでした。やっと1週間後、現場に来た時には捜索活動に合流すると思いきや、校長室の金庫を開ける事に終始し、金庫が開いた瞬間、何か分からぬ資料を隠すように急いで車に詰め込み、立ち去りました。あの時、私たち保護者は自ら必死に手で土を掘り起こし、何日も子ども達を探し続けていました。私たちは校長に泣きながら叫びました。『子どもの命よりも、その金庫の中身が大事なのか!』という言葉を…。

 石巻市教委の異常さに気付かず、震災後も大川小の事を放置し続けた宮城県教委も許せません!あんな杜撰な防災体制で事故を誘因した柏葉校長を配置した県教委の人選は異常です」

*14.4.15

被爆者の怒りは日本国民の怒り

(3)【16(H28). 11.10】インドへの原発輸出を可能にする原子力協定署名

   政府与党はベトナムの仇<日本のベトナムへの原発輸出計画挫折(報道記事.pdf)>をインドで討ちました。しかし、それについて、被爆地から怒りの声が上がっています報道記事.pdf報道記事.pdf)。 原発輸出は核開発援助につながる.pdf

(2)【16(H28).  8.18】自治体行政にも影響与える国政問題武力行使なき内戦首相の米核先制不使用反対に被爆者が怒りの声報道記事)。なお、中国は核先制不使用を宣言しています(報道記事)。

(1)【14(H26).  8.10】昨日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での「平和への誓い」は、集団的自衛権の行使容認と原発再稼働を明確に批判(被爆者代表が目の前の総理大臣を痛烈に批判)<報道記事>。

 【14(H26).8.11】雑感被爆者を愚弄する被爆国日本国の総理大臣その2 : 戦争(平和破壊)を準備し、それを批判した被爆者を足蹴にする(理解を求めて説明するといいながら、いざとなれば「見解の相違」と“捨てゼリフ”を吐く)ような人物を平和祈念式典に招いてもよかったのでしょうか。

原発問題 経過メモ(その2) 

          「被爆者の怒りは日本国民の怒り」はこちら

16(H28).11.9】国民には朗報!政権には打撃の悲報! 日本のベトナムへの原発輸出計画挫折報道記事.pdf

16(H28).10.16】新潟知事選で反原発再稼動派が勝利⇒「原発再稼働」はもう諦めよ! 新潟県知事選でハッキリしたこと

原発問題 経過メモ(その1)

原発問題 経過メモ(その1)    

原発問題 経過メモ(その2)

【13(H25).3.12】これまで奈良県下では、18議会が原発関連の意見書を可決しています(報道記事.jpg)。

【13(H25). 3.11】生活・みどり・社民の3党が脱原発基本法案を参院に提出しました(報道記事.pdf)。

12(H24).11.15全国の1万3262人が東電や国の幹部らを福島地検に告訴・告発.pdf

12(H24). 8. 4】反原発金曜日行動は26道府県に拡大しています(報道記事.pdf )。

12(H24).7.16】Jp12071617mannin さようなら原発1000万人アクション主催のさようなら原発10万人集会(東京代々木公園/17万人参加⇒右写真<クリックで拡大>)<報道記事.pdf

                 <当日のJNNニュース>                                                        

12(H24). 6.16】政府は午前、野田佳彦首相と関係3閣僚による会合を官邸で開き、大飯原発3・4号機の再稼働を決定しました。これは、数百万に及ぶさようなら原発署名を全く無視したものです。また、119人の民主議員.pdfは再稼動反対の署名を6月5日に官邸に提出していましたが、これも無視したものです。(大飯原発を再稼動してはいけない理由

【11(H23). 9.19脱原発「6万人」デモ(左がだめなら→こちら) 

日本が武力行使(戦争)せずに国を守る道   

 ①日本は非核保有国ですが、仮想敵国は核保有国です。核保有国同士であれば一定抑止力は効果がありますが、非核保有国と核保有国との間では、核保有国が本気を出さないうちは抑止力は効くかもしれませんが、核保有国が本気を出す決意をすれば、抑止力は効きません。核保有国は通常兵器での戦争で負けそうになっても戦術核兵器を使用すれば必ず勝てるからです。だから日本は核兵器を保有しない限り軍事力では戦争に勝てません(軍事力では国を守れません)。

