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(日本型ファシズムと)改憲をめぐる武力行使なき内戦 

この記事は、18 諸課題自治体行政にも影響与える国政問題武力行使なき内戦に所収されています。

 世界史上、数百万以上の人口を有す民族の中で、10数年ほどの短期間に絶滅する危機を経験した民族が2つあります(第2次大戦時のドイツ人・ロシア人も該当するかもしれません<ご参照.jpg>が、今ここでは話をシンプルにするため、それらは省きます)。ユダヤ民族と日本民族です。

 前者は、古代ローマ帝国の「(反抗する民族の居住地域に)廃墟をつくり、それを平和と呼ぶ」という政策によって絶滅の危機にさらされ、ディアスポラ(世界中に離散)によってその危機を乗り越えました。しかし、長い時を経て、再び、民族絶滅の危機を迎えました。ナチス(ドイツ型ファシズム)によるホロコーストです。推定で約600万人の犠牲者を出しました。もし、ナチスドイツが第2次大戦に勝利していたら民族絶滅の可能性もありました (アメリカが参戦していなかったらナチスドイツが勝利する可能性がありました。日本が真珠湾攻撃でアメリカを強制的に参戦させたので、ユダヤ民族は絶滅を免れたともいえます)。そのような可能性が再び生じないようにするため、ユダヤ民族は、世界各地から古代ローマ帝国時代に居住していた地域に戻ってイスラエルという国家をつくりました。この国家は、ユダヤ民族の生存を守り、それを保障する国家です(ユダヤ民族がディアスポラ去ったあとにこの地に居住していたアラブ人の生存は認めない人々が、今のところは多数の国家)。この国家は、ディアスポラやホロコーストを経験してきた人々、つまり、自民族の絶滅を防ぐ(自民族の生存を維持する)ために、差別、貧困、迫害等々のいかなる状況をも乗り越えてきた人々がつくった国家であり、ユダヤ民族の生存を守り保障することを唯一の目的とする国家といっても過言ではなく、ユダヤ民族の生存を脅かす事案や者に対しては徹底的に容赦しないが、そうでない事案や者に対しては関心がない、もしくは、寛容です。例えば、イスラエルでは街でも電車の中でも、頻繁に機関銃を手にした兵士のグループに出会うし、電車の中では、他の乗客に混ざって座っています(この国では、18歳になれば、男子は3年間、女子は2年間、徴兵されるから、人口のうちの兵士の割合が高いからです)。しかし、誰もこのことを気にしない(今の日本で電車に機関銃をもった兵士のグループがいたら大問題になるでしょう)。その理由は、イスラエルの軍隊はユダヤ民族の生存を脅かす言動をしないものには攻撃をする必要がなく危害を加えないということが常識になっているから(イスラエル国内では軍は警察のようであり、イスラエル国内は、テロの危険度が高い乗合バス以外は世界中で最も安全と感じさせる場所と言う人もあります)。イスラエルの軍隊は、徹頭徹尾、自民族を守る軍隊です。

 対して、日本民族はどうか。同じ絶滅の危機を経験したとはいえ、ユダヤ民族の場合は、他民族によって絶滅させられようとしましたが、日本民族は、アジア太平洋戦争のとき、自国民・自民族から絶滅させられようとしたのです。

 ➀そもそも、国力に圧倒的な差のある米英との全面戦争を強行すること自体が、他民族より辱めを受けるぐらいなら、戦って民族が絶滅する方がよいという愚劣な軍人・政治家の考えに基づくものでした()。②軍部は敗戦がだれの目にも明らかになった段階においても、 「日本民族最後の1人になっても戦え!一億総玉砕!」を唱え続けて降伏せず、戦地に向かう艦船撃沈(全員死亡)、海外戦地での玉砕(ほぼ全滅)、特別攻撃隊の自爆、日本本土無差別空爆(国際法違反の赤ちゃんからお年寄りまでの非戦闘員の大量殺人)、沖縄戦(鉄の暴風・玉砕)原爆投下(国際法違反の残虐兵器による大量殺人)、ソ連軍侵攻、という民族絶滅に向かって進みました。③ ➀において、国民もまた、同様に覚悟していました。②において、国民もまた、軍部と歩調を合わせ、「お国」のために死ぬことこそ日本人、そう思わない者は非国民、と思っていました。戦争に反対したい人も少数ながらいましたが、そんなことを言おうものなら、官憲に殺される前に私刑で殺されると思って自己規制して言いませんでした。また、国民は自発的に相互監視していました。

