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AKB48の「僕たちは戦わない」は反戦歌?

 ヒットしているAKB48の「僕たちは戦わない」は、反戦歌だと思っている方もおられるようですが、「戦わない」と言っているからといっても反戦歌ではありません。むしろ、「戦わない」と言いながら、気分的に戦争を準備するものとなっており、安倍首相が戦争法案の国会審議において「武力の行使は決して行わない」「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にない」と強調しながら法令的に戦争を準備することに努めていることと相似形をなしています。

 そのことは、「戦わない」と言いながらこの曲の MV(ミュージックビデオ)今日<15.6.10>時点で約173万回も再生されている)が戦いを「かっこよく」描いていることで分かります。

 また、この曲の歌詞を見てください。

   「僕たちは戦わない 愛を信じてる 振り上げたその拳 誰も降ろす日が来るよ」⇒「僕たちは戦わない 愛を信じてる 振り上げたその拳 振り降ろされても」とはなっていません。ということは、「振り上げたその拳 信じてた愛が失われ 振り降ろされれば 僕たちは戦う」ともとれるのです。ここは、「僕たちは戦わない 愛を信じてる だれも拳は振り上げない そんな日が来るよ必ず」とならなければ反戦・非戦にはならないのです(拳が振り上げられればもう遅いのです。拳が振り上げられないようにしなければならないのです)。

 結局、「僕たちは戦わない」と言うだけではそれを何回言っても反戦・非戦にはならず、この曲は、戦争法案の成立が強行されるのではないかという若者の不安を引き受け、癒し解消する役割を果たしています。

 次の歌詞も問題です。

   「たった一つのボタン 掛け違えて啀(いが)み合った 今日までの不幸 許し合おうよ」⇒あたかも、日本が過去に行なった戦争は、些細なことで起こり、そんなことを未だにアジアの国々がこだわっているのはナンセンスである、といわんばかりです。これは、足を踏んだ者の言い草であり、足を踏まれた者を足蹴にするものです。これは、作詞者が深く考えずに軽い気持ちで作詞した結果とも考えられます。そのことは、「ただ殴りあっていたって 時間(とき)は解決しないさ」という意味不明の歌詞にもいえます。

 なお、この曲をセンターで歌っている島崎遥香さんが自衛官募集テレビCMに出演していることは暗示的です。

 <追伸>「戦わない」と言う曲のMVで戦いを「かっこよく」描いてみたり、選抜総選挙で必死に戦う少女たちに「戦わない」と言う曲を歌わしてみたり、そんな矛盾を軽い遊び心で、AKB48のプロデューサーが楽しんでいるとしたら、それはそれで許し難いことです。

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