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「平和祈念式典」は「平和懸念式典」となった。

 13(H25)年8月9日の長崎市の平和公園で行なわれた「平和祈念式典」で長崎市長は平和宣言.pdfを行い、「核兵器の非人道性を訴える共同声明に(略)日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。(略)核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示した」と宣言して政府を厳しく批判し、「地域の市民(が)非核宣言(略)を行動に移そうとする」ことに期待を寄せました。

 また、憲法前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」を引用して改憲の動きに懸念の意を表し、「東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。」と明言して原発維持を批判しました。

 にもかかわず、挨拶にたった安倍首相は、広島での平和記念式典と同様、07年の第1次安倍政権時の挨拶で唱えた「憲法の規定を遵守」の発言はしませんでした。11・12両年の長崎の式典で当時の管・野田両首相は共に「脱原発依存」を表明しましたが、安倍首相は原発政策についても一切ふれませんでした。

 こうして「平和祈念式典」は、身を削りながら平和を訴ったえても、その願いが届かない被爆者の歎きばかりが聞こえた「平和懸念式典」となりました。

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