   ()1941年12月8日の真珠湾攻撃を「至上の世界史的事件」と記すのは、対独戦争への米国の参戦を求めていた英首相チャーチルだ。ルーズベルト米大統領から奇襲を聞いた時の心境をこう書いた▲「今やここに至り、米国が完全に死に至るまでの戦争に入ったことを私は知った。かくして、われわれはついにこの時、戦争に勝ってしまったのである。ヒトラーの運命は定まった。ムソリーニの運命も定まった。日本に至っては木(こ)っ端微塵(ぱみじん)に打ち砕かれるだろう」▲「開戦劈頭(へきとう)の敵主力への猛撃で米国民の士気を救うべからざるほどに阻喪(そそう)させる」は奇襲を指揮した山本五十六(やまもといそろく)の狙いである。日米戦争に反対した山本すらチャーチルに見えたものが見えていなかった。<余禄(毎日新聞 16.12.8)」より> ⇒ 日本が戦争を続ければ続けるほど、日本民族絶滅へと近づいて行く。開戦は日本民族絶滅の始まりでした。また、日本が開戦することは、飛んで火に入る夏の虫であり、真珠湾攻撃は米国民の士気を阻喪(そそう)させるどころか、逆に、戦争に否定的だった米国民の士気を一気に高揚させました。日本型ファシズムは、以上の事が分からないほどに、軍神といわれたほどの軍人である山本五十六をも劣化(機能不全=軍事素人化)させていました。このように、日本を破滅に導いた戦争は、血気にはやるだけの軍事能力の希薄な軍事素人によって開始・推進されたのです。皇国史観(日本人を「思考停止」させる歴史観)と無責任さを許すシステムによって軍人を劣化させる本型ファシズムについて、次にみていきます。 

 戦前・戦中、日本は「日本型ファシズム 」の国家でした。ファシズムとは、

   議会制民主主義(議会主義・基本的人権)を否定し、また、排外主義(特定の外国人への憎しみを増幅させ、その存在を排除しようとする思想・行動)を煽あお ることで、全体主義(個人の自主性を否定して国家全体に奉仕させるよう国民を束ねて統治すること/イタリア語で「ファッショ」は束たばという意味)を推進し、 好戦的(または、戦争容認的)・侵略的(または、非国際友好的 )な施策を実施する独裁的な政治体制のことです。

 日本型ファシズムの特異点(ドイツ・イタリアのそれとは違う点)は、次の2点です。

 1点目自民族を絶滅に導こうとするファシズム >日本型ファシズム の真髄は、国家が強制的に民衆を戦争に動員することにあるではなく、排外主義に侵された民衆が自発的に(ご参照)戦争に参加・協力し、自分たちが絶滅しても本望と思うことにあります。ドイツ・イタリアのファシズムの真髄もまた、排外主義に侵された民衆が自発的に戦争に参加・協力することにありましたが、ドイツ人・イタリア人は、他民族絶滅は本望と思っても、自分たちが絶滅しても本望とは決して思いませんでした。彼らにとって、戦争は自分たちの生存維持のために行ったからです。だから、敗戦が避けられないとわかるや否や、今以上に自民族の犠牲者が出ないように、最高戦争指導者をドイツ人は自殺においやり、イタリア人は私刑して、戦争を終わらせました。

 2点目無責任さが許されるファシズム >アジア太平洋戦争末期、ソ連軍が侵攻すれば終わりということは軍部内では常識で、軍部はソ連軍とは戦う気構えがまったくありませんでしたから、ソ連軍が侵攻してくると、すぐさま関東軍は、在満日本人を盾にして逃亡しました。それまでは軍部は降伏せず「一億総玉砕! 」を叫び続けてきたのに、自分たちは最後まで戦うとの気構えはありませんでした。戦争犯罪人は、最後の一兵となるまで戦い抜けと命じて開戦しました。だが、いざとなれば命が惜しくなり、敗戦後、他民族から処刑されるまで、生き恥をさらし、なかには生き延びてて、戦後の政経界において重きをなした者もいました。かかる無責任な者たちに、自民族の運命を託し、その無責任さを許してしまうということも、日本型ファシズムの悪質な点でした。

