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危険な動きに釘をさそうとした天皇     

 日本を戦争できる国にしたい日本国現首相にとって邪魔なものは2つある。日本国憲法と村山談話(下にである。前者については条文改訂を断念し、戦争法制定により憲法第9条を骨抜きにする策に転じた。後者については、戦後70年談話を決定・発表することで否定(歴史修正主義で上書き<下に注>)する策をとろうとした。しかし、それに対しても内外の批判を受け、結局、8. 14に閣議決定・発表された戦後70年談話は、何のために出したのかわからない.pdf代物しろものになってしまい村山談話の完全な上書きには失敗した。

 しかし、日米合作と批判される戦後70年談話は、①(日露戦争は日本の植民地支配を進めるものとなった、とはせずに)「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」 ②(尊い犠牲を出したことの反省の上に、現在の平和がある、とはせずに、単に)「尊い犠牲の上に、現在の平和がある。」 ③(過去の戦争を反省して、や、植民地支配と侵略によってアジア諸国に多大の損害と苦痛を与えた、などと前置きせずに単に)「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。」 ④(戦争被害者の寛容が当然といわんばかりに)「寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。」 ⑤(靖国神社閣僚参拝などが引き起こしている、本当に謝罪の心があるのかとの疑義は不当といわんばかりの)「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」などと述べているように、不十分ながら、歴史修正主義を現実化させて村山談話以前に歴史認識を後退させた。

 戦後70年談話の決定・発表をもって、これまで日本の外交を拘束してきた村山談話(遠くない過去に戦争への道を歩んで、植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことについて、痛切に反省し、心からお詫びする)は解消された、との動きが起こりつつある。

 かかる危険な動きに釘をさそうとしたのが、全国戦没者追悼式(15.8.16)におけるさきの大戦に対する深い反省」を宣言した天皇のおことばである。天皇が「戦争への深い反省」を述べたのは、過去に例が2つ(92年の中国訪問時と94年の韓国大統領歓迎宮中晩さん会)あるが、戦没者追悼式では初めてである。

 なお、日本国首相は、戦没者追悼式では、歴代首相が言及してきたアジア諸国の戦争犠牲者への加害責任や「哀悼の意」「深い反省」を、一昨年と昨年に続いて述べることはなく、また、同日、現職3馬鹿閣僚が靖国参拝による中国等への挑発<下にをする(報道記事)ことをやめさせることもせず、天皇とは対象的に、戦争への反省は必要ないということを公然と内外に示したのだった。

  ※村山談話(1995.8) : その論理は日韓共同宣言(1998.10) ・ 日中共同宣言(1998.11) ・ 日朝平壌宣言(2002.9)などに受け継がれたように、談話は日本外交を拘束する力を持っている。

  ※歴史修正主義 : すでに定着した歴史の解釈に異を唱え、ストーリーを組み替えようとする思想・行動。今回の場合は、「私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう・・・・・とくに近隣諸国の人々と手を携えて・・・・・諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠・・・わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました・・・・・ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」(村山談話)との歴史解釈に異を唱え、日本の過去の戦争は必ずしも誤りではなく、反省・お詫びに値せず、むしろ、他国こそ、歴史に寛容であるべきだ、というようにストーリーを組み替えようとする思想・行動。

  ※靖国参拝がなぜ国際的な問題になるのか(靖国神社とは何か)についてはこのページの【1】-(3)ご参照。

 

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