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教育基本法改訂

                     この記事は、教育の反動化に所収されています。

 現場教職員の反対を抑えて教育基本法改悪は強行されました。新(改悪)教育基本法<2006(H18)年12月22日に公布・施行)は、旧教育基本法にあるものをわざわざ削除したり変更し、ないものをわざわざ追加したり新設しました。何が削除され、何がどう変更され、何が追加され新設されたかを見れば、教育基本法改悪の狙いがわかります。

                     新旧教育基本法の比較文科省のHPより)

(1)前文

憲法と教育基本法の一体性を明示した「われらは、さきに、日本国憲法を確定し・・・理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」を削除⇒憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断することで、憲法が規定した政治原則(主権在民、平和主義、基本的人権の尊重)を実現する教育を否定(憲法に則った教育を否定)。

②「真理と平和を希求」を「真理と正義を希求」に変更⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断した上で、この変更をすることで、憲法9条(「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」)で規定された平和主義を否定し、「正義のための戦争」開始に道を開いた。

③「個人の尊厳を重んじ、・・・教育を普及徹底」を「個人の尊厳を重んじ」る「人間の育成・・・を目指す教育」に変更⇒個人の尊厳を教育の基本に据えることを否定し、それをいくつかの教育の目標(「公共の精神」・「伝統を継承」など)の1つにした。

➃教育の目標に「公共の精神」を追加⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断し、 ③のように個人の尊厳を教育の基本に据えることを否定した上でこの追加をすることで、「全体主義(国家主義)」(個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること)を身に着けさせる教育への道を開いた。

➄教育の目標に「伝統を継承」を追加⇒➀のように憲法と教育基本法の一体不離の関係を切断した上で、 これを追加することで、皇国史観を身に着けさせる教育への道を開いた。

➅「日本国憲法の精神に則り、・・・新しい教育の基本を確立」を「日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り開く教育の基本を確立」と変更⇒戦前の教育(※)から決別した新しい教育への転換を放棄する余地をつくった。

   (戦前の教育 教育勅語を中心とする皇民化教育(国民を天皇に心身ともにささげる臣民<家臣>にする教育) 

➆「教育の・・・振興を図るため、この法律を制定」という規定を追加⇒教育基本法の性格を理念法から行政施策法に転換させた。

 

(1)第一条(教育の目的)

個人の価値をたっとび」「自主的精神に充ちた」を削除し、国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた・・・国民の育成」を添加教育を、国家にとって必要な資質を備えた人材(国家に奉仕する人材)育成教育に転換させ、人間(個人)より国家を優先させ、教育は個人のためではなく国家のためのものへと転換させ、国家主義全体主義)を身に着けさせる教育への道を開いた。 

 

(2)第二条 <条内容の総変更(総入れ替え)・・・これは、民主主義教育から「国定教育目標」を掲げた非民主主義教育への転換をはかるもの>

➀この条の内容を「教育の方針」から「教育の目標」に総入れ替え⇒国家が教育内容を決め、その達成を国民に求める目標にすることにした(目標には評価がつきものである)。つまり、「国定教育目標」を設定した。これによって、教育を、国民の権利から国家の決めたものを達成すべき義務に転換させた。これにより、教育内容の国家統制強化への道が開かれた。

 この変更により、「教育の方針」(教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない)は放棄された。

②以下のものが追加された。⇒これらが、国定教育目標(国家が定める国民の達成すべき教育内容となった。これらは「心に関するもので目には見えないもの」で、それが表に現れた態度や文書で評価させる(目標には評価が付きもの)ことで、心の中にまで国家や行政が踏み込み、内心(精神)の自由を侵害し、国民(児童生徒等)の心を一定方向に向ける(下記項目の⇒の右の方に向ける)ことを可能とした。

  ・「道徳心を培う」⇒戦前の筆頭学科「修身」の復活 「修身」: いかに生きるべきかを自らが考え選択した生き方こそ正しいとする態度ではなく、一定の正しいとされる生き方を選ぶ(ことをした者を高く評価し、そうでない者は低く評価することで、そうする)ことが正しいとする態度を身に着けさせて、「思考しない(で、一定の<=皆と同じ>価値を持つのが正しいとする)人間」を養成する教科(評価を伴う授業内容)

     (※)(天皇を敬うように親を敬い、親を敬うように天皇を敬えば身を修めることができる。家族皆がそれをやれば家が斉ととのう。すべての家が斉えば国(お国自慢という場合の国)が治まる。すべての国が治まれば天下(日本)は平和になる、から身を修めよ、など)