日本型ファシズムの特異点<1点目>について 

 同じファシズムでありながら、ドイツ型ファシズムは他民族絶滅をはかり、日本型ファシズムは自民族絶滅をはかった(この場合の、民族絶滅は、生命を根こそぎ奪い取るということで、言葉・名前等の文化を奪って民族性を喪失させようということは含めません。民族性は復活できますが、生命は復活できません)。この違いはどこから生じるのでしょうか。日本型ファシズムは、ファシズムの前に天皇制が付く。つまり、他国のファシズムと異なり日本のそれは天皇制ファシズムです。そこからドイツやイタリア等のファシズムと違いが生じます。

 日本では、1万年以上にわたる縄文時代に、列島先住民に殺戮をしない・できない精神(非戦・避戦の精神)」が形成され、列島先住民(縄文人)と半島からの渡来人(弥生人)とが出会い衝突した縄文時代から弥生時代への移行の時代に形成された日本民族にも継承されましたが、「強制力(有無を言わさない無理やりの力)=暴力=実力、この最たるものが戦争=武力」を属性とする「国家」が成立していくと、非戦・避戦の精神は押さえ込まれていき、武士の時代に入るまでは、時に応じて顕在化することもあり、鎌倉時代以降、武士の時代(武力重視の武士権力の時代)になると、顕在化することはなくなりましたが、意識的にではなく無意識の中で継承されたものであるため消滅することはなく、明治維新(維新とは、天皇制が政治の表舞台に再登場すること)で、政治的権威重視の時代が再来すると、「非戦・避戦の精神」は、明治から戦前にかけて顕現するようになりました(明治から戦前にかけての「非戦・避戦の精神」の顕現ご参照)。

 そんな中日本において、ファシズム体制を構築していく上で必要だったのは、日本民族が継承してきた「非戦・避戦の精神 」 を消滅させることでした。そのための手っ取り早い方法は精神が宿る肉体を精神もろとも抹殺することです(この方法により、戦前、ファシズム体制構築に邪魔な小林多喜二など多くの人々が殺害されました)。しかし、その方法だけでは、非効率なので、その方法はサブにして、もっと効率のよい方法がメインの方法として採用されました。それが、皇国史観を手段にした日本人の「思考停止」化による日本民族の精神の上書き(による非戦・避戦の精神 」 の消滅 )であり、こうして、皇国史観が、日本型ファシズムの精神的支柱となりました(なお、非戦・避戦の精神 」は意識の中にあるのではなく、集合的無意識なので、押さえ込むことはできても、結局、消滅させることはできませんでした)。

 日本の軍隊は、皇国史観に覆われた「思考停止」の軍隊となって正しい判断のできない、日本民族に死に行く道を用意するものでした。つまり、自民族の生存を守ろうとする軍隊ではなかったのです。

 日本軍は国民を守らなかった・・・「軍隊=国家」は国民を守らないご参照

 では、日本軍は何を守ろうとしたのか。⇒<答>お国(=天皇制ファシズムの国家体制)です。

 日本軍が守ろうとしたものは国家体制だったので、日本軍の敗北は、日本国民の死者増大をストップさせる一方、日本軍が守れなかった国家体制(天皇制ファシズムの大日本帝国)は崩壊しました。日本民族は、自分達を守りたければ、皇国史観を払いのけて、 戦前にあっては戦争に反対し、それができずに戦争が開始されてしまえば、一刻も早く、日本が降伏(敗北)するよう努めなければなりませんでした。ドイツでは反ナチ運動が、イタリアでは抵抗運動とパルチザン戦争が展開されました。しかし、日本では皇国史観で硬く守られたファシズムに抵抗する運動はできませんでした。皇国史観はナチズム(ドイツ型ファシズムの精神的支柱)よりも国民(民族)の「思考停止」化の力が強烈だったのです(その違いをもたらしたものは天皇制です/この力をまざまざと示したのが令和騒ぎでした)。

 皇国史観を精神的支柱とする日本型ファシズムでは、統治者(天皇)と国民は家族でしたから、国民は統治者を取り換えることはできなかったので、戦争は、その勝利が不可能になった段階になっても、統治者が護持されることが確認されるまでは終えることができなかったので、統治者の護持が確認されなければ、国民(民族)が絶滅するまで戦争は続いていたのです。 一方、ドイツ型ファシズムやイタリア型ファシズムは、国民は統治者に自分達の生命・財産を護持する権限を委託したのであって、それが叶わないときは統治者を取り換えることができました。そのため、自分達の生命・財産を保持するための戦争の勝利が不可能になった段階で、その不可能性をもたらした統治者を死に追いやって戦争を終わらせたのです。 

