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新しい民主主義へ<アントニオ・ネグリへのインタビュー>(全文)

朝日新聞<12(H24).1.4>

 政治も経済もおかしい。何がどうなっているのか。全体像を知りたい。世界的な「知」に聞きたい。思いついたのが、アントニオ・ネグリ.pdfだった。イタリアの政治哲学者で、著書「〈帝国〉」「マルチチュード」.pdf で知られ、そして、・・・・・・。いや、前置きはいい。イタリア・ベネチアの自宅を訪れた。

(1)金融が絡めとる現代の労働者たち 国も企業も危うく


 「大欧州」があえいでいる。政府の債務危機が広がり、欧州連合(EU)主導の緊縮政策に人々の不満は高まるばかりだ。欧州は、世界は、この危機を克服することができるだろうか。そして、危機後に広がる世界は。

――危機を脱することができると思いますか。

 私に言えるのは、この危機から脱することができても、そのとき欧州はもはや「欧州」ではなくなっているだろう、ということです。

――どういうことですか。

 欧州は、とくに戦後の欧州は福祉がすすみ、人権を尊重する高度な市民社会でした。世界の発展や科学技術に自発的な形で対応する能力がありました。しかしこれからは違う。この危機から脱したとしても、そのときにはすべてが、あらゆるレベルで縮小してしまっているでしょう。なかでも懸念するのは、民主的な権利、とりわけ労働者の権利が縮小されることです。ストライキ権が制限され、福利厚生が削減され、労働時間が長くなり、男女の雇用格差が広がる。非正規雇用など不安定な労働形態はさらに横行するでしょう。50年、いや100年、逆行してしまうかもしれません。もっとも、19世紀の統一ドイツ宰相ビスマルクの時代まで戻るとは思えませんが。すでに貧困が広がっていることがその予兆です。イタリアでも、ミラノやローマなどの大都市郊外や南イタリアに行くと、貧しさを肌で感じることができます。フランスの郊外でも同様です。欧州全体が不安定な状態になっています。

――この危機の根源は何ですか。

 一つは国家がグローバルな動きに追いつけないことです。もっと根源的な問題があります。企業と労働者の関係やお金の流れが変わってしまったことです。現代の労働は知的で認識的なものになりました。あなたは自分でパソコンを持っている。私を撮るカメラマンはカメラを持っている。独自に資本を所有しているわけです。求められるのは頭脳そのものや人的な組織力かもしれません。これが今の労働市場であり、企業は労働者を把握することができなくなりました。一方で金融は、労働者が生み出した富を取り込み、それを貨幣や証券、あるいはポケットの中のクレジットカードに変えてしまう。それが労働者の負債を生み出しています。

――この流れを止めるには。

 後戻りはできません。イタリアでは「フィアット社が栄えれば国が栄える」と言われましたが、そのフィアットも生産の軸足を海外に移してしまった。もし新たな流れがあるとしたら、それはフィアットを戻すことではありません。民主主義の領域においてのみ、ありうるでしょう。様々な領域のコントロール(管理、統制)に多数の人々が直接参加する「新しい民主主義」です。

(2)機能しない代議制 まずは「ノー」から


 ネグリは「新しい民主主義」によってしか今日の世界的危機を脱することはできないという。それは何なのか。著書「マルチチュード」では、民主主義の「新しいモデルと方法」に言及し、「全員による全員の統治」を述べているが。

――「70億人が70億人を統治する」と? そんなことが、はたして可能ですか。

 その問いは、まさに反動勢力から投げかけられたものです。問題はそんなことではない。いまの民主主義のやり方を根本から改革するかどうかです。労働、生産、金融、そして富の再配分を、多数の人が参加して、共にコントロールしていく。その仕組みを作っていくことです。

