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田母神俊雄様にお願いいたします。

 平和実現に苦闘しているパレスチナ人・イスラエル人の努力や現地でパレスチナ支援を行っている日本人の努力(例えばこれ)に日本人が邪魔をするような行為(イスラエル国防視察ツアー)ミラーは控えていただきますように。

 このツアーの旅程表(イスラエル各地とエリコなどパレスチナのヨルダン川西岸地区を巡る旅程)を見るとイスラエルで、国防省を表敬訪問して空軍司令官と会見します。これらの行為はパレスチナガザ地区への攻撃を支持しているとイスラエル軍に伝えたことになります。また、民間防衛軍 ・ 軍事工場 ・ 空軍基地 ・ アイアンドーム(鉄のドーム)基地(参考:ロケット弾は貧者の武器)を訪問します。これらの行為は「イスラエルの軍事体制・行動=パレスチナとの戦争」を支持し、それを肯定的に学ぶことになります。空軍基地からガザへの空爆機が飛び立つのを嬉しそうに眺める日本人がいることを知った時のパレスチナ人をはじめアラブ人の失望を想像してください。一方、死海浮遊体験やエルサレム市内やエリコの観光もすることになっています。ガザ地区では日に何人もの人が戦死しているのに、田母神氏のように政治的に影響力のある日本人が、パレスチナ・イスラエル戦争に心痛めるのではなく、死海で浮いて喜んでいることや、「右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさい」とのイエスの教えに学ぶ気など微塵もなく、エルサレム市内やエリコの観光地(イエスゆかりの遺跡多し)をのんびり観光していることを知った時のパレスチナ人をはじめアラブ人の失望はいかばかりでしょう。なお、ゴラン高原も視察することになっていますが、ゴラン高原は現在は戦火が収まっているものの、いつでも戦場となる(追記⇒ご参照ミラー)軍事上の要衝で(だから視察したいのでしょうが)、入り込めば狙撃されるので視察などできません。こういうことすら認識できないのを、田母神氏の支持者が多用する「平和ぼけ」(戦争の非情さを認識できないこと)といいます。平和時なら視察ではなく「遠望」ならできます。帰国は、エル・アル航空(イスラエルの国営航空会社)利用(強い心臓してるな!?)。

  現在、田母神氏に対する批判が強まっています(解説記事)。「同士or仲間or信者」である湯川春菜氏を、そんな者は知らんといって見捨てるのか、という批判です(湯浅春菜氏と田母神氏が「同士or仲間or信者」であった「証拠」)。田母神氏は日頃、「ブレない生き方(どんなことがあっても命をかけて日本人を守る!)」と唱えてきました。いまこそ、パレスチナ人・イスラエル人の平和への努力や日本人のパレスチナ支援の努力の妨害につながるイスラエルツアーをするのでなく、「同士or仲間or信者」である湯川春菜氏を救出するためにシリアへ飛ぶべきです(元航空幕僚長という政治的力をもってすれば、やろうと思えばできます)。さもなければ、やっぱり日頃「勇ましい」ことを言う者に限って、いざとなれば「同士・仲間・信者」さえ見捨てる・裏切るのだから、一般日本人を平気で見捨てる・裏切る臆病者・卑怯者である、というそしりはまぬがれません。

  田母神氏が、そんな者は知らんといって湯川春菜氏と無関係を装っているのは、自分がイスラエルにいったときに、湯川春菜氏の「同士・仲間」であればテロの標的になる、のを恐れてのことといわれています。だとすれば、日頃他人には「テロに屈服するな」と「勇ましい」ことを言う者に限って、いざとなればテロに屈服する姑息な臆病者であることを実証したことになるでしょう。

 テロ(テロリズム)とは、何らかの政治的目的のために国家・勢力・グループ・個人が武力を行使することです。国家・政治勢力が行なうテロを戦争ともいいます。イスラエル・パレスチナは、「1948年のイスラエル建国=NAKBA(ナクバ/大惨事)」(映画「パレスチナ1948・NAKBA」の公式サイトご参照)以来、戦争・争乱状態にあります。現在のその戦争・争乱状態とは、①パレスチナのガザ自治区においては、イスラエルは軍事的・経済的に封鎖し、国家テロを行なう。パレスチナ人はテロで応酬する。②パレスチナのヨルダン川西岸地区(自治区とされているが、実態は占領地)においては、イスラエル治安部隊に守られてイスラエル人が入植する(パレスチナ人の住宅を取り壊し追い出す)。それに対して、パレスチナ人はテロを含む抵抗をし、イスラエル治安部隊はテロで応酬する。③かかるテロの応酬はイスラエル国内にも波及する。ですから、イスラエルでは、テロは交通事故のようなもので、いくら気をつけていても運が悪ければ遭遇します。タクシー→シェルート(乗合タクシー)→電車→乗合バスの順に危険です。テロを避けたい人は決して乗合バスには乗らない。電車にのるのも極力避ける。乗るときはテロ遭遇覚悟で乗る。こんな状態ですからテロが怖ければイスラエル・パレスチナには行かないでください。

 日本人がイスラエル・パレスチナにいく場合は、イスラエル・パレスチナの平和実現に何らかの寄与をする。そこまでできなくても、「外国人が存在することでイスラエル軍がテロを行使するのを牽制する」という姿勢で行くべきです(これには少し勇気がいります)。少なくとも、イスラエルの国家テロを支持する姿勢では行かないこと。それは、パレスチナ人に敵対する行為です。

  満州で日本軍(関東軍)は日本人を守らなかった(日本人を裏切った)<このことは この本に詳しい>事実も合わせて見ると、日頃「勇ましい」ことを言う者に限って臆病者・卑怯者である、というのは今も昔も日本の軍国主義者の体質といえるのでは。はからずも、「憲法第9条(平和)を守れという者は臆病者。〇〇国を叩け」という「勇ましい」ことをいう人に限って実は臆病者・卑怯者であることが、今回の田母神氏の言動によって明らかになったのではないでしょうか。

       <14(H26). 8.22 記>

 

 

 

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