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憲法第98条第2項とTPP 

 憲法第96条改訂を突破口とする全面改憲を政治日程に上らせようとする動きが始まる中で憲法第96条がにわかに注目されていますが、ついにTPP(環太平洋戦略的経済連携)交渉に日本が参加する(注)中で注視しなければならないのが憲法第98条第2項(「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」)です。これは、いいかえると、「条約や国際法は国内法に優先する」ということです。 つまり、TPP協定(条約)を締結すると、その取り決めに反する国内法があるとその国内法を改めなければならず、また、著しく自国に不都合な義務などがあっても国内法を制定してそれを無効化することは出来ず、それを遵守しなければならないのです。

  Hantpp02 (注)参加するといっても、日本政府が参加できるのは実質最後の2日のみ(⇒右図ご参照<クリックで拡大>

 一方、アメリカ合衆国憲法は第6条第2項で「この憲法及びそれに従って制定された合衆国の諸法律、合衆国の権限のもとで締結され、将来締結されるすべての条約は、国の最高法規である。」として、条約と国内法を並列させています。これは、いいかえると「条約と国内法は同等である」ということです。そして、アメリカは「後法優位の法理」(後の法律制定・条約締結による前の法律・条約の終了又は運用停止)を採用していますから、TPP協定(条約)締結後、「国内法に反するTPP協定(条約)は無効」と「TPP協定(条約)に反する国内法は有効」という規定を盛り込んだ「TPP協定(条約)履行法」を制定して協定(条約)の中の「自国に不都合なもの=義務など」を無効化します。(アメリカの法体系は国際信義より自国利益優先となっており、そのアメリカが主導するTPPに参加することは、蟻が自ら蟻地獄に入っていくようなものです。)

 一方が「自国に不都合なもの=義務など」を遵守させられながら、他方は「自国に不都合なもの=義務など」が免除され自国利益のみ享受できる条約を「不平等条約」といいます。

 かつて日本は「不平等条約」によって塗炭の苦しみを受けた時期がありました。その「不平等条約」というのは1858(安政5)年に江戸幕府が米英露仏蘭と締結した通商条約(安政五カ国条約)で、塗炭の苦しみを受けた時期というのは「不平等条約」撤廃の涙ぐましい努力が完全に終わる1911(明治44)年までの50年余りの間です。

 江戸幕府が、一部の人間の目先の利益(幕府存続)のために、民族の利益を外国に売り渡し民族の利益を損なう行為(関税を自主的に課すことが出来ない/在日外国人に国内法を適用できない/条約締結国の1カ国に与えた利益は他の全ての締結国に自動的に与えなければならない、ということを日本が一方的に認めさせられた「不平等条約」締結)を行なったのです。それと同じことが今行なわれようとしています。一部の人間の目先の利益(「自由」貿易によって儲ける)のために、民族の利益を外国に売り渡し民族の利益を損なうTPP参加がそれです(TPPの内容についてはTPPをご参照ください)。

 「不平等条約」を締結させられた国を従属国(他国に従属する国)といいます。明治時代の日本は、その従属状態から抜け出すために大変な労苦を経験しました(このwikipediaの「条約改正の経緯」<注>をご参照ください)。一旦TPP協定(条約)を締結してしまえば、それを撤回するためには大変な労苦が必要でしょう。

  <注>余談 : これまで全国の高校の日本史の教師は、外国に従属させられた状態から抜け出るには大変な労苦が必要だということを生徒が学ぶために、また、設問がし易いので大学入試の頻出テーマとなっていたこともあって、「条約改正」については特に力を入れて授業してきました。政府がTPP交渉に参加したことで、その努力が実らなかったのではないかと思うと残念です。

  先人はいいました。「歴史は繰り返す。1度目は悲劇として。そして、2度目は喜劇として。」他の蟻が蟻地獄に落ちた悲劇を見た蟻が、自分も同じことをやってみようと自ら蟻地獄に入っていくのを喜劇というのでしょう。

  また、「歴史に学ばない者に未来はない」という言葉もあります。

 世界各地でTPP反対の運動が起こっています(世界で巻き起こる反TPP運動のうねり)。日本民族がTPP喜劇を演じることなく未来を獲得するため、国際的な市民の連帯でTPP問題を乗り越えたいものです。

 なお、TPPが不平等条約であることはTPPは平成の不平等条約(←リンク切れとなってしまいましたので、こちらへ)に詳しく書かれていますので、それもご一読ください。

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