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映画「レ・ミゼラブル」の1場面を教材にした高校世界史の授業

教師 みなさん、おはようございます。今日から、フランスにおける1830年の七月革命から1848年の二月革命、1852~70年の第二帝政を経て1871年のパリ=コミューンの成立・崩壊までを見ていきます。

   はい、それではまず、えー、今、「レ・ミゼラブル」という映画が上映され、大変好評を博していますが、観た人はいますか?

生徒の何人かが手を挙げる)

教師 はい、結構観た人もいますが、本題に入る前に、映画「レ・ミゼラブル」の1場面を見てください。これです。

   Photo_2    「レ・ミゼラブル」は1832年の六月蜂起を舞台にしていますが、これはその六月蜂起のワンシーンです。1832年の六月蜂起は、教科書にも載っている1848年の六月蜂起とは違って、教科書にはもちろん君たちが使用している副教材の年表にも載っていないほど小規模な闘いでしたが、原作者のユゴーはそれを1848年の六月蜂起に重ねあわせながら、青年たちの英雄的な行為として捉えなおして描き、原作の「レ・ミゼラブル」を1862年に発表しました。

   次に、この写真図を見てください。

   Photo_4   これは、オラース・ヴェルネという画家の「スルロ通りのバリケード」という作品で、1848年の六月蜂起を描いています。1848年の六月蜂起は1832年のそれとは違って大規模な闘いで、千5百人が殺害され、1万5千人が流刑、つまりアルジェリアに追放されました。

   なぜ、アルジェリアが流刑地なのかというと、フランスの植民地だったからです。フランスの支配者は革命運動を惹起する国内矛盾を外に転化しようと1830年よりアルジェリアに侵攻、1847年にアルジェリア全土を制圧、以後、1962年まで132年間、植民地支配を続けました。そして、アルジェリアを拠点にその隣地マリなどアフリカ各地に植民地支配を拡大していきます。植民地を支配する国を宗主国といいますが、フランスが宗主国としてマリやアルジェリアを植民地支配し続けたことの傷跡は今も残っています。例えば、先月に起きたアルジェリア人質拘束事件その歴史的背景.mht)があります。ことの発端は、内戦が続くマリの政府が反政府勢力を制圧するために、かつての宗主国であるフランスに軍事介入を要請したことにあります。それに反発した反政府勢力とその支援勢力が、反フランス感情が深く残るアルジェリアの基幹産業であるガス生産の国営施設を襲撃し、多数の人質を拘束したのです。独立後のアルジェリアは経済的・文化的にはフランスとの関係を深めていきましたが、なにしろ植民地支配の期間が長かったため、独立後も、今も、かつての宗主国フランスを許していないアルジェリア人が多くいます。1994年12月にはアルジェリア人がエールフランス旅客機をハイジャックする事件すら起こっています。ハイジャックの目的は旅客機をエッフェル塔に突入させることだったともいわれており、それが実行されていれば9・11のさきがけとなる世界を震撼させる事件となっていました。この事件は、2010年に「フランス特殊部隊 GIGN」で映画化されました。

   はい、少し横道世之介になりました(教師は自分で笑ったが、生徒の多くはきょとんとしている。冗談でうまく笑いを取るタイプの教師もいますが、この教師はそれがうまく出来ないタイプの教師のようです)、いや、横道にそれましたが、ここで質問です。

   この2つはともに、闘う青年の姿を描いていますが、大きく違う点があります。何でしょうか?

生徒達 ・・・・・?

教師 それは、闘いの質・内容の違いを示す違いです。

生徒達 ・・・・・?

教師 ヒントです。闘いの内容・目標を象徴するものが違っています。

生徒A (挙手をして)はい、わかりました。

教師 はい、答えは?

生徒A 闘いの内容・目標を象徴するものというのは旗のことで、1832年の六月蜂起では、赤旗は1~2本しかなく多くが三色旗です。それに対して、1848年の六月蜂起では、三色旗はまったくなく赤旗だけが掲げられています。

教師 (「ファイナルアンサー!?」と言いたかったが、やめて)正解!

   それでは、次の質問です。旗が変わったということは目標が変わったということです。どのように変わったのでしょうか?

生徒達 ・・・・・?(何となく解る生徒もいるが、正しいとの確信がない、または、どう云ったらよいかが分からない。)

教師 実はその答えにあたるものが、フランスにおける1830年の七月革命から1871年のパリ=コミューンの成立・崩壊までの歴史を動かすものなのです。

   その答えは何なのか、を考えながら、1830年の七月革命から1871年のパリ=コミューンの成立・崩壊までの歴史を見ていきたいと思います。(と言い終えて黒板に、1830年 七月革命、と書く。)

   七月革命によりブルボン朝の支配が終わったので1830年は「七月でブルボン朝の日は去れり」と覚えます。(別に受けを狙ったわけではないが、数人の生徒がくすっと笑う。)


   あ、言い忘れましたが、世界史を前後に2分するほどの重要事件は何かと聞かれたら、新石器革命、フランス革命、産業革命、第二次世界大戦などが挙げられますが、1848年の六月蜂起もそれに挙げてもおかしくはないほどの重要事件でした。

              ~授業は本題へと続く~

○授業に先立つ教材研究:ユゴーが「レ・ミゼラブル」を書いた事情⇒ロマン主義とジャーナリズムの成立.pdf

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