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十一面観音

137  十一面観音<右画像(wikipediaより)ご参照>の「観音」とは、観世音菩薩かんぜおんぼさつ、または、観自在菩薩かんじざいぼさつの略。観世音とは、世の人々の 音声おんじょうを観じて(見聞きして)、観自在とは世の人々の音声を自在に観じて、人々に慈(喜びを与える)悲(悲し みを取る)をもたらすこと。菩薩とは、仏(あらゆる苦しみから超越した存在)になるため修行しているもの(人間・ 存在)。つまり、観世音(観自在)菩薩とは、仏になるために、観世音(観自在)という修行をおこなっているもの(人間・存在)。衆生しゅじょう(民衆)は、観音に助けを求めて、観世音(観自在)菩薩を拝むか、観世音(観自在)菩薩と いう名を称となえれば、世界のどこのかたすみであろうと、どんな小さな声であろうと、その瞬間に慈悲を得られる。

 十一面観音の「十一面」とは、本面の頭上に11面(11の顔)を持つということである。このうち前後左右の10の 面(「変化面」という/4種類の異なる表情をする<※1>)は10の菩薩修行をすることを示し、最上部の面(1つの み)は「仏面」(あらゆる苦しみから超越した状態=悟り、の表情)といい、仏果を表す。10 の菩薩修行とは、三毒と 無明むみょう※2>という苦しみの10の発生原因を取り除くことにより10の喜びを衆生に与えること。仏果とは、修行を積んだ結果として成仏じょうぶつ(仏になること)が達成されたこと。

     <※1>4種類の「変化面」は慈悲の実現方法を示すもので、①静寂面(穏やかな表情で寄り添うことを表す/ 正面に3面/この行為は、十一面観音の静寂面を想起させる) ②白牙びゃくが面(白い歯を見せて爽やかに励ますことを表す/向かって左に3面) ③憤怒ふんぬ面(怒ってみせ ることを表す/向かって右に3面) ④大笑たいしょう面(笑い飛ばすことを表す/背面に1面)の10面(なお、ここに記した以外にも各変化面の呼び方や実現方法がある)⇒このイラストがわかりやすい。

     <※2>三毒とは、①貪とん・どん(むさぼり/過度の欲望)、②瞋しん・じん(恨み・怒り・憎しみ)、③癡(愚か) のこと。①は、欲貪よくとん(過度の肉体的欲望)、色貪しきとん(過度の物資的欲望)、無色貪むしきとん(過度の精神的欲望) という煩悩ぼんのう(苦しみの原因)のこと、②は瞋恚しんい(思うようにならないことで激しく心を乱すこと)という煩悩のこと、③は、身見しんけん(我身わがみに囚われること)、疑惑(真理などないのではという疑いに囚われること)、戒取かいしゅ(間違った考えに囚われること)、掉挙じょうこ(冷静さを失うこと)、我慢(慢心すること)という煩悩のことであり、三毒とはかかる9つの煩悩をいう。無明とは、「真理=縁起の法」()について暗い(無知である)ことから我執(おのれのことだけや自分の所有物や永遠の存在にこだわること)の状態にあることをいう。以上の9つの煩悩と無明が苦しみの10の発生原因である。)仏教がいう真理とは縁起の法のことである。それがどういうものかについては、「『仏陀の教え(仏教)』の簡潔な説明」をご参照。

 なお、10の菩薩修行とは何かについては、他の説明も有り得る。また、10の変化面は、菩薩があらゆる方向(東西南北の四方とその間の四隅と上と下の十方、つまり全方向)に顔を 向けて衆生に慈悲をもたらそうとしていることを示している、というのも有力な説明である。

 顔がひとつの観音も、もちろん、10の菩薩修行を行い、あらゆる方向を向いているが、十一面観音は、それが、衆生 (民衆)にはっきりわかるようにたくさんの顔をつけているのである。

 本面の頭上、正面に1つこれ 、または複数の(右上のwikiのものはこれ)、小仏像が配されているが、 これは化仏けぶつといい、観音が仏果により「仏=如来にょらい」に変化した姿を示す。いわば、観音の修業の目標を明示 したもので、受験生が合格と朱記されたはちまきを頭に絞めるようなものである⇒このイラスト がわかりやすい。

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