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社会科解体

                     この記事は、教育の反動化に所収されています。

(1)文部省(現文科省)は1982年突然(=現場教員の意見を一切聞かずに無視して)、高校の社会科を解体し、地歴科という教科(人文科学系/世界史A・世界史B・日本史A・日本史B・地理A・地理Bという科目を新設し、「世界史A」「世界史B」から1科目、「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」から1科目を必修とし、それ以外は選択)と公民科という教科(社会科学系/従来からの政治経済に加えて現代社会・倫理という科目を新設し、「現代社会」1科目か「倫理」「政治経済」の2科目を必修とする)を設置しました。その目的は、➀人文科学(文学・歴史学・地理学)系を社会科学(政治学・経済学・法学・社会学)系と分離させることで、歴史や地理を社会科学的に(つまり、政治学・経済学・法学・社会学も援用して)学ぶのではなく、単に物語的に知る、または、知識を得るだけでよいものにする(暗記科目化にする)ため。それまでの「倫理社会(人間の生き方を社会科学的に考える科目)」を「倫理(偉人といわれる人の生き方など単なる道徳のようなものを知るだけの科目)」にしたのも同じ狙い。 ②「政治経済」(政治学・経済学・法学・社会学という学問の体系に裏打ちされている科目)とは別に、「現代社会」という、学問体系に裏打ちされない(つまり、単なる世間話的な政治・経済の話を知る科目)を新設し、公民科では事実上これを必修にして、高校生が「政治経済」という科目を学ぶ機会を事実上なくしていくこと(社会科解体でもたらされた地歴科・公民科の沢山の必修・選択科目をどのように組み合わせて採用するかは各学校の判断にまかされたが、複雑煩瑣になったカリキュラム作成において「倫理」「政治経済」を採用するのは至難の業であり、事実、多くの学校では「倫理」「政治経済」を採用できず、「現代社会」を採用せざるを得なかった)。

(2)以上のように、「社会科解体」 は、高校生が政治や経済を社会科学的に考える人間として育っていかないようにしようという国家政策であり、戦後教育の大転換をもたらすものでした。当然に、日教組に結集する現場教職員(=憲法で規定された勤労者の団結権及び団体行動権をはじめとする基本的人権を自ら守り行使することで、学校が、生徒たちが基本的人権を守り行使する人間として成長していく場であり続けることを生徒・保護者に保障するべく務めている人々) は反対しましたが、政府与党は、「日教組こそイデオロギー集団であり、日本の教育を破壊しようとしている」とのカウンターキャンペーンを展開して、「社会科解体」 を強行しました。

(3)その結果、政府与党の狙いと教育現場教員の心配は見事に的中し、1982年を境に、若者に反知性主義が浸透し、その右傾化(=保守反動政党支持、革新政党毛嫌い、ヘイト化等)や思考不全(政治や経済について述べるのはダサい、物事を社会科学的に考えるのが苦手、等々)が進み、物事を社会科学的に考えられなくなった若者の一部は「ネトウヨとなっていき、「老人は保守的、若者は革新的」は「若者は保守的、老人の方が革新的」へと逆転していきました。

(4)なお、社会科解体が強行される中で、日教組に結集する現場教員は、「現代社会」の授業をするとき、政府与党の狙いとは逆に、本来の社会科教育の目標「社会の諸問題と真っ向から向き合い、真に国民主権を担う人間として成長していく場を提供する」を実現していく授業を行う努力は続けました。

(5)社会科解体の成果は十分にあがっているにもかかわらず、文科省は、憲法改悪後の新時代(「戦後=平和主義時代」を総決算して、つまり、終了させて、始まる、最大の基本的人権侵害である戦争もできる時代)に備えて、地歴科には「歴史総合」「地理総合」という新必修科目を新設し、公民科では、「現代社会」からより一層「社会」科学的要素を除去した「公民」(古代日本では、公民は天皇の民のことであり、国民はお上に従うのが良き道であることを無意識のうちに生徒の心に刻印しようとする名称)という名称の科目を新設し、地歴科・公民科のより一層の「世間話化」「暗記科目化」、つまり、「社会科学」(政治・経済・社会についての真理探究、言いかえれば、政治・経済・社会について根本的に考え、より良き世界への変革の道を探ること)的要素の一層の除去、を行なおうとしていますご参照.pdf)。かかる政府与党の準備周到さの中に、政治権力(を支える官僚)の冷徹・狡猾さを改めて認識させられます。

 

 

 

 

 

 

 

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