日本型ファシズムの特異点<2点目>について

 天皇制ファシズムにおいては、憲法上の天皇は神聖不可侵の統治権者として巨大な権力を一身に集中するという存在ですが、実際の政治的意思決定は、議会がそれに関与することは皆無なのはもちろん、ほとんど、天皇を「輔弼ほひつ(進言)」する元老、閣僚、軍部などによって行われ、天皇はそれに合意を与える役割を担うのみでした。天皇親政の名目と実態とのこの乖離は、政治的意思決定の責任主体を不明確にして、権力の恣意的運用をもたらしました。この構造が、天皇制ファシズムの最も悪質な点である軍部の「無責任性」をもたらし 、戦争終結(降伏)がだれが決定するかが不明なまま、日本は、下記の「降伏して日本民族の犠牲を少なくする機会」を逸し続けることになりました。<日本軍の思考停止と無責任ご参照.jpg

  ・1942. 6(開戦6か月後) ミッドウェー海戦大敗・・・主力艦隊壊滅し、太平洋正面の制海権と制空権を失って、太平洋戦線の作戦主導権は米国に奪われた。

  ・1943. 2(開戦1年2か月後)ガダルカナル島の陸軍最精鋭部隊が陸海の両軍対立が原因(戦後74年目に真相が明らかに.jpg)で玉砕・・・以後、日本は敗退の一途

  ・1944. 7(開戦2年7か月後) サイパン島陥落・・・絶対的防空圏(日本本土空襲を阻止する空域)を喪失し、日本本土空襲が可能になる

  ・1944. 8 沖縄戦に備えて沖縄から九州へ疎開する民間人約1800人を乗せた輸送船「対馬丸」が米軍の潜水艦により撃沈

  ・1944.11 (開戦2年11か月後) 東京初空襲・・・首都が攻撃されてもまだ降伏しないとは、尋常ではない(異常な能天気)。以後、日本全土に無差別爆撃。

  ・1945. 2 ヤルタ会談(連合国の会談)・・・ソ連の対日参戦決まる(対日参戦の半年前)

  ・1945. 3(開戦3年4か月後) 米軍が、艦砲射撃の上で沖縄に上陸し地上戦開始・・・沖縄人(ウチナー)を日本人(ヤマトンチュー )を守る盾とする沖縄戦(3か月にわたる鉄の暴風=大量無差別の艦砲射撃・空爆・砲弾攻撃)開始(6月23日 組織的戦闘終了)。

  ・1945. 5 ドイツ降伏・・・これでソ連は、二正面作戦の必要がなくなり対日参戦が可能となった。このような、頼みにしていた同盟国の降伏が持つ意味について理解できない(理解していれば、即降伏した)ほど、日本の軍部は劣化していた。  

  ・1945. 6 開戦3年6か月後(降伏提案すべきなのに)ソ連を通じ和平交渉の提案・・・4か月前に対日参戦を決定している国に仲介役を依頼するとは尋常ではない(天井知らずの能天気/これで、ソ連は日本は戦意をまったく喪失していることを確認しただろう)

  ・1945.7.26 ポツダム宣言・・・米英中の日本への無条件降伏要求の最終宣言

  ・1945.8.6(開戦3年8か月後) 広島に原爆投下、3日後の8.9に長崎に原爆投下、同日未明にソ連の対日参戦

  ・1945.8.10 日本は、頼みにしていたソ連の対日参戦によりやっと降伏を決意し、国体護持(天皇制維持)を条件とするポツダム宣言受諾通告。ソ連の日本領土占領拡大が進展しないうちに戦争を終わらせたい米英中は、日本の国体護持を条件とする降伏を受諾。

  ・1945.8.15玉音放送(終戦の詔みことのりのラジオ放送)・・・「尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スル」(なおも交戦を続ければついに我が民族の滅亡を招来する)と述べており、日本支配層はアジア太平洋戦争は日本民族絶滅に向かう戦争だとの自覚があったのである。つまり、国民を守ろうとする気はさらさらなかったのである。であるから、ソ連参戦がなければ、まだ交戦は継続されていた可能性が強い。そういったことを明らかにしたのが玉音放送であった。 

