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『帝大解体』とは、市民運動のさきがけだった

~以下、「ポリティカにっぽん ゲバ棒を聴診器に持ち替えて」(早野透<本社コラムニスト><朝日新聞(02.9.10)より~

注 : ・・・・・は省略部分。太字は引用者が強調のためにそうしました。

 ・・・・・民主党の参院議員だった今井澄さん・・・・・62歳、一人のひたむきな政治家の葬儀が茅野市民会館であった・・・・・。

 今井さんは69年1月、東大紛争のとき安田講堂に立てこもった全共闘の防衛隊長だった。・・・・・退学処分も受けて医学部を卒業したのは30歳。

 ・・・・・それからの今井さんはゲバ棒を聴診器に持ち替え諏訪中央病院に勤務して農村医療に取り組む。病気を診て治すだけでなく病気にならない運動をやろうと、夜や土日に地域の公民館に年50回もでかけて話をした。「長野県も脳出血の多いところだったけど、塩分を減らす食生活改善をしたりして10年でぐっと減りました。いま老人医療費は長野県が一番少ないけれどトップクラスの長寿県になったんです」と語っていたことがある。

 そんな折に学生時代の刑が確定して静岡刑務所に入ることになる。諏訪市議会は「がんばれよ」と激励して送り出した。革命家たらんと外科医を志した今井さんは「予防は内科だ」と房内で勉強し直した。「尊敬する人は」と聞くと今井さんは「出所して病院に戻してくれた市長さん」と答えたものだった。今井さんは病院長になる。

 葬儀には地元の人々、そして9日から民主党の代表戦が始まるなか鳩山由紀夫、管直人、横路孝弘、野田佳彦の候補者4氏も参列した。

 ・・・・・葬儀に続くお別れ式は感動的だった。・・・・・坂口力厚生労働相は同じ医者仲間として、羽田孔民主党特別代表は東京で隣近所に住んでいた間柄として懇切な弔辞を読んだ。

 だが会場が息をひそめたのは、友人代表としてかつての東大全共闘議長山本義隆氏が白いヒゲを蓄えて現れたときだった。

 「あのときの『帝大解体』とは、法案や条約に関して国会に圧力をかけるそれまでの学生運動ではなく、社会に構造化された権力に立ち向かうことだった。決意した個人が自分の責任でたたかう市民運動のさきがけだった」「君が死んだ日、田中康夫氏が圧倒的に長野県知事に再選された。・・・・・新しい風は吹いている。安心して眠ってほしい。さようなら」(引用者注:「脱ダム宣言」し県議の既得権を次々と壊した田中知事の不信任決議を県議会は可決した。それに対して知事は自ら失職して出直し選挙に出馬して再選された。)

 ・・・・・。

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