 ②それでは、国を守るために「核保有国同士の抑止力」に期待して核兵器を保有するべきか。しかし、「核保有国同士の抑止力」による平和は、「ダモクレスの剣の平和」※といわれ、破滅と隣あわせの平和であり、核兵器の保有は日本を守る方法であるどころか日本を破滅させる方法です。

     ※ダモクレスの剣:シラクサの僭主ディオニュシオス1世の廷臣ダモクレスが王者の幸福をたたえたので,王がある宴席でダモクレスを王座につかせ,その頭上に毛髪1本で抜き身の剣をつるし,王者には常に危険がつきまとっていることを悟らせたというギリシアの説話にちなみ、常に身に迫る一触即発の危険な状態をいう。

 ③それではこれまでのように、米国の軍事力の助けをかりるべきか。しかし、これも、「戦争法とは、そしてこの法律は廃止されなくてはならない理由.pdf」の(10)と(11)に書かれているように、あてにはなりません。いつまでもあてにしていると泣きを見ることになります。

 ④やはり、他国に頼るのではなく、自らで国を守る気概と力をもたなければなりません。核兵器を持たない限り軍事力を強化しても核兵器を持つ国を相手に国は守れません。しかし、②で見たように、核兵器を持てば日本は破滅する確率が高くなります。ならばどうすべきか。

 ⑤国防の命題「他国から物質的な力である武力で攻撃・侵略されたとき、言論による反撃は武力による反撃の代わりはできない。しかし、世界中からの言論による反撃は、武力をはるかに凌ぐ物質的な力となる。」(※)――武力をはるかに凌ぐ物質的な力である「世界中からの言論による反撃」が国を守る力です。この力を獲得することが日本を守る(安全と生存を保持する)最も確実で現実的な道です。実はこの道は、日本国憲法前文が日本国家に指し示しているものです。すなわち、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(日本国憲法前文)

     (※)この命題が拠るのは、「世界中からの殺戮を許さない言論(=意思)」が物質的な力を持つメカニズムです。

 ⑥「戦争法とは、そしてこの法律は廃止されなくてはならない理由.pdf」の(8)で述べられているようにいまでも日本人は世界各地で尊敬されていますが、「世界中からの言論による反撃」という力を獲得するためには、日本人・日本国民が世界の人々からもっともっと尊敬される民族・国民にならなければなりません。そのためには、経済・文化・教育・学問・スポーツ等の国際交流(例えば、ウズベキスタンで日本語熱.jpg)、経済・文化・教育・医療・技術・インフラ整備等の国際支援(例えば、パレスチナ難民支援.jpg/国際支援のモデル<日本発の母子手帳>⇒ご参照1.jpgご参照2.jpgスラムに図書館開設.jpg 紛争解決協力(例えば、座敷の提供.pdf)をもっともっとやっていかねばなりません。そのことで、すべての国との友好関係を樹立することで、日本人が平和を愛し、世界の人々が幸せになることに貢献する民族・国民として尊敬され、世界の人々にとって日本は「かけがえのない国」となることが、日本にとって最も確実で現実的な安全保障です。

 国際支援により日本人が世界の人々が幸せになることに貢献する民族・国民として尊敬されるようになった例⇒日本人はガザを支援している(その1例.pdf)、そんな日本人をガザの人々は愛している.pdf 

 「世界中からの言論による反撃」の力を持つ、世界の人々にとって「かけがえのない国」となるというのは具体的にはどう134 いうことでしょうか。例えば、右の写真(クリックで拡大)が示している状況とは正反対の状況を現出できることです。正反対の状況とは、日本国首相が国連総会で日本が侵略される危機があることを訴えれば、満席の各国代表が万雷の拍手で日本を支持し、侵略国に激しい非難を浴びせるという状況です。

 そのためには、日本が憲法第9条を実行することを国連で表明することが不可欠です。そうすれば、それに賛同する国がどんどん出てくる。それにより、国連は「国際平和を実現する機関」(武力攻撃・侵略に対する世界中からの言論による反撃を行う機関)として再編成されます(国連の機能 9条の実行で強まる.pdfご参照)。