  ・1946.1.1 天皇の人間宣言発布

 こうして、「日本人の正しい生き方は「思考停止」したまま戦争で死ぬこと」とする皇国史観をポンコツエンジンとし、軍部の「無責任化=軍事素人化」をぐだぐだの燃料として日本民族は自分達が今どうなっているのか、どこへ向かっているのかなど訳が分からないまま絶滅への道をつき進んでいきました。それは、ソ連の対日参戦でようやく強制終了しましたが終戦の詔のラジオ放送を聞いてもなお自分達がどうなっているのかが理解できない者が多かった(その理由は放送が聞き取りにくかったせいだけではないし、そもそも、最重要情報ですら国民に伝える環境が喪失しているというお粗末な状態の中で戦い続けさせられていた)

過ちを認識できずに皇国史観の流れをくみ、台頭してきた「反知性主義に基づく排外主義」

 アジア太平洋戦争において、➀ソ連の対日参戦がなければ、日本の降伏は遅くなり、まだまだ日本民族の犠牲者は増えていました(米国 日本にさらに12の原爆を投下する予定だったミラーご参照)。 ②1941年622日に独ソ戦が開始されると、日本は、77日に関特演(関東軍特別大演習)を実施し、関東軍を70万人の大兵力に増員してソ戦の体制を整え、日ソ中立条約を死文化させました。③日本は、 国際条約(国際法)に違反した奇襲攻撃で開戦し、中国では国際条約(国際法)に違反した無差別爆撃をおこない、アメリカも、日本を国際条約(国際法)に違反した無差別爆撃をおこない、原爆という国際条約(国際法)に違反した残虐兵器で国際条約(国際法)に違反した無差別殺戮をおこないました(このように、条約など守れないのが戦争)。以上の➀・②・③を認識できず、自分たちの条約違反は棚に上げて、ソ連は条約(日ソ中立条約)に違反して対日参戦したと激しく非難する向きがかつてはありました。ソ連崩壊で冷戦終結後はその声はあまり聞かれなくなりましたが、そのような、事実を踏まえずに他民族への憎悪を煽るという「反知性主義感情・情緒に流されて、実証性・論理性・客観性・体系性を軽視あるいは無視して、つまり、科学的考察をしないあるいは無視して、自分が欲するように物事・世界を理解する態度に基づく排外主義 に陥る傾向が、昔も今も日本人は強いのではないでしょうか。

 現在、日本の未来に大きな影響を与えるかも知れない「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件<ミラー> (2019年8月)で、地方権力者が次のような「反知性主義に基づく排外主義」の発言を堂々とできる環境ができていることから、その懸念を抱かざるを得ません。

   ・名古屋市長・・・「日本国民の心を踏みにじる行為」などといった抽象的情緒的な理由により中止せよと迫った(反知性主義による表現の自由の侵害) <ご参照ミラー

  ・大阪市長・・・「我々の先祖がケダモノのように扱われる展示」などといった侮蔑的表現を用いて述べた抽象的感情的な理由により中止せよと迫った(反知性主義による表現の自由の侵害)」 <ご参照ミラー 

  ・大阪府知事・・・「反日プロパガンダ」を容認した愛知県知事は不適格と発言し、「反日プロパガンダ」などという、抽象的・感情的・狂信的・偏執的・一方的な理由を用いるという反知性主義により表現の自由の侵害を後押しした <ご参照.pdf   大阪府知事(維新)が、反日」という用語を使用したことは、維新はネトウヨ化するほどに劣化した政党であることを示します。 

  ・<捕捉>マスメディアに不快な発言の場を提供されている人権意識希薄落語家ミラー・・・「こういうことをやると、日本人の多くが不愉快に思って許さないという結果が出た」「日本人の多くの人が反日の像だと思っている」「なんでも自由にしていいのか。不愉快にするっていうのは果たして芸術か」などといった、自分の個人的な感想に合致しないものを、反日・不愉快という抽象的・感情的・偏執的な言葉で切って捨てるという反知性主義表現の自由の侵害を後押しした。

 思えば、皇国史観こそ、反知性主義の究極の形態であり、記紀神話を歴史的事実と偽り、「万世一系」「現人神」といった神秘的な虚構や、「人民(皇国史観では、臣民という)は天皇の赤子」という国家を家族と見立てる家族国家観などを作り出し、天皇制ファシズムを推進するきわめて特殊な日本的世界観を国民の政治意識・日常意識に浸透させることで、鮮人抹殺、チャンコロ殺せ、鬼畜米英といったきわめて悪質な排外主義意識を国民に植え付ける役割を果たしました。

