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メディアが伝える「事実」の本質

~「<あすを探る 社会>『対テロ』多様な視点示せ(映画監督・作家 森達也)」(朝日新聞 15.1.29)」より~

 仏週刊新聞シャルリー・エブドへの襲撃事件直後、テロに抗議する大規模なデモ行進が行われたフランスに、世界40カ国以上の首脳が駆けつけた。「私はシャルリー」と書かれたプラカードを掲げながら「表現の自由を守れ」と叫ぶデモの様子は、最前列で腕を組みながら歩く各国首脳たちの映像と相まって、世界中に連帯の強さを印象づけた。(引用者 : 朝日新聞の場合ミラー

 (中略)でも(中略)実のところ各国首脳たちは、デモの最前列を歩いてなどいなかった。デモ翌日の英インディペンデント紙(電子版)に、首脳たちの行進を少し上から撮った写真が掲載された(引用者 : これミラー)。見た人は仰天したはずだ。首脳たちは通りを封鎖した一角で腕を組んでいた。後ろにいるのは市民ではなく、数十人の私服のSPや政府関係者だ。つまり首脳たちは市民デモを率いてはいない。

 ただしメディアが嘘(うそ)をついたわけではない。首脳たちが市民デモの最前列で歩いたとは伝えていない。記事を読んだり映像を見たりした僕たちが、勝手にそう思い込んだだけだ。でも同時に思う。これはメディアが伝える「事実」の本質なのだと。

 コップは上か下から見れば円だけど、横から見れば長方形だ。どこを捉えるかがメディアの視点になる。

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