 ⑦核保有国と戦争しても勝つことは不可能で、「世界中からの言論による反撃」という力を獲得する前に、攻撃・侵略されればどうするか。あくまで「殺さない、殺されない」の姿勢を保持して武力による反撃はせず、「非戦・不服従(受動的抵抗)」を展開すれば占領軍を追い出すことができます。これは、かつてイギリスに侵略されたインドがイギリス占領軍の追い出しに成功した闘い方であり、かつてフランス・ベルギーにドイツ経済の心臓部であるルール工業地帯を占領されたドイツがフランス・ベルギー占領軍の追い出しに成功した闘い方です。現在と違って「世界中からの言論による反撃」が期待できないという現在よりもはるかに悪い条件の中にありながら、侵略軍を追い出すことができた闘いです。武力による反撃は、多大な犠牲をはらっても占領軍の追い出しに成功できないかもしれない、いや、核保有国相手であれば成功不可能な戦いです。「非戦・不服従(受動的抵抗)」は、現在にあっては「世界中からの言論による反撃」を大きくさせることも期待できる闘いで、歴史も実証しているように、犠牲者を出すことなく確実に占領軍の追い出しに成功できる闘いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いじめ防止対策推進法(いじめ防止法)」について 

                   この記事は、10 学校・教育・子どもサポートのいじめ問題に所収されています。

(4)いじめ防止対策を議論してきた「有識者会議」の提言書.pdf(16.10.24 公表)は、次のような批判されるべきもの

<有識者会議の主な提言案> 凡例 : 提言⇒提言に対する批判

・いじめの認知件数が少ない都道府県に対し、文科省が個別に指導する

    ⇒いじめの認知件数が少ないのは喜ばしいことなのに、逆にそれはいじめ対策の不熱心さを示しているという。これは、現場教員に「粗捜し」という、教育とはかけ離れたみじめな行為を強要するものです。

・学校ごとに常設する「いじめ対策組織」に弁護士や警察官経験者ら外部人材の参画を進める

    ⇒弁護士は強制力を規定する法を用いて正義を守り実現する任務、警察官は法に基づく強制力で不正義を取り締まる任務をそれぞれ持つ人々です。かかる強制力に頼るようになれば教育は「調教」となります。弁護士や警察官経験者は、学校で重大な犯罪が起こったときのみが出番です。

・いじめの情報共有が「いじめ防止対策推進法」に基づく義務であることを周知する

    ⇒管理職と教員の階級制の【2】をご参照

・生徒指導専任教員を置いたり、部活動の休養日を設けたりして教職員の負担軽減を進める

    ⇒「生徒指導」には、教科指導(授業)/生活指導(授業・部活動・学校行事・休み時間など学校生活すべての場面にて児童生徒が人権侵害など不正行為をしないよう見守り、そのような行為があった時には速やかに正す)/進路指導(希望する進路が実現できるよう手助け)/図書指導(図書館が有効に活用できるよう手助け)/保健指導(健康維持を手助け)/部活動指導/生徒会・児童会活動指導(生徒会・児童会が自主的に行われるようアドヴァイス)/学級活動・学校行事での指導(HR・遠足・体育祭・文化祭など/生徒会活動とダブル)がありますが、生徒指導専任教員とは何を専任にするのかが不明。「生徒指導」を「生活指導」と同義語で使用しているとすれば、それは学校教育というものを理解していないことを証明しています。生活指導は、教員全員が学校生活すべての場面(上記した指導のすべての場面)で行うもので、生活指導専任など在り得ないのです(生活指導専任がいたと仮定してその人が、他の教員が授業など何らかの指導をしている場面にしゃしゃり出ることをするのでしょうか)。在り得ないものを置けという提案は、この提案が学校教育を知らない、または理解していない人々によってなされたことを示しています(為念 : 有識者会議には教職経験者もおられるようですが、教職経験者は、教職経験があるというだけでは正しい学校教育の在りかたを理解出来ているとはいえません。戦争経験者が、戦争経験があるというだけでは、戦争はなぜ起きるのか、誰が起こすのか、戦争が起こらないようにするには何をするべきか、などを理解出来ているとはいえないのと同じです)。

・教職員の日常業務において、自殺予防、いじめ対応を最優先事項に位置づけるよう促す

    ⇒教職員の最優先事項は授業が安全安心にできるようにすることです。自殺やいじめが今日・明日にでも起こるような学校では安全安心に授業などやっていられません。今すぐ「いじめなど起こりようがない」学校を実現しなければなりません。なぜ、その提案をしないのでしょうか。「いじめなど起こりようがない」学校を実現・維持している学校はあるのですから、決意すればすぐにできます。そのためには、学校教育力の低下をもたらしている制度・法律等による弊害を乗り越えなければなりませんが、それを乗り越えて「いじめなど起こりようがない」学校を実現・維持している学校に学べば、それを乗り越えることは不可能ではありません。