――その「コントロール」は、現在の政府が行うべきでは。

 政府という統治組織には、人々の「参加」の度合いが足りません。いま、各国の政府が危機に陥っているのは、もはや政府が社会を代表するものとは言えなくなってしまったためです。国民全員で一つの政権を選び、その政権が政治的な方向を打ち出し、みんながそれについていく、そういう従来型の政治が十分に機能しなくなった、それが現在の民主主義の姿なのです。多くの国で立法府と行政府がにらみあったまま動けない状況が見られますね。大統領に権限を集中しているはずの米国ですら、そうです。

――日本もまさにその状態です。

 私には、代議制や三権分立など、18世紀に生まれた民主主義のしくみが腐ってしまったように見えます。腐ったといっても汚職のことではありません。機能できなくなったのです。全般的な見直しが求められています。これは不可欠です。

――では、どういうシステムを考えていますか。

 私は発明家でも予言者でも教祖でもありません。聞かれても難しい。私の仕事は、どこで、どういう形で、新しい民主的なシステムが生まれようとしているのか、見えている事柄を分析し研究することです。すでに世界各地で始まっています。ニューヨークの「ウォール街占拠」運動や、スペインの「怒れる者たち」の運動、あるいは北アフリカの「アラブの春」などを見ながら考えるわけです。誰かが設計したらできるというものではありません。私が言う「新しい民主主義」とは、世界の生きた経験の積み重ねの中から生まれてくるのです。ラテンアメリカで90年代半ばから活発化した新たな社会運動も参考になります。例えば、ブラジルの「土地なし農民運動」(MST)は、貧しい農民たちが遊休地を占拠し買い上げを国に求めた。土地所有の変革を進める大規模な運動です。政府はこれを受け入れ、彼らと開かれた関係を作り、地域の潜在的な力を引き出しました。政府が運動を抑圧しなかったことに注目してください。運動を開放したことで、新しいモデルやシステムを生み出したのです。これが大事です。大恐慌のあと、米国のルーズベルト大統領が労働者の権利保護を進めたように。

――世界で起きている新しい動きを「マルチチュード」と呼びました。いま挙げた彼らのことですか。

 そうです。単なる大衆や群衆ではありません。独自性を持った自立的な個人の集まりであり、それが1つになったものです。独自性が大事です。不安定かもしれませんが、可動性にも柔軟性にも富んだ存在です。

 「ウォール街占拠」は、その意味でも、マルチチュードを代表する運動です。彼らは何をすべきか、わかり始めている。考えや意思を伝える力を持っている。これこそ真の意味での政治だと私は見ています。

――「真の意味での政治」とは、具体的にどういうものですか。

 たとえば「怒れる者たち」はデモや集会ではなく、キャンプを張って生活のあり方を含むあらゆることを共同討議しています。

 あるいは病院の運営で説明しましょうか。単に治療や研究の場としてだけではなく、患者との人間関係、愛情、社会とのつながりなど、もっと人間的な病院を組織するにはどうすれぱいいか。生活全般から考えるのです。これを政治に置き換えれば、新しい民主主義のモデルを考えていくことができるでしょう。

 ――私もマルチチュードの一部になりえますか。

 もちろん。ただし、あなたの仕事が「知」を得ることなら、です。もしプロパガンダなら、マルチチュードとは呼べません。

――どうやって生み出していけばいいのでしょう。

 この家の近くにカフェがあって、私は毎晩のように顔を出します。世界中のことについて話をするのです。あるいは世界のあちらこちらに行って、学生や市民を相手に講義をします。それぞれの人が、それぞれのやり方で表現し、動いていく。それがやがてマルチチュードを生み出していきます。先ほど述べた、世界の運動を見てください。様々な個人のまとまりによって形成されているのがわかるでしょう。今こそ広大な領域に及ぶ、新しい民主主義を考える時期です。20万人、30万人の規模で「自分たち」を組織し、自分たちで自分たちを直接、統治する。そういう時に来ています。まず、現状に対して「ノー」ということから始めたらどうでしょう。「ノー」ということこそ、最初にすべき、倫理的な行動です。