 政治権力は、国民が発言(政治批判)をしなければ思うように戦争開始など権力を行使できます。

 政治権力が人々に発言させないようにする方法は2つあります。1つは発言をする肉体を抹殺すること(既述した小林多喜二の虐殺や犬養首相が軍人により問答無用で射殺されたのがその例です)。しかし、その方法は、非効率です、もっと効率のよい一斉に人々を黙らせるやり方がもう1つの方法です。それは人々を思考停止に(して発言することが無の状態に)するというものです。実はそれには2つのやりがあります。1つは戦前型(恐怖を与えてするもの)。もう1つは戦後型(直接には恐怖を与えず巧妙にするもの)。

 戦前型のやり方・・・「神武天皇は、約2600年前(紀元前600年ごろ)に即位されて日本という統一国家をおつくりになった。」これが皇国史観の出発点です。645年の大化の改新(現在は乙巳いっしの変という)を機に中央集権国家形成が始まるのに、その1200年前に、すでに日本に統一国家が成立したなんてことは小学生でもちょっとの考察で疑問を持ちます。しかし、そんな皇国史観はおかしいという発言をすれば、小学生なら翌日に行方不明、大人なら小林多喜二のようになる(拷問の末に天井から逆さづりにされて体が膨れ上がるほどに千枚通しで無数に刺されて絶命)危険(恐怖)がありました。人間は恐怖に出会うとそれを消すために思考を停止します思考停止という場合の「思考」とは、今日の晩御飯は何にしようか、などと感情や情緒によって思うことではありません。「思考する」というのは、科学的に(実証性・論理性・客観性・体系性を重視して)物事・世界を考察し、より良き社会をつくるには、争いのない世界を実現するには何をすべきかなどを自分で考えることです。思考停止とはそれをしないことです。思考停止は人間に、物事・世界をみるのをやめさせ、感情や情緒あるいは無気力に流れるようにさせ受け身にさせ、強い者への批判精神を喪失させて、その言動を受け入れるようにしていきます。こうして、戦前、人々は恐怖を恐れて思考を停止し、発言はしなくなり、意識は皇国史観で覆われていったのです。

 戦後型のやり方・・・戦前には近代国家を装うアクセサリー憲法しかありませんでしたが、戦後は、国家権力を縛る憲法ができ、恐怖を与えて国民を思考停止にさせることはできなくなりましたので、戦前、教育勅語を中心にした教育が思考停止の人間づくりに決定的な役割を果たしたのに鑑みて、政権与党は、次の3つを断行していきました。これを教育の反動化といいます。

  ①学校を児童生徒が「思考(して発言)する人間」(=思想・表現・言論の自由という基本的人権を守り行使する人間)として成長していく場ではないようにしていく(=学校を「思考しない人間」をつくっていく場とする)政策

  ②教職員が児童生徒をして「思考(して発言)する人間 」として成長していく教育が安心してできる学校ではなくしていく政策

  ③教職員も「思考(して発言)する人間」 ではなくしていく(=思考しない人間に」していく)政策

 これに対し、当然、全国の多くの教職員が結集し「(戦前のように)教え子を(思考しない人間にして)再び戦場に送るな!」を基本方針とする日教組(=憲法で保障された勤労者の団結権及び団体行動権をはじめとする基本的人権を自ら守り行使することで、学校が、生徒たちが基本的人権を守り行使する「思考する人間」として成長していく場であり続けることを生徒・保護者に保障するべく務めている人々)は反対し、いわゆる、「日教組・文部省(現文科省)戦争」(教育をめぐる武力行使なき内戦)が長期にわたり展開されました。しかし、「日教組こそイデオロギー集団であり、日本の教育を破壊しようとしている」とのカウンターキャンペーンの展開と、長期にわたるたたかいで大量の処分者への給与支払い(公立学校教員は公務員であり、たたかえば処分され解雇された。解雇者は日教組勤務とし学校で勤務するのと同額の退職金・ボーナスを含む給与を支払わねばならなかった)の財政負担による処分者を増やせないことによる戦い継続不可能により、日教組は敗北し(公務員の争議権はく奪政策はここでも大きな効果をあげました)、教育の反動化はなおも進んでいます

