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楽しい学校

                     このページは、10 学校・教育・子どもサポートに所収されているものです。

 楽しい学校とは、教職員も児童生徒もすべての人が互いに基本的人権を尊重しており、それゆえ、児童生徒が人間(大人や社会)への信頼感を持つことが出来、自己肯定感を高め、自己の存在価値(自分は生きるに値する人間であること、自分は必要とされている人間であること、自分には未来が与えられていること)を確認し、自己実現(自分の思っていることや感じていることを自由に表現、つまり、言論・実践できること、自分が持つ疑問や不安が解消されて視野が拡大し、道が開けること、将来の展望を可視化できること)ができる学校です。

 かかる学校(本来の学校)には、児童生徒は喜んでやって来ます。ご参照⇒◎映画「世界の果ての通学路(12仏/1404日本公開)紹介記事.pdf 公式サイトミラー>

 楽しい学校は、いじめなど起こりようがない学校、体罰など起こりようがない学校(ご参照)、いじめ、体罰、強圧的指導、不条理な校則、進学・スポーツなどで競争心を煽られる、などなどがなく登校拒否(何年か前に不登校にいいかえられましたが、やはり、基本的人権の侵害がある学校には自らの基本的人権を守るために行くことを拒否する、ということで登校拒否と言う方がよいのではないでしょうか) など起こりようがない学校(ご参照)です。

 <補足>楽しくない学校とは、いじめ・体罰・強圧的指導・競争重視・不条理校則等のある、基本的人権が尊重されていない学校 であり、児童・生徒から登校を拒否される学校です。すなわち、いわゆる不登校の児童生徒から人権侵害が横行する収容所だと断罪された学校で、大人ではない子どもであるいわゆる不登校の児童生徒にとっては、いじめ・制裁(鉄拳体罰)・強圧的不条理命令が横行した戦前の軍隊のように怖い存在で、そんなところに行くのなら死ぬ方が楽だと思わせるところです。いじめがなくならない、いじめ問題が解決しない。その最大の理由は、基本的人権が尊重されていない学校は、「学校といえるものでなく収容所のようなところである」「戦前の軍隊のように怖いところである 」という認識がなされていない(登校拒否の児童生徒はそれを感じ取っている)ことです。  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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