・教育委員会に対し、加害者の出席停止措置の手順、出席停止中の支援を含む留意事項を示す

    ⇒「いじめ防止対策推進法」は、有効性がないだけてなく、かえっていじめ問題解決を遠ざける.pdfの「第二十三条(いじめに対する措置)の4項」の部分をご参照。

・LINEなどSNSによるいじめの具体例を示し、刑法上の名誉毀損(きそん)罪や民事上の損害賠償請求の対象となりうることを知らせる取り組みを進める

・いじめによる自殺や不登校など「重大事態」の調査の進め方(第三者委員会の人選、調査方法など)についてガイドラインを作成する

    ⇒ガイドラインを作成し、それに則った調査を実施して対応策を構築するのを待つのではなく、「学校」に最低限要求される在りかたは「安全安心の場」ということですから、「重大事態が生まれるところ」は、最早「学校」とはいえないので、かかる学校の「教育の場にならせていない(「生徒も教職員もみんなが互いに人間として尊重し尊重される学校=楽しい学校」にならせていない)学内構造」はいったん解体し、「いじめなど起こりようがない」学校を実現・維持している学校に学んで、今すぐ「いじめなど起こりようがない学校」づくりに着手し、速やかにそれを実現することが大切です。

・第三者委員会の報告書をデータベース化し、再発防止につなげる

    ⇒第三者委員会を立ち上げて、調査して、論議して報告書を作成し、それをデータベース化するという気も遠くなりそうな手間暇をかけながら有効性に疑問が残る(これまでいくつもの報告書が作成されたがいじめによる自殺・不登校はあとを絶たない)やり方よりも、そんなことをする必要がなくなるやり方である「いじめなど起こりようがない」学校づくりを早急に行うことが肝要です。

(3)いじめ防止対策推進法に記されている施行後3年(16.10)で見直すとの規定に従ってその見直しが行なわれる中、新聞報道によれば、教員のいじめに関する情報共有がなされていないので、それを怠った教諭は懲戒処分(強制力で矯正=いわば調教)にするという制度を導入する動きが出てきているが、情報共有をできなくさせているのが、教員間のヒエラルキー(階級制)である。これをなくさずして、強制力(懲戒処分)を行使すれば、更に教諭のエンパワーメント(自発的な力)を低下させ、教育現場の荒廃を進める管理職と教員の階級制ご参照)。これまで、「いじめなど起こりようがない」学校を実現し維持してきた現場教職員の意見に基づかない法律であるがゆえに(2)であったためいじめ防止対策推進法は無視されてきたため弊害はなかったのが、いよいよ強制されることになって弊害(教育現場の荒廃の更なる進行)が生まれることになった。

  いじめ放置した教職員の懲戒案は「現場を混乱、萎縮させる」ミラー

(2)「いじめ防止対策推進法」は、有効性がないだけてなく、かえっていじめ問題解決を遠ざける.pdf

   ○法施行(13.9)後、いじめによる自殺と疑われたケースは3年で少なくとも20件あり、小4から高3の20人が亡くなっている(報道記事.jpg)。

   ○いじめ防止対策推進法はいじめ認知件数減少につながっていないし、そもそも教育現場ではあまり読まれてさえいない(「チーム学校運営の推進等に関する法律の早期制定を求める意見書」についての反対討論(16.10.7)の最後部分をご参照

(1)いじめ防止対策推進法   いじめ防止対策推進法の問題点.pdf

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いじめなど起こりようがない」学校  

               このページは、10 学校・教育・子どもサポートいじめ問題に所収されているものです。

(1)「いじめなど起こりようがない」学校とは

  「生徒も教職員もみんなが互いに人間として尊重し尊重される学校=みんなが互いに存在価値(存在意義)を認めあい確信できる学校=生きる力が育まれる学校=楽しい学校」のことです(基本的人権が尊重されている学校ではいじめ問題は起きません)。

        ご参考 : いじめなどが起こりようのない学校.pdf  いじめが起こらない学校(=人の気持ちを考えて、みんなが楽しいと思える学校)づくりをしている小学校の例

(2)「いじめなど起こりようがない」学校は、すさんだ学校現場への処方せん.pdf<教員への自主決定権の授与(教育・学校におけるエンパワーメント)>を実施することで実現・維持できます<この処方箋が発表されたのは98(H10)年4月ですが、いまだに実施されていません。そのため、いじめ問題解決の兆しは一向に見ることが出来ません>。

