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ヨルダン軍パイロットがイスラム国に殺害された。今こそ「眼(睨まれたこと)には眼(殺傷でなく睨み返すのみ)を」     

 「ハンムラビ法典は、<眼には眼を>のタリオリズム(同害報復)の原則に貫かれ・・・・・」<数研出版「チャート式 新世界史」(1974発行の高校学習参考書)より(太字は引用者による)

 日本の高校生は、古代オリエントの歴史を学ぶときに、同害報復の原則が報復連鎖の拡大を防ぐ知恵であることを学びます。

 紀元前18世紀、バビロニア王国のハンムラビ王は全メソポタミア(現イラク一帯~シリア)を統一して中央集権国家の基礎を確立し、支配域内の平和を保持するため、報復連鎖の拡大を予防すべく、同害報復を原則とするハンムラビ法典を制定しました。その196条には「もし人が人の眼をつぶしたときは彼の眼をつぶす」、同197条には「もし人の骨を折ったときは、彼の骨を折る」となっています。196条の真意は「眼をつぶされた者は、報復したくなるだろう。それは残念ながら仕方がない。しかし、自分がされたことを超える報復はするな。自分がされたのと同等かそれ以下の報復は認めるが、それを超える報復は許さない。お前が眼をつぶされたからといってお前の眼をつぶした相手を殺せば、相手の家族・友人などはお前を殺しにくるだろう。お前が殺されれば、お前の家族・友人は、相手の家族・友人を複数殺すだろう。こうして報復の連鎖は拡大していく。そこでそれを止めるため、自分がされたのと同じ害しか相手に報復してはならないのだ(これが、同害報復の原則)。」

 日本では、歴史を正しく学んだことのない人が、ハンムラビ法典の「眼には眼を」の規定を、「やられたらやりかえせ」の意味で使ったり、復讐を認める野蛮な規定の典型と解したりし、あげくは、「『眼には眼を』つまり、やられたらやりかえせ、は彼らの昔からのやり方だ」と言って中東の人々を批判するときに悪用します。いうまでもなく、このような解釈・使い方は悪意ある不当なものです。

 同害報復の原則が貫かれたハンムラビ法典は、現在のヨルダンを含む古代オリエント(現中東地域)に普及し、同害報復の原則は、現イスラエル・パレスチナで成立した旧約聖書にも取り入れられました(旧約聖書 レビ記24章19節「もし人が隣人に傷を負わせるなら、その人は自分がしたように自分にされなくてはならない。すなわち骨折には骨折、眼には眼、歯には歯をもって・・・・・。」)。また、イスラム教の教えにもなっています(コーラン第5章45節)。

 捕虜(ヨルダン軍パイロット)1人を殺害したことをイスラム国が公表しました<15(H27).2.3>。それを受けヨルダンは、ただちに2人のイスラム国の死刑囚(捕虜)を処刑(殺害)し、更に報復すると発表しました。

 かつて、現中東地域では、同害報復の原則が行われていました。仮説ですが、その原則は、この地域を「やられたらやりかえせ」を原則とする帝国主義諸国(これが有志連合の主力・主導諸国)が分割支配したときに失われたのではないでしょうか。

 ヨルダンは、これ以上の報復を行ってはなりません。それを行えば報復の連鎖は更に拡大します。今こそヨルダンは、報復連鎖の拡大を止める同害報復の原則(「眼には(爆撃での大量殺戮、ではなく)眼を」)を取り戻すべきです。

 コーラン(クルアーン)第5章45節には「生命には生命。眼には眼。鼻には鼻。耳には耳。歯には歯。凡ての傷害にも,同様の報復を。しかしその報復を控えて許すならば,それは自分の罪の償いとなる」とあります。できることならヨルダンは報復を控えて許していただきたい。それは、ヨルダンのイスラム教徒の罪の償いとなります。「報復を控えて許す」ことこそがイスラムの教えであり、神の御心ではないでしょうか。コーラン(クルアーン)は神の言葉をそのまま記したものです。「報復を控えて許す」は神の言葉です。

  参考 : イスラム・アラブ世界の視点 

 

 

 

 

 

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