  ・「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度」⇒「国家主義」(全体主義)

  ・「伝統と文化を尊重」我が国と郷土を愛する」皇国史観的感情・情緒、排外主義的(偏狭な)愛国心

      排外主義・・・他国民・他民族 への憎悪(ヘイト)をあおり、国人(他国民・他民族)の存在を斥せんとする態度(思想・行動) 

③第一条(教育の目的)で削除した「個人の価値をたっとび」をこちら(教育の目標)の目標に移して「個人の価値を尊重し」と変更⇒個人の価値」をたっとびながら教育は行われなければならないことを否定して、個人の価値の尊重は各個人の目標に過ぎないものとした。

➃「国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」が追加⇒憲法と切り離された文脈でこれを追加することで、自衛隊の海外派兵を後押しすることになった。

➄学校における自由な空間、教員と生徒との自由な関係、信頼関係による教育をすすめることを意味する「自他の敬愛と協力によつて」を削除⇒学校内ヒエラルキーと児童生徒への統制強化を後押し。

 

(3)第三条(生涯学習の理念)<新設>

〇自己の責任で生涯にわたって学習すべきだという、国家の考える生涯学習の概念を述べ、すべての人の学習の機会の保障は放棄した。

(4)第四条(教育の機会均等)

➀「能力に応ずる教育」を「能力に応じた教育」に変更⇒「能力が発達していくための必要(5年生なら5年生の能力が発達していくに必要なこと)に応ずる教育」を否定し、能力の格差に応じた能力主義的・格差的な教育再編をおこない、競争原理によって生じた能力の差に対応する教育機会の格差的振り分けをすすめていくこととした。

②「障害のある者が・・・教育を受けられる」を追加⇒「健常者」と「障害者」を分断した。

③「奨学の方法」を「奨学の措置」に変更⇒国・地方公共団体の教育機会の保障義務を軽減させた。

 

(5丁目)第五条(義務教育)

➀「9年の普通教育を受けさせる」を削除し、「別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる」と変更⇒義務教育期間を弾力化し、エリート教育のための早期入学や飛び級、飛び入学を推進し、逆に、不登校や「問題のある子ども」などを卒業させない、学校からの排除などができるようにして、義務教育の格差的多様化に道を開いた。

②「自立的に生きる」を追加⇒医療保険や年金など国家に頼らず「自己責任」で生きることを努力義務とした。

③「義務教育・・・は、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的」を追記⇒国家主義教育に道を開いた。

➃「国及び地方公共団体は・・・その実施に責任を負う」を追記⇒国家や地方行政が教育内容に介入することを正当化。

 

(6)第六条(学校教育)

➀「学校は、・・・国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置」を「学校は、・・・国、地方公共団体及び法律に定める法人のみが、これを設置」に変更⇒国公立学校と法人設置学校を同列化することで、新自由主義による学校教育への「私」の参入の推進をはかる。

②「学校においては、教育の目標が達成されるよう・・・教育が行われなければならない」を追加⇒第2条で新設した「教育の目標」(国家が決めた教育内容)の達成を学校に義務づけた。

③「学校においては・・・体系的な教育が組織的に行われなければならない」を追加⇒学校内ヒエラルキーによる教員の管理統制を義務付けた。

④「学校生活を営む上で必要な規律を重んじる」を追記⇒子どもの統制を義務化

 

(7)第七条(大学)<新設>

○「成果を広く社会に提供することにより社会の発展に寄与」を新設⇒産学協同を推進し、企業活動に役立つ教育・研究をめざすことを努力目標とさせた。

 

(8)第八条(私立学校)<新設>

○「国及び地方公共団体は・・・助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない。」を新設⇒助成等を手段にした国家や地方行政による私学統制を正当化。

 

(9)第九条(教員)<第六条(学校教育」)より分離移設>

➀第6条の「学校教育」から「教員」を分離⇒教員を学校と一体の存在ではなく、国家につながる存在であることを教唆。

②「教員は、全体の奉仕者」を削除⇒教員は「全体の奉仕者(国民全体に直接責任を負うもの)」であること、つまり、権力に縛られない自由主体性をもつ存在であることを否定して、教員の教育の自由の法的根拠を削除した。それにより、教員は国家につながる存在であることを教唆している。

③「教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、・・・その職責の遂行に努めなければならない」を追加⇒「全体の奉仕者」であることを否定した文脈で追加された「崇高な使命」の内容は、国家や地方行政が定める使命であり、それの遂行を教員は義務付けられた。そして、その使命とは、第二条で規定された国定教育目標の達成である。その達成は義務であるから、評価制度ご参考で達成していないと評価されれば、不適格教員として排除される