  この単純な(しかし的確・速効、それゆえ最善の)処方箋がなぜ実施されてこなかったのでしょうか。それは、戦後一貫して文部省・文科省が、この処方箋とは逆の学校教育力の低下をもたらしている制度・法律等に基づく教員の管理政策(※)をとってきたからです。

    (※)教員の管理政策とは、教員が自主的・自発的な教育活動をすることで、改憲により憲法の理念を否定したい人々が治める国家の意志に反するような教育活動が行なわれることのないようにするため教員を管理、つまり教員の教育活動を監視し拘束する政策。

 いじめ問題解決の道は、学校教育力の低下をもたらしている制度・法律等による弊害を乗り越えて「いじめなど起こりようがない」学校を実現・維持している教員の教育実践を全国に広めていくことです。しかし今日、学校教育力の低下をもたらしている制度・法律等による弊害を乗り越えることは大変困難な状況になってきています(それがいじめ問題がいつまでも解決しない原因)。それを成し遂げるには、国民の理解と支援が必要です。それがあれば、いじめ問題は速やかに解消されていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーベル賞の如何(いかが)わしさとボブ・ディラン

(1)ノーベル賞に対するよく知られている批判は、次の4つ。

 ①ノーベル賞はもともと、ノーベルが開発したダイナマイトが兵器に利用され 多くの人々の命を奪う結果になり、ダイナマイトの利用を巡って戦争と平和の狭間で揺れ動いたノーベルが平和への希求を“ノーベル賞創設”という遺言に託し、ノーベルの遺言に従って人類のために最大たる貢献をした人に贈るために設けられた賞で、6部門ある中でも平和賞が最も権威ある賞である。しかし、「この人が平和樹立に貢献した人?」とみんなが首を傾げる者が平和賞を受賞することがある<天才バカボン「〇〇〇〇がノーベル平和賞をとって以来、世の中全てのことが全く信じられなくなった」(Wikipediaご参照)/「暴力で平和維持」の誤解ご参照>。

 ②「人々の幸せにつながらない経済学」に関わる経済学賞などというものがなぜ設けられているのかという疑義がノーベル賞にはまといついている<ノーベル経済学賞受賞者フリードリヒ・ハイエク「もし自分が相談されていたらノーベル経済学賞の設立には断固反対しただろう」(Wikipediaご参照)>。

 ③ノーベル賞は権威化しており、授賞者は与えてやるという態度を見せ、授受賞はセレモニーとなっている。

 ④ノーベル賞は時流に左右される(ご参照ミラー)。

(2)(1)のような批判を背景に、ノーベル賞は如何わしさを持っていますが、ノーベル賞の授賞が決定したとき、受賞者はどのような態度をとるでしょうか。

 <1>多数の人:喜んで受賞する。

 <2>少数の人

  ①拒否こそしないで受賞はするが、それだけで済ます。

    受賞直後、「ノーベル賞は私にとって過去になりました。もう見ることもないと思います」と言い放った山中伸弥教授は、この例(ご参照)。

  ②辞退を余儀なくされる。

    ゲルハルト・ドーマク/ボリス・パステルナークの2人

  ③受賞を拒否する。

    ジャン・ポール・サルトルレ・ドゥク・トの2人(ご参照)。

  ④無視する(受賞もしないし拒否もしない)

    これの初めての例が、ボブ・ディランとなるのではないか。折から、ノーベル賞授賞者側が授賞決定について沈黙を守る彼に対し「無礼で傲慢だ」との非難を浴びせたという(報道記事)。まさにこのような権威主義的な、賞を与えてやるという傲慢な態度こそボブ・ディランが最も嫌うものであり、このような態度をとる者が与えてやるというノーベル賞など無視するのが、ボブ・ディランには相応しい。

<追伸>結局、ボブ・ディランは①と④の中間ともいうべき次の態度(⑤)をとった。

  ⑤拒否こそしないで受賞はするが、授賞式には出なかった。

今後日本の歩みべきシナリオ (政治進行に伴い更新)   

野党共闘から与党共闘への道のり(実践)(政治進行に伴い更新)   

 

【1】を踏まえて、今後、どうするか。

 ①野党共闘を実のあるものにするため、民進党を「改憲阻止・戦争法廃止・米軍基地撤去・TPP反対・原発廃止」の政党として純化していく。