 戦後は「恐怖を与えて国民を思考停止にさせることはできなくなりました」と書きましたが、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件において、先に述べたように地方権力者が表現の自由侵害発言をし、官房長官が展覧会補助金の支給停止を示唆して、ネトウヨ等に展覧会主催者への攻撃を煽ったことをみて、「恐怖を与えて国民を思考停止にさせることは、憲法上はできなくなりました 」と訂正いたします。

憲法改定への動き

(1)社会科解体教育基本法改悪等の教育の反動化(日本人の「思考停止」化)により、反知性主義(思考せず感情・情緒に流されて言動すること)が拡大し、それをてこに国家主義(全体主義ともいう/個人の自主性を否定し国家全体に奉仕させんとする態度)・排外主義(特定の外国人を憎み排斥せんとする態度)が高められています。

(2)その狙いは、政権与党の最大の悲願である「(日本の統治者に)押し付けられた憲法」(※)を改定するために、反知性主義・国家主義(全体主義)・排外主義の精神によって、日本人が継承し、絶対平和主義の日本国憲法を日本に根付かせている「非戦・避戦の精神」を上書きするためです。

   (※) 日本の統治者に日本国憲法を押し付けたのはだれか⇒ご参照.pdf

      この映像の24分ごろから1分(最も憲法を守らなければならない立場の者が最も日本国憲法を憎悪し侮辱している映像)この映像の抜粋画面.png>をみれば、政権与党はいかに日本国憲法を改悪して壊したいと思っているかがわかります。

(3)次のように、日本人の「思考停止化」が進んでいます。

 ①社会科が解体された1982年を境に、若者に反知性主義が浸透し、その右傾化(=保守反動政党支持、革新政党毛嫌い、ヘイト化等)や思考不全(政治や経済について述べるのはダサい、物事を社会科学的に考えるのが苦手、等々)が進み、物事を社会科学的に考えられなくなった若者の一部は「ネトウヨとなっていき、「老人は保守的、若者は革新的」は「若者は保守的、老人の方が革新的」へと逆転していきました。

 ②戦争法・共謀罪法・特定秘密保護法・カジノ法等の違憲立法を次々に強行可決するなど国会が機能不全させられているのに怒りの世論は高まりません。

 ③森友・加計問題に示されているように、いわゆる忖度政治が進められるなど政治が劣化させられているのに怒りの世論は高まりません。

 ④国会を機能不全にさせ政治の劣化を進めている政権与党への支持率は低下するどころか、逆に上昇、高止まりし、国民は、政権与党に国会議席数において約3分の2という高率を与えています。

(4)(3)のような政権与党にとって有利な情勢の中で、憲法改悪は成功するでしょうか。

 ①(1)と(2)でみたように、これまで政権与党は非戦・避戦の精神」を上書きする努力を続けてき、それは成功してきているとも思える政治状況にあります。しかし、それは、上書きができたのではなく、反知性主義・国家主義(全体主義)・排外主義が「非戦・避戦の精神」におおいかぶさり押さえ込んでいるにすぎないのです。なぜなら、「非戦・避戦の精神」の継承は、日本人の意識の中ではなく、無意識の中で行われてきており、それを押さえ込むことはできても消滅させることはできないからです。「非戦・避戦の精神」は1万年以上も続いた縄文時代に長い年月をかけて形成されたものだからです。

 ②ですから、政権与党が、国民投票を強行して憲法改悪という「非戦・避戦」の精神に立つ日本国憲法を壊そうとする暴挙にでれば、「非戦・避戦」の精神は、自らを押さえ込んでいるものを払い除け政権与党を粉砕するでしょう。それを予想させるものとして、あれだけ政権与党の支持率が高いにもかかわらず、世論調査をすれば、憲法改定反対は多数という結果になることや2019年7月の参議院選挙で軍事事案が焦点となった選挙区では改憲政党が粉砕されているご参照.pdf)ことが挙げられます。戦後日本人の戦争忌避精神は、集団的無意識になっているのです(ご参照)。  

 ③しかし、予想に反して、日本人の「思考停止化」が進んでいて、「非戦・避戦」の精神が、自らを押さえ込んでいるものを払い除けることが出来ず憲法改悪がなされても、その後、自衛隊員や市民が何人か犬死した時点で、「非戦・避戦」の精神 は、統治者を粉砕することになります。だが、犠牲者が出るのを待っていたり、何人の犠牲者が出れば統治者を粉砕することができるのかを考えたりするのは不謹慎なことです。一人の犠牲者もでないよう、改憲をめぐる武力行使なき内戦に勝利しなければなりません。 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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