――国際通貨基金(IMF)や世界貿易機関(WTO)、国際的な法律事務所などがネットワーク状につながった、グローバルな秩序や権力として〈帝国〉を提示しました。それに対抗するのがマルチチュードです。この考えは今も有効ですか。

 今も有効だと思っています。

 

(3)危機の中から始まる「革命」


 グローバル経済を支える世界的な権力である〈帝国〉と、目覚めた人々による新しい民主主義の動き。私たちの未来は、その戦いの行方にかかっているのだろうか。

――『〈帝国〉』は、9.11後のブッシュ時代の米国一極支配を予言したなどと言われました。

 〈帝国〉は、90年代以降の世界で生まれるグローバルな秩序を示そうという試みでした。原稿はブッシュ大統領が登場する前の97年7月には書き終えていました。ただし、〈帝国〉とは米国のことではありません。市場がグローバル化していくなかで、秩序、とりわけ民主的な秩序が形成されない。私たちの関心は、このような、世界で生まれるグローバルな秩序や権力とは何かを追求することでした。それを〈帝国〉と名付け、対抗する世界の人々の新しい動きをマルチチュードと呼んだのです。(ブッシュ時代の)米国は、こうしたグローバル市場に自国中心の一方的な秩序を形成しようと試みました。ところがアフガン戦争やイラク戦争を仕掛けたおかげで、失敗してしまう。今から見れば壊滅的な試みでした。もっともブッシュ氏自身は、自分が世界市場に秩序を与えようとしていたとは気づいていなかったようですが。

――あなたは反米派ですか。

 いやいや、私は大いなる親米主義者です。本当です。今後、もし世界のどこかで新しい民主主義の革命が起きるとしたら、それは米国から始まると思っています。なぜなら革命とは、資本主義の発展が最高レベルに達した場所で起こるものだと確信していますから。マルクス自身も、当時最も進んでいた国で起きると思っていました。

――そういえば、あなたはフランスで「新しいマルクス」と呼ばれているそうですね。

 お願いですから、そんな言い方はやめてください。フランス人は言葉遊びが好きなのです。

――日本では「脱原発」を除いて、社会的な運動はなかなか盛り上がらないように見えます。まるで、日本のあなたの言う世界の流れの外にあるかのようですが。

 ニューヨークの運動は、オバマ大統領を支持するものではありません。自律的な運動で、人々がアイデアを広げていく、まさにマルチチュードを代表するような運動です。マルチチュードはイランにも、チュニジアにも、イギリスにもあります。日本もこうした流れの中にあることは明らかです。確信しているのは、大草原に火を放つような、そういう「火」が、世界の各地に存在しているということです。ヨーロッパでは危機が存在し、そこからどうやって脱するか、誰もが思い悩んでいます。今こそこれが「起こりうる」と思いますね。今の日本のみなさんのように深刻な危機に身をもって直面している時こそ、何が本当の民主主義なのか実感できるはずです。そしてそこから、新しい民主主義のかたちが生まれるのでしょう。

(*)取材を終えて

 迷路のようなベネチアの街の、角を曲がって曲がって、また曲がって。観光ルートから外れた一角にネグリは住んでいる。

 元気な人だ。時に笑い、時にこちらを凝視し、時に憤然とする。話は止まらない。

 中身は過激だ。代議制も三権分立ももうだめ。「参加」が大事だが、今ある政治の仕組みに人びとが加わることではない。新たに作ることだ。その主役はあなたたち。怒りなさい、行動しなさい、そして自分たちで決めなさい。そこから次の民主主義が見えてくるはずだ。すでに世界にはたくさんの試みがあるのだから……。

 次とは。本人は「私にはわからない」と言うが、顔を見ているうちに、この人には見えているのかもしれない、と思った。

 世界を丸のみにするような知識人が少なくなった。だがこの人はその一人に違いない。帰りの迷路は、少しだけわかりやすく感じた。(編集委員・刀祢館正明)

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