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原発問題を考える基本的な視点    

(3)「脱成長」こそ「最善の脱原発」


(2)「・・・・・(東日本大震災と津波、福島の原発事故は)科学技術は万能という十九世紀の幻想を打ち砕いた。・・・・・自然にはまず起こることのない核分裂の連鎖反応を人為的に出現させ(るようなことは)本来、人間のキャパシティーを超えることであり許されるべきではないことを、思い知るべきであろう。・・・・・原子力発電は、たとえ事故を起こさなくとも、非人道的な存在なのである。・・・・・」<山本義隆『福島の原発事故をめぐって― いくつか学び考えたこと』(2011.8/みすず書房)より>


(1)

 ・・・・こんな未曽有の現実(引用者:FUKUSHIMA)を出来(しゅったい)させてしまったこの国の近代化とは何だったのか。やはり近代化が生んだもう一つの悲劇、水俣の経験を石牟礼に問い尋ねながら藤原は考える。

 苦しみや悪が、「善や優しさという人間の側面を一層磨いてくれる」。被災地で出会った人々のことを思いながら希望を抱く一方で、「人災では憎しみのような人の心のネガティブな面が膨大化する」と言う藤原は、自分の力では統御できないものを生み出した人間は滅びてもしかたないという絶望を完全に振り払うこともできない。

 怒りと悲しみに揺れる緊張に満ちた藤原の言葉を、路傍や野辺の草の葉が風や光、動物たちの呼吸を受けとめるように、石牟礼の言葉はやわらかく、温かく、静かに受けいれる。彼女が語る幼い頃の水俣の風景は、それがもはや記憶のなかにしか存在しないがゆえに、貴く美しい。石牟礼の言の葉には、きれいな土や水がついている。複雑な波音を奏でる石垣造りの防波堤。三角頭を波間に出して、お日様に手を合わせるタチウオの群れ。人間が他の生き物だけではなく、見えないものの存在をもたしかに感じていた世界。

 しかし近代化は、人のように心を持ち私たちのすぐそばにいたこの目に見えぬ存在を追放し、その代わりに、同じように目には見えないけれど、もっと恐ろしい非人間的なものを連れてきた。それが水俣を、福島を汚染し、多くの人々から故郷の海と山を奪い取ってしまった。「植物、動物、生きているものは千草百草、全部呼吸をしている。その呼吸を人間の力でできなくさせている。人間しかいたしませんもの。そんなこと」・・・・・。

~書評「なみだふるはな(石牟礼道子・藤原新也 著)」(小野正嗣評)<朝日新聞(12.4.1)>より~

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