➃「教員は・・・絶えず研究と修養に励み、・・・養成と研修の充実が図られなければならない」を追加⇒教員に「官製研修」の受講義務や「資質向上義務」を課すことで、教員への国定教育目標の刷り込み、その深化をはかる。これは、副作用として教員の多忙化を惹起する(通知がない受講自己申請の10年ごとの教員免許更新研修の受講をし忘れた教員は免職となる。再び教員になるには、教員採用試験を受けて合格しなければならないが、その試験には年齢制限があり、教員になって10年経った教員は受けられない。かかる非情な制度は、教員を常に精神的に政治権力下に置くもので、政治権力に批判的な教員は屈辱感で圧迫される。これは、医者・弁護士・薬剤師など他の国家資格にはない、教員を精神的に屈服させんとする文科省の冷徹な施策である)。

 

(10)第十条(家庭教育)<新設>

➀家庭教育の項目を新設⇒国家が家庭の中にまで介入する根拠を設けた。

②「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」を新設⇒父母その他の保護者にも、第2条で規定された教育目標の達成を責任づけた。

③「自立心を育成」する「よう努めるものとする」を新設⇒医療保険や年金など国家に頼らず「自己責任」で生きる人間の育成を努力義務とした。

 

(11)第十一条(幼児教育)<新設>

○「国及び地方公共団体は・・・幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。」を新設⇒就学前教育の統制をおこなう根拠が設けられ、子どもを育てる自由が狭められ、子育ての多様な考え方が否定されることになる。また、第5条の義務教育年限の弾力化と連動して、早期教育やエリート教育をが進められる。

 

(12)第十二条(社会教育)

○「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」を「個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育」に変更⇒改悪前の教育基本法にはあった第2条(教育の方針)「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」は放棄されたが、社会教育でもそれは断行されて、「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」は放棄され、社会教育を「個人の要望や社会の要請」があった場合に限定した。これは、社会教育の公的性格をなくして公的保障を低下させ、受益者負担や社会教育の自由市場化の推進をはかるもの。

 

(13)第十三条(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)<新設>

➀「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚する・・・ものとする」を新設⇒第二条(教育の目標)の新設により「国定教育目標」が設定されていく中で、国定教育目標の達成をすべての国民の努力義務とし、「国民精神総動員運動」への道を開いた。

041028kirikaeshi  努力義務は強制義務ではないので、それをしなくても断罪されてはならない。しかし、戦前、国家が定めた教育目標の達成度合いは、国民みずからが、それを監視していった。今日でも、「国旗及び国歌に関する法律」(1999.8 公布・施行)の制定にあたり、政府は「国旗掲揚・国歌斉唱は義務づけ(強制)はしない」と説明し。憲法をだれよりも尊重している前天皇も、「(国旗掲揚・国歌斉唱の)強制(は憲法違反だから、そういうこと)にならないことが望ましい」と、(天皇の政治的発言を禁じている憲法に違反しているとの指摘を受けるリスク回避よりも、国旗掲揚・国歌斉唱の強制という違憲行為を阻止することを優先して)公言している<→右上図(クリックで拡大)ご参照>にもかかわらず、国旗掲揚・国歌斉唱の強制に反対する教職員(参考:なぜ教師は「国歌斉唱・国旗掲揚の強制」に反対するのか)は、「反日だ!」「イデオロギー集団だ!」等のバッシングを受け、そんな声に呼応した大阪府等の行政により処分され、当然、被処分者は違憲行政の処断を求めて公訴しているにもかかわらず、かかるバッシングや処分に反対する世論も高まらず、逆に、教職員を断固処分する大阪府知事の人気は高まるという戦前回帰の状態が進み、国旗掲揚・国家斉唱の強制は全国的に貫徹された(国旗・国歌強制問題は、戦前に皇国史観が国民に受け入れられていく過程を再現した)。

②新設された条文の「その他の関係者」の中に、官憲が入った場合は、官憲の教育介入を、報道機関が入った場合は、国定教育目標に反する報道は教育の妨害行為として報道統制を、市民組織が入った場合は、第一二条(社会教育)とも連動して市民運動に対する統制・排除(公共施設で行う学習会などの内容が教育目標にしばられ、反するものは排除され、会場使用が不許可になる)を、もたらします。

③この条文の新設は、第十条・第十一条・第一二条とも連動して、学校教育だけでなく、家庭教育・幼児教育・社会教育などすべての教育に国定教育目標達成の努力義務が課せられた。

 

(14)第十四条(政治教育)

➀条文はほとんど変更されていないが、前文の削除・変更・追加と第二条の総変更(総入れ替え)によって 「良識ある公民」の「政治的教養」の中身が根本的に変えられ、次のようになった。

  ・「道徳心を培う」<=戦前の筆頭学科「修身」的道徳を培う>

  ・「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する」<=「国家主義」(全体主義)>

  ・「伝統と文化を尊重」「我が国と郷土を愛する」 <=「皇国史観」的感情・情緒/「排外主義的(偏狭な)愛国心」>

  ・(憲法を改定し、武力行使による)「国際社会の平和と発展に寄与する」<=自衛隊の海外派兵実行>

②なお、改悪前の教育基本法でいう「良識ある公民」の「政治的教養」の中身は、自他の敬愛と協力によつて養われる、個人の尊厳と価値を重んじ、憲法がうたう主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を実現する態度のことだった。

 

(15)第十五条(宗教教育)

○「宗教に関する一般的な教養・・・は、教育上尊重されなければならない」を追加⇒第二条の総変更(総入れ替え)による国定教育目標の設定に連動して、皇国史観にかかる事案(伊勢神宮・靖国神社参拝、国家神道等)を学校教育に導入する道を開いた。

  ・伊勢神宮・・・天皇の祖神(先祖の神)である天照大御神あまてらすおおみかみを祀る

  ・靖国神社・・・お国のために戦った戦死者を英霊として祀る(英霊は、数えるときの単位は神を数える単位と同じ柱はしらが用いられており、神と同じ扱いを受けている)。 

  ・国家神道・・・明治維新後、国民を統合するためにつくられた振興された国教(国家の精神的支柱)で、神道しんとう的な思想・実践、つまり、記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々と現人神あらひとがみ(人間の姿で現れた神)としての天皇を崇敬するという一連の宗教的思想・実践。伊勢神宮を本宗ほんそう全神社の本家)とし、全国の神社を階層的に(序列を設けて)その下において政府(神社本庁)が支配し、天皇を最高祭祀者とする宮中祭祀を基準にして祭祀を行わせ、 国民は各地の神社の氏子うじことされた。神道諸教派、仏教、キリスト教を超越する非宗教として位置づけられ、信教の自由は国家神道と抵触しない限度内で認めたが、宗教弾圧をすることもあった。

(16)第十六条(教育行政)

➀「教育は、不当な支配に服することなく」「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」を「教育は、不当な支配に服することなく」「、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」と変更⇒

この変更により、2つの重大な転換が断行されました。

 1つ目は、「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」が削除されたことにより、「不当な支配」の意味が「国家による教育内容への介入」から「国家による教育内容への介入に反対する勢力(国家側が、イデオロギー集団や左翼教員と呼ぶ人々)による教育破壊」に転換。

 2つ目は、「、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」が削除され「、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」が添加されたことで、教育の自由の保障や国家・地方行政の教育内容への介入の禁止から、改悪教育基本法や教育内容への介入立法による国家・地方行政の教育内容への介入推進に転換。

②「教育行政は、・・・教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」が削除され、「国は、・・・教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。地方公共団体は、その地域・・・の実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。」を添加⇒国家・地方行政は、教育の諸条件(ハード面)整備のみを義務とし教育内容(ソフト面)への介入は教育基本法違反であったのが、教育内容にも合法的に介入できるようにした。なお、これにより、教育への新自由主義の導入をはかる改悪前教育基本法違反であった全国一斉学力テスト強制実施が、合法的に実施された(2007年)。

③「国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施的されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない」を追加⇒教育への効率的重点投資投資効果の評価による、国家的目標・基準の達成度の低い学校やその他の教育機関のリストラを促進。

 

(17)第十七条(教育振興基本計画)<新設>

○政府に「教育振興基本計画」の策定を義務付け、地方公共団体には、それを参酌した当該地の教育振興基本計画の策定を努力義務とする、ことを新設した⇒教育基本法の性格を、準憲法的な理念法から、行政施策法に転換させ、第二条の「教育目標」を具体化した「教育振興基本計画」の策定・実施と通じた国家・地方行政による教育内容の統制の道を開いた。

 

結論 : 以上のような教育基本法の改悪は教育のクーデター」であり、

国家主義者が再び教育を国家への奉仕者に変えようとしている

教育基本法の改悪で、ますます学校は悪くなる・・・ご参照 

 (以上)

 

 

 

